* 「ほんっとにこの船の連中は・・・絶対何かおかしい!!」 バートからレベル7の積載物を積んだコンテナが射出された頃、蛾美な眉を苦々しく眉間に寄せて、今やバートの通信士となったルツ・エーラが、不機嫌そうにブーツのかかと鳴らしていた。 ギャラクシアン・バート商会のトレードマークとも言うべき、白いショートローブを揺らしながら、船内の長い通路を、船長の私室に向かって歩いていたルツは、思わずため息をつくのである。 今回バートが積載していた積荷は、ある惑星国家の工業コロニーで起こった、化学薬品工場事故の犠牲者達である。 犠牲者といっても、それは決して人ではなく、ペットとして飼育されていた家畜の遺骸だ。 家畜を全滅させた原因である、精密機器を洗浄するための薬品というのが、これまた厄介な代物で、その原液をほんの少し吸い込んだだけでも、全身を壊死させるほどの猛毒なのだという。 本来は、中和液で原液を薄めてから使用するというが、原液が一度生物の体内に入り込むと、そこで体液と化学反応を起し、中和薬を投与してもまったく毒素が消失しなくなってしまうのだそうだ。 その上、体液と結合したその薬品は、そのまま毒素を細胞に蓄積させ、何をしても絶対に分解されることはないだという。 万が一の遺骸を燃そうものなら飛散した毒素が、そのまま宇宙空間に漂い、人間の住む惑星に降り注ぎでもしたら、その惑星国家は全滅するのだというのだから、もはや閉口するしかない。 そのため、遺骸の始末に困った薬品会社が、タルタロスの恒星に棄ててきて欲しいと、ギャラクシアン・バート商会に依頼してきたのである。 厄介な化学薬品に汚染された遺骸でも、タルタロス太陽の凄まじい業火と重力に飲み込まれれば、毒素を宇宙に飛散させることもなく処分ができる。 ギャラクシアン・バート商会が運ぶ荷物は、いつも、そんな曰くつきの荷物ばかりだった。 少なくとも、ルツがこの船に乗ってから約八ヶ月、運んだ荷物は全てレベル3を越える危険物ばかりである。 流石に、レベル7と聞いた時は、その計り知れない恐ろしさに身震いしたが、バートの連中はいたって平静であり、それどころか久々のレベル6越えだと、さも嬉々としていたほどだ。 我ながら、本当にとんでもない船に乗ってしまったと、ルツはしみじみと思う。 ガーディアンエンジェルに所属する宇宙戦闘空母、セラフィムのブリッジ・オペレーターだったルツが、このバートに乗ることになった理由は、今でも、セラフィムのオペレーター達の間では謎として語り草となっている。 ルツがセラフィムを退艦し、バートに乗船することを決めた本当の理由を知るのは、セラフィムの艦長レムリアス・ソロモンぐらいなものであろう。 それもこれも、五年前、アルキメデスの蜂起の際に、『見てはいけないものを見て、聞いてはいけないものを聞いてしまった』せいだと、ルツは再びため息を吐くのだった。 あれから、ずっとあの事が心に引っかかり、抜けない棘のようにルツの心を侵食していた。 だが、そ知らぬ振りをしていた。 しかし、一年前。 トーマから突然個人通信か入り、バートの通信士ジャック・マクウェルが、妻の妊娠を機に地上勤務になるために、通信士としてバートに来てくれないか・・・と、そう言われたのである。 そしてルツは、自分でも驚くほどの速さで、バートに乗ることを決めてしまったのだ。 全部こいつが、こいつが悪いんだわ・・・うわごとで、あんなこと言うから・・・っ! ルツは、そんな事を思いながら、何故かその頬を赤らめて、バートの船長でありギャラクシアン・バート商会の代表者、ショーイ・オルニーの私室のオート・ドアを潜ったのだった。 男性の部屋だというのに、やけに小奇麗にされた広い室内には、モニターとコンソールパネルが所狭しと並べられ、さながらそこは、研究機関のラボのようでもある。 ここ八ヶ月でだいぶ見慣れたが、最初は、この余りの小奇麗さと設置された機器の本格的さに、ひどく驚いたものだ。 ルツが、この武装トランスポーター『バート』に乗船して、初めて知ったことが幾つかある。 船長のショーイ・オルニーは、運送会社の社長という顔を持つ傍ら、実は、非常に優秀な科学者でもあり、バートが搭載する高エネルギー砲門、オリハラル粒子サイクロン砲も、彼が開発したものだという。 そして、いつもしている眼鏡はフェイクであり、まったく度が入っていないということと、すこぶる低血圧で、とてつもなく寝起きが悪いということだった。 ショーイ・オルニーは、色んな意味で厄介な人物である。 ルツは、なんとも困ったような、しかし、どこか誇らしそうな、そんな複雑な顔つきをしながら、データメディアがきちんと並べられたデスクの脇を抜けたのだった。 その奥にある大きなベッドの傍らに立つと、綺麗な眉を吊り上げて、彼女はいつものようにこう言ったのである。 「ショーイ、好い加減にもう起きなさい!船長席が空っぽよ!!」 だが、ベッドの上のショーイは、頭から毛布を被ったまま、全く起きる気配はない。 「ほら!早く起きてよ!タイキもトーマも、次の行き先がわからなくて困ってるわよ!」 怒ったように声を大きくして、ルツは、タイトスカートから覗く綺麗な膝をベッドの上に乗せると、長い黒髪を片手で耳に引っ掛けてから、毛布の下にいるショーイを乱暴に揺すったのだった。 「毎日毎日・・・ほんとに手間がかかるんだから・・・っ!起きてよ、起きてってば!」 そう言った瞬間、毛布の下から片手が伸びてきて、いきなり、ルツの手首を掴んだのである。 長い黒髪がふわりと虚空に乱舞し、そのしなやかな体が、思い切りベッドの上へと倒れ込む。 「・・・っ!?」 気付くと、ルツの目の前には、またいつものように、ひどく眠たそうな二つの綺麗な瞳があった。 緩やかなカーブを描く長く鮮やかな赤毛の髪が、彼のその端整な輪郭を彩るように、白い頬に零れている。 線の細い繊細で整った顔立ちは、精悍な雰囲気を持つトーマとはあまり似ていない。 だが、その知的な紺色の瞳だけは、兄弟そろって本当に良く似ていた。 ルツは、ベッドに倒れた姿勢のまま、蛾美な眉を吊り上げると、横になったままでいるショーイを真っ向から睨み付けたのである。 「トーマに聞いたけど・・・・・あなた、トーマには、こんなことしないんですってね?」 「・・・・・・弟にこんなことをしても、不気味なだけだ」 ショーイは、白皙の素肌に毛布を掛けただけの姿で、その知的で薄い唇に微かな笑を浮かべた。 それは、いつもの皮肉で嫌味な笑みではなく、まるで少年のようにあどけない笑みだった。 ルツは、困ったように深いため息をつく。 「た、確かにそれは・・・そうだけど・・・・・・」 バートに乗ってから、ルツが、もう一つ、ショーイに関して初めて知った事がある。 それは、乗組員の前では嫌味で皮肉屋で、底意地が悪くて冷淡な顔しか見せないくせに、全ての肩書きを外すこの部屋の中では、びっくりするほど子供っぽい表情で笑うのだ。 この二重人格者・・・!と、心中で悪態をつきながらも、ルツは、いつもこの微笑みに丸め込まれてしまうのである。 「まったく、毎日毎日、起されなくちゃ起きられないなんて・・・子供じゃないんだから」 「・・・・・・毎日毎日、相変わらず君の台詞は変わりばえがしないね・・・つまらないよ」 寝転んだまま、そんなことを口にしたショーイだが、嫌味な言葉の割には、その口調はやけに柔らかいものであった。 鮮やかな赤毛の下から、真っ直ぐにルツの黒い瞳を見つめる紺色の眼差しは、どこか寝むそうで、そして、やけに穏やかである。 その上、ひどく優しくて、とても愛しげだった。 流石のルツも、この眼差しにはまだ慣れていない。 綺麗な頬を赤らめると、思わずその視線をそらすのである。 「わかったから・・・もう!次の積荷があるんでしょう?いいから早く起きてよっ!」 「・・・・・・嫌だ」 「またそんなこと言ってる・・・っ」 ここ四ヶ月ほど、毎日、此処でこうして、こんなやり取りばかりする羽目になっている。 ブリッジでは、絶対にこんな子供じみたことなど口にしないくせに、この青年の二重人格は、表も裏も本当に性質(たち)が悪い。 いや、二重人格というよりは、寧ろ、これがこの青年の素なのかもしれないと、ルツは最近、よくそんなことを考える。 綺麗な眉を眉間に寄せ、深くため息をつくと、ルツは、上気した頬にかかる自らの髪をかきあげたのだった。 「ちゃんと服着て寝なさいって言ってるのに・・・またそんなカッコで寝てるし。 風邪ひいたって知らないからね」 「・・・・・・寝てまで何かに縛られるのは、真っ平ごめんだよ」 ショーイはそう答え、艶やかな褐色の肌が彩るルツの綺麗な頬に、そっと長い指先を伸ばしたのである。 呆れたような視線でそんな彼を顧みると、その手に抵抗する訳でもなく、ルツは言う。 「そうやって、いつも屁理屈ばっかり・・・っ」 何も答えない彼の唇が近づいて、ルツの唇に重なった。 ここ四ヶ月の間で、もはやこの接吻(キス)も恒例になっている。 先日、たまたま部屋に入ってきた整備士のフウ・ジンタオにこれを見られてしまい、それ以来、バートの船員がルツを「姐さん」などと呼ぶようになったのだ。 ここに至るまでのショーイの言動や態度は、今思い出してもひどく腹立たしいが、それでも、結局、負けてしまったのは自分の方なのだと、ルツは思うのである。 この青年は、以前も今も、厄介な事この上ない。 まったくもって腹立たしい。 だが、放ってなんか置けない。 鮮やかな赤毛がたゆたう首に両腕を回しながら、照れたように視線を逸らしてルツ言うのである。 「その髪・・・・・・長すぎてうっとうしいよ、切ったら?」 「・・・・・・嫌だ」 紺色の瞳を甘やかに細めて、ショーイはそう答えると、唇だけで小さく微笑った。 ルツは、殊更呆れた顔つきで宙を仰ぐと、長い睫毛に縁取られた黒い瞳を、ちらりとだけそんな彼に戻すのである。 「またそれ?ほんと、子供みたいなんだから・・・っ」 「そうさせてるのが君だっていうこと・・・気付かないの?」 「私のせい!?」 「そう・・・全部、君のせい」 そう言えば、ルツが反論できなくなることぐらい、ショーイはお見通しなのだ。 少年のように微笑う唇が、再び、ルツの綺麗な唇に重なる。 頭の切れる人間は、こちらの手を読んで先回りするから始末が悪い。 まったく、この人は、どうしてこんなに厄介なんだろう・・・・・・ ブリッジに戻るのか遅くなると、また変に勘ぐられてしまうではないか・・・ だが、甘く熱っぽく、幾度も愛しそうに触れる唇と舌先には、やはり抵抗することなどできないのである。 表も裏も厄介なこの青年に、最近、やけに愛しさを感じるのは事実なのだから。 細い腰に回される腕の感覚。 ついばむようにルツの頬を伝い、首筋に降りる暖かな唇。 先ほど以上に頬を赤らめながら、今日こそ、船員達の思惑通りになってしまうのではないかと、ルツが、そんな妙な不安を覚えた時だった。 突然、けたたましいスクランブル警報が鳴り響き、天井のスピーカーから、やけに冷静なトーマの声が響いてきたのである。 『ショーイ、取り込み中に悪いが、アンノウンのアステア級戦艦が急速接近中だ。 その他に、救難信号も感知したぞ。どこかの輸送船が、海賊に襲われた感じだな。至急ブリッジへ』 鳴り響く警報の中、ショーイは、長い前髪の隙間から、ちらりと天井のスピーカーを見やると、小さくため息を吐いて、ゆっくりと半身を起すのだった。 ベッドサイドの通信スイッチを、さも気だるげにオンにすると、肩の下まで伸びた鮮やかな赤毛を片手でかきあげながら、いつもの冷静な口調で答えたのである。 「わかった、すぐ行くよ・・・・・・とりあえず、迎撃体制。主砲発射準備。救難信号を出してる船の積荷と船籍を割り出しておいて」 『了解』 通信が切れると同時に、慌てて半身を起したルツが、ベッドから飛び降りようとした。 だが、そんな彼女の腕を、ショーイの手が強引に掴んだのである。 ルツは、驚いたように振り返ると、蛾美な眉を吊り上げて、怒ったように言うのだった。 「何のんびりしてるのっ?緊急事態でしょっ?先に行ってるわ、早く服着てブリッジへ・・・っ!」 そこまで言ったルツの体が、不意に、ショーイの腕の中に抱き寄せられる。 なにやら、ひどく底意地悪く笑ったその唇が、銀のピアスが揺れるルツの耳元で何かを囁いた。 その瞬間、ルツは、綺麗な頬を先程以上に赤くに上気させ、思わず、傷跡が残るショーイの胸を両手で押し返すと、ますます怒ったように蛾美な眉を吊り上げたのだった。 「・・・もう!こんな時にそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?先に行くわ!すぐに来てよね!!」 機敏な仕草でベッドを飛び降りたルツが、ブーツのかかとを鳴らしながら、慌しく部屋を駆け出していく。 白いショートローブを羽織ったしなやかな背中で、長く艶やかな髪が弾んでいた。 そんなルツの後姿を、紺色の瞳でのんびりと見やりながら、立膝に頬杖を付いた姿勢で、ショーイは呟くのだった。 「おやおや・・・今更、そんなに怒らなくてもいいのに、子供じゃないんだから・・・」 サイドテーブルに置いてあった自らの服に手を伸ばしながら、知的な唇を軽くもたげて、彼は、殊更可笑しそうに微笑(わら)うのである。
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