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作品名:NEW WORLD〜交響曲第一楽章〜 作者:月野 智

第26回   【ACTV タルタロス宙域の悪夢】11
          *
機関部を破壊され、宇宙空間を漂う輸送船ユダの船内を、けたたましく走る二つの足音があった。
黒いパイロットスーツに身を包み、ヘルメットシールドを上げた状態で、ブリッジに向かって走る細身の少年と、その傍らを疾走する、白い宇宙服を纏う長身の青年。
それは、ツァーデ小隊の新人パイロットであり、NW―遺伝子という名付けられたの特殊なDNAを持つ少年、ハルカ・アダミアンと、ギャラクシアン・バート商会の経営者の一人、トーマ・ワーズロックの姿であったのだ。
「おまえ、案外足が速いんだな?ハルカ?」
トーマは、思わず感心したようにそんな事を口にすると、傍らを走るハルカの横顔を、まじまじと横目で見つめてしまう。
全力疾走に弾む艶やかな黒い前髪の下で、ハルカは、どこか緊張した面持ちのまま、そんなトーマに答えて言うのだった。
「一応、ちゃんと基礎トレーニングとかやってるからね。レイバンのパイロットは大変なんだよ。使うのは頭だけじゃないから」
「NW−遺伝子児が、ファイターパイロットとはね・・・なんか意外だな」
「そう?レムルだって、最初はファイターパイロットだったんだよ」
ハルカの口から出た実に意外な言葉に、トーマは、知的な紺色の瞳大きく見開くと、素っ頓狂な声を上げたのである。
「嘘!?マジ!?ソロモン艦長って、元々パイロットだったのかよ!?」
ハルカは、そんなトーマを振り返り、こくんと素直に頷くのである。
「そうだよ。レムルも、自分で選んでパイロットになったって言ってたよ。ノルドハイム博士もそう言ってたしね。滅多に出撃はしないけど、セラフィムにはレムル専用のレイバンがあるよ」
「随分付き合い長いつもりでいたけど・・・俺、全然知らなかった、そんなこと」
「知ってたらそっちの方が凄いって。時々出撃したりしてから、凄く不思議には思ってたんだけどさ。僕だって、メルバに集中訓練に行く前に、そう教えてもらったんだから」
ハルカはそう答えて、ユダのブリッジのオート・ドアを勢いよく潜ったのである。
だが、その次の瞬間、思わず、うっとうめいて足を止めてしまう。
艶やかな前髪の下で、その澄んだ黒い瞳を驚愕に見開くと、ハルカは、ブリッジに広がる惨劇を、息を呑んで見回したのだった。
「こ、これは・・・っ」
「ひでーだろ?まぁ、バートに乗ってると、結構こういうの見るから、もう慣れたけど、見慣れないとたまんねーよな」
トーマがそう言っているそばから、ハルカは、そこに漂う強烈な血の匂いと死臭に、思わず口元を抑えて、こみ上げてくる吐き気に必死で耐えたのである。
トーマは、一瞬にして青ざめたハルカの顔を、気の毒そうな視線で顧みながら、ふと、落着き払った口調と表情で言葉を続けるのだった。
「そうか・・・おまえ、まだ見慣れてない訳か?まぁ、そりゃそうだよな・・・まだパイロットになったばっかだもんな、おまえ」
「・・・・・・こんなひどい殺し方、しなくたっていいのに。みんな、体中、穴だらけだ・・・っ」
床に広がる血溜まりと、そこに転がる無残な銃殺遺体を目にして、底知れぬ吐き気と怒りを覚えながら、ハルカは、形の良い眉を眉間に寄せ、何とも複雑な顔つきをして、苦々しくそう呟いた。
そんなハルカの肩を軽く叩くと、トーマは、精悍な唇だけで、どこか切なそうに微笑ったのである。
「そう思うなら、この連中が命がけで守ろうとしたレイバン、全部無事に運び出そうぜ」
実に的を射たトーマのその言葉に、ハルカは、形の良い眉を凛とした面持ちで眉間に寄せると、艶やかな黒髪を揺らしながら、小さく頷いたのだった。
トーマの言うことは間違っていないと、ハルカは思う。
倒れ伏した船員達は、皆、銃を握ったままで息絶えていた。
それは、最後まで、積荷を守ろうと戦った明らかな証拠だった。
ハルカは、パイロットスーツの肩で大きく息を吐くと、心に充満する緊張を押し殺すかのように、凛と強い表情をして、無残に転がる遺体の合間を歩き出したのである。
そして、トーマと共に、ブリッジの中央に位置する船長席へと昇ると、その座席の下にある小さな扉を開けたのだった。
そこにあったのは、ユダの制御コンピュータにアクセスする赤外線ジャックである。
トーマは、船長席の下に座り込んだハルカの手に、自らのモバイルPCを差し出しながら、相変わらず緊張感のない、あっけらかんとした声で言うのだった。
「コンテナ、直ぐに開きそうか?ハルカ?」
差し迫るタイムリミットを目前にして、本来なら、緊張で口も聞けないはずなのに、トーマには、何故か妙な落ち着きと余裕があった。
それは、この青年が元から持ち合わせている豪胆さと、ハルカとはまた違った意味で、常に命の危険と隣合わせな日常を送っているためなのであろう。
だが、そんなトーマの余裕が、ハルカの緊張を緩やかに解きほぐしていく。
何故、リョータロウが、『トーマと一緒に行け』と指示を出したのか、ハルカには、判った気がした。
リョータロウは、本当にレムルみたいだ・・・と、そんな事を思いながら、ハルカは、赤外線ジャックにモバイルPCの赤外線コードを照射し、少女のような唇で小さく笑ったのである。
「うん、開くと思うよ。この船を襲った海賊が、無理矢理コンテナをこじ開けようとしたから、コンテナロックのセキュリティレベルが最大値まで上がったんだ。レイバンからユダの制御システム調べたから、間違いないよ」
「どうやってセキュリティを解除するんだ?」
「解除パスワード探すより、プログラム自体を組替えた方が早いから、このまま、組替えるよ」
かなり難易度が高いだろう事を、さも平然と、まったく嫌味のない口調で宣言して、ハルカは、ディスプレイに次々と開いていくウィンドウを見つめながら、その指先で素早くコンソールパネルを叩いたのだった。
一見、少女のようにも見える繊細な顔が、実に真剣で冷静な表情で彩られていく。
そのまま、滝のように流れてくるシステムプログラムを、驚くべき速さで組替えていってしまう。
こんな神業が出来るのは、ハルカが、奇跡のDNA、NW−遺伝子を持つ証拠であり、脳細胞活性率70%以上の天才的な頭脳を所持しているからに他ならない。
トーマは、そんなハルカの指先と、真剣にディスプレイを見つめる繊細な横顔を交互に見ながら、思わず、ぽかんとするのである。
トーマの兄であるショーイも、凄まじい速さでプログラム組んでいくが、ハルカの手の動きは、それを遥かに上回る、驚くべき速さを誇っている。
片手を自分の頭髪に突っ込みながら、トーマは、ついついこう呟くのだった。
「お、おまえ・・・ほんと凄げーな?レイバンパイロットより、科学者の方が向いてるんじゃないのか? おっとりしてて、どっかとぼけてるのに・・・・・やっぱ、天才なんだな?おまえ?」
「もう!トーマまで“とぼけてる”なんて言わないでよ・・・散々リョータロウに言われてるんだらさぁ!」
ディスプレイを見つめたまま、いささか不満そうにそう答えながらも、ハルカの指先はひっきりなしにコンソールの上を動いている。
それを凝視したまま、片手を焦茶色の髪に突っ込むと、トーマは、思わずこう聞いたのだった。
「なんでレイバンパイロットなんか志願したんだ?性格的に、そういう柄じゃないだろ?」
「え?だって、科学者じゃ、間接的にしかセラフィムを守れないでしょ?僕は、直接みんなを守りたいんだ。僕、子供のころからずっと守られてきたから、今度は、僕がみんなを守る番だと思ってさ。それに、自分の命張って最前線に飛び出してくリョータロウを、ずっと見てたら。僕も、リョータロウみたいになりたいんだ。リョータロウは、色んな意味でカッコいいから」
そこか誇らしそうにそう言ったハルカを、一瞬、きょとんとした顔つき見やったトーマだが、ふと、精悍な唇を愉快そうに唇の角をもたげと、感心したように頷くのである。
「なるほど・・・おまえらしい動機だな?リョーが、カッコ良かったから・・・か。
まぁ、確かにそうかもな・・・歳下ってのがムカツクほどクールなところあるもんな、あいつ。ショーイのクールさとは、全然種類が違うけどな」
まるで独り言のように、トーマが、そう言った瞬間だった。
ハルカは、嬉々とした表情でトーマを振り返ると、満面の笑顔でこう宣言したのである。
「コンテナ、開いたよトーマ、戻ろう」
「なに―――――っ!?」
あまりの驚愕に素っ頓狂な声を上げたトーマに、ハルカは、もう一度にっこりと笑って見せるのだった。
それは、ハルカが、プログラムの組替え作業に入って、僅か60秒後のことである。
だが、その時既に、タルタロス四大恒星クワトロから、強烈な恒星風が到達する時間までには、10分を切っていたのだった。



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