* キャノピ(風防)の向こう側に広がる、紫色の美しい海。 頭上に昇った二つの太陽が、超音速で飛行するダークブラックの機体を鮮烈に照らし出している。 その両翼に掲げられた青い六芒星のエンブレムは、この機体が、広大な宇宙にあってどの惑星国家にも属さない、謎多き巨大組織『ガーディアンエンジェル』に属していることを示す証であった。 『ガーディアンエンジェル』。 強力な組織力、優秀な頭脳、そして、強靭な軍事力。 その全てを有する一大組織の本拠地がこの広大な銀河のどこにあるのか、知る者は限られている。 そして、その存在意義を真実に知る者もまた、ごく限られているのだった。 宇宙戦闘用高性能ステルス爆撃機RV−018タイプβ、通称レイバン。 この高性能戦闘機は、ガーディアンエンジェルの戦闘空母セラフィムに所属する機体である。 本来は、宇宙戦闘用に開発された爆撃機であるが、重力圏内航行も可能であり、その性能は、重力圏専用戦闘機にも勝ると賞賛されていた。 推進と装備を重力圏航行モードに切り替えた三機のレイバンが、紫の海と紺碧の空の狭間を、白く細い雲を引きながら飛行している。 そのうち一機の操縦桿を握る、弱冠16歳の少年パイロットは、ヘルメットシールドの下で形の良い眉を潜め、「しまった」というような顔つきをするのだった。 隊長機からの入電を知らせるアラームが鳴ると、黒いパイロットスーツを纏った肩が、覚悟を決めたように竦められる。 『ツァーデ・リーダーからT―6へ。今のは始末書ものだ、覚悟しておけ』 通信機から聞こえた、低く冷静なその声が、どこか鋭い響きを持ってそう告げた。 その声は、もう随分と聞きなれている声なのだが、レイバンに搭乗して聞くと、背筋を正したくなる程凛とした威厳がある。 「ご、ごめん・・・・・リョータロウ」 重力圏内装備のレイバンを操縦する少年パイロット、ハルカ・アダミアンは、思わず、いつものようにそんな返答を返してしまう。 だが、ツァーデ小隊と呼ばれる精鋭部隊の若き隊長は、それを決して許さなかった。 『リョータロウじゃない、隊長だ。訓練だと思って甘く見るな。飛行経路を外れた理由は、後で報告してもらう。返答は?』 通信機の向こう側から、ツァーデ小隊隊長リョータロウ・マキの冷静な声が、そう問い返した。 「・・・・・・T―6了解!反省します!」 ハルカは慌ててそう答え、徐にその顔を引き締めると、風防の向こう側に見える海と空の境界線を、大きな黒い瞳で見つめ据えたのだった。 通信機越しに、リョータロウは言う。 『訓練は続行する。T―6、G−4、火器ロック解除。超過Gに注意しろ。ブレイク(旋回)時、エアブレーキ、機体ロールを忘れるな。 ここは宇宙空間じゃなく重力圏内だということを、しっかり頭に入れておけ』 「T―6、了解」 『G−4、了解』 共に重力圏内戦闘訓練に参加しているもう一人の少年パイロット、ヨシュア・エスキベルの刻み良い返答が、ハルカの耳に響いてくる。 同時に、ハルカ機、T―6の前方有視界に、レイバン・ノキアと呼ばれる、通常機よりも一回り大きな機体が、緩やかにロールしてきたのだった。 教官役であるリョータロウ・マキが搭乗するその機体は、本来、セラフィムの艦長専用機である。 だが、レイバン部隊に配属されてきた新人パイロットを初めての重力圏内訓練に出す際、教官役であるパイロットは、ノキアを使用することが恒例となっていた。 ノキアは、通常機より機体が大きいため、新人達が有視界で確認し易く、ロックオンし易い、そして、大型機であるため、重力圏内航行では、通常機よりも最高速度がやや遅い。 新人達を重力圏内戦闘に馴れさせるため、教官パイロットは敵機役となり、彼らに自機を攻撃させるのだ。 勿論、本物のミサイルではなく、演習弾を使用する。 教官パイロットが、ノキアという大きな機体を使うのは、所謂ハンデなのである。 そして、新人パイロットの初重力圏内フライト教官を勤めてきたのは、卓越した操縦技術と判断能力を持つ、歴代のツァーデ小隊隊長であった。 『十秒後にエンゲージ(交戦)。時間は5分だ。死ぬ気で俺を墜としてみろ』 落着き払った響きを持つリョータロウの言葉が、通信機からハルカの耳に飛び込んでくる。 ハルカは、ヘルメットシールドの下で凛とした顔つきをすると、モニターに映し出されたアタックカウンターをちらりと見やった。 その全身に、底知れぬ緊張が走る。 5.4.3.2・・・1。 風を切る風防の向こうで、レイバン・ノキアのバーニアが、爆音を上げて青い炎を噴いた。 レーダーレンジから急速に遠くなっていくノキアの機影。 ハルカの足先が、僅かに遅れてブーストコントローラーを踏む。 轟音を上げて青い炎を噴くハルカ機、T−6が、白く細い雲の帯を引きながら、晴れ渡る空を超音速で駆け抜けていく。 強烈なGがその肢体にかかり、眉間を寄せながら横目で見た機体左舷に、もう一人の新人パイロット、ヨシュアのレイバンが並走していた。 ノキアの機影は、既に有視界では確認できない。 ハルカは、のしかかるGに顔をしかめながらレーダーレンジを確認する。 とたん、コクピットに、敵機接近を知らせる警報がけたたましく鳴り響き、それと同時に、通信機から入電アラームが鳴ったのだった。 『G−4からT―6!絶対おまえになんか負けないからな!』 「えぇ?!」 G−4、ヨシュアからのその奇妙な通信に、ハルカは思わず素っ頓狂な声を上げた。 レーダーレンジ上のノキアは、T―6の上方から急接近してくる。 ハルカは、慌てて操縦桿を倒して機体を90度ロールさせると、右急旋回。 体が大きく横に振られる。 奥歯を食いしばり、45度ピッチアップで急上昇。 だが、その後方にはノキアが超音速で迫っている。 「え!?うそ!?」 ハルカは、大きく両眼を見開いて、思わずそう叫んだ。 相手にロックオンを掛けられたことを知らせる警報音が、赤い警告ランプと共に鳴り響く。 焦ったように操縦桿を傾けると、レイバンT―6は、1080度ロールしながら右舷に急速回避。 無事ミサイル射程外に抜けたが、その凄まじい遠心力に眩暈がする。 それでもハルカは、必死で意識を保って、眼前のレーダーレンジを見やった。 左舷下方を飛行していたG−4がピッチアップしながら180度ロール、180度ターンで左急旋回する。 ハルカは、ブーストコントローラーを踏んでレイバンを加速させ、ピッチアップで急上昇。 レーダーレンジの中で、G−4がノキアの後方を取る。 だが、ノキアは、連続ロールしながら鮮やかに左舷に回避し、いきなりピッチダウン、ほぼ直角に急降下していった。 そして、水平飛行に戻った瞬間、180度ループ、180度ロールで急旋回し、そのままピッチアップで急加速急上昇。 白く細い雲の帯が、螺旋を描くような軌跡を虚空に刻み、あっという間にG−4の後方を取り返す。 次の瞬間。 ノキアのミサイルポットが轟音と共に白煙を吹き、発射された演習弾が青い煙を引いてG−4の後部に着弾したのだった。 ハルカのレーダーレンジには『G−4.KILL(G−4、撃墜)』のロゴが浮かび上がる。 それは、交戦宣告からまだ一分も経っていない、ほんの数十秒後のことだった。 「!?」 ハルカは思わず目を剥いた。 ノキアの動きは余りにも機敏で迅速すぎる。 そんな事を思った瞬間、敵機接近の警報音が、再びコクピットに鳴り響き、それと同時に、ロックオン警報までも響いてきたのである。 「え!?」 レーダーレンジのノキアは、ぴったりとT―6の後方に食いついている。 スピードだけなら、レイバン通常機の方が速いはずだ・・・と、ハルカはブーストコントローラーを踏み込み、90度ロールで右舷に向けて急加速離脱する。 だが、それを追うようにして、ノキアも90度ロール急加速。 T―6のコクピットに響くロックオン警報は鳴り止まない。 焦ったようにピッチダウンして急降下するが、寸分違わず、ノキアも急降下してくる。 凄まじいGが、ハルカの肢体を蛇のように締め上げる。 刹那、ノキアのミサイルポットが轟音と白煙を上げた。 交戦宣告から僅か一分。 その間、照準レンジの中に、一度もノキアを捕捉することなど出来なかった。 青い煙を引いた演習弾がT―6の機関部に着弾すると、鈍い振動と共に、ハルカの眼前のモニターには、赤い点滅で『KILL(撃墜)』というロゴは浮かび上がったのである。 瞬殺と言うのは、正にこの事。 それは、「実戦であったら死んでいた」という明らかな死亡宣告であった。 「やっぱり・・・まだ、リョータロウみたいには、なれないな・・・」 ハルカは、操縦桿を引いてレイバンをピッチアップさせると、眩暈にぐらぐらする頭を軽く振って、両肩で大きくため息をついたのである。 操縦桿を握ったままこみ上げる吐き気を堪え、ハルカは、ぐったりとした様子で操縦席にもたれかかった。 風防の向こう側では、ついつい見惚れてしまった紫色の海が、二つの太陽に照らし出され、きらきらと輝いていたのである。
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