* スクランブル警報が鳴り響くバートのブリッジに戻ったルツが、ヘッドセットを着けてレーダーレンジの前に座る。 そんなルツに向かって、操縦席のトーマが、手元のコンソールを叩いて主砲の砲門を開き、やけに冷静な口調で言うのだった。 「ルツ、救難信号を出してる船の識別コード、ガーディアンエンジェルの所属だぞ。 輸送船みたいだけど、ガーディアンエンジェルの船じゃ積載してる荷物が何かわからないんだ。識別コードで、何を運ぶ船かわかるか?」 「多分わかると思う」 ルツはそう答え、コンソールパネルを叩いて、救難信号の主の識別コードをモニターに表示する。 GA−21056SSAP。 ルツには、その識別コードに、確かに見覚えがあった。 綺麗な眉を軽く眉間に寄せて、レーダーレンジを覗き込みながら、ルツは落着き払った声で言葉を続けた。 「この船、ユダだわ」 「ユダ?」 眼前に上昇してきた主砲の照準レンジを覗きこんで、怪訝そうな顔つきでトーマが聞き返す。 「航行している母艦や戦艦に、武器や弾薬の補給をする大型輸送船よ。セラフィムには、レイバンの予備機とかよく運んできてたわ。一応武装はしてるけど、バート程じゃない」 そう答えながら、凛とした顔つきでコンソールパネルを叩き、ルツはガーディアンエンジェルの輸送船を襲っただろう戦艦の識別コードを確認したのだった。 だが、モニターにはアンノウンの文字が表示されるだけである。 この表示が出ると、広域宇宙を航行する輸送船の積荷を狙う海賊の可能性が非常に高い。 「アステア級戦艦が七隻、1500Sノットで接近中。所属は不明。やっぱり、積荷を狙った海賊かも。距離47000。敵戦艦主砲射程圏内まで22000」 「ガーディアンエンジェルの船を襲ったついでに、バートまで襲う訳だ・・・・・・だったら、受けて立ちましょう 」 トーマは、緊張感もなくそんな事を口にすると、精悍な唇だけで微笑して、焦茶色の前髪から覗く紺色の瞳で、傍らに座るタイキを見やったのである。 「タイキ、補助バーニア点火」 「了解!」 刻みよく返答し、タイキは補助バーニア点火スイッチをオンにする。 それを確認して、トーマは、手元のブーストコントロールレバーを緩やかに手前に引いていった。 バートの補助エンジンが、甲高い音と共に回転数を上げ、バーニアが青い炎を上げる。 その時、ブリッジのオート・ドアが開き、やっとそこに、バートの船長ショーイが姿を現したのだった。 「遅い!!」 ルツは、怒ったように蛾美な眉を吊り上げて、ワンセクション高い船長席を振り返ると、何の気なしに腰を下ろしてゆったりと足を組むショーイを睨み付けたのである。 ショーイは、眼鏡の下から覗く紺色の瞳をちらりとだけルツに向けると、いつも通りの高飛車な顔つきをしながら、肘掛に頬杖を付くのだった。 繊細な頬に、緩やかなカーブを描く鮮やかな赤毛が零れ落ちる。 「僕を叱る前に、しっかりレーダー監視を続けて。それで、敵戦艦との距離は?」 そう言った口調は、セラフィムでも幾度となく聞いていた、高慢で高飛車で、それでいてひどく冷静なあの口調である。 既に、その表情からも口調からも、先ほどまでの甘やかさは消え失せていた。 ほんとに二重人格なんだから!!と、心中で悪態をつきながら、ルツは、勤めて平静を保ちながら答えて言うのだった。 「敵戦艦、距離42000まで接近。相手は、主砲発射体制に入ってます」 肩の下まで伸びた赤毛を軽く揺らして、ショーイは、操縦席の上にある大型モニターを仰いだ。 そこに流れてくる敵艦隊の情報に目を通しながら、相変わらずの高飛車な口調で言うのだった。 「旧式の船だ、バートの敵じゃない・・・防御シールド展開。トーマ、主砲発射準備はできてる?」 「いつでも撃てるぜ」 トーマはそう答え、後ろ手に親指を立ててみせる。 「メインエンジン出力最大。ターボジェット点火。タルタロス太陽の重力圏に注意しながら、最高速度で敵戦艦隊に接近する。 つまらない連中だ、さっさと沈めて、救難信号を出してる船の救助に行こう」 「了解」 トーマの傍らに座るタイキもまた、後ろ手に親指を立ててみせる。 同時に、バートの船体の両舷後方に装備されたターボジェットが甲高い轟音と振動を上げ、暗黒の宇宙空間に青い炎の渦を解き放った。 ブリッジに一瞬強いGが発生すると、鮮やかなブルーの装甲を持つバートの船体が、流星の如き閃光を引きながら、一瞬で戦闘機並み速度に到達する。 左舷前方に七隻いる戦艦に向かって、躊躇う事無く宇宙空間を貫くバートの船体が、急速に進路を左舷に移行した。 ロケットダッシュというなら、正にこのこと。 攻撃を仕掛けるのにも、まずい敵を回避するのにも、この航行はかなりの功をそうする。 バートは、みるみる七隻の敵戦艦隊との距離を縮めていく。 「敵戦艦との距離、27000。主砲射程圏内まで、残り2000」 レーダーレンジを見つめるルツがそう言うと、冷静なショーイの声がその後を続ける。 「主砲発射用意」 照準レンジを覗くトーマの指が、主砲発射トリガーに掛かった。 バートの船体に8基搭載された3連主砲が一斉に回転し、左舷前方の戦艦隊をその照準に捕捉する。 「主砲射程圏内まで、残り950」 高速航行するバートが、敵戦艦を主砲射程に捉えた瞬間、ショーイは、眼鏡の下の瞳を僅かに細め、肘掛に頬杖をついたまま、鋭い声で言うのだった。 「主砲、発射」 刹那、トーマの指が主砲発射トリガーを思い切り引いた。 バートの主砲に蛍のような青い粒子が灯り、甲高い音を上げたビームの閃光が宇宙空間を突き抜けて、七隻いる敵戦艦の前衛二隻のシールドに到達する。 シールドに弾かれた青いエネルギー粒子が暗黒の宇宙に漂うが、バートから、間髪入れずに発射された第二波目が、次の一瞬で敵艦のシールドを貫き、その総甲板もろとも機関部を直撃したのである。 僅かに膨張した敵戦艦の船体が、二隻同時に膨張し、オレンジ色の閃光を上げ、宇宙を震わす大音響と共に大爆発を起した。 離散した残骸が、赤い光の帯を引いて暗黒の闇を泳ぐ。 その時、残り五隻となった所属不明戦艦が、バートに向けて、一斉に砲撃を開始したのだった。 タルタロスの巨大四連太陽を船体の左舷に見ながら、流星の如き高速を保つバートが急速に右舷に進路を取る。 鮮やかなブルーの船体の四方を青いビームの閃光が豪速で駆け抜けていくが、その先端がバートに掠ることはない。 戦闘機並みの速度を持つバートは、敵戦艦の主砲照準圏内を一瞬で回避したのだ。 敵戦艦から第二波目が来る前に、バートの主砲が青いエネルギー粒子を上げる。 甲高い轟音を伴って8基の三連主砲から連射されたビームが、暗黒の闇を二分するように豪速で虚空を走り抜け、先頭にいた戦艦のシールドを貫くと、真正面からそのブリッジを大破させた。 凄まじい爆音を上げて傾いていく船体を、再び連射された青い閃光が容赦もなく貫き通すと、その先端は、後方の戦艦にまで達した。 一瞬、暗黒の空間が震える程の波紋が広がり、爆発と共に木っ端微塵に吹き飛んだ船体が、残りの艦のシールドに当って砕け散る。 バートのブリッジすれすれのところに、敵戦艦から発射されたビームの閃光が幾筋も煌くが、そんなことは慣れっこになっている船員達は、さして驚く様子も慄く様子もない。 残り四隻となった戦艦が取る台形型編隊の合間に、バートが、流星の如き速度で突っ込んでいく。 それは、シールド同士が触れるほどのぎりぎりの距離だ。 戦艦隊とバートの狭間の宙域に、シールド同士が共鳴して発生した、紫色のプラズマが迸る。 これが発生すると、もはや双方のシールドはその役割を果たさなくなる。 だが、バートの船長ショーイは、船長席の肘掛に頬杖を付いたまま、知的な唇をニヤリともたげて言うのである。 「速度そのまま。1から4までの主砲は反転。トーマ、ついでだから、対戦艦ミサイルも撃ち込んでおけ。敵の実力を知ろうともしない、低知能な連中に付き合わされるのは、こちらが迷惑だ」 実に嫌味な口調でそう言った声に、なにやら、恨みじみたものが混じっているのは、決して気のせいではない。 「了解・・・・・・そうか、おまえ、やっぱ怒ってたんだ?ま、そりゃそうか・・・」 その恨みの原因がどこにあるのか、すぐ様悟ったトーマが、愉快そうに笑いながら、緊張感もないまま主砲のトリガーを引いたのだった。 バートの船体後部に設置された四基の砲門が反転し、ぎりぎりの至近距離で一斉に三連主砲を連射する。 こうなれば、もう、敵戦艦に手の打ち様はない。 主砲を発射するにしても、高速航行するバートに当ればいいが、もし外せば、それは味方の艦にまで被害を与えるからだ。 敵戦艦に装備されたビームガドリング砲門が反転し、無数の閃光の弾丸をバートに向かって撃ち込んでくる。 だが、本来は輸送船であるバートが、鮮やかなブルーの船体を左右に振り、360度ロールでまんまとそれを回避してしまう。 ロールするバートから、尚も矢継ぎ早に連射される青いビームの先端が、螺旋状の軌跡を描き、もは、やその役割を果たさなくなった敵戦艦のシールドを貫いて、その機関部を容赦もなく破壊していった。 白煙を上げて傾く敵戦艦隊に対し、止めとばかりに、バートの船体に10基搭載された対戦艦ミサイル発射ユニットが、白煙と爆音を上げてミサイルを発射する。 暗黒の闇に湾曲した白い帯を描く弾頭が、爆音を上げて敵艦の装甲隔壁を被弾させていく。 破壊された隔壁から内部のエアが漏れ、一瞬だけ紅蓮の炎を上げた四隻の戦艦が、急速に船体を膨張させると、次の瞬間、無限の宇宙にオレンジ色の閃光を走らせ、空間を震わす大音響が轟かせながら、凄まじい爆発を起したのだった。 その時既に、バートは、戦艦隊が爆発した宙域を離脱している。 バートの後方で、海賊と思しき所属不明艦隊は、すべて宇宙の藻屑と化したのである。 レーダーレンジを覗いていたルツは、そこに映し出されたガーディアンエンジェルの大型輸送船ユダの座標を確認しながら、困ったように綺麗な眉を寄せ、思わず、大きくため息をつくのだった。 バートの戦い方は、いつもこんな調子だ。 ある意味、下手な海賊よりも性質(たち)が悪い。 バートの積荷を狙って攻撃をしかけてくる無法者戦艦が、だんだん気の毒に思えてくる。 この船は、輸送船というよりは、寧ろ高速戦艦・・・・・・いや、超大型戦闘機と言った方が良いのかもしれない。 以前ルツが乗船していたセラフィムなら、絶対にしないような戦法で、積荷を狙う輩を容赦なく撃沈させていくのだ。 ここ八ヶ月で、もう何度こんな戦闘を経験したか。 この船の連中は、やっぱり何かおかしい。 思考回路がどこかでショートしているのではないかと、疑いたくなるほどだ。 そんな事を思いながら、もう一度ため息を吐くと、ルツは、勤めて冷静な口調で言うのである。 「救難信号発信先、輸送船ユダの座標転送します」 救難信号を発信し続ける輸送船ユダの座標を、ブリッジの大型モニターに転送して、ルツはインカムマイクに向かってこう呼びかけるのだった。 「こちら惑星アルキメデス船籍、ギャラクシアン・バート商会所属トランスポーター『バート』。ユダ、応答願います。今から、バートは貴船の救助に向かいます。負傷者がいれば、その旨を伝えてください」 だが、ユダからの返答は無い。 嫌な予感を感じながらも、ルツは、もう一度呼びかける。 「こちら惑星アルキメデス船籍、ギャラクシアン・バート商会所属トランスポーター『バート』。ユダ、応答願います」 そうして何度か呼びかけたが、やはり、ユダからの応答は皆無だった。 ルツは、綺麗な眉を寄せたまま、ゆっくりと船長席を振り返る。 「駄目です。応答ありません。ユダとの距離は16000・・・どうします?」 その言葉に、ショーイは、肘掛に頬杖をついまま、冷静な表情でちらりとルツを顧みた。 「船体スキャナーの準備。生体反応と、積荷の内容をスキャンして」 「それは無理かもしれない。ガーディアンエンジェルの船は、隔壁に特殊磁気ウォールが張ってあるから、一般のスキャナーじゃスキャンできないわ」 「だったら、乗り移ってみるしかないね」 ルツの言葉にさして驚いた様子もなく、ショーイは相変わらず高飛車な口調でそう答え、眼鏡の下のから覗く紺色の瞳を、操縦席にいるトーマに向けたのだった。 「トーマ、そういう事だから、いつものメンバーでちょっと見に行ってきて。生存者がいたら救助。積荷の内容も確認」 「了解」 何故か嬉しそうにそう返答し、トーマは、白いショートローブを翻しながら、操縦席から立ち上がると、腰に下げたホルスターに片手をかけた姿勢で、ブリッジのオート・ドアへとその足を進めたのだった。 ルツは、そんなトーマを振り返って言うのである。 「トーマ、気を付けて。もしかすると、貨物室にはロックがかかってるかもしれない。パスワードが必要な時は連絡して」 「了解。姐(あね)さん」 からかうような口調でそう答え、トーマは、精悍な唇でニッコリと笑うと、後ろ手に手を振りながらオート・ドアの向こうへと消えていく。 ルツは、怒ったように綺麗な眉をしかめて、閉まるドアに向かって思わず叫ぶのである。 「もう!トーマまでやめてよね!その呼び方!!」 そのやり取りを、愉快そうに目を細めて聞いていたショーイが、組んだ足を組替えながら、ルツに振り返って言うのだった。 「ルツ、この宙域から、一番近くにいるガーディアンエンジェルの船を探して緊急通信。もし積荷が残っていたら、それをどうするか聞いてみて。場合によっては、バートが運んでもいい。勿論、運賃は頂くよ」 「了解」 相変わらず商売っ気たっぷりのショーイに苦笑しながら、ルツは、素早くコンソールパネルを叩いた。 長距離レーダーのモニターに映し出された検索ウィンドウに、この宙域に近いところを航行するガーディアンエンジェルの船の識別コードが表示され、その船舶の名称と、位置情報が表示されていく。 そして、コンピュータが弾き出した、一番近い場所にいる船の識別コードは、GA−7701MS46。 それは、ルツとってひどく馴染み深い船の識別コードだったのである。 「ショーイ、セラフィムよ。セラフィムが、今、一番近いところにいるわ」 「なら、何の問題もないね。緊急通信回線を開いて、ソロモンに指示を仰いで」 「了解」 セラフィムに連絡を取るのは、実に半年振りのことだ。 ギャラクシアン・バート商会は、AUOLPの承認を受ける広域宇宙運送業者のため、ガーディアンエンジェルの船より身軽だった。 そのため、時々、セラフィムの艦長レムリアス・ソロモンから、ギャラクシアン・バート商会にとって多大なデメリットにならない程度に、セラフィムの任務の一部を委託される時がある。 バートも時々、セラフィムの手を借りて仕事をこなす時もあった。 それは、双方の間に、強い信頼関係が築き上げられているからに他ならない。 勿論、ショーイもトーマも、そして、バートの他の船員達も、セラフィムの任務に関する事柄は一切外部には漏らしたりはしない。 そうやって、もう何年も、その関係を続けてきているのだ。 ルツは、やけに懐かしい通信回線コードを打ち込み、緊急通信回線を開いたのだった。 巨大な四連太陽が赤く輝く、魔の宙域タルタロス。 タルタロス宙域の悪夢は、ここから、始まることになる。
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