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作品名:NEW WORLD〜交響曲第一楽章〜 作者:月野 智

第4回   【ACTT 惑星ドーヴァの午後】4
             *
セラフィムの巨大なドックの一角には、レイバン部隊のワークオフィスが備えられている。
文字通り、総勢100名にも及ぶレイバン・パイロット達が、デスクワークをこなすために設けられている場所だ。
パイロットとはいえ、日々の訓練報告や戦闘報告文書作成等のデスクワークは、きちんとこなさねばならない。
基礎体力トレーニングや戦闘訓練に明け暮れるだけが、決してパイロットの仕事ではないのである。
レイバン部隊に13ある小隊の隊長は、皆個別にオフィスを持っているが、他の隊員たちは、広いオフィスに1ブースづつ設けられたデスクで黙々と業務をこなす。
そのパイロット・ワーク・オフィスに抜ける広い通路の突き当たりに、ツァーデ小隊隊長の専用オフィスはあった。
大きなデスクに腰を下ろし、モニターを見つめながら、黙々と今日の訓練報告書をまとめていたリョータロウ・マキは、ふと、コンソールパネルを叩く手を止め、指揮官を示すシルバーグレイの軍服の肩で、小さく息を吐いたのだった。
広い胸元でシルバーのボールチェーンが軽く揺れ、その先端に着けられた小さな円柱型のトップが、まるで銀鈴のような音を上げる。
リョータロウは今年で24歳、階級は、指揮官職である少佐だ。
この若さで少佐。
そして、ベテランパイロットが揃う精鋭部隊ツァーデ小隊の隊長に任命されるというのは、ガーディアンエンジェルの中でも異例のことである。
だが、本人は決して、それを「名誉な事」とは思ってもいない。
寧ろそれは、出来るならば避けて通りたいと願っていた役職であったが、彼のそんな願いは、いまやこうして、もろくも崩れ去っている。
ツァーデ小隊の隊長に任命されてからというもの、デスクに向かう時間が基礎トレーニングの時間よりも長くなった。
リョータロウは、自身をこの職に就けた、いけ好かぬ上官の優美な顔を思い起し「だから指揮官なんか嫌だと言ったんだ、あの野郎・・・!」と、思わず、その心中で悪態をつくのである。
茶色に染めていた癖毛の頭髪は、本来の色である黒茶色に戻されており、その長い前髪を片手でかきあげながら、リョータロウは、もう一度深くため息を吐くのだった。
彼の広い額から、眉間を抜け右目の下にまで及ぶ細く鋭い斜めの傷痕。
その傷痕が、均整の取れた精悍な顔立ちを、殊更、威圧的なものに見せていた。
だが本人には、「威圧している」などという自覚は全くない。
長い指から零れ落ちた癖毛の合間で、凛と強く、そして鋭利に輝く黒曜石の瞳が、実に不機嫌そうに細められた。
その時である。
オフィスのオート・ドアが静かに開き、そこから、軍服姿の少年が二人、どこか緊張した面持ちで姿を現したのだった。
そして、生真面目に敬礼してから、デスクの前へと立ったのである。
「ハルカ・アダミアン、出頭しました」
「ヨシュア・エスキベル、出頭しました」
耳元でキチンと切りそろえられた艶やかなストレートの黒髪と、澄み渡る大きな黒い瞳を持つ、リョータロウとはなじみの深い少年、ハルカ・アダミアン。
そして、もう一人は、長い茶色の髪と、気強い水色の瞳を持つ少年、ヨシュア・エスキベルであったのだ。
二人とも、その背丈も歳も同じぐらいであり、どちらかといえば繊細で細身な体系も、非常によく似ている。
Gに当てられて青ざめた顔を必死で引き締めながら、二人の少年パイロットは、椅子に座ったままのリョータロウを見つめすえたのだった。
リョータロウは、凛と強い黒曜石の眼差しで、そんな二人を緩やかに仰ぐと、椅子の背もたれに深く身を埋めながら、冷静な口調でこう言ったのである。
「重力圏内戦闘訓練、ご苦労だった。まぁ、その顔色じゃ、おまえたちはまだ、重力圏内での実戦には出れそうにもないが・・・」
その言葉に、目の前に立つ新人二人が、どこか申し訳なさそうに眉を潜める。
そんな彼らを真っ直ぐに見つめたまま、リョータロウは、一切表情を変えず、静かに言葉を続けたのだった。
「俺からの訓練評価を伝える。まずは、ヨシュア。不慣れな機体、不慣れな重力圏でよく俺に着いてきた。敵機を後方から攻める戦術は基本だが、初めての重力圏だったにも関わらず、おまえは見事にノキアの後ろに食いついた。その操縦技術は誉めてやる」
その評価に、ヨシュアの水色の瞳が、やけに嬉々として輝いた。
プライドの高さを物語る端整な顔が、実に嬉しそうにくったくなく笑う。
「ありがとうございます!マキ少佐!」
だが、リョータロウの凛とした唇が綻ぶことはない。
冷静だが、どこか鋭利な顔つきをしてリョータロウは更に言葉を続ける。
「まだ続きがある、よく聞け。同期入隊の者をライバル視するのは構わない、ある意味それも必要だ。だが、今回の場合、単体で敵機を追うより、二機編成で戦術を考えて追った方が、効率はよかったはずだ。
その配慮を欠いたがために、おまえはたった25秒で撃墜された。
おまえは自分の腕を過信し過ぎている。確かに個人の技術は大切だ、だがレイバン部隊の戦闘形態はあくまで編隊戦だ。無駄に仲間を敵視したところで、それは、なんの役にも立たない。アルキメデスの士官学校と、セラフィムのレイバン部隊は全く違う。
成績が優秀であろうと、操縦技術に優れていようと、実戦で役に立たなければそんなものは全くの無駄だ。肝に命じておけ」
そう言ったリョータロウの口調は、激しい口調ではない、しかし穏やかな口調でもない、客観的な視点からヨシュアの能力を批評する、極めて冷静な口調であった。
リョータロウは、更に言う。
「今日のおまえの訓練データは、バナム少佐に送信しておいた。後のことは、ギメル小隊で学べ、わかったな?」
決して叱られている訳ではない。
だが、痛いところを指摘されたヨシュアは、気強い眼差しをひどく悔しそうに伏せると、拳を握りながら、それでも素直に頷いたのだった。
「イエッサー」
ヨシュアの悔しい胸中を、リョータロウは知らない訳ではない。
ヨシュアが、惑星アルキデス所有の学術コロニー「アテナ」の出身であり、その士官学校で、宇宙戦闘プログラムを専門に受講し首席で卒業したエリートだということは、事前に目を通したプロフィールで確認済みである。
そのためなのか、この少年は、自惚れに近いほどの過剰な自信と、エリート特有の高いプライドを持った少年であった。
しかし、だからと言って、お世辞など言うつもりもないし、ましてや、そのプライドとやらを保護してやるつもりもない。
レイバン部隊は、スクランブルがかかれば真っ先に最前線へと飛び出し、敵艦隊からセラフィムを守らなければならない役目にあるのだ。
同時にそれは、共に戦場を駆ける仲間を守ることでもある。
自分本位の戦い方をすれば、犠牲になるのは本人だけではない。
プライドだけでは、生きて帰艦することは出来ないのだ。
だからこそ、ヨシュアが指摘されたくないだろう欠点を、あえて指摘する。
例え、相手のプライドを傷付けても、そこから立ち直れる人間でないと、激しい戦闘で生き残ることなどできない。
守りたいものを守ることなど・・・できないのだ。
ふと、五年前の苦い思い出が、リョータロウの脳裏を過ぎる。
だが、それを一切に顔には出さずに、リョータロウは、長い前髪から覗く凛とした視線を、殊更緊張した面持ちのハルカに向けたのだった。
リョータロウの精悍で端整な唇が、静かに開く。
「ハルカ、よく一分もこの俺から逃げられたな。おまえは、レイバンの性能をよく理解しているし、それを無駄にしないまま上手く乗りこなしている。
セラフィムから一年も離れて、メルバで集中訓練を受けただけはある・・・そこは誉めてやる。
だが、今のおまえは注意力が散漫すぎだ。浮かれるのはそろそろ辞めにして、気を引き締めろ。もうおまえは、シュミレーターに乗っている訳じゃない、実戦機に乗っているんだ。
ツァーデ小隊の任務は、他の隊よりも危険だ。そこに配属されてきた以上その自覚を持て。遊び半分の気持ちでレイバンに搭乗するな。そして、コクピットに乗ったら・・・誰にも甘えるな。いいな?」
 やはり、激しくもなければ、穏やかでもない口調で、リョータロウは、極めて冷静にそう言った。
 しかし、本当に痛い所を突かれていると・・・いつもは明るく元気なハルカも、この時ばかりは流石に沈んだ。
リョータロウとのプライベートな関係と、ツァーデ小隊での関係が全く違うということは、よく判っていたはずだった。
それでも。
幼い頃から、まるで兄のように接してきてくれたリョータロウに、「甘えるな」と言われてしまうと、その立場をわかってはいても、殊のほか堪(こた)えるものである。
 ハルカは、今にも泣き出しそうな顔つきになって、ぐっとそれを堪(こら)えると、あどけなさが残るその顔を凛と引き締めて、刻みよく返答したのだった。
「イエッサー」
「よく泣きべそをかかなかったな」と、相変わらずなハルカを心中で賞賛しながらも、リョータロウは、一切それを顔には出さず、静かに言葉を続けたのである。
「おまえには始末書も待ってる。おまえは、本来、飛行禁止区域である民間人居住地の上空を一瞬でも飛行したんだ。どうして予定飛行経路を外れたのか、それを詳しく文書に起して、反省文と一緒に、俺と、ソロモン・・・・・・いや、艦長に送信しておけ。二日以内だ。おまえの処分は、艦長と相談して決める。その件で、俺もコールされた、今から出頭だ」
「・・・・ご迷惑をおかけして!申し訳ありませんでした!!」
ハルカは、ゆっくりとデスクを立ったリョータロウに向かって、やけに大きな声でそう言った。
先ほど以上に泣きそうな顔をしながら、それを寸前で堪え、必死で敬礼するハルカの姿に、リョータロウは、思わず吹き出しそうになる・・・・が、そこで笑う訳にないかない。
心を鬼にしなければならないのだ。
昔から甘ったれで泣き虫で、それでいて純粋で素直なハルカを、今までのように甘やかす訳にはいかないのだ・・・・・・立場上。
「次の訓練の時に、同じことをしなければそれでいい」
リョータロウは、勤めて冷静な口調と表情でそう言うと、ゆっくりとデスクの脇を抜け、ハルカとそしてヨシュアの前で、「解散」という言葉を付け足したのである。
「イエッサー!」
ゆっくりとオート・ドアを出て行く、リョータロウの精悍な後姿を、すっかり気落ちした二人の新人パイロットが、敬礼しながら見送った。



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