* 無限の宇宙空間を航行する大型戦闘空母セラフィムの甲板には、鮮やかなブルーの船体を持つ、武装高速トランスポーター「バート」が曳航されている。 どの惑星国家にも属さない巨大組織ガーディアンエンジェルが誇る、戦闘母艦セラフィムの内部に設置された、艦長専用リビング。 その大きなソファに身体を投げ出して、迫り来る巨大なフレアを、ブラックアウトもせずに逃れたリョータロウ・マキは、軍服の釦をあけたまま、自らの額と目に冷えたタオルをあてがっていた。 その傍らでは、ソファの肘掛に腰を下ろしながら、ギャラクシアン・バート商会の代表者、ショーイ・オルニーが、実に愉快そうな視線でリョータロウを眺めている。 ショーイは、前で腕を組んだ姿勢で、相変わらずの高飛車で冷静な口調で言うのだった。 「さすがのマキ少佐も、今回ばかりは、だいぶお疲れのようだね?で、レイバンの新型機、乗り心地はどうだった?」 「・・・・・・殺されるかと思った」 それが全ての感想だ。 それ以上、何も言うことはない。 そんな事を思って、大きくため息を吐いたリョータロウを見つめたまま、ショーイは、珍しく、その知的な唇に極自然な微笑を刻んだのである。 「RV―019に殺されかけなきゃ、あのフレアからも恒星風からも、逃げられなかっただろうけどね。最新鋭イグナイトエンジンのリミッターを外すなんて、君のその無謀と言える勇気には、本当に感心するよ」 「あんたらの無謀ともいえる勇気にもな」 力ない声でそう返して、リョータロウは、いまだにぐらぐらする頭を軽く振りながら、目を覆っていたタオルを外したのだった。 「うちの船員達ですら全滅したっていうのに、あの出力に晒されながら、ブラックアウトもしなかったマキ少佐の強靭な肉体と精神には、頭が下がる思いだ」 本気とも冗談ともとれない口調でそう言って、ショーイは、もう一度愉快そうに笑う。 そんなショーイを、長い前髪の下からちらりと見やり、リョータロウは訝しそうな顔つきをして、思わずこう聞くのだった。 「それは誉めてるのか?貶してるのか?」 「勿論、誉めてるのさ」 そんな二人のやり取りを、先程から、向かいのソファで愉快そうに眺めていたセラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンが、唇を柔和にもたげたまま、徐に口を開く。 「ユダの船員達には申し訳ないが・・・おまえ達全員が無事で、本当によかったよ」 リョータロウと、ショーイの視線が、そう言ったソロモンの方に向けられる。 白いショートローブを纏う肩をすくめ、片手で眼鏡を押し上げながら、ショーイは言うのだった。 「でも、ソロモン・・・そうやって、いつまでも喜んでる訳にもいかないんじゃないのかい?あの所属不明艦隊、デボン・リヴァイアサンの一派なんだろ? 連中は、あそこでガーディアンエンジェルが来るのを待ち伏せしてた・・・僕にはそう思えて仕方ないよ」 そう言ったショーイの両眼が、鮮やかな赤毛の下で、心なしか鋭利に細められる。 ソロモンは、組んだ足に両肘をつきながら、端整な顎の下で両手を組むと、落着き払った口調で答えて言うのだった。 「そうだな・・・その可能性は高い。下手をすると、ユダの積荷の内容も、それが何処に運ばれるものかも知っていた。もしそうだとしたら、連中は、ガーディアンエンジェルの情報を、なんらかの手段で入手したということになる」 「ガーディアンエンジェルの通信網を傍受するか、スパイがいるか、そのどちらかってとこだろうね。デボン・リヴァイアサン・・・一体何をするつもりでいるのか・・・ まぁ、さして頭の良いことを考えているとは、思えないけど」 ショーイは、そう皮肉って、実に嫌味な表情で知的な唇をもたげたのである。 そんなショーイの言葉の語尾に、ソファに身を投げ出したままでいる、リョータロウの声が重なった。 「組織自体の頭が悪くても、あの艦隊は別もんだと思うぞ。少なくとも、あの艦隊の司令官は、ただの馬鹿じゃない。オリハラル粒子サイクロン砲から、四隻も船を生き残らせたんだ。バートの大主砲射程に入って、生き残る船なんて、そうそういるもんじゃないだろ?」 ソロモンは、疲れた顔で天井を仰ぐリョータロウに、その紅の瞳をゆっくりと向けると、顎の下で両手を組んだまま、冷静な声で聞くのだった。 「リョータロウ、一つ聞きたいことがあるんだが・・・聞いてもいいか?」 「なんだよ?改まって・・・なんか気持ち悪ぃぞ?」 リョータロウは、片手を額にあてがった姿勢でゆっくりと半身を起こし、向かいのソファに座るソロモンを、訝しそうな視線で見つめやる。 端整な唇を軽くもたげながら、ソロモンは静かに言葉を続けた。 「以前おまえは、家族は全員死んだと、そう言っていたな?」 「ああ・・・本当に死んだからな」 「・・・家族以外で、近しい親族の中に、誰か生きてる人間はいるか?」 「はぁ?なんだよいきなり?」 「デボン・リヴァイアサンの艦隊司令官が・・・おまえによく似ていたんだ。とても、おまえと他人とは思えないほどな」 「・・・ふーん、だからどうした?」 まったくもって無関心といった様子で、リョータロウは、頭の後ろで腕を組みながら、広い肩で大きく息を吐く。 そんなリョータロウを諌めることもなく、ソロモンは、顎の下で両手を組んだまま、静かな口調で言葉を続けた。 「まるで、おまえの数年後の姿を見ているようだった。本当に、おまえによく似ていたんだ、デボン・リヴァイアサンの戦艦『ワダツミ』の艦長は・・・。 彼は、ショウゴ・ニカイドウと、名乗っていた」 ソロモンの口から、その名前が出たとたん、リョータロウは、驚愕したように大きく両眼を見開き、羽織っただけの軍服の肩を揺らしたのである。 不意に、その精悍で端整な顔が複雑な表情で歪められ、黒茶色の長い前髪から覗く凛とした黒曜石の瞳が、鮮烈な困惑を宿した。 その視線が、ゆっくりとソロモンを振り返る。 リョータロウのあからさまな表情の変化を、ソロモンも、そして、ショーイも見逃すことはない。 「おやおや・・・なにか思い当たるふしがあるようだね?マキ少佐?」 片手で眼鏡を押し上げながら、その下の瞳をちらりとリョータロウに向けて、ショーイは、そんな言葉を口にする。 リョータロウは、細い傷跡が残る眉間を寄せながら、それでも、冷静さを失わない低い声で答えて言うのだった。 「二階堂 省吾・・・・・・ショウゴ・ニカイドウは・・・兄貴の名前だ」 「・・・・・・・・・」 一瞬、ソロモンも、そしてショーイも沈黙する。 しばしの間を置いて、最初に口を開いたのはショーイであった。 鮮やかな赤毛の髪をかきあげながら、相変わらずの口調でショーイは言う。 「姓が違うようだね?もしかして、僕とトーマのように、両親のどちらかが違う・・・ってことかな?」 「いや・・・・・・兄貴は、俺がまだ7歳だった頃、親父の上官に気に入られて、養子に出された。そこから、あんまり会うこともなかった。最後に兄貴に会ったのは、兄貴が、ジルーレの戦艦に搭乗する前のことだった・・・だから、もう顔もまもとに覚えてない」 リョータロウが、兄についておぼろげに覚えていることがあるとすれば、ジルーレ宇宙軍の戦艦ドックで見た後ろ姿だけだった。 歳の離れた兄は、あの時、リョータロウを振り返ることなく、ただ一言、「陵太郎・・・生きるためなら、なんでもしろ」とそう言い残して、宇宙へ旅立った。 当時、兄はまだ17歳。 その兄が乗船した戦艦の名は、「ワダツミ(海神)」。 軍のエリートで士官候補だった兄もまた、母同様、父親の出世の道具でしかなかった。 家族は“物”だった。 父親の野心を満足させるだけの体(てい)の良い道具。 それに疲れた母親が自らの命を絶ち、それから二年後、兄の乗っていた戦艦ワダツミは、当時、ソロモンが指揮していた、ガーディアンエンジェルの高速戦艦ケルヴィムに撃沈され、宇宙の藻屑となった。 だからこそ余計に、ジルーレを脱出したシャトルがケルヴィムに救われた時、リョータロウは、猛犬のようにソロモンに反抗していたのだ。 「兄貴が・・・生きてるはずがない」 リョータロウは、どこか他人事のように、ぽつりとそう呟いた。 もし実兄が生きていたとしても、今更、恋しいとか、会いたいとか、そんなことが胸を過ぎる訳でもないし、その実感もない。 今のリョータロウにとって、家族にも等しい大切な存在があるとしたら、それは・・・ソロモンであり、ハルカであり、盟友とも言うべきショーイであり、そのショーイが率いるバートの連中と、このセラフィムだ。 でも、もし、本当に兄が生きているのだとしたら・・・どこか複雑な気分だ。 凛とした眉を眉間に寄せて、ふと、天井を仰いだリョータロウが、黒曜石の瞳を僅かに細める。 そんなリョータロウの心中を察したのか、ソロモンは、端整な唇を柔和にもたげると、冷静な口調で言うのだった。 「デボン・リヴァイアサンが所有する『ワダツミ』の艦長が、おまえの実兄かどうかは、詳しく調べてみないと判らない。通信画像が残ってる。おまえも、後で確認してみるといい。だが、本当の問題は、ワダツミの艦長がおまえの実兄か否かではなく、そのワダツミが、どうしてセラフィムを奇襲しようとしたのか・・・だ。 もし、連中が、事前にユダの積荷の内容を知っていたのだとしたら、即急に通信暗号コードを変更しなければならないし、こんなことはしたくないが、船員達の現況を調査するしかなくなる。もしかすると、ミグニンで『アンジェリカ』を拉致しようとした事とも、何か関係があるのかもしれないしな」 ソロモンの言葉に、リョータロウは、軍服の釦を締めながら、凛と強い顔つきで頷いた。 そんなリョータロウを横目で見やりながら、ショーイは、皮肉っぽく鼻先で笑って、ゆっくりと唇を開いたのである。 「デボン・リヴァイアサンは、あの『アンジェリカ』を拉致しようとしたんだ? 実に典型的な手だね。デボン・リヴァイアサンは、彼女を人質にして、マルティン・デボンの身柄でも要求するつもりだったんだろう。テロリストらしいやり方だ。 彼女はこれから、惑星トライト二アでの公演を控えてるって、うちのフウ・ジンタオが言ってたよ。どうやら、ジェレミー・バークレイ直々の招きらしい」 その言葉に、不意に、ソロモンと、リョータロウの表情が鋭利な面持ちへと豹変した。 「トライトニアで公演だと?」 リョータロウの鋭い問い掛けに、ショーイは、皮肉な微笑を浮かべたまま答えて言う。 「ああ。フウが、彼女の大ファンでね。セラフィムの士官なんてやってると、音楽情報には全く無知だと思うけど・・・『アンジェリカ』はこれから、15惑星を廻るユニバーサル・コンサート・ツアーなんだそうだ。その皮切りが、惑星トライトニア。 そして、その公演初日が、マルティン・デボンの死刑執行日。 デボン・リヴァイアサンの思惑も、ジェレミー・バークレイの思惑も、判りすぎるほど判って、実に愉快だよ」 何か嫌な予感でも感じたのか、リョータロウは、凛とした黒曜石の瞳を鋭利に細め、咄嗟にソロモンを振り返ったのである。 「ソロモン、『アンジェリカ』の身辺調査はどうだったんだ?万が一、彼女が“イヴ”だったら、今、トライトニアに行かせるのはまずいんじゃないのか?」 リョータロウの言葉に、いつもは冷静なショーイの顔が、不意に、鮮烈な驚きで満たされる。 「『アンジェリカ』が・・・イヴ?それは、どういうことだ?」 その質問に返答したのは、ソロモンの落着き払った声であった。 「ショーイ、おまえはもう知っていると思うが、ガーディアンエンジェルは、ここ五年、アルキメデスで消息を絶った“イヴと思しき少女”を探していた。 結局行方はつかめなかった・・・だが、此処にきて、リョータロウとハルカが、“イルヴァによく似た少女”を、ミグニンでデボン・リヴァイアサンから救った。 それが、『アンジェリカ』だ。 彼女の身辺調査を開始したのは昨日だ、まだ何もインフォメーションからは上がってきてない・・・此処まで言えば、おまえならもう察しがつくだろう?」 ショーイの唇が、ふと、なにやら愉快そうにもたげられる。 ゆっくりと前で腕を組みながら、軽く首を傾げた姿勢でショーイは言う。 「・・・・・・そう。それはまた、少し厄介なことになりそうだ」 「なぁ、ショーイ?バートの今後の航行予定は、どうなってるんだ?」 「聞きたい?」 ソロモンの質問に、ショーイは、にやりと唇をもたげると、片手で眼鏡を押し上げて、さも得意気に首を傾げて見せる。 その仕草に、ソロモンは小さく笑った。 「ああ、是非聞いてみたいところだな」 「惑星トライトニアへ・・・そこでレベル3薬物を積んで、ファイマール星系の工業惑星アーバンまで」 ショーイの返答に、片手で前髪を梳き上げながらリョータロウまでもが、愉快そうに唇の端をもたげた。 「さすが、ギャラクシアン・バート商会だ・・・とてつもなくタイミングがいいじゃんか」 その言葉の語尾を、さも愉快気な表情と口調でソロモンが続ける。 「知っての通り、セラフィムは、そう簡単に惑星トライトニアには近づけない。近づいたら、即時交戦だ・・・」 「物資輸送以外のご依頼は、お高くなりますが、いかがいたしますか?」 一体、セラフィムの士官たちが何を言いたいのか、その全てを察し、ショーイは、鼻先で笑いながらそんな言葉を口にする。 「よろしく頼むよ。詳しい依頼内容は、後でバートに送信しておく」 ソロモンの返答に、ショーイは、知的な唇でもう一度ニヤリと笑うと、わざとらしく敬礼しながらこう言うのだった。 「毎度ご利用ありがとうございます。代金は、いつもの口座にどうぞ」 「わかった」 相変わらず商売っけは事欠かないショーイに、ソロモンは、ひどく可笑しそうに笑う。 そんな二人のやりとりを聞いていたリョータロウが、喉の奥で笑いを押し殺しながら言うのだった。 「相変わらず、あんたは商売が上手いよな?ほんと、良い性格してるよ」 「企業は、利益を追求してこそ成り立つものだからね。それに、ガーディアンエンジェルの仕事はこちらにもリスクがある。だから、頂くものはきちんと頂く」 そう答えて、ショーイは、ゆっくりと肘掛から立ち上がると、白いショートローブを揺らして、ソロモンとリョータロウに背中を向けたのだった。 そして、肩越しにちらりとセラフィムの指揮官達を振り返りながら、愉快そう笑って言葉を続けたのだった。 「じゃ、そろそろ行くよ。もう、トーマも、他の船員達も、そろそろ悪夢から覚める頃だろうから」 ショーイのその言葉が、終わる終わらないかの内だった、不意に、リビングのオート・ドアが開き、そこから、ブルーシルバーの軍服を纏った一人の少年が姿を現したのである。 「あれ?ショーイ?此処にいたんだ?ちょうどよかった!みんな、目を覚ましたみたいだよ」 澄み渡る大きな黒い瞳が、ショーイの顔を真っ直ぐに見つめてくったくなく笑った。 艶やかなストレートの黒髪と、少女のような繊細さを持つ端整な顔立ち。 それは、他でもない、ハルカ・アダミアンだったのである。 「例外なく、君もブラックアウトしたんだって?まぁ、それが普通だ・・・おかしいのは、君の上官殿の方なんだろう、きっと」 知的な唇を軽くもたげて、ショーイは愉快そうに笑った。 そんなショーイの白皙の頬に、実に心外そうなリョータロウの視線が突き刺さる。 だが、ショーイ・オルニーという青年は、そんなことにはまったくもって物怖じしない。 その三者のやり取りを、可笑しそうに眺めていたソロモンが、ふと、何か思惑有り気に微笑すると、ソファの背もたれに深くその身を委ねながら、徐に口を開くのだった。 「ショーイ・・・もし、よかったらだが・・・今回のギャラクシアン・バート商会の仕事に、ハルカを同行させてもらえないか?」 突然のその提案に、ショーイは殊更愉快そうに唇をもたげると、軽く片手を上げたのだった。 「“イヴ”には“アダム”って訳?別に構わないよ。まぁ、バートの慣習に、育ちの良いハルカがついてこれるならの話だけど」 「え?え?何?何なのレムル??何の話???」 いきなり自分の名前を出されて、ハルカは、訳もわからずきょとんとすると、愉快そうに笑うショーイと、思惑あり気なソロモンの顔を交互に見回したのだった。 「名案だ。ツァーデ小隊隊長からも、何の異議もない」 ソロモンの思惑を察したリョータロウが、ソファに腰を下ろしたままの姿勢で、ひどく戸惑った顔をするハルカを横目で見やりると、ひどく愉快そうに微笑する。 女医ウルリカの言葉とおり、ソロモンとリョータロウに「無事」の報告を入れに来ただけなのに、年長者三人が一体何を言っているのか全く判らずに、ハルカは殊更困惑してしまう。 それにも関わらず、何の説明もないまま、ソロモンの口から出た言葉はこうだった。 「ハルカ・アダミアン。ドーヴァにおける、重大ミスの処分内容を変更する。謹慎二日を撤回し、他船における労働に変更。今日から数日、おまえは、オルニー船長の下で働いてこい。業務内容は、追ってオルニー船長から通達される。俺からは以上だ」 「え?え??え―――――――――っ!!?」 突然のその通達に、ハルカは、驚愕に大きく両眼を見開いて、素っ頓狂な叫びを上げながら、ひたすらソロモンの顔を見つめすえた。 その様子を、リョータロウと、そしてショーイは、喉の奥で笑いを押し殺しながら、さも可笑しくて仕方ないと言った様子で眺めやっている。 NW−遺伝子を持つ少年ハルカが、再び、あの美しい『宇宙の歌姫』と再会するのは、もうまもなくの事である。
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