【LASTACT Fly Me To The MOON】
* その惑星は、まるで、巨大なサファイアのように美しく輝いていた。 青い海と、緑の大陸の境界線がはっきりと見える。 白い大気が綺麗な筋を描きながら、たゆたうように青い惑星を包み込んでいく。 その軌道には、金色に輝く優美な衛星が、ゆっくりとたおやかに周回していた。 なんて、綺麗な惑星なんだろう・・・ 今、うっとりと眺める蒼い惑星は「早く帰っておいで」・・・と、まるで、母のように語りかけていた。 耳元で、誰かが優しく囁く。 『あの惑星(ほし)まで、一緒に行こうよ』 そっと彼の右手をとる、白く柔らかな手。 ふと、傍らに目を向けると、そこには、一人の美しい少女が微笑んでいた。 それは、清楚で繊細で、この青い星の衛星のような、たおやかな美貌を持つ少女である。 この惑星と同じ色をした、澄み渡る綺麗な蒼い瞳。 揺れながら宇宙に広がる、輝くような金色の髪。 その少女には、見覚えがある。 『あれ・・・?どうして・・・君がこんな所にいるの?』 その問い掛けに、彼女は、艶やかな唇にとろけるような甘い微笑みを浮かべると、白くしなやかな両手を伸ばし、彼の頬をそっと包み込んだのである。 『だって、私は・・・・・・』 そう言いかけた彼女の肢体を、白い光の渦が飲み込んでいく。 『待って!どこにいくの・・・っ!?』 眩しさに顔を庇いながら、彼は、必死で彼女の手を差し伸ばした。 だが、彼女の甘い微笑みは、広大な光の渦の中に消えて行ったのである。
ハルカ・・・大丈夫ですか?ハルカ・・・?
聞き覚えのある声が、心配そうに自分の名前を呼んでいる。 艶やかな前髪の下で伏せられた長い睫毛が微かに揺れ、ハルカ・アダミアンは、広大な宇宙を思わせる澄んだ黒い瞳をゆっくりと開いたのである。 その視界に飛び込んでくるサファイア色の瞳が、何故か、涙に潤んでいた。 綺麗な眉を眉間によせ、食い入るようにこちらを覗きこんでいるのは、夢に出てきた少女によく似た、清楚で繊細な美貌を持つセクサノイドであったのだ。 その青く長い綺麗な髪が、頬にかかっているのが判る。 「あ・・・あれ?・・・イルヴァ?」 ハルカは、まだぼんやりとした頭を軽く横に振ると、片手を髪に突っ込んで、大きな瞳をきょとん瞬きさせながら、イルヴァの顔をまじまじと見つめすえたのだった。 「良かった・・・!心配しました!」 イルヴァはそう言うと、安堵したように肩をすくめて、ベッドの上に横になるハルカをぎゅっと抱き締めたのである。 それはまるで、やっと家に帰ってきた息子を迎え入れる母親のような仕草だった。 今、自分がどんな状況に置かれているのか判断できず、ハルカは、戸惑ったようにきょろきょろと辺りを見回したのである。 そこは明らかに、空母セラフィムの医務室だ。 「僕・・・セラフィムに帰ってこれたんだ・・・・・・」 そう呟いた瞬間、何かに気がついて、ハルカは、慌てたようにイルヴァに聞いたのである。 「イルヴァ!リョータロウは!?トーマは!?みんな無事なの!?」 その質問に答えたのは、いつの間にやらベッドの横に立って、ディスプレイに映し出されたカルテをチェックしてた、女性医師ウルリカ・クレメノフだった。 「みんな無事よ。マキ少佐以外は、全員ブラックアウトして帰ってきたけどね」 ハルカは、ベッドの上でゆっくりと体を起こしながら、愉快そうに笑うウルリカに振り返ると、安堵したように大きくため息を吐いたのである。 「よかった・・・みんな戻ってこれたんだ・・・」 そう言って、未だ冴えない顔色のまま、黒く大きな瞳をイルヴァへと戻すと、ハルカは、ニッコリと微笑んでみせるのだった。 「ただいま、イルヴァ。ごめんね、心配させて」 「いいんです。あなたが無事なら、それで」 イルヴァはそう答え、まるで花が咲くようにたおやかに笑うと、ハルカの頬にその綺麗な頬を摺り寄せたのである。 その様子を、さも愉快気な視線で眺めながら、白衣のポケットに両手を入れてウルリカは言うのだった。 「相変わらず、イルヴァは過保護ね?大丈夫だって言ったのに、全然ハルカから離れないんだから」 ウルリカはローズルージュの唇で可笑しそうに笑って、照れくさそうなハルカの肩をぽんと軽く叩いたのである。 「頭がしゃきっとしたら、早く着替えて、艦長とマキ少佐のところに無事を報告しに行ってきなさい」 艶やかな黒髪を揺らしながら自分の身なりを見回すと、ハルカはそこで初めて、自分がまだパイロットスーツのままだということに気がついた。 何故か、可笑しそうに笑うと、「了解」と答えて、ハルカは、その澄み渡る大きな黒い瞳で、もう一度、イルヴァの顔を見つめ返す。 イルヴァは、惑星ドーヴァで出会った歌姫とそっくりの笑顔で、小さく首を傾げると、そんなハルカの髪を慈しむように撫でるのだった。
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