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作品名:NEW WORLD〜交響曲第一楽章〜 作者:月野 智

第25回   【ACTV タルタロス宙域の悪夢】11
           *
セラフィムのF第三ブロックにある第二研究室。
そのラボで、サファイアのように輝く美しい髪と、それと同じ色をした綺麗な瞳を持つ若い女性は、やけに心配そうに眉根を寄せて、モニターに拡大された輸送船ユダの船体を見つめていた。
透き通る白い頬に、青く長い髪が音もなく零れ落ちる。
月の光のような繊細で秀麗な美貌を持つ彼女は、人間のようであっても、決して人間ではない。
人間に似せて精巧に作り上げられたセクサノイドである。
彼女は、その名前をイルヴァと付けられていた。
惑星トライトニアが開発した、タイプΦヴァルキリーと呼ばれる戦闘用セクサノイドであるが、五年前、トライトニアを裏切り、この戦闘空母セラフィムに、NW−遺伝子児ハルカ・アダミアンのナニーとして乗船することとなった、実に奇特なバックグラウンドの持ち主であった。
本来イルヴァは、戦闘用ヴァルキリーであり、セラフィムは、彼女が操縦ユニットとして搭乗するアーマード・バトラー『アルヴィルダ』を積載しているが、戦闘に参加することは滅多にない。
イルヴァ自身が望まない限り、セラフィムの艦長レムリアス・ソロモンは、彼女を出撃させることがないからだ。
それは、ソロモンがイルヴァを、『ハルカのナニー』であり、『ヒルダ・ノルドハイム博士の助手』であり、そして、『艦長秘書』という位置付けを明確にしているからに他ならない。
そんなイルヴァの傍らで、七台のモニターを見つめながら、コンソールパネルを叩いていた、このラボの主、女性科学者ヒルダ・ノルドハイム博士が、ふとその手を止めて、ワイン色の制服を纏うイルヴァの肩を軽く叩いたのだった。
「随分と心配性ねイルヴァ?そんなにハルカのことが気にかかる?」
心なしか顔色の悪いヒルダは、そんな言葉を口にすると、眼鏡の下から覗く知的な青い瞳で、実に愉快そうにイルヴァを見やる。
イルヴァは、長い睫毛に縁取れたサファイアの瞳で、ゆっくりと、ヒルダを顧みると、僅かばかり困ったように笑って言うのである。
「ええ、とても気にかかります、ノルドハイム博士・・・ハルカが出撃するたびに、いつも心配になります」
「貴女は本当に、人間の母親と同じなのね?大丈夫よ、ハルカはもう小さな子供じゃない・・・かといって大人でもないけど、もう、十分、自分自身で何でも判断できる歳だわ。
それに、マキ少佐も傍にいるし。信じて待っていてあげなさい」
「それは、判っているのですが・・・どうしても、気になってしまって」
「そう・・・まぁ、仕方ないわね。ハルカは、貴女の子供と同じだからね」
ヒルダはそう言って、白衣の肩で大きく息を吐くと、かけていた眼鏡をゆっくりと外し、それをデスクの上に置いたのだった。
そして、成熟した大人の妖艶さと、深い知性を併せ持つ唇で静かに微笑してみせると、静かに言葉を続けたのである。
「いいのよ。ブリッジへ行っても。ここのところ、貴女には、私の手伝いをさせてばかりだから、そんなに気になるなら、ソロモンに様子を聞いてくるといいわ」
だが、その言葉に、イルヴァは首を横に振った。
「いいえ。大丈夫です博士・・・貴女に、無理はさせられません。お体は大丈夫ですか?また、少しお痩せになったようですよ?」
「有難う、大丈夫よ。ソドムシンク砲の改良が終わらないと・・・死ぬに死ねないからね」
ヒルダはそう言って、白衣のポケットに片手を入れると、空いている片手で、後ろで無造作に結っていた長い茶色の髪を解いたのだった。
イルヴァは、そんなヒルダを真っ直ぐに見つめ据えながら、どこか切なそうに蛾美な眉を寄せると、小さく首を傾げたのである。
冷静に笑うヒルダを凝視しながら、イルヴァは言うのだった
「本当に・・・・・レムリアスに何も言わないおつもりですか?ノルドハイム博士?」
「言わないわ。言ったら・・・あの人、きっとこう言うはずだもの。
『ヒルダ、メルバで治療を受けてくれ、頼む』って。そして、絶対に私をこの船から下ろそうとする。でも、私は、この船を下りる気はないの。どうせ死ぬなら、あの人の傍で死いたいのよ。元から、私はあの人と同じ時間は生きられない。死ぬ時は、最後にあの人の泣き顔を見てから死ぬわ。そう決めて、ずっとあの人の船に乗っているんですもの」
実に愉快気な口調でそう言って、ヒルダは、ふと、その知的な青い瞳を、ラボの天井へと向けたのある。
42歳という年齢を感じさせない、若々しくも綺麗な横顔に、切ない憂いの影が落ちていく。
イルヴァは、そんなヒルダの思いを敏感に感知して、ひどく哀しそうに、その長い睫毛を伏せるのだった。
「博士が、その存在を無くしてしまったら・・・・・・きっと、レムリアスは哀しみます」
「いい気味だわ。これは仕返しよ、ソロモンへのね」
そう言って、ヒルダは、もう一度愉快そうに笑うと、ゆっくりとイルヴァを振り返り、唇の角を穏やかにもたげたのである。
「くれぐれも、私の病気のことは誰にも言わないちょうだい・・・イルヴァ」
「・・・・・」
イルヴァは、サファイアの瞳を静かに開きながら、小さく頷いたのだった。
最初にヒルダの体調の異変に気づいたのは、何を隠そう、このイルヴァである。
イルヴァの鋭敏な生体センサーが、ヒルダの急激な体調の変化を察知し、それをヒルダ自身に告げたのは、今から半年ほど前のことであった。
その時既に、ヒルダは、自分の体が病に侵されていることを知っていた。
自らで検査を行い、その病気の名前も把握していたのである。
ヒルダの体を蝕んでいる病、それは、ベルケネス・ウィルス感染性悪性リンパ腫。
癌である。
癌のワクチンは数多く開発されているが、ヒルダの場合、まだ解明されていない未知のウィルス『ベルケネス』による発症のため、ワクチンすら未だ開発されていない。
つまり、彼女の癌は、不治なのである。
外洋宇宙の果て、ベルケネス星団で発見されたこのウィルスは、人から人への感染性は皆無であり、感染した人間全てが癌を発祥する訳でも無い。
メカニズムはまだまったく解明されてはいないが、このベルケネス・ウィルスによって悪性悪性腫瘍を発症する人間には、ある一定の遺伝子パターンが確認されているのだという。
ヒルダは、運悪く、ベルケネス・ウィルス性悪性腫瘍を発症する遺伝子パターンを持つ人間の一人であったと、いう事だ。
無限に広がる宇宙を長く航海していると、こうやって、まだ、人間が解明できない新種のウィルスや細菌にぶつかることがある。
その時は、運が悪かったと諦めるしかないのだ。
自身で行った検査の結果、既に、体内おけるかなりの範囲に癌は転移していた。
このまま進行すれば、恐らく、半年程で死に至るだろう。
だが、ヒルダは穏やかに笑う。
これでいいのだと。
これで、望んでいた通り、あの人の腕の中で死ねるのだと。
だがその前に、やらなければならいことがある。
それは、このセラフィムが搭載する高エネルギーレーザー大型砲門、ソドムシンク砲の改良だ。
ソドムシンク砲は、凄まじい威力と熱量を誇る無敵の大主砲だが、いくつかの致命的な欠点があるのである。
それは、エネルギー充填に60秒という長い時間を要し、あまにも高質量のエナジーチャージをするため、セラフィムは、全動力をソドムシンク砲に回さなければならず、その60秒間、防御シールドも他の火器も使えず、激しい戦闘の中でまったくの丸腰となってしまうだ。
ヒルダは、余命の限りその欠点を修正し、改良型ソドムシンク砲を、遺品としてソロモンに渡すつもりでいる。
特別じゃない私が、あなたに遺せるものなんて、それぐらいしかないものね・・・ソロモン。
そんなことを思って、ヒルダは、傍らで切なそうに眉根を寄せているイルヴァを顧みると、もう一度静かに微笑したのだった。
 イルヴァは、そんなヒルダの胸の内を推し量るように、ただ、真っ直ぐに、その笑顔を見つめるばかりであった。
 










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