* 惑星ドーヴァの大気圏を抜け、メリアベル星系上を航行する宇宙戦闘空母セラフィムに、その通信が入ったのは、宇宙標準時間で午前11時を回ろうとしていた頃だった。 40名ものオペレーターを抱えるセラフィムのコントロールブリッジに、緊急通信を知らせるコールが鳴り響く。 レーダー通信オペレーターセクションに座る、ナナミ・トキサカが、ワンセクション高い位置にある艦長席を振り返って、以前よりもだいぶ落ち着いた口調で言うのだった。 「艦長、バートから緊急通信が入っています。モニター回します」 セラフィムのブリッジ上部に設置された大型モニターに、懐かしい女性の姿が映し出されると、レムリアス・ソロモンは、艦長席に腰を落ち着けたまま、輝くような銀色の髪の下で、美しい紅の瞳を柔和に細めたのだった。 白いショートローブ姿のその女性は、他でもない、元は、このセラフィムのレーダー通信オペレーターとして搭乗していた、ルツ・エーラだったのである。 「ルツ、元気そうだな?どうだ、バートの乗り心地は?」 『お久しぶりです艦長。乗り心地は・・・悪くはないですが、この船の連中は、やっぱりまともじゃありません』 通信モニターの中で蛾美な眉を潜めて、思わずそんな本音を言ったルツに、ソロモンのみならず、ブリッジのオペレーター達が吹き出した。 シルバーグレイの軍服の肩を小さく揺らしながら、ソロモンは、端整な口元を柔和にもたげて言うのである。 「そうか・・・まぁ、もしかすると、そうかもしれないな。それで、緊急通信の内容は?」 『はい、バートは、タルタロス宙域で輸送船ユダの救難信号を感知しました。 海賊に襲われた模様です。ユダを襲撃したと思われる戦艦隊は、既にバートが撃沈。 ユダへは、今、トーマたちが向かっています。船員と積荷が無事かどうかは、中に入ってみないと判りません。もし、積荷が無事ならば、それをどうするか、場合によっては、バートが目的地まで運びます。その指示を仰ぎたく思います、艦長』 その言葉を聞いた瞬間、ふと、ソロモンの紅の瞳が鋭利に輝いた。 輸送船ユダ。 ガーディアンエンジェルの本拠地人工惑星メルバから、宇宙を航行する戦艦や母艦に、武器や弾薬を運ぶ輸送船の名称である。 そして、今日、セラフィムは、このメリアベル星系上で最新鋭レイバンの試作機、RV−019の受け渡しを、その船から行う予定であった船だ。 ソロモンは、僅かばかり渋い顔つきをして端整な顎の下で両手を組むと、冷静な声色で答えて言うのである。 「ユダの積荷は・・・RV−019VFc(シータ)、ツァーデ小隊専用レイバンの最新鋭機だ。その行き先は、セラフィムだ」 『ユダは、セラフィムと合流する途中だったという訳ですかっ?まさか、レイバンの最新鋭機を積んでるなんて・・・っ!』 モニターの中で、驚いたように目を丸くしたルツを見やりながら、落着き払った口調と表情で、ソロモンは言葉を続ける。 「そうだ。ユダには、これから連絡を入れるところだった。まさか、タルタロス宙域で海賊に襲撃されているとは、考えてもいなかったが。 コンテナには厳重ロックが掛かっているはずだが、それを海賊が破らなかったという保証はない。RV−019は対アーマード・バトラーの試作機だ、機能も性能も現在のRV−018より格段に上だ。バートが撃沈した戦艦隊以外に、仲間がいないとは限らない。もし運び出されていたら、少し問題だな。ガーディアンエンジェルの技術が、外部に漏れる可能性がある」 『トーマに伝えて、至急、コンテナの中身を確認してもらいます』 「そうしてくれ。セラフィムもこのままタルタロス宙域に向かう。そちらへは、先にツァーデ小隊を行かせる。コンテナロック解除パスワードは、直ぐにバートに転送するよ」 『了解しました』 「ショーイに、よろしく頼むと伝えてくれ」 『判りました。伝えておきます』 ルツは、綺麗な唇で小さく微笑して、通信回線を遮断したのだった。 シルバーグレイの軍服の肩で、小さく息を吐くと、ソロモンは、柔和だったその表情を凛と強い表情に変えて言うのである。 「オリヴィア、ツァーデ小隊に発進命令を出してくれ。発進後、座標設定N630WS404でワープイン。タルタロス宙域の輸送船ユダの救助に向かわせる」 「イエッサー」 ブロンドの髪と茶色の瞳を持つ美麗な主任オペレーター、オリヴィア・グレイマンが、手元のコンソールパネルを叩きながら刻みよくそう答えた。 ソロモンは、猛禽類の如く鋭利にその紅の瞳を煌かせると、どこか鋭い響きのする声色で言葉を続けたのである。 「本艦はこれより、外洋宇宙タルタロス宙域に向かう。ワープ可能宙域に入り次第、座標修正14.75でワープイン。ワープアウト時、タルタロス太陽の重力圏には十分注意を払え」 「イエッサー!」 40名ものオペレーター達が、一斉にその声に呼応した。 ソロモンは、何故か、奇妙な胸騒ぎを覚えながらも、冷静な顔つきのまま、ゆっくりと前で腕を組むと、銀色の前髪から覗く紅の瞳で、巨大な風防の向こうに見える広大な宇宙空間を睨みすえたのだった。
* 『レイバン部隊ツァーデ小隊に通達。搭乗員は、ワープエネルギー充填操作をしつつ、座標軸N630WS404を設定し、機内で待機してください。発進準備が整い次第、全機、カタパルトデッキ1からフォーメーションαで発進してください。』 セラフィムの大型ドックに新人通信オペレーター、マデリン・ダレルのアナウンスが響き渡った。 カタパルトデッキに発進準備を示す黄色いランプが一斉に灯り、ゆっくりと上昇エレベーターが動き出していく。 搭乗ウィンチからレイバンT―6のコクピットに飛び乗ったハルカ・アダミアンは、ツァーデ小隊緊急発進のために、謹慎延期の処置を下してくれたソロモンに感謝をしつつ、少し緊張した面持ちで、ヘルメットを被るのだった。 キャノピのクローズドスイッチを押し、手元のコンソールパネルをグローブに覆われた指先で素早く叩くと、眼前のモニターにウィンドウが開き、この機体に関する全てのデータが次々と表示される。 滝のように流れてくるそれを、広大な宇宙の色にも似た黒い瞳で追いながら、コンソールを叩いて座標軸を設定し、僅かばかり掠れた声でハルカは言う。 「ハルカ・アダミアン、搭乗完了。ステルスデバイスオールグリーン、ワープシステム、及び重力制御システムはイエローからグリーンへ。メインエンジン点火。座標設定終了。ワープエネルギー充填開始。発進までこのまま待機します」 『了解しました』 やはり、どこか緊張した様子のマデリンの応答を聞いて、ハルカは、何故かほっとした様子で端整な口元をほころばせる。 緊張しているのは、自分一人だけではない事に気づいて、妙な安堵感を覚えたからだ。 マデリンもまた、ハルカと同期でセラフィムに配属されてきた通信オペレーターである、ハルカには、彼女の緊張が痛いほどよく判っていた。 操縦桿を握り、唇を噛締めて、ハルカは、自分に気合を入れるように一度大きく深呼吸する。 発進前のこの緊張感には、まだ全然慣れていない。 その時、モニターに通信ウィンドウが開き、そこに、ツァーデ小隊隊長であり、ハルカの兄代わりである青年、リョータロウ・マキの姿が映し出されたのだった。 ハルカは思わず、ぴんと背筋を伸ばしてしまう。 『T−1からツァーデ小隊全機へ。ツァーデ小隊は発進後、座標軸N630WS404でワープイン。タルタロス宙域で海賊の襲撃を受けた、輸送船ユダの救助に向かう。 くれぐれも、タルタロス四連太陽の重力圏に入らないよう注意しろ』 『了解』 「了解」 他の隊員達の返答と共に、ハルカもまた、刻みよい声でそう答える。 リョータロウの冷静な声が、更に指示を続けた。 『ワープアウトした宙域に、海賊の残党がいないとは限らない。レーダーレンジから目を離すな。常に迎撃体制を維持。以上だ』 『了解』 「了解」 ツァーデ小隊専用レイバンのメインバーニアが、轟音を上げながら青い火を蓄えていく。 『全機、機体スキャン完了、エナジーバルブ接続解除、重力制御システムオールグリーン。カタパルトデッキ1上昇します。ツァーデ小隊、発進20秒前・・・・』 マデリンの声と共に、メインエンジンの回転数を上げたレイバンのダークブラックの機体が、その士気を高ぶらせるように小刻みに振動する。 今度こそ、ミスは犯さない。 輸送船ユダの船員の命が掛かっているのだ。 ハルカはそんな事を思いながら、ヘルメットシールドの下で、黒く大きなその瞳を凛と輝かせたのだった。 カタパルトがゆっくりと上昇し始め、そんなハルカの視界に、無限の暗黒に覆われた宇宙空間が広がり始める。 操縦桿を握る手に、自然と力が篭る。 振動しながら聴覚に響くレイバンの高性能エンジンの音が、重低音から次第に高音域へと変化していった。 『ツァーデ小隊、発進10秒前、9、8、7、6、5・・・・』 レイバンの車輪を固定していたロックが解除され、上昇しきったカタパルトの上で、高出力バー二アが青い炎を噴いた。 『4、3、Maximum Fire Ready・・・GO!!』 マデリンの声と共に、両翼に青い六芒星のエンブレムを掲げたダークブラックの機体が、凄まじい轟音を上げながら流星の速度で離艦していく。 10機のレイバンの機影は、そのまま、眩い虹色の輝きに包まれると、無限の闇の中へと消えて行ったのである。
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