* ユダに着艦したレイバンの機影を、バートからモニターしていたルツが、ふと、その綺麗な顔をひどく不安気に歪めて、なだらかな肩で小さくため息をついた。 「ショーイ・・・大丈夫かしら・・・?みんな・・・?」 操縦席のタイキに、「敵艦隊を迎撃しつつ、全速離脱」の指示を出したショーイを振り返り、ルツは、困惑した口調でそう言った。 ショーイは、船長席に腰を落ち着けたまま、揺れる赤毛の下でゆっくりとルツを振り返ると、片手で眼鏡を押し上げながら、いたって冷静な口調と表情で言うのだった。 「僕は、マキ少佐を信頼すると言った。だから信頼する。マキ少佐は、君の上官だったソロモンが育てた、優秀な指揮官だ。君はそれを、信頼できないのか?ルツ?」 「そんなことはないわ・・・っ!」 「だったら、今は、マキ少佐の言う通り、僕達は、全速力でこの宙域を離脱するしかない」 「でも・・・っ」 「でも、なに?」 「トーマ達のことも、マキ少佐達のことも、心配しちゃいけないのっ?私はただ、心配してるだけよ・・・っ」 「心配しても仕方ない。今は、自分達がすべきことをする。それだけだ」 ショーイは、肘掛に頬杖を付いた姿勢で頭上のモニターを見つめながら、冷淡ともいえるほど、極めて無機質で冷静な声色でそう言い切ったのである。 その言葉だけ聞くと、この青年は、仲間のことなど心配もしない、実に冷たく利己的な人間だと、そう思いたくなるものだ。 ルツは、怒ったように蛾美な眉を吊り上げて、噛付くような勢いで言うのであった。 「だったら!あなたは、少しも心配じゃないって言うの!?敵艦隊はまだ目の前にいる、後ろからはレベル5の恒星風!!一歩間違えれば、みんな死ぬわ!!」 そう言って激昂するルツに、ショーイは、落着き払った表情のまま、ちらりとだけその知的な紺色の瞳を向けると、まるで無視でもするかのように、操縦席のタイキにこう言うのだった。 「タイキ、オリハラル粒子サイクロン砲発射準備。この邪魔な戦艦隊を殲滅させる。発射と同時に、ターボジェット点火。メインエンジン出力最大で、座標軸N308SH550を越える」 「了解」 ルツの激昂を気にしつつ、タイキは、少しばかり弱った様子でオリハラル粒子サイクロン砲のメインスイッチを入れる。 オリハラル粒子サイクロン砲。 それは、この広域宇宙においてギャラクシアン・バート商会だけが所有し、そしてAOULP特許を取得している、戦艦の装甲もシールドも一撃で貫くほどの凄まじい威力を持つ高エネルギー粒子ビーム砲であった。 偏狭惑星トリスタンのみで採掘される、オリハラル鉱石の粒子を抽出し、それを圧縮したものに電磁波を照射すると、膨大な質量をもつ高エネルギー粒子に変わる。 これを火器に転用したものが、オリハラル粒子サイクロン砲である。 オリハラル粒子サイクロン砲の動力炉に電磁波が照射され、モニターに映し出されたエナジーゲージがみるみる上昇していく。 鮮やかなブルーの船体の上部と下部に、円を描くようにして設置された六基の砲門が、緑色をした透明な発光を引き起こし始めた。 デジタル照準レンジを覗き込みながら、タイキは、いつなく真剣な顔つきをして発射トリガーに指をかける。 もう、随分と長くバートに乗っているが、オリハラル粒子サイクロン砲を撃つのは、まだ数回しか経験していない。 この砲門の発射は、いつもトーマの役目だった。 照準レンジの中で敵艦隊は、尚もこちらに向かって砲撃を続けているが、何故か、全速後退し始めている。 相手は、この強力な火器の存在に気付いていたようだ。 射程圏外にまで逃げるつもりかもしれない。 なんだか、馬鹿な海賊とは少し雰囲気が違う・・・タイキはそんな事を思いつつ、どうしても激昂するルツが気になって、ちらりとだけ背後を顧みたのである。 ルツの怒りは、まだ治まる気配がない。 コンソールパネルをガンと叩くと、彼女は、尚も激しい口調でショーイに言うのだった。 「あなた!本当に冷たいわ!よく仕方ないなんて言えるわね!?ユダの中には、トーマも・・・あなたの実の弟もみんなと一緒にいるのよ!?よくそんな平気な顔してられるわね!?」 その声と同時に、オリハラル粒子サイクロン砲のエナジーゲージがFULLを表示し、まったくもってルツの言葉を無視しているショーイが、静かな中にも鋭さのある声で言うのだった。 「オリハラル粒子サイクロン砲、発射」 タイキの指が、思い切り発射トリガーを引いた。 同時に、バートのターボジェットが爆音と共に点火され、最大出力で回転したタービンが、凄まじい轟音を上げたのだった。 暗黒の闇に青い閃光の帯を引き、一瞬にして戦闘機の如き速度に達したバートの船体が、この宙域からの全速離脱にかかる。 船体に搭載された六基の大砲門から、甲高い轟音を上げて六方向に解き放たれた緑色の高エネルギー粒子ビームが、宇宙空間を豪速で走り抜け、その先端が、ライン編隊を組むアンノウン艦隊12隻の合間を放射線状の軌跡で迸った。 緑色の高エネルギー発光粒子が、敵艦隊の装甲隔壁をシールドごと次々と貫いていく。 広大な闇に轟く凄まじい爆発音と、立ち昇る白煙。 船体を膨らませ、大破してく戦艦隊。 渦を巻きながら迸る発光粒子は、暗黒の宇宙空間に波紋のように広がり、ぎりぎりで直撃を魔逃れた艦も、強力な磁波を孕んだエネルギー粒子に引き寄せられられ、被弾した艦と衝突して、轟音を上げながら爆発していった。 だが、そんな凄まじい高エネルギー粒子砲を急速降下で回避し、その上、磁波域までも脱した戦艦が4隻も残っていたのである。 それは、正に奇跡に等しい快挙だった。 モニターを見つめていたショーイの瞳が、いつになく鋭利に細められる。 オリハラル粒子サイクロン砲を回避した・・・だと? 生き残った戦艦の中には、司令戦艦『ワダツミ』の機影もある。 この連中は、海賊じゃない。 この艦隊には、間違いなく、冷静な判断力と明晰な頭脳を持つ、非常に優秀な指揮官がいる。 それでなければ、たかが海賊如きの戦隊が、こんな器用な芸当を出来るはすが無い。 それは、ショーイの経験からくる直感だった。 一体、どういう素性の連中だ・・・? 鋭くも冷静な表情のまま、ショーイは、頭上のモニターに映る所属不明艦隊を食い入るように見つめすえる。 生き残った4隻の戦艦は、艦隊の三分の二を失いながらも、まだ士気を失ってはいない。 あくまでも、攻撃態勢を維持している。 その主砲が上方に動き、高速航行を開始したバートに、照準を合わせ始めていた。 だが、ショーイは、タイキに迎撃を指示しない。 ターボジェットを使用しているバートの速度に、敵艦の照準修正が間に合わないことを、よく熟知しているからである。 例えロックオンをかけられても、命中率はかなり低い。 防御シールドを展開しつつも、迎撃体制は取らず、バートは、流星の速度で宇宙空間を駆け抜けていく。 そんなバートに向かい、アンノウン戦艦が、今、正に、主砲を発射しようとした、その時である。 バートのレーダーが、この宙域の上方にワープアウトしてくる、ネフィリム級大型艦の高エネルギー熱源を感知したのだった。 怒りに歪んだ顔のままレーダーを覗いていたルツが、白いショートローブを纏うその肩をハッと揺らしたのである。 「セラフィム・・・!!」 指先でコンソールを叩き、モニターを拡大してくと、そこには、銀色の巨大な船体に青い六芒星を掲げた、懐かしい大型母艦の姿が映し出されたのである。 それは、“ハデスの番人”と異名を取る優美な青年、レムリアス・ソロモンが指揮する船、ガーディアンエンジェルが誇る大型戦闘空母、セラフィムであったのだ。 ルツは、思わず、安堵したようにため息をつく。 セラフィムの全主砲は既に発射体制を取っており、アンノウン艦四隻をその射程に捉えていた。 アンノウン艦は、主砲発射体制を取ったまま、ビームを発射することなく、何故か沈黙する。 高速航行するバートの頭上から、ゆっくりと降下してくるセラフィムの巨大な船体。 同時に、強制的に開かれた通信回線から、セラフィムの艦長ソロモンによる、アンノウン艦への警告がなされたのであった。 『こちらは、ガーディアンエンジェル所属空母セラフィム。艦長レムリアス・ソロモンだ。所属不明艦に警告する。すべての戦闘体制を解除し、速やかにこの宙域を離脱せよ。もし、この警告に応じない場合、セラフィムは、貴艦に対し攻撃を開始する。 繰り返す、所属不明艦に警告する。すべての戦闘体制を解除し、速やかにこの宙域を離脱せよ。もし、この警告に応じない場合、セラフィムは、貴艦に対し攻撃を開始する』
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