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作品名:NEW WORLD〜交響曲第一楽章〜 作者:月野 智

第31回   【LASTACT  Fly Me To The MOON】4
         *
無限の宇宙を航行する四隻の戦艦がある。
その全てが、スペック14の最新鋭艦であり、その識別コードはアンノウン。
どこの惑星に所属しているのか、どんな組織に所属しているのかも判らない、所属不明の艦隊である。
だが、実際には、対トライトニアの過激なテロリスト集団、デボン・リヴァイアサンの艦隊だ。
四隻ある戦艦の中の一隻。
司令戦艦であるその船に付けられた名は、「ワダツミ」。
かつて、ガーディアンエンジェルと激しく対立し、その総攻撃を受けて壊滅した惑星ジルーレの戦艦と、同じ名前の船であった。
ワダツミのコントロールブリッジは、水を打ったような静けさに包まれている。
その青年は、ワンセクション高い位置にある艦長席に腰を下ろしたまま、凛と鋭利な表情で、風防の向こう側に広がる無限の宇宙を見つめ据えていた。
灰色の戦闘服に身を包み、長い足を組んだまま、彼は、何か思案を巡らすように、ただ、鋭利な顔つきで押し黙る。
僅かに癖のかかった黒い髪と、静かだが、そこはかとない激しさを宿す黒曜石の瞳、凛とした精悍さを持つ端整な顔立ち。
彼は、この戦艦ワダツミの艦長であり、その名前は、ショウゴ・ニカイドウ。
ショウゴは、その年齢が31歳という、戦艦艦長としてまだ若い青年であった。
だが、指揮官としてはずば抜けて秀でた手腕を持ち、デボン・リヴァイアサンの総帥マルティン・デボンがトライトニアに拘束されて以来、その中心となって組織を動かしている、デボン・リヴァイアサン幹部の一人でもあるのだった。
無限に広がる宇宙を見つめていたショウゴの脳裏に、ふと、今日の交戦した妙な民間機のことが過ぎっていく。
たった一隻の民間機によって、彼の艦隊は、一瞬にしてその三分の二を失ってしまった。
その精悍な唇を皮肉っぽく歪め、ショウゴは、思わずこんなことを呟くのだった
「それにしても、あの民間機には本当にやられたな・・・」
たかが民間輸送船だと思っていたのに、あんな見たこともない大主砲を撃ってくるとは・・・
そのお陰で、本来のターゲットであったガーディアンエンジェルの戦闘空母と交戦することもできず、撤退を余儀なくされてしまった。
本当に、この宇宙には、とんでもない民間運送会社があるものだと、怒りを感じるというよりは、寧ろ感心する。
ショウゴが、そんな事を思った時、ダークグリーン戦闘服を纏う少女が一人、オペレーターセクションから艦長席へと続く階段を、弾むような足取りで昇ってきたのだった。
ハイティーンと思しきその少女は、冷然とするショウゴの傍らに立ち、やけに嬉しそうな表情でにっこりと笑うと、まったくその場にそぐわない黄色い声でこう言ったのである。
「ショウゴ、データ上がったよ。あの民間機、業界じゃかなり名の知れた輸送船だよ。しかもさ、アルキメデスの蜂起で、親方を拘束したとんでもない連中だった!」
肩まで伸びたライトブラウンの髪と、まだあどけなさを残す大きなへーゼルの瞳。
日焼けした頬にそばかすは目立つが、彼女は、実に可愛らしい顔立ちをした少女であった。
その少女は、ワダツミの中では“バグ・リリィ”と呼ばれている、弱冠18歳の電子戦専門のオペレーターであり、その名前をリリアン・カーティスといった。
ショウゴは、“バグ・リリィ”こと、リリアンの可愛らしい顔をちらりと見やって、戦闘服の広い肩で小さくため息を吐いたのである。
「報告はモニターに転送すればいい。前にもそう言ったはずだぞ、リリアン?」
「だって、それじゃショウゴの顔見れないじゃん?待って、今、あの民間機の詳しいデータ、モニターに出すから」
リリアンは、悪びれもせずにそんなこと言うと、遠慮もなくショウゴの眼前に身を乗り出し、艦長席のコンソールを素早く叩いたのである。
そんなリリアンを、どこか呆れたような視線で見やりながら、ショウゴは、もう一度、広い肩でため息を吐くのである。
このワダツミの中にあって、ショウゴをファーストネームで呼び、尚且つ、慣れ慣れしく彼の傍に擦り寄ってくるのは、この“バグ・リリィ”ぐらいなものである。
他の船員達は皆、ショウゴからそこはかとなく漂う重厚な威厳に畏怖を感じ、いつも一歩引いたところから彼を見ていた。
つまり、この青年は、それだけこの組織の高い位置に在る人物であり、そうやって、組織全体を見事に統率している人物であったのだ。
そんな相手にもかかわらず、リリアンは、まったく物怖じした様子もなく言うのである。
「はい、出たよ。惑星アルキメデス船籍、広域宇宙運送会社ギャラクシアン・バート商会所属、船名は「バート」。あの大砲門は“オリハラル粒子サイクロン砲”。
あの船を所有してる、この運送会社だけが特許をもってる高エネルギー粒子砲だって。
凄かったもんね?あれ?艦隊があっと言う間に減っちゃったし、その辺の駆逐艦なんかより、よっぽど良い装備してるよ。
船長の名前は、ショーイ・A・オルニー。うわ、若い・・・まだ27歳。
AUOLPの運送業務規約を掲げて、交戦宙域を突破したことが過去45回。
でも、処分は一切無し。レベル3以上の危険貨物を運んだ記録が・・・ここ一年で、14回!?
ば、馬鹿じゃないのこの船!?」
「・・・・・・」
ショウゴは、素っ頓狂な声上げるリリアンに何を答えるでもなく、肘掛に頬杖を付いたまま、眼前のモニターを眺めながら、そこに流れてくるあの民間輸送機、武装高速トランスポーター「バート」に関するデータを鋭利な視線で追っていった。
そんな彼の様子を気にするでもなく、リリアンは、実にあっけらかんとして言葉を続ける。
「せっかくガーディアンエンジェルの交信を傍受できたのに、なんか残念だったね?
スペック17Fの戦闘機も貰い損ねちゃったし・・・って言うか、あの海賊も馬鹿だったよね?欲なんか出して、こんな大砲門を装備したとんでもない船に仕掛けたりするから、あっさり沈められるんだよ。次は、もっと頭の良い連中を雇った方がいいんじゃない?」
 そう言ったリリアンにやはり何の返答せず、ショウゴは、前髪から覗く黒曜石の瞳を鋭利に細めたのである。
 デボン・リヴァイアサンの元帥、マルティン・デボンの処刑の日は近い。
 それまでに、その身柄を奪還する必要がある。
 トライトニアの大統領、ジェレミー・バークレイに反発する勢力も出てきた昨今が、一番そのミッションを実行しやすい時機だ。
 ジェレミー・バークレイが、マルティン・デボンの処刑を実行するために用意した歌姫を盾に取り、身柄の解放を要求するつもりであったが・・・飛んだ邪魔が入って拉致は失敗したと、そう報告を受けたばかりだ。
 横槍を入れたのは、他でもない、ガーディアンエンジェルの連中だ。
 “バグ・リリィ”の天才的ハッキング技術で、そのガーディアンエンジェルの通信を傍受し、今回、スペック17Fの戦闘機ごと、トライトニアがこだわる“NW−遺伝子児”を、あの“ハデスの番人”の船から引っ張り出りだそうとしたが・・・これもまた、妙な横槍で失敗に終わってしまった。
 だが、結局は、自分の戦略ミスだ。
 ショウゴは、鼻先でふんと自身をせせら笑う。
 やはり、トライトニアに直接出向き、マルティン・デボンの身柄を奪還するしかない。
既に、数十名の工作員がトライトニアに入っている。
 今、トライトニアは、あの歌姫の来国で馬鹿騒ぎをしている最中だ。
 奪還計画を仕掛けるには絶好の機会である。
マルティン・デボンの身柄を確保するためなら、多少の汚い手も辞さない。
 女子供を盾に取る汚い手など、母星にいた頃もよく使っていた。
今更、躊躇う気持ちもない。
ショウゴは、精悍な唇でだけでもう一度小さく嘲笑(わら)う。
そんなショウゴの鼻先に、可愛らしい顔を突きつけて、リリアンは、不満そうに眉根を寄せながら言うのである。
「なに一人で笑ってるの?もぉ、話し掛けてるんだからちゃんと答えてよ!」
そんなリリアンの瞳を冷然と見つめ据えて、ショウゴは、艦長席の背もたれに深くその身を委ねると、長い足を組替えながら無機質に言うのだった。
「そんな必要はない。もう持ち場に戻れ」
「なによぉ・・・ショウゴはいつもそうなんだから!ガーディアンエンジェルの通信を傍受できたの、誰のお陰だと思ってるのよ?少しぐらい誉めてくれたっていいでしょ?
そんな扱い方すると、もう仕事してやらないから!」
リリアンのその言葉に、僅かばかり呆れたような顔つきをすると、ショウゴは、片手で前髪をかきあげて、静かに唇を開くのだった。
「おまえは、よくやった。誉めてやる」
「なによそれ!?全然心がこもってないよ!」
リリアンは、ますます怒ったように眉根を寄せる。
そんな彼女を真っ直ぐに見つめながら、「この少女は相変わらずだ」とショウゴは思うのだった。
他の部下達は、ショウゴに向かって、絶対こんな口の聞き方はしない。
だが、何故この少女の天真爛漫な言動を許すのかと聞かれれば、それは、この少女の存在が、ある意味、ショウゴにとって特別な存在であるからだろう。
貧富の差が激しい偏狭惑星トリスタンで、初めてリリアンに出会った時、彼女は、ショウゴに向かってこう言った。
『生きるためならなんでもする、自分の体を売ってでもね。そうしなきゃ、トリスタンじゃ生きていけなんだ。だから、あんた、あたしを買ってよ』
当時、リリアンは13歳。
たった13歳の少女が、フッカー(売春婦)の真似事だ。
あの時、ショウゴは、思わず大笑いした。
だが、「生きるためならなんでもする」と言ったその言葉が、どこか自分の境遇に重なって、ショウゴは、そのまま、リリアンを買うことにしたのだった。
勿論、一夜のベッドを共にするためではない、組織の構成員としてだ。
彼女の天才的なハッキング技術に気付いたのは、それからまもなくのことである。
孤児だった彼女を、電子戦のオペレーターとして傍に置くようになって五年。
体はだいぶ女性らしく成長したが、中身は、あの頃と殆ど変わっていない。
ショウゴは、肘掛に頬杖をついたまま、どこか愉快そうな視線でリリアンを見やる。
そんなショウゴに向かって、リリアンは、つんと唇を尖らせながら言うのだった。
「なにかご褒美ちょうだいよショウゴ!じゃないと、ほんとにもう電子戦やってやらないからね!」
「・・・そうか、なら何がいい?言ってみろ」
そう言ったショウゴを、きょとんとした顔つきで見つめたリアンの表情(かお)が、急に、やけに大人びた表情になる。
そして、ふと、その綺麗な唇で少しだけ切なそうに笑い、彼女は、こう答えるのだった。
「・・・キス。キスしてショウゴ。あたし、もう子供じゃないんだから、少しぐらい、“女”扱いして」
その言葉を耳にした瞬間、ショウゴは、前髪の隙間から覗く黒曜石の瞳を僅かに細め、からかうような顔つきをしながら、ふんと鼻先でせせら笑う。
リリアンが、自分に対して、恋愛感情に似た気持ちを抱いていることは前から知っていた。
だが、この年頃の少女の恋心など、所詮は、はしかと一緒だ。
それに、こんな時にうるさく騒がれるのも面倒なことこの上ない。
ショウゴは、徐に頬杖を外すと、その大きな手を差し伸ばし、リリアンの華奢な肩を掴んだ。
彼女の体を強引に自分の元へ引き寄せ、その柔らかな唇に、自らの唇を重ねて瞳を閉じる。
リリアンは、一瞬、そのへーゼルの瞳を大きく見開くが、そのままショウゴの首に両腕を回し、触れる舌先にうっとりと頬を染めながら、ゆっくりと長い睫毛を伏せたのだった。
戦艦ワダツミは、惑星トライト二アに向かってその進路を取っていく。
ジルベルタ星系に到着すれば、新たなミッションがワダツミを待っている。
黒い前髪の下で、薄く開かれたショウゴの黒曜石の瞳が、鋭利な刃物のように閃いていた。


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