リョータロウは、落着き払った声色で、ショーイに向かって言うのである。 「今から、ツァーデ小隊に離脱命令を出す。バートは、ユダを牽引せずに、このまま全速離脱してくれ。だが、トーマ達は絶対に死なせない。俺に考えがある。従ってもらえないか?ショーイ?」 リョータロウのその言葉を聞いた瞬間、モニターの中で、何故か、ショーイはひどく愉快そうに笑った。 そして、こう言ったのである。 『本当に、君はソロモンによく似てきたよ、マキ少佐。そういう言い方を、あの人もよくする』 「そんな冗談を言ってる暇はないぞ」と答え、リョータロウは、凛と強い表情をしながらも、どこか切な気に両眼を細めると、冷静で、それでいてひどく神妙な声色で、静かに言葉を続けたのだった。 「あいつらの命も、あんたの命も、守らせてくれ・・・・・・頼む、ショーイ」 その言葉は、命令ではなく、懇願だった。 ガーディアンエンジェルの士官であり、ツァーデ小隊隊長であるリョータロウが、自分に従って欲しいと、ショーイにそう懇願しているのだ。 ショーイは、それが、意図したものではなく、リョータロウの本心から出ている言葉だということを、直ぐに理解する。 頭ごなしに命令しないところが、ますます、ソロモンのようだと・・・ショーイは、思わず、知的な唇の角をもたげた。 マキ少佐は、よく自分の性格を理解(わか)っている。 あからさまな命令なら、絶対に聞き入れることなどしない、ましてや、実の弟を含むバートの船員達の命がかかっているからには・・・ショーイは、そんなことを思って、紺色の瞳を細めるのだった。 付き合いが長いせいもあるが、それ以前に、リョータロウは、心の度量が通常の士官とは違うのだ。 ショーイは、軽く片手を上げると、落着き払った口調で言うのである。 『わかった。君を信頼しよう。この状況で、この僕に、素直に言うことを聞かせるなんて大したものだよマキ少佐。恒星風の修正到達時間は、残り15分36秒だ。 トーマ達を、宜しく頼む・・・どんなに出来が悪くてもトーマは僕の弟で、他の連中もバートの大切な乗組員だ・・・バートは、このまま、全速離脱する』 ショーイのその言葉に、「感謝する」と返答し、リョータロウは、引き結んでいた唇をほころばせると、ソドムシンク砲のエナジーチャージスイッチをオフにしたのだった。 そして、対空砲火が吹き荒れるワダツミの上方で、レイバンを180度旋回させると、その機首を輸送船ユダに向けながら、鋭くも冷静な声で言うのである。 「T−1から全機へ。即時、攻撃停止。恒星風の到達範囲が予定より広い。到達時間も先に伝えた時間よりも早くなる。座標軸N308SH550を越えるまで、全機、最大出力で全速離脱。絶対に、恒星風に追いつかれるな。 T―6・・・ハルカ、おまえは俺に着いて来て欲しい。おまえにしか出来ない仕事がある。 リスクは高い、覚悟して来てくれるか?」 その言葉に対する返答は、直ぐにあった。 通信ウィンドウに映し出されたハルカは、ヘルメットシールドの下で、何故か、やけに嬉しそうに笑っていた。 『T―6からT―1へ!僕、こんなでもリョータロウの役に立てるんだ?! どんな命令でも従う覚悟は出来てるよ!リョータロウは僕の上官だし、凄く信頼してる!リスクが高くたって、リョータロウとなら絶対大丈夫だって自信がある!』 「リョータロウじゃない、隊長だ」 そう答えながらも、リョータロウは、唇だけで小さく微笑していた。 T―6、ハルカ機が180度反転し、流星の如き閃光の帯を引きながら対空砲火を潜り抜け、T―1の後方へと追いついてくる。 同時に、何故か、T―2、フレデリカの機体まで、T―1の後方へと追いついてきたのであった。 リョータロウは、驚いたように両眼を見開くと、通信機に向かって言うのである。 「T―1からT―2へ。ルーベント大尉、離脱しろと言ったはずだ。何故着いて来る?」 『T−2からT―1。最初の命令は“援護しろ”だった。だから援護しにきたのよ。 それに、私を重要ミッションから外すなんて、馬鹿にするにも程があるわ。私は、セラフィム・ツァーデに、重要ミッションを遂行するために配属されてきたのよ?それを、離脱だなんてありえないわ』 「・・・・・」 此処で『それでも離脱しろ』と言ったところで、押し問答になるだけだ・・・フレデリカの気強い言葉から、それを悟ったリョータロウは、凛とした眉を苦々しく眉間に寄せると、少しだけ間を置いて、勤めて冷静な声で言うのだった。 「ハイリスクだぞ?それでも着いて来るのか?」 『勿論』 「わかった・・・だったら、おまえも覚悟を決めておけ」 『言われなくても』 思った通り、可愛くない女だ・・・と、心中で悪態を吐きながらも、リョータロウは、諦めたように、黒いパイロットスーツの肩を軽く竦めたのだった。 T―1のレーダーレンジの中で、ツァーデ小隊の部下達が、一斉にこの宙域を離脱していく。 それに安堵しながらも、リョータロウは、冷静だが鋭い声色で言うのだった。 「T―2、T―6。これから、バートの船員達を救助するため、ユダに着艦する。着艦後、ハルカ、おまえはユダのコンテナロック解除作業に当てってくれ。コンテナロック解除の後、俺は、RV―019のシステム初期化を行う。全員、RTBは、RV−019の機体だ」 『了解』 『了解』 ハルカと、フレデリカが、刻みよくそう返答を返してきた。 意を決した三機のレイバンが、ユダの甲板へと垂直着艦していく。 恒星風到達までは、あと残り14分27秒である。
|
|