* ガーディアンエンジェルに所属する宇宙戦闘空母セラフィム。 その大型ドックの一角にある、パイロット・ワーク・オフィス。 そこに抜ける広い通路の突き当たりに、ツァーデ小隊隊長の専用オフィスはあった。 デスクの大きな椅子に腰を下ろし、リョータロウ・マキは、組んだ長い足に片肘を着いて、手の甲を精悍な顎にあてがいながら、渋い顔つきで眼前のモニターを眺めやっていた。 今、そこに映し出されているのは、セラフィムの通信ネットワークからダウンロードしてきた、交信記録画像である。 ディスプレイの中で、リョータロウ自身ですら、自分の容姿によく似ていると思うその青年は、精悍な唇で鋭く笑っていた。 『12年前も、今日のように警告をしてきたな?惑星ジルーレの戦艦「ワダツミ」に向かって・・・あの時、おまえが指揮していた船の名は、確か、ケルヴィム。 今、俺が指揮するこのワダツミは、そのケルヴィムに墜された「ワダツミ」の・・・亡霊だ』 それは、今日、タルタロス宙域で遭遇した所属不明艦・・・正確には、デボン・リヴァイアサン所属の戦艦「ワダツミ」の艦長、ショウゴ・ニカイドウの画像であった。 リョータロウの凛とした黒曜石の瞳が、鋭利に細められる。 ショウゴ・ニカイドウ。 その名前は、リョータロウの実兄と同じ名だ。 リョータロウが、最後に兄の顔を見たのは10歳の頃だ。 既に、14年もの月日が流れている。 はっりきりとその顔を覚えている訳ではない。 だが、おぼろげに脳裏に浮かぶ実兄の面影と、この青年の面影が、驚くほどに重なるのは、もはや、他人の空似という領域を越えているからに他ならない。 重なると言うよりは、寧ろ、まったく同じだった。 勿論、歳を重ねているがため、容姿は少なからず変わっている。 だが、いくら歳を重ねたとしても、その特徴の全てが変わってしまう事は無い。 血の繋がりというものは、決して肉親を忘れることはないのだと、今更ながら、リョータロウは思う。 間違いない。 この青年は。 デボン・リヴァイアサンに所属する戦艦「ワダツミ」の艦長は・・・七つ年上の実兄、二階堂 省吾だ。 疑問は、今、確信へと変わった。 兄は、生きている。 デボン・リヴァイアサンの構成員として、確実にそこに生存している。 リョータロウは、凛とした眉を細く鋭い傷跡が残る眉間に寄せ、実に複雑な表情をしながら、シルバーグレイの軍服の肩で大きく息を吐いた。 その広い胸元で、円柱型のペンダントトップが緩やかに揺れ、銀鈴のような涼しやかな音を上げる。 左手でそれを軽く握ると、空いている右手でコンソールを叩きデータ再生を停止させ、リョータロウは、大きな椅子の背もたれにその体を深く委ねたのだった。 ドーヴァの首都ミグニンでは、セクサノイド・イルヴァとよく似た少女に出会い、今度は、自分に良く似た青年を目の当たりにする羽目になった。 しかも、それは、ずっと死んだと思っていた実兄だ。 晴天の霹靂というのは正にこの事。 何故、兄であるショウゴが、デボン・リヴァイアサンの構成員になったのか、その理由を、今は知る由もない。 このまま行けば、いずれまたどこかで、交戦することがあるかもしれない。 その時は、躊躇うこと無く戦うだろう、例え、血の繋がった実の兄であっても。 しかし、まったく複雑な心境ではないと言ったら、それは嘘になるかもしれない。 苦々しく細めた黒曜石の両眼に、鋭利な憂いの影が落ちる。 軍服の襟を開けながら、リョータロウは、もう一度肩で息を吐き、黒茶色の癖髪に片手を入れて、ふと、天井を仰いだ時だった。 不意に、オフィスのオート・ドアが開き、そこから、ブラックブロンドの長い髪を編み込み、その髪束をグラマラスな胸元に垂らした、軍服姿の女性が現われたのである。 零れ落ちた長い前髪から覗く黒曜石の瞳が、ちらりとだけ、オフィスに現われたその女性を振り返った。 なにやら、ひどく不機嫌そうな顔つきをしてデスクの前に立ったのは、ツァーデ小隊のパイロットとして、このセラフィムに配属されてきたばかりのフレデリカ・ルーベントであったのである。 リョータロウは、心中の複雑な感情を隠し、ひどく冷静な表情で、そんなフレデリカの綺麗な顔を見つめすえた。 背もたれに身を委ねたまま、静かに精悍な唇を開く。 「ミッション、ご苦労だった。ルーベント大尉」 「フレデリカでいいわ」 さも機嫌の悪そうな声でそう答え、フレデリカは、挑発的で気強いライトグリーンの瞳で、リョータロウの瞳を凝視する。 まったく、本当に可愛げのない女だと、心中でそんな悪態をつきながら、リョータロウは、前で腕を組み、落着き払った口調で言うのであった。 「もう休んでいいぞ。次の出撃命令も、いつ出るかわからないしな。RV―019のあの出力に晒されたばかりだ、今のうちによく休養を取っておけ」 その言葉をまるで無視するように、フレデリカは、その両手をスレンダーな腰にあてがいながら、こう返したのである。 「あなたは、確かに優秀な指揮官で有能なパイロットだわ、それは認める。でも、なんだか気に入らない」 「・・・・・・」 この女は、一体、此処に何を言いに来たのかと・・・リョータロウは、片手を額にあてがって、思わず渋い顔つきをしてしまった。 「そうか、だったらそれでいい。別に、俺はおまえに気に入られようとも思わない。 俺には仕事が残ってるんだ。それが言いたかっただけなら、気は済んだだろう?もう行けよ」 「そういうところが気に入らないって言ってるのよ。今まで、私にそんな口の聞き方をした男なんて一人もいなかったわ。例え上官であってもね」 その言葉の意味がますます判らず、リョータロウは、広い肩を竦めて、思わすため息をつくと、不愉快そうに眉間を寄せながら、それでも、勤めて冷静な声色で答えるのだった。 「おまえの言ってることは、俺には理解不能だ。一体、何が言いたいんだ?『今日は大変だったな、体は大丈夫か?』とでも言って欲しかったか?」 リョータロウの返答に、フレデリカの蛾美な眉がぴくりと吊り上がった。 今までなら、周りの連中が彼女の不機嫌を察知して、直ぐに優しく労いコーヒーの一杯も差し出してきたものだ。 それが普通だと思っていた。 少なくとも、エステルでの環境はそうだった。 “鋼鉄の女王”と称される空母エステルの艦長、へレンマリア・ルーベントの娘である彼女に、エステルの船員達は皆、どこか遠慮がちであった。 それは決して、艦長であるヘレンマリアが、船員達に強制した訳でもなんでもない。 “ハデスの番人”と称されるレムリアス・ソロモンと並ぶ、偉大な母艦艦長ヘレンマリアへの畏怖が、自然と船員達にそんな態度を取らせていただけである。 しかし、フレデリカにとって、それが余りにも日常的になり過ぎていたため、元からプライドの高い彼女を、更に高慢にさせていたのであった。 つまり、彼女はある種の“プリンセス”なのだ。 だからこそ、フレデリカには、リョータロウのこの態度の方が理解不能だった。 パイロットとしてもうベテラン域にいるフレデリカだが、本当に今日のブラックアウトは、その経験の中でも一、二と争うほどの雪辱だ。 まさか、この自分が・・・と言う思いが殊のほか大きい。 だが、この自分ですら耐えることの出来なかったあの凄まじいGに、この青年は耐え切ったと言うではないか。 愛想笑いの一つも浮かべるようなら、この悔しい気持ちも多少は治められたかもしれないが、彼の態度は、その悔しさに拍車をかけるばかりである。 五年前、アルキメデスでこの青年の存在を知って興味を持ち、志願してセラフィムに来たのだが・・・当初の予想以上に、リョータロウは、フレデリカの26年という人生の中で、出会ったこともないような異質の人物だった。 フレデリカのライトグリーンの瞳が、憤慨したように鋭利に輝く。 「ええ、そうよ。それぐらい言って、コーヒーの一杯でも持ってきてみなさいよ?それが普通だわ」 本当に、この女は何を言っているのか?と、リョータロウは、実に不愉快そうに、苦々しく眉を潜めてしまう。 広い肩で軽くため息を吐いて、組んでいた長い足をゆっくりと組みかえると、リョータロウは、冷静というよりも、寧ろ冷淡な声色で言うのである。 「あの機に乗っていた全員が疲労困憊だ。何も、おまだけが疲れた訳じゃない。 したがって、俺がおまえにそんなことをしてやる必要もない。私室に戻ってよく休め。以上だ」 フレデリカは、厳しい顔つきでばんっとデスクを叩くと、真っ向から、リョータロウの端整な顔を睨み付ける。 この女は、思った以上に扱い難(づら)い。 しかも、恐らく何かを勘違いしている。 それが、実に率直なリョータロウの感想である。 エステルでどんな扱いを受けていたのかは知らないが、ソロモンが、リョータロウに対して「おまえの苦労が、また一つ増える」と言ってきたぐらいだ、きっと、とんでもない気性の持ち主なのだろう。 だが、こんなに早く、その癖のある一面を垣間見る羽目になり、なんだか頭痛がしてくる思いだ。 リョータロウは、長い前髪から覗く凛と強い黒曜石の瞳で、フレデリカのライトグリーンの瞳を見つめすえる。 綺麗な眉を吊り上げたまま、フレデリカは、そんなリョータロウを、無言で睨み付けたままだ。 顎の下で両手を組みながら、リョータロウは、物怖じすることもなく、フレデリカの視線を真っ向から受け止めて、鋭い口調で言うのである。 「聞こえなかったか?今すぐ、このオフィスを出て、私室に戻って休め。隊長命令だ」 「あなたの命令には従わない。従って欲しいのなら、私に謝りなさいよ」 やはり鋭い口調で、フレデリカはそう返す。 「何を謝れって言うんだ?ルーベント大尉?」 「あなたは、私のプライドを傷付けた、それを謝りなさい」 「プライドね・・・」 ため息と共にそう呟いて、リョータロウは、ゆっくりと席を立った。 フレデリカの鋭い視線が、そんな彼の物腰を追う。 リョータロウは、フレデリカを顧みることも無く、落着き払った表情でデスクの脇を抜けながら、再び、その唇を開くのである。 「見解の相違というやつだな。これ以上話しても無駄だ。おまえが出て行かないなら、俺が出てく。気が済むまで此処にいろよ」 その言葉に、フレデリカの憤慨は一層勢いを増すのだった。 「ちょっと!待ちなさいよ!逃げるつもりなの!?」 ますます眉を吊り上げたフレデリカの手が、リョータロウの腕を強引に掴んだ。 ふと立ち止まったリョータロウの胸元で、シルバーのボールチェーンが軽く揺れ、円柱型のトップが涼しやかな音を上げる。 長い前髪の下で黒曜石の瞳を動かすと、リョータロウは、片手を自らの髪に突っ込んで、さも不愉快そうに言うのだった。 「なんだよ?逃げるも何もないだろ?俺は、おまえとこれ以上話をしても無駄だと思った。ただそれだけだ。手を離せ」 「離さないわ、私は謝れと言ったのよ?頭を下げない限り、此処からあなたを出ていかせない!」 もはや意地になっているフレデリカは、ライトグリーンの瞳を気強く鋭利に輝かせると、尚も憤慨の様子を呈して、リョータロウの瞳を真っ向から睨み付けた。 「此処は俺のオフィスだ、出て行こうが何しようが、それをおまえにとやかく言われる筋合いはない」 凛とした眉の角を吊り上げて、リョータロウは、勤めて冷静な声でそう答えると、あからさまな不快を示す厳しい顔つきで、フレデリカの手を振り払った。 そして、シルバーグレイの軍服の裾を揺らしながら、オート・ドアへと歩いて行ってしまう。 フレデリカは、そんなリョータロウの腕をもう一度強引に掴み上げると、何を思ったか、振り返りかけたリョータロウの足首に、思い切り足払いをかけたのである。 「!?」 さすがのリョータロウも、これには意表を突かれ、思わず、バランスを崩して後方に倒れかけてしまう。 咄嗟に片手を床に着いて受身を取り、危ういところで転倒を魔逃れたが、フレデリカは、その体に馬乗りになるようにして、軍服の襟元を両手で掴み上げて、鼻先でふんと笑うのだった。 「本当にお疲れみたいね?少し気が抜けてるんじゃない?ツァーデ小隊の隊長が様ないわね、マキ少佐?」 まるで勝ち誇ったようにそう言ったフレデリカに、リョータロウは、床に仰向けになった姿勢のまま、呆れたような怒ったような、そんな複雑な表情をすると吐き捨てるように言ったのである。 「おい・・・おまえ、本当に好い加減にしろよ。俺が気に入らないならそれでいい、別に気に入られようとも思わない。それはさっき言った通りだ。だがな、おまえのくだらない『プライド』に付き合ってる暇んかないんだよ・・・・・その手を離せっ!」 「謝るまで、絶対に離さないわ。私に謝りなさい。『君のプライドを傷付けて、本当にすまなかったって』そう一言言えばいいだけの話だわ」 この女は、本当にどこまで訳のわからない女なのか、女じゃなかったらとっくの昔に殴ってた所だ!・・・と、リョータロウは、凛とした眉をますます吊り上げる。 本当に自分をプリンセスだと勘違いしているか、相当なサディストか、きっとそのどちらかだ。 とにかく、まともな性格の持ち主ではない。 少なくとも、この行動からは、そう思わざるを得なくなる。 睨むようにこちらを見つめるフレデリカを、負けず劣らず鋭い視線で睨み返して、リョータロウは、沸々とこみ上げる怒りを必死で押し殺しながら、もう一度、冷静な声色で言うのだった。 「これ以上こんなことをしていると、命令不従順で処分するしかなくなるぞ? もう一度言う、この手を離せ、ルーベント大尉。俺は、こうやっておまえのお遊びに付き合っている暇はない」 「処分したければ処分すればいいわ。私はあなたのその態度が気に入らない。だから従わない」 ここまでくると、もはや精神戦の領域だ。 相手をどう言って説き伏せるか、そのためにはどう行動するか、きっと、それで勝敗が決まるのだろう。 もしかすると彼女は、そんな駆け引きを楽しむつもりなのかもしれない。 まったくもって馬鹿馬鹿しいと、リョータロウは、端整な顔を険しく歪める。 本当に、こんなことに付き合っている暇などないのだ。 指揮官職は、戦闘以外でもやることは山のようにある。 そう思ったリョータロウが、次の言葉を出しかけた、その瞬間であった。 「マキ少佐、データメディア持ってきましたよ!」 突然、オフィスのオート・ドアが開き、やけに嬉々とした黄色い声が辺りに響き渡ると、そこに、ブリッジ・オペレーター、ナナミ・トキサカが、両手にメディアを抱えながら、さもにこやかに姿を現したのである。 だが、床に倒れたリョータロウの襟元を、鋭い表情で掴み上げるフレデリカの姿を目の当たりにしたナナミは、ピクリと眉の角を吊り上げ、一瞬、フリーズする。 そのありえない現状の衝撃と驚愕に、両手に抱えていたデータメディアを床にばら撒くと、ナナミは、可愛らしい顔を耳まで真っ赤に染め上げて、何を思ったか、セラフィムの巨大な船体を震わさんばかりの大声で絶叫したのだった。 「ル、ルーベント大尉・・・な、何してるんですかあぁぁぁぁ――――――っ!!!? こんな所で欲情でもしたんですかぁぁぁぁ――――――っ!!!!? お、男の人を襲うなんて・・・・ナナミ、ほんと信じられない!!?しかもこんな所で!!?マキ少佐に手を出すのだけは!!ほんっとにやめてくださいぃぃぃぃぃ――――っ!!」 あまりにも的を外したひどい勘違いだと、リョータロウは苦笑する。 だが、このタイミングでオフィスに足を踏み入れてきたナナミは、ある意味、リョータロウにとっての助け舟となった。 その素っ頓狂なナナミの叫びに、フレデリカが一瞬だけ気を取られた。 それを見逃さないリョータロウは、自分の襟元を抑えつけるフレデリカの手を両手で掴み上げ、その豪腕で思い切り押し返すと、跳ねるようにしてその場から立ち上がったのである。 「きゃ・・・っ!」 後方に押し飛ばされたフレデリカが小さく悲鳴を上げ、倒れかけて素早く受身を取った。 リョータロウは、襟元を片手で直しながら、眼前で跳ね起きたフレデリカを、凛と強い眼差しで睨みすえ、先程以上の鋭い声色で吐き捨てるように言うのである。 「今日は大目に見てやる。もう部屋へ戻れっ、今すぐにだ・・・っ!」 フレデリカは、長い睫毛が縁取るライトグリーンの瞳を鋭利に細め、厳しい顔つきのままその場で立ち上がると、ふくよかな裸唇の奥でひどく悔しそうに答えるのだった。 「いつか謝らせてみせるから・・・ちゃんと覚えておきなさいっ!」 その綺麗な顔をさも恐ろしげに歪め、フレデリカは悪びれることもなく、ブーツのかかとを鳴らしながら、さっさとオート・ドアを出て行ってしまったのである。 そんな彼女の後姿を苦々しい視線で見送りながら、リョータロウは、片手を額にあてがって、広い肩で大きくため息をついたのだった。 「ほんとに可愛くねー女だな・・・っ、全然訳がわかんねー・・・っ!」 沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、思わずそんな事をぼやいて、実に渋い顔をするリョータロウが、さも面倒臭そうに前髪をかきあげる。 そんなリョータロウの元へ慌てて駆け寄って、ナナミは、ひどく心配そうに眉根を寄せながら、開口一声、こんな素っ頓狂な言葉を口にしたのだった。 「マキ少佐!何もされませんでしたか!?だ、大丈夫ですか!?」 未だに何かを勘違いしているナナミに、僅かばかり呆れたような視線を向けると、リョータロウは、説明するのも面倒だと言わんばかりに、大きくため息をついたのだった。 そして、オフィスの壁に広い背中を凭れかけると、なにやら、力の抜けたような声で短く答えたのである。 「大丈夫だ」 長い指先で再び髪を梳き上げたとたん、なんだか、急にひどい眩暈を感じて、リョータロウは、そのまま、ずるずると床の上に座り込んでしまう。 「マキ少佐!どうしたんですか!?やだ、大丈夫ですか!?メディカル・セクションに行きかすか!?」 ナナミは、へーゼルの瞳を驚いたように見開くと、そんなリョータロウの眼前に座り込み、その広い肩に両手を乗せたのだった。 「そんな必要はねーよ・・・少し疲れただけだ」 リョータロウは片手で目元を抑えたままそう答えると、実に苦々しい思いで、三度大きくため息をつく。 流石に、RV−019のあの出力に晒されたばかりだ、強靭であるはずのその身体にも、かなりの負担が掛かったはずだ。 そこに来て、先程の『あれ』だ。 電池に切れになってもおかしくはない。 まったく・・・どういう日なんだ今日は? 新型レイバンの馬鹿のような出力にブラックアウト寸前になり、死んだと思っていた実兄がデボン・リヴァイアサンの戦艦指揮官として生きていることを知り、その上、フレデリカにはあんな風に突っかかってこられる始末。 厄日というなら、それはこんな日のことを言うのだろう。 さすがのリョータロウも、疲れを感じずにはいられない。 そのせいなのだろうか、急に、とてつもない眠気に襲われてくる。 前傾しそうになった広い胸元で、円柱型のペンダントトップが、何かを語りかけるように小さく鳴った。 ふっと遠のきそうになる意識の中に、未だ、その脳裏に焼き付いて消えない、あの美麗なセクサノイドのあどけない笑顔が横切っていく。 情けねーよな・・・・・・メイヤ。 長い前髪の下で細められた黒曜石の瞳に、微かな憂いの影が落ちる。 前のめりに倒れかけたリョータロウの体を、ナナミは、咄嗟に両腕で抱きとめて、顔を真っ赤に上気させると、慌てたように聞くのだった。 「やだ!本当に大丈夫なんですか!!?」 リョータロウは、そんなナナミの華奢な肩に、広い額を押し付けるようにして、今にも途切れそうな意識の中、僅かに掠れた声で言うのである。 「悪い・・・少し肩貸せ・・・」 「は、はい!!」 やった!ら、らっきー!!、とは口にせず、ナナミは、やけに嬉々とした表情で、ここぞとばかりにリョータロウの広い肩を抱き締めたのだった。 セラフィムに搭乗して早六年。 片思い歴は七年。 こんなに近くでリョータロウの身体に触れたことも、その体温を感じたことも、一度もなかった。 ナナミの心臓が、堪えきれないほど、どきどきと大きな音を立てる。 鼻先が触れそうなほど近くにあるリョータロウの端整な顔が、疲れきったように険を失っていき、やけに幼い表情に見えた。 か、可愛い・・・可愛いよ、マキ少佐!! やだ、どうしよう!?ナナミ、今夜眠れなくなっちゃうよぉ・・・!! やだ、ほんとにどうしよう!?ナナミ、どうしよぉぉぉぉぉ――――――っ!!? ナナミは、頬を赤く染めたまま、心中でそんな大絶叫を上げると、ついつい良い気になって、リョータロウのふんわりとした癖髪に、自らの頬を摺り寄せたのある。 ナナミが、それほどまで狂喜乱舞していることなど、全く知らぬまま、リョータロウは、もはや、何も考えたくないと、そんな情けない事を思う自分に気付きながら、ゆっくりと瞳を閉じて浅い眠りに落ちていった。
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