* 堅く閉じていたユダのコンテナが、目の前で、今、ゆっくりと開いていく。 ヘルメットシールドを上げ、鋭い眼差しでコンテナ扉を見つめていたツァーデ小隊隊長リョータロウ・マキの背後で、キャラクシアン・バート商会の連中が、「さすが天才児!」と歓喜の声を上げたのだった。 それは、トーマと共にハルカが此処からブリッジに向かって、僅か120秒だった。 リョータロウの傍らに立っていた、T―2のパイロット、フレデリカ・ルーベントが、流石に安堵した様子で小さく息を吐く。 黒いパイロットスーツに覆われた、スレンダーな腰に片手をあてがったまま、フレデリカは、どこかからかうような口調で、コンテナの中へと足を進めるリョータロウに言うのだった。 「随分とクールなのね?もう少し嬉しそうな顔したら?」 「まだやることは残ってるだろ?喜んでる暇なんか無い。おまえも、余計なことを言ってるぐらいなら、早く自分の機体へ行け」 凛と強い表情のまま、冷静な声色でそう答えると、灯りの点き始めたコンテナの内部を見回したのだった。 フレデリカは、少々不満そうに蛾美な眉を寄せ、そんなリョータロウの落着き払った横顔をまじまじと凝視する。 この青年は、これまで出会ってきた男とは何かが違う・・・と、フレデリカは、そんな私的なことを思う。 戦闘空母エステルの艦長、ヘレンマリア・ルーベントの実の娘であるフレデリカに、皆、どこか遠慮がちだった。 だが、リョータロウは違う。 まったく遠慮などしない。 愛想笑いすることもなければ、機嫌を取るような真似もしない。 それどころか、寧ろ冷淡だ。 そんな彼の態度が、なんだかひどく気に入らない。 フレデリカは、その気強いライトグリーンの瞳でジロリとリョータロウを睨むと、「イエッサー」と答え、憮然とした表情のまま、薄暗いコンテナの中を自分の機体に向かって歩き出したのである。 薄い灯りの下に整然と並べられた真新しいダークブラックの機体が、青い六芒星のエンブレムが描かれた主翼を畳んだ状態で、静かに佇んでいる。 まるで、獲物を狙う猛禽類のような印象を受ける、シャープで洗練された機体の造形。 レイバンは、重力圏内戦闘も意識して製造されているため、キャノピ(風防)の下にはエアブレーキが装備されている。 前期型であるRV−018は、デルタ型の主翼が印象的だったが、新型のRV−019の主翼は前進翼だ。 だが、二其のメインバーニアの脇に取り付けられた尾翼はデルタ型。 上から見ると、その翼はX型に見えるだろう。 大気圏内航行用の垂直尾翼に刻まれているのは、T―1からT―10までの機体番号である。 既に主要火器ソドムシンク砲も、ミサイルユニットも装備されており、このまま、戦闘にも出れるはずだ。 リョータロウは、その隊長機T―1の元へ足を進めながらグローブを外し、機体下部の生体センサー掌をかざしたのだった。 『TD―3804S18140、R・MAKI.Mj』 コクピットのメインモニターにその表示がなされると、畳まれた主翼の袂からゆっくりと搭乗ウィンチが下がり、特殊ガラスのキャノピが開く。 ウィンチからコクピットに飛び乗ったリョータロウは、コンピュータの起動スイッチを入れた。 モニター上部に設置された個人識別センサーが赤外線を照射し、リョータロウの網膜データを採取すると、突然、コンピュータに合成されている女性の声が、こう返答したのである。 『ナビゲートシステム“キリア”は、この人物を本人と確認。承認します。承認IDを入力し、航行システムを起動してください』 それは、RV−018には無かった新しい機能だ。 なにやら、少々困惑したように眉間を寄せつつ、リョータロウは、極めて冷静な面持ちで、メインモニター下部から迫り出したコンソールに、承認IDを打ち込んだのである。 RV−019、T―1のメインコンピュータが起動を開始。 モニターに次々と開いていくウィンドウに、この機体に関する全てのデータが表示され、滝のように流れてくるそれを優れた視力で追うと、他のRV−019の航行システム初期化項目を探し当て、選択し、エンターを押す。 『アクセスします。全機、航行システム初期化まで、残り30秒』 ナビゲーター“キリア”と名乗るシステムプログラムは、そう返答した。 なんだか、うっとうしいな・・・と、端整な顔を苦々しく歪めながら、リョータロウは、コンソールを叩いて、自機の航行システムのチェックに入った。 整然と並べられたRV−019のメインモニターが点き、そこに、T―1から送信された司令データが一斉に表示される。 その時、T―1の機体下部の方から、やたらと元気の良い声が、コンソールを叩くリョータロウの耳に響いてきたのだった。 「リョータロウ!ただいま!!」 リョータロウが、ふと、その黒曜石の瞳をコクピットの外側に向けると、そこには、トーマと、そして、このコンテナのロックを解除した本人、ハルカ・アダミアンが立っていたのである。 嬉々とした顔で手を振るハルカに、「相変わらず、レイバンパイロットの自覚がない」と、思わず苦笑しながら、リョータロウは大きく言うのだった。 「リョータロウじゃない、隊長だ。ご苦労だったハルカ、T−6を探して機体前で待機。まだキャノピが開かない。航行システムの初期化が終了したら、T―1からリモートで全機のキャノピを開く」 「了解!!」 ハルカはニッコリと笑ってそう答えると、自機の機体番号を探してその下に立った。 リョータロウは、それを確認した後、なにやらにんまりと笑いながらT―1の下に佇むトーマを振り返ったのである。 どこか呆れた様子で、リョータロウは叫ぶように言う。 「何笑ってんだよ?そんな顔してる場合じゃねーぞ、トーマ!バートの連中を連れて好きな機体のところへ行け。キャノピが開いたら直ぐに搭乗しろよ! 」 「笑わずにいられるかよ!レイバンの新型機体だぞこれ?まさか、これに搭乗できるなんてな!なんか得した気分だ」 「いいから早く行けよ。この機体、RV―018よりも複雑な作りだ、くれぐれも、コクピット内の余計なところを触るなよ!」 その言葉に、殊更にんまりと笑って見せると、トーマは、わざとらしく敬礼すると『了解!マキ少佐!』と答え、バートの船員達とともに搭乗機体へと走ったのである。 それと同時に、ナビゲートシステム“キリア”が、『全機、航行システム初期化を完了しました』と報告してきた。 リョータロウは、黒曜石の瞳を凛と細め、素早くコンソールを叩いてT―1以外の機体のキャノピをオープンさせた。 ヘルメットシールドを下ろし、モニターに映し出された、全機体の搭乗状況を確認しつつ、ちらりとだけ、現在の宇宙標準時間を示すデジタル表示を見やると、既に、恒星風到達時間は残り6分34秒となっていた。 『フレデリカ・ルーベント、搭乗完了』 『ハルカ・アダミアン、搭乗完了』 T―2、T―6からの通信に、リョータロウは、『了解』と答えて、T―1、T―2、T―6以外の機にオートマニューバをセットすると、座標を打ち込み、コンソールをクローズ。 同時に、全機、キャノピクローズ。 もう、あまり時間がない。 リョータロウがミサイルロックを解除すると、風防の下にデジタル照準レンジが表示され、その中に、眼前に聳える強固な装甲扉を補足する。 通信回線を開き、凛と鋭い声色でリョータロウは言うのだった。 「全機、メインエンジン点火。T―1がゲートを破壊したら、最大出力で発進。座標軸N308SH550まで全速離脱」 『了解』 『了解』 フレデリカ、ハルカの順で返答が返ってくる。 高性能高出力のメインエンジンが、轟音を上げながらタービンを回し始め、二其のメインバーニアが、凄まじい熱波を迸らせて青い炎を蓄えていく。 イグナイトエンジンと呼ばれる最新鋭高出力エンジンが、みるみるその回転数を上昇させていく。 真新しいダークブラックの機体が小刻みに振動し、そこに、ぴりりとした緊張感を引き結び始めた。 RV−018よりも緩やかで小刻みな振動が、ミサイルリレーズに指をかけたリョータロウに、いつも以上の緊迫を感じさせている。 畳まれていた両主翼が、鳥が羽根を広げるようにしてゆっくりと開き、RV―018よりも高性能で、そして高出力のイグナイトエンジンから発生するタービン音が、重低音から次第に高音域へと変化していった。 リョータロウは、凛と輝く黒曜石の瞳を鋭利に細めると、紅く点滅した照準レンジを睨むように見据え、ミサイル発射ボタンを押す。 主翼後方に装備されたミサイル発射ユニットの砲門が開き、そこから、白煙と轟音を上げた八其の弾頭が豪速で解き放たれた。 広いコンテナ内に、白い煙が螺旋の軌跡を描き、爆音と爆炎を上げてコンテナのゲートを破壊すると、眼前には、暗黒に染められた広大な宇宙空間が広がったのである。 レイバンRV−019のメインバーニアが、凄まじい爆音を轟かせて青い炎を噴き上げた。 恒星風到達時間まで、残りジャスト3分。 10機のレイバンが、暗黒の闇に流星の如き帯を引きながら、凄まじい高速でユダを離艦していく。 同時に、タルタロス四大恒星び一つ、クワトロの表面で高まっていたガス圧と輻射圧が、遂に、最高値まで達し、全宇宙を震わせる程の大音響と共に、巨大フレアを発生させたのである。 それは、赤色巨星クワトロの重力を振り切り、この広大な宇宙に、津波のような深紅の光芒を描き出していく。 空間が歪むほどの激しい衝撃波が、銀河に漂う無数の惑星を振動させた。 クワトロから噴出した、超高速、高エネルギーのガスの流れ・・・レベル5の恒星風が、数億度にも及ぶ高熱の巨大フレアを引き連れて、暗黒の闇をみるみる深紅に染め上げていく。 浮遊する惑星すら、その凄まじいエネルギーの流れに引き寄せられ、大宇宙の只中で星団を形勢し始めた。 両翼を開いたレイバンの後方から押し寄せる、とてつもない高温を保つ巨大なフレアと、高エネルギーを持つ恒星風。 暗黒であるはずの宇宙が、地獄の業火の如き深紅の光に満たされる。 想像を絶するその凄まじい光景に、流石のリョータロウも、息を呑んで絶句した。 巨大な熱源が後方に迫っていることを知らせるアラームが、コクピットにけたたましく鳴り響く。 最大出力でバーニアを噴き上げるRV−019型レイバンに、炎の津波と凄まじい恒星風の流れが押し迫ってくる。 この距離でも熱を感じるほどの高エネルギーだ、飲み込まれたらひとたまりもない。 流星の軌跡を描く10機のレイバンが、赤く煌いた。 レベル5の恒星風と巨大なフレアが、当初の予測を遥かに越えた速度で、みるみる後ろに迫ってくる。 ここまできたら、出力リミッターを切って飛ぶしかない・・・そんな考えが、リョータロウの脳裏を掠めた時だった、RV―019のナビゲートシステム“キリア”が、まるで、それを察知したかのように、実に無機質な声でこう言ったのである。 『巨大熱源接近中。この航行モードでは、この熱源に飲み込まれると予測。イグナイトロックを解除しますか?音声司令可能。返答をどうぞ』 生意気なコンピュータだ・・・と、そんなことを思って、苦々しく眉間を寄せると、リョータロウは“キリア”に向かって言うのである。 「イグナイトロック・・・出力リミッターのことだな?」 『その通りです。イグナイトロック解除後は、重力制御システムの許容範囲を越えるため、宇宙空間においても、人体に強いGがかかると予測します』 「それを解除して航行した場合、人体への影響は?」 『意識を失う可能性があります』 「本当に、それだけで済むのか?」 『それ以上の実験データがありません。したがって、お答えすることはできません』 「リミッターを解除しないと、どうなる?」 『4分51秒後に、高エネルギー熱源に接触すると予測します』 凛とした唇を歪め、「くそっ」と悪態を吐いたリョータロウに、もはや迷う時間はなかった。 自分と同じ事を考えただろう生意気なコンピュータを、実に苦々しく思いながら、リョータロウは、躊躇う事無くこう言ったのである。 「イグナイトロック解除」 『イグナイトロック解除、承認』 キリアの返答と共に、メインモニターにリミッター解除までの時間が表示される。 モニター下部のコンソールを引き出して、リョータロウは、T−2、T―6以外の機のリミッターを解除しながら、通信回線を開き、落着き払った冷静な声で言うのだった。 「T―1からT―2、T―6へ。自機の出力リミッターを解除しろ。この機体は、RV−018よりも高出力だ、どうなるかは解除してみないとわからない。 ブラックアウト・オートマニューバをオン。なるべくなら、気絶しないで目標座標まで辿りつけ」 『T―6了解』 刻みの良いハルカの返答の後、ひどく不機嫌そうな口調でT―2、フレデリカがこんな通信を返してくる。 『T―2了解。自分でそう言っておきながら、あなたこそ、ブラックアウトなんかしないでよね』 「・・・するかよ」 不愉快そうに眉間を寄せ、リョータロウは、そっけなくそう返答した。 後方に揺らぐ津波のような炎と強烈な恒星風は、既にレイバンとの距離を詰めている。 先程よりも、コクピット内の気温が上昇し、背後の光芒も眩さを増している。 リョータロウは、通信回線に向こうにいるだろう、トーマを始めとするバートの船員達を向かって、冷静な声色で言うのである。 「今、RV−019の出力リミッターを切った。モニターにカウントが出てるはずだ、確認してくれ」 『ちゃんと出てるぜ』 通信モニターのウィンドウが開き、そこに、まったくもって緊張感のないトーマの顔が映し出されたのだった。 相変わらずのトーマに、リョータロウは、唇の角で小さく微笑する。 「了解。おまえらはブラックアウトしていいぞ。夢から覚めたら、そこはもうセラフィムだ」 『うっは、それ最高!』 愉快そうに笑って親指を立てるトーマに、リョータロウもまた、親指を立てて見せる。 同時に、モニターに表示されていたリミッター解除カウンターが、“0”を表示した。 重低音と鈍い振動が、機関部からコクピットシートにまで伝わってくる。 背後に迫るフレアの先端は、空間を舐めるかのように輸送船ユダに近づいて、その大きな船体を灼熱の両腕の中へと飲み込んでいった。 拡大されたモニターの中で、ユダの船体が、まるで氷を溶かるかのようにみるみる溶解していく。 『イグナイトロック、解除完了』 キリアの無機質な声と共に、レイバンRV−019のメインバーニアが、帯を引くほどの青い炎を噴き上げた。 爆音と共にぐらりと機体が前に揺れ、次の瞬間、風防の向こうに見えていた星々が、点ではなく線になる。 突然巻き起こった強烈なGに、レイバンに搭乗している全員の体が強くシートに押し付けられると、真新しいダークブラックの機体は、その一瞬で、正に流星となった。 「っ!?」 全身を締め上げる凄まじいG。 操縦桿を握る手が振り切られるような、今まで感じたことのない壮絶な感覚。 ヘルメットシールドの下で、リョータロウですら苦痛に顔をしかめる。 T―1の後方で、T―6の操縦桿を握っていたハルカが、今にも手離しそうになる意識を鮮明にしようと、必死で自分に抗うが、どうやら、とても敵いそうにはない。 急激に、意識が遠くなる。 深紅の巨大フレアと膨大なエネルギーを持つ恒星風が、暗黒の闇を舐め尽くしていく。 それを背景にした10機のレイバンは、バーニアを噴き上げて更に加速し、青く長い帯を引きながら、迫り来る深紅(あか)い死神の手を逃れるように、暗黒の闇を貫いていった。 タルタロス宙域の悪夢は、こうして、幕を下ろしたのである。
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