* 輸送船ユダに向かって広大な宇宙空間を駆けるレイバンの編隊。 その隊長機T―1のコクピットで、リョータロウはユダの船内にいるトーマへと通信回線を開いた。 「トーマ、聞こえるか?マキ少佐だ。船内の様子はどうだ?」 その声に、すぐさま通信回線が開き、バートの操縦士でありショーイの弟でもあるトーマが、やたらと緊張感のない声で返答を返してくる。 『リョー、ナイスタイミングだ。新型のレイバンは無事みたいだが、この船を襲った連中、無理矢理コンテナをこじ開けようとしたらしくて、ロックのコンソールが壊されてる。コンソールに直接、端末を繋いでパスワード入れてんだけど、アクセス拒否が出て全然ロックが解除されない。レイバンからアクセスして解除できるか?』 「やってみなきゃ判らないな。いくらこっちがガーディアンエンジェルの所属でも、運搬してる積荷が積荷だ、ユダのコンピュータを直接いじらないと、解除できないかもしれない。調度、そういうのが得意な奴がいる。まぁ、あんたらがコンテナを開けたところで、機体自体は動かないから、どっちにしても俺はユダに降りなきゃならない」 リョータロウはそう答えて、ふと、モニターの中で反転を開始したバートの様子を訝しそうに見やった。 バートが向きを変えてる?ユダを牽引するつもりなのか? そんなことを思ったリョータロウの耳に、トーマの怪訝そうな声が響いてくる。 『それ、どういう意味だよ?』 冷静な声色で、リョータロウは答えて言う。 「そこにあるのはRV−019VFc、ツァーデ小隊専用機だ。俺のIDを直接打ち込こんで隊長機を始動させて、そこから他の機体を初期化しないと、制御システムが起動しない仕掛けになってる・・・って話だ。少しそこで待っててくれ」 『了解』 トーマとの通信を遮断すると、リョータロウはコンソールを叩いて、通信回線を変更し、落着き払った口調で言葉を続けた。 「T−1からT―6へ。ハルカ、おまえにやってもらいたい仕事がある」 すると、通信モニターにウィンドウが開き、そこにT―6に搭乗するハルカ・アダミアンの姿が映し出されたのだった。 『T―6からT―1へ。了解です、指示をどうぞ』 余りにも緊張して表情を強張らせるハルカに、思わず吹き出しそうになりながら、リョータロウは勤めて冷静な声色で言うのである。 「今、バートの連中がユダのコンテナロック解除を試みている。が、アクセスを拒否されるそうだ。ユダの制御システムに直接アクセスして、ロックを解除して欲しい。できるか?」 『多分できると思う・・・っ、じゃなくて・・・多分できると思います!やってみます!』 「了解、宜しく頼む」 『イエッサー!』 やけに意気込んでそう返答したハルカに、ついつい唇の隅を緩めながら、リョータロウは、レイバンの速度を僅かに落した。 その時である。 今度は、緊急通信を知らせるアラームがコクピットに響き渡り、通信ウィンドウに、バートの通信士、ルツ・エーラのひどく焦った顔が映しだされたのだった。 リョータロウは、ふと、怪訝そうに眉間を寄せる。 『マキ少佐!あと30分でレベル5の恒星風がこの宙域に到達します!巻き込まれると、タルタロス太陽の重力圏まで機体を持っていかれます!その上、もしかすると、とてつもない巨大フレアが来るかもしれません!直ぐにこの宙域を離脱してください!』 「なに?」 まったく予想だにしていなかったその言葉に、リョータロウの表情が、鋭くも厳しい表情へと変わった。 その次の瞬間だった。 レイバンのレーダーがワープアウト反応を感知して赤い点滅を上げると、明らかにセラフィムとは違う、複数の高出力熱源が、急速にこの宙域へと接近してきたのである。 コクピットに敵艦隊急接近を知らせる警報がけたたましく鳴り響き、相手が、主砲射程体制に入っており、その射程圏内にこちらを捉えていることを明白に知らせていた。 ケンタウロス級戦艦、識別コードはアンノウン。 数は12隻。 海賊の残党だと思われるが、その編隊は、まるで、軍艦のような横ライン編隊を組んでいる。 その上、ウィンドウに表示された敵艦情報には、司令艦と思われる船の名が『ワダツミ』と明記されていたのであった。 「ワダツミ、だと?」 その名前に、リョータロウには覚えがあった。 リョータロウの生まれた惑星ジルーレの戦艦にも、同じ名前の戦艦があったはずだ。 遠い記憶の中で、確か、その船には・・・リョータロウに、とても近しい人間が乗船していたはず。 リョータロウは、凛とした眉を怪訝そうに眉間に寄せる。 だが、モニターに映し出されたその船体は、ジルーレの所有していた戦艦『ワダツミ』とは明らかに造形が違うし、しかもスペック14だ。 つまり、最新鋭艦ということである。 『ワダツミ』という名の最新鋭艦。 海賊が持つ船としては、余りにもスペックが高すぎる。 リョータロウは鋭利に、そして、訝しそうな表情をしながら、冷静な声色で通信機に向かって言うのだった。 「T−1から全機へ。この宙域には、残りあと約30分で、レベル5の恒星風が到達する。時間が余り無い。全機、ステルスモード。T―3からT―5、T―7からT―10は、防衛ラインKで敵艦隊を迎撃。ソドムシンク砲の使用を許可する。既に相手の射程圏内だ、注意しろ。T―1及び、T―2、T―6は、トランスポーター『バート』の援護。 民間機だ、絶対に守れ」 『T―6了解!』 刻みよいハルカの返答の後、『T―2了解』と、入隊式すら済ませぬまま緊急発進となった女性パイロット、フレデリカ・ルーベントの声が返ってきたのである。 他のパイロット達も、皆一斉に『了解』と刻みよく返答した。 デルタ編隊を外れた七機の機影が、メインバーニアから青い炎の噴き上げて、一斉に敵艦隊へと向かって流星の軌跡を描く。 『T―6からT―1へ。リョータロウ!ユダのコンテナロック解除は、直接船内からやらないと駄目かも!レイバンからじゃかなりの時間がかかる!』 「リョータロウじゃない、隊長だ」 火器ロックを解除しながら、通信機から聞こえてきたハルカの声にそう答え、リョータロウは、『あ、すいません!隊長!』と謝るハルカに、思わずため息をつく。 だが、次の瞬間、統制の取れたライン編隊を組む12隻の戦艦隊が、一斉に砲撃を開始したのである。 幾筋もの青いビームの閃光が、エネルギー粒子を撒き散らしながら、急速回避したT―1の左舷を走り抜け、機関部を破壊され動くことのできない輸送船ユダの上方すれすれを掠め通っていった。 ユダは、直撃こそ間逃れたが、このままでは撃沈されかねない。 中には、まだトーマ達がいる。 「くそっ」 ヘルメットシールドの下でその黒曜石の瞳を爛と煌かせると、リョータロウは、ブーストコントローラーを踏み込み、迸るビームの合間を潜り抜けながら、流星の速度でバートの上方へと向かっていった。 操縦桿を倒し急旋回すると、通信機の向こうにいるハルカに向かって、冷静な声色で言うのである。 「T―6、作業を中断して、迎撃に入れ」 『T―6了解!』 ハルカの返答の後、リョータロウは、有視界下方で防御シールドを展開し、迎撃体制を取り始めたバートへと通信回線を開いたのだった。 落着き払った口調と表情で、リョータロウは言う。 「こちら、ツァーデ小隊マキ少佐。ショーイ、トーマ達を呼び戻して、恒星風が到達する前にこの宙域を離脱しろ。援護する。コンテナロックはユダの船内からしか開けられない。この状況だ、RV−019より、トーマ達の命が最優先だ」 すると、通信ウィンドウがモニターに開き、そこに、バートの船長ショーイ・オルニーの物怖じしない冷静な顔が映し出されたのである。 『こちら、トランスポーター「バート」、ショーイ・オルニー。マキ少佐、それは最新鋭機を捨てるってことかい?まぁ、とても君らしい判断だけどね』 「バートの武闘派連中に死なれると、退役後の再就職先に、面白みがなくなるからな」 リョータロウは、冗談ぽくそんなことを口にして、精悍な唇で微笑すると、ブーストコントローラーを踏み込み、レイバンを更に加速させたのだった。 レイバンT―1は、流星の如き速度で宇宙空間を突き抜けて、編隊を離れこちらに向かってくる二隻の戦艦に急接近していく。 その後方から、T―2、T―6が青い閃光の帯を引きながら追走してくる。 リョータロウ機、T―1のモニター越し、ショーイは、唇の端をもたげて愉快そうに笑った。 『そう、じゃ、君の退役を楽しみに待ってるよ。ガーディアンエンジェルの最新鋭機を捨てるのは、僕としても少し惜しい気もする・・・が、うちの船員の命を優先すると言った君に免じて、大人しく従う』 「そうしてくれ」 モニター上で、バートが船首を上げ、防御シールドを展開したまま、ユダの船体前方に浮上して盾となるべく静止する。 バートはユダの船体に、敵艦のロックオンを妨害するための電波乱反射粒子、ハイド粒子を散布し、全砲門が開いた。 鮮やかなブルーの船体に8基搭載された三連主砲が青いエネルギー粒子を蓄えると、迫り来るアンノウンの戦艦隊に向かって、一斉にビームを発射する。 バートの主砲から連射される青いビームが暗黒の闇を貫き、エネルギー粒子を撒き散らしながら、敵戦艦のビームとすれ違う。 バートとアウンノウン戦艦の攻防の合間を、流星の超音速で潜り抜ける三機のレイバンが、司令戦艦『ワダツミ』の前方まで到達する。 ツァーデ小隊専用レイバンには、レーダー誘導ミサイル発射ユニット、ビームガドリングのほかに、一般機には搭載されていない、装甲隔壁破壊用高エネルギーレーザー砲、俗にソドムシンク砲と呼ばれる強力な火器が機体下部に装備されている。 リョータロウは、そのエナジーチャージスイッチを押しながら、通信機に向かって言うのだった。 「T―1からT―2へ。T―1は、ソドムシンク砲発射体制に入る。俺がシールドを破壊する。そのまま、ブリッジにミサイルを打ち込んでやれ」 T―1の機体下部に装備されたソドムシンク砲に、発光する赤い粒子が蓄えられ、モニターに表示された充填率ゲージが急上昇していく。 『了解。あなた、思ったより有能な指揮官みたいね。ちょっと感心したわ』 T―2のパイロット、フレデリカ・ルーベントの口から出た一言余計な返答に、リョータロウは、思わず不快そうに眉根を寄せる、だが、被り振ってT―6、ハルカに言うのだった。 「T―6、T―2の援護を頼む」 『了解!』 T―6、ハルカの返答と同時に、ワダツミのビームガドリング砲門が開くと、凄まじい破裂音と共に発射された閃光の弾丸が、急旋回する三機のレイバンに向かい、扇形の弧を描きながら豪速で飛び込んで来たのである。 放射線状に編隊を崩したレイバンが、全機一斉に急上昇し、無数の弾丸をまんまと回避してしまう。 だが、次の瞬間、ワダツミに搭載された、対戦闘機用と思われる対空ミサイルが、凄まじい轟音と白煙を上げて発射ユニットを離れ、湾曲した白い帯を暗黒の闇に描きながら豪速でレイバンに追尾をかけてきた。 ステルス機であるレイバンを狙えるというなら、それは恐らく、レーダーを使わず、有視界ロックオンでの発砲のはずだ。 この船、本当に海賊船なのか? リョータロウは、そんな疑問を抱きながらも、ブーストコントローラーを踏み込み、操縦桿を倒して、急速に機体を左舷へと傾けた。 三方向に分かれて急旋回したレイバンが、三機ほぼ同時に、レーダー誘導ミサイルを発射する。 湾曲した軌跡を描く6其のミサイルが、自機に迫る対空ミサイルを、機体後方で撃墜すると、暗黒の闇に白煙が上がり、激しい爆音が周囲を震わせた。 無限の闇に漂う白い煙が、まるで霧のようにワダツミのシールドを覆っていく。 その時、T―1の操縦桿を握るリョータロウの耳に緊急通信アラームが響き、同時に、眼前のモニターに通信ウィンドウが開くと、そこに、冷静な表情を保つショーイの顔が再び映り込んできたのである。 『マキ少佐。緊急事態を知らせる。さっきの砲撃で、ユダに着艦していたシャトルが被弾したようだ』 「なに!?」 突然のその報告に、リョータロウの顔が、一瞬、険しく歪んだ。 ショーイは、冷静な口調で言葉を続ける。 『トーマ達が、バートに戻ってこれない。そして、もう一つ、悪報だ。 タルタロス恒星クワトロの表面ガス圧と輻射圧が、予測よりも早く最高値に達しそうだ。先に伝えたより、最大で5分・・・恒星風の到達が早くなる。バートが、ユダを牽引していく。ツァーデ小隊は、直ぐにここを離脱してくれ』 「!?」 『恒星風の範囲も思ったより広い。この分だと、巨大フレアも来そうだ。その到達予想範囲は座標軸N308SH550までだ。その座標を越えるには、そろそろ、離脱しないと間に合わない。ワープエネルギーを充填しているぐらいなら、最大出力で逃げろ』 一つの星系を飲み込むほどのあまりにも広範囲な座標軸に驚愕しながらも、リョータロウは、操縦桿を倒しビームガドリングを急旋回で回避しながら、その僅かな時間の間で思案を巡らせたのである。 この宙域から指定座標までの急速離脱なら、ツァーデ小隊は難なく可能だ。 だが、大型輸送船であるユダを牽引するバートには、かなりのリスクがあるはずだ。 バートが誇る高性能ターボジェットは高出力だ、だが、牽引した物資をその熱量で破損させかねない。 そのため、牽引航行する場合、バートのターボジェットは使用不可能になる。 以前、幾度となくバートに乗船したことのあるリョータロウは、それを熟知していた。 一歩間違えれば、離脱が間に合わず、バートは、そのまま強烈な恒星風に飲み込まれるかもしれない。 しかし。 バートがユダを牽引することなく、ユダに残されたバートの船員達をこの宙域から離脱させる方法はある。 ユダが積載してるのは、最新鋭のレイバンRV−019VFcだ、その機体を使えばいいのだ。 現在使用しているレイバンRV−018よりも、格段に出力は上だ。 それは、ソロモンからリョータロウの端末に送られてきた機体情報で確認済みである。 その機体を使えば、多少離脱時間が遅くなっても、迫り来る恒星風から逃れ、指定座標軸を制限時間内に越えられる可能性がぐんと高くなる。 今、この宙域にいるツァーデ小隊の隊員も、ギャラクシアン・バート商会の連中も、誰も死なせない・・・ 死なせる訳にはいかない・・・ ヘルメットシールドの下で、リョータロウの瞳が爛と輝いた。
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