* ガーディアンエンジェルの大型輸送船ユダの船内は、不気味なほどの静けさで静まり返っていた。 シャトルをその甲板に着艦させ、内部に入ったギャラクシアン・バート商会の「武闘派」の面々は、宇宙服を纏い、ヘルメットだけを外した姿でブリッジへ続く通路を歩いていた。 静まり返る船内に響く足音が、異様な静けさを更に助長させていく。 そんな中、トーマ・ワーズロックは、モバイルPCを操作しながら、その知的な紺色で、未だライトが点灯されている天井をちらりと見やったのである。 「破壊されてるのは、機関部だけか・・・重力制御システムはまだ生きてるし、酸素供給システムも正常に稼動してる。それなのに誰の応答もないなんて、なんだが気味悪いな」 思わずそう呟いたトーマの隣で、バートの機関士フランク・コーエンが、細かいウェーブのかかった髪を揺らしながら首を横に振ると、ゆっくりと口を開いた。 「やっぱ、海賊に乗り込まれて、全員殺されちまったのかな?」 「もしかすと、そうかもしれない・・・とりあえず、ブリッジに入って、生存者の確認をしなくちゃな。積荷の確認作業はそれからだ」 トーマがそう答えた時だった。 ふと、トーマの後方を歩いていたバートの整備士、フウ・ジンタオが、辺りを見回しながら不思議そうに小首を傾げたのである。 「トーマさん・・・なんか、この船、動いてません?」 「?」 フウの言葉に、その場にいた全員が、何げなく周囲を見回した。 ビームライフルを肩に引っ掛けたまま、機関士クラス・オーベリが、太めの眉を潜めながら、まじまじと小柄なフウを見下ろして言うのである。 「そうか?そんな感じはしないぞフウ?」 「そ、そうっすかね?なんか、足もとちょっとぐらついた気がしたんすが・・・」 フウは、何とも腑に落ちない顔つきで、もう一度辺りを見回したのだった。 だが、その時、足元に軽く絡んだぐらつきは消えている。 「タルタロス宙域だから、何が起こってもおかしくない、早く片付けて戻ろうぜ」 不思議そうに小首を傾げるフウを横目で見やりながら、トーマはそう言って、精悍な唇だけで小さく微笑すると、眼前に迫ったブリッジのオート・ドアを潜ったのである。 すると。 そこに広がっていたのは、予想した通りの惨劇であったのだ。 「うっは・・・こりゃひでーや」 トーマの隣で、片手を髪に突っ込みながら、フランクがそんな声を上げる。 床に広がる血溜まりからは鼻につく死臭が漂い、10名の船員達が、全身を銃で撃ちぬかれた無残な骸となって転がっていたのだった。 ブリッジのコンソールパネルには無数の弾丸が撃ちこまれており、モニターもひび割れ、その破片が床の上に散乱している。 息耐えた船員達の手には未だ銃が握られており、最後まで抵抗した痕跡がまざまざと見受けられた。 この様子だと、ブリッジ内では、かなり激しい銃撃戦が繰り広げられたはずだ。 トーマを始め、ギャラクシアン・バート商会の面々が、血まみれで倒れ伏している船員達の呼吸を確認して回ったが、その中に、生存者は確認できなかった。 「駄目だな・・・皆、死んでる」 トーマは、思わず、唸るようにそう言って、焦茶色の前髪の下で形の良い眉を眉間に寄せると、血に塗れて床に倒れ伏す、船長と思しき男性の傍らに片膝を着いたまま、大きくため息をついた。 輸送船に搭乗する船員として、命をかけて積荷を守ろうとしたユダの船員達に、敬意を払わずにはいられない。 ゆっくりと立ち上がると、トーマは、どこか悲哀の滲む冷静な声で言うのである。 「全員整列」 その言葉に、トーマの隣にフランク、フウ、そしてクラスの順で立った。 「黙祷」 バートの船員達全員で、黙祷をささげた後、トーマは、宇宙服の肩をすくめ、ため息混じりに言葉を続けた。 「救難信号を発信した直後にやられた感じだな・・・コンソールもやられてるし、これじゃ、此処で積荷の確認はできないな・・・」 「直接コンテナまで行くしかないだろ?この船の積荷、レイバンなんだろ?」 両手を腰に置いた姿勢でトーマの傍らに立つフランクが、そんなことを口にして、ゆっくりと、破損したブリッジの内部を見回した。 「ルツは、新型のレイバンだって言ってたな、しかも、ツァーデ小隊専用機・・・・・・持ち出されてなきゃいいけど」 苦々しい表情でそんなことを口にしたトーマが、三度大きくため息をつきながら、ゆっくりとフランクを顧みると言葉を続ける。 「遺体の回収は、コンテナを確認した後にしようぜ。この連中が、命がけで守ろうとした積荷だ、ちゃんとあるかどうか確かめないと、胸くそが悪い」 トーマはそう言って、惨劇が広がるブリッジに広い背中を向け、再び、通路に向かって足を踏み出したのである。 「同感」 フランクはそう答え、やはり大きくため息をついてくるりと踵を返す。 何とも後味の悪い思いに苛まれ、僅かばかり鋭利に両眼を細めたトーマを、ふと、フウが仰ぎみる。 そして、どこか呆れたような口調でこんなことを口にしたのだった。 「それにしたって、よくもまぁ、ガーディアンエンジェルの船を襲う気になったすよね?海賊の連中?この船、横っ腹にちゃんと星マークあるのに」 「ガーディアンエンジェルの船だから襲ったのかもな。流石に戦艦は襲わないだろうが、この船は輸送船だ。ガーディアンエンジェルの輸送船が運んでる積荷がなんて、きっと普通の積荷と違う・・・って、俺が海賊だったら、きっとそう思う」 トーマはそう答えると、宇宙服のポケットに無造作に突っ込んでおいたモバイルPCを取り出し、二つ折りになっていたそれを開き、グローブの指先でコンソールを叩いたのだった。 そして、「生存者無し、積荷はこれから確認」とメールに打ち込むと、その短い文章をバートに送信し、送信完了を確認してから、ウィンドウを切り替えて、そこ映し出された船体図を眺めたのである。 そんなトーマを横目で見ながら、フウは、長い黒髪を揺らしてしみじみと頷いたのだった。 「あ・・・そうか。なるほど。ガーディアンエンジェルの輸送船が運んでる物って、何か高そうだし、横流ししたら、金になりそうだもんな・・・」 そう言って、自らの顎を軽く指先でつまんだフウを、傍らを歩いていたクラスが、ちらりと見やる。 クラスは、照明が灯ったままの通路の天井をふと仰ぐと、ひどく率直な疑問を、まるで、独り言のように呟いたのだった。 「もし、その新型レイバンが海賊に強奪されてたとして、売ったらいくらになんだろうな?」 その言葉に、トーマは、なにやら呆れたような顔つきをして目線を上げると、ため息まじりにクラスを振り返って、こう答えたである。 「何言ってんだよ?売るとか売らないとかの前に、レイバンをまともに操縦できる奴がいるかどうかだろ?リョーは普通に乗ってやがるけど、半分化け物みたいな戦闘機だぞ? 出力も違えば装備も違う。あれ単品でワープはできるわ、ソドムシンク砲は撃てるわ、ブーストコントロールはペダルだわ。バートの操縦とは全然違う」 「おまえ得してるよな〜?ガーディアンエンジェルの戦闘機なんて、そう滅多に乗れるもんじゃないのによ。そんなに扱い難しいのか?レイバンて?」 怪訝そうに眉根を寄せたクラスが、トーマの横顔をまじまじと覗き込む。 その瞬間、トーマは、唇の隅を軽く持ち上げて、なにやら得意げに笑ったのである。 「ああ。かなりな。あれだけの装備をしてれば、操作もかなり複雑だし。しかも馬鹿みたいな高出力ときてる。リョーのやつ、よくもあんな高出力の機体乗ってて生きてられると思うよ。あれは、訓練を受けたパイロットだから乗りこなせるんであって、何もないまま飛ばせる奴なんか滅多にいねーって。それに、それなりの腕がないと無理だって」 「腕ね・・・きっと相当なんだろうな?マキ少佐?なんてったって、あの歳で少佐だからな」 クラスが、やたらと感心した様子で、そんな言葉を口にすると、トーマは、片手で前髪を梳き上げながら愉快そうに笑ったのである。 「機体が化け物なら、パイロットも化け物だからな。昔、リョーが“貸し出し”可能だった頃、惑星アルターゼにレベル6貨物を運んだ時あっただろ? あん時なんか、あいつ、過激派を振り切るって言って、重力圏だっつーのに超音速で垂直降下しやがったんだぜ?普通じゃねーから!俺、サブシートでブラックアウトしたし」 トーマのその返答に、何故かいち早く反応したのはフランクであった。 フランクは、唇の端をにやつかせながら、わざとらしく眉間を寄せてトーマを顧みると、からかうような口調でこう言うのだった。 「うわ!汚ねーっ!おまえ、いつの間にそんな面白いことしてたんだよ?」 だが、にんまりと笑うトーマはこうやり返す。 「なんだよフランク?そんなに超音速垂直降下してみたかったのか?夢心地で最高だって!」 「たまんねー!重力圏内、超高音垂直降下!滅多に経験できないよな?どんだけのGだよ!」 「試してみたいなら今度やってもらえよ?即ブラックアウト、まじ、夢心地だから。 て言っても、あいつ、今じゃ出世して『マキ少佐』になってるから、もう、バートに“貸し出し”不可能だけどな」 愉快そうに答えると、ユダの船体図を全て頭に叩きこんだトーマは、モバイルPCの画面を閉じたのである。 貨物室に向かって歩きながら、実に緊張感のないの会話を交わすギャラクシアン・バート商会の面々であったが、彼らは、この時、まだ気づいていなかったのだ。 機関部を破壊されたユダの船体が、ほんの数センチ単位で、タルタロス四連太陽の重力圏へ流され始めていたことを・・・
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