【ACTV タルタロス宙域の悪夢】
* 一大エンターテイメント惑星ドーヴァがある、メリアベル星系。 そこからさほど遠くない、どこの星系にも属さない外洋宇宙には、『タルタロス宙域』と呼ばれる魔の宙域が存在した。 そこにはタルタロス四大恒星と命名された、四つの巨大な赤色巨星があり、その質量と重力は人智を遥かに越えた膨大なものであった。 俗にタルタロス四連太陽と呼ばれるその恒星の重力圏に、誤って巻き込まれようものなら、どんな推力を使っても抜け出すことは出来ず、ただ、地獄の業火の如きコロナに飲み込まれ、微塵も残さず溶解してしまう。 そんな魔の宙域近くを航行する、一隻の大型輸送船がある。 鮮やかなブルーの船体に刻まれているのは、『GARAXIAN BART.CO』という社名と、惑星連合AUOLPから認可を受けていることを示す、広域宇宙運送業者の承認エンブレムであった。 惑星アルキメデス船籍、武装高速トランスポーター『バート』。 それは、人畜無害な普通貨物から、レベル6以上の超ど級危険物まで、金銭次第でどんな荷物でも目的地に運ぶというモットーを掲げる、宇宙一物騒な民間運送業者ギャラクシアン・バート商会の輸送船であった。 ギャラクシアン・バート商会の輸送船バートの武装は、下手な惑星国家の駆逐艦より強固なものである。 様々なバックグラウンドを持つ荷主から曰くつきの積荷を預かるため、やはり、様々なバックグラウンドの連中に狙われたり、攻撃を受ける場合が多々あるためだ。 オリハラル粒子サイクロン砲と名付けられた、広域宇宙でもギャラクシアン・バート商会だけが特許を持つ高エネルギービーム砲を装備しているのも、そんな理由からである。 この距離からでも、有視界で十分に確認できる巨大なタルタロス四大恒星を、ブリッジの風防越しに見やって、艶やかな褐色の肌と長い黒髪を持つその女性は、ワンセクション高い船長席に座ったまま、操縦席にいる青年たちに声をかけたのだった。 「そろそろ、積荷を射出できるわよ。貨物ゲートオープン。はやくこんな危ないもの棄てちゃいましょう」 彼女はそう言ってため息を吐くと、渋い顔つきをしながら、白いショートローブを羽織った肩をすくめたのである。 「了解。そうだ姐(あね)さん、そろそろ船長を起してきてくださいよ。次の航行予定、船長がいないとわからないんですよ」 バートの操縦士タイキ・ヨコミゾは、そんな事を言いながら、ハリネズミのように立った黒髪の下でなにやら意味深にほくそ笑むのだった。 その傍らで、やはり操縦桿を握っている端整な顔立ちの青年が、船長席の彼女に振り返り、こう言うのである。 「そうそう、ルツが起しにいないと、あいつ機嫌悪くて始末悪いからさ」 焦茶色の前髪の隙間から、バートの船長によく似た知的な紺色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。 白いショートローブをまとう広い肩と引き締まった体付き、そして、その座高からでも一目で判る長身。 好青年とも言うべき精悍なその青年は、ギャラクシアン・バート商会の経営者の一人にして、船長ショーイ・オルニーの腹違いの弟、トーマ・ワーズロックであった。 トーマは、貨物ゲートオープンのスイッチを入れながら、その精悍で端整な唇で、またしても意味深に微笑するのである。 操縦席に座る二人の青年を、長い睫毛に縁取られた黒い瞳でジロリと睨み、船長席に座っていた女性、ルツ・エーラが、ほんのりと頬を赤らめながら立ち上がった。 「もう!なんなのよその笑い方!?いやらしいわね!妙なこと想像しないでよね!本当にそんなんじゃないんだから!!」 「判ってますってば姐(あね)さん。早く行ってくださいよ」 タイキは、先ほど以上ににんまりと笑って、そんな言葉をルツに投げかける。 丈の短いジップアップワンピースに身を包んだルツは、その細い腰に両手をあてがって、殊更鋭い視線でタイキを睨みつけたのだった。 「タイキ!私を姐さんって呼ぶのやめてよ!ショーイとトーマ以外、みんな私をそう呼ぶんだから!もう・・・この船の運ぶ荷物だって、信じられないような物騒な荷物ばっかりだし、ほんと、バートの連中はどうかしてる!」 怒ったようにそう言って、さっさとオート・ドアに消えていくルツの背中を見送ると、トーマと、そしてタイキは、肩を揺らして大笑いしたのである。 「ルツ、自分がバートの船員だってこと忘れてるよ!」 トーマはそう言って、さも可笑しくてたまらいと言った様子で、ガンガンとコンソールパネルの端を叩いた。 「ほんとだよ!っーか、姐さん、ほんと可愛いっすよね?セラフィムに乗ってた頃も可愛かったけど、実物はもっと可愛い。姐さんが来てから、バートの雰囲気、随分変わりましたよね?」 操縦席にそっくり返った姿勢で笑いながら、そんな事を口にしたタイキを顧みて、トーマは、軽く頷くと、頭の後ろで両手を組んだ。 そして、モニターに映しだされた貨物室を、その知的な紺色の瞳で見やりながら、愉快そうに言うのである。 「男ばっかでむさ苦しい船だったからな、この船」 「汗臭いっつーかなんつーか、色気もなかったって感じっすかね?」 「何でも試しに言ってみるもんだよな。まさか・・・ルツが本当にセラフィムを降りて、バートに乗ってくれるなんて、俺も、全然想像してなかった」 「ですよね〜、何てたって姐さん、前はかなり船長を嫌ってましたからね。 どんな心変わりしたのか、女心は良くわからないっすが・・・船に一人でも女がいると、なんか和むっていうか、なんていうか。まぁ、最近は、船長に独占されちゃって、俺、結構残念なんすけどね」 「そう思ってるのは、タイキだけじゃないぞ、多分」 トーマは愉快そうに唇の隅をもたげると、小さく肩をすくめながら言葉を続けた。 「今度セラフィムから通信が入ったら、おまえもソロモン艦長に礼を言っておけよ。あんな優秀なオペレーターを、バートのために手放してくれたんだからな」 「そうっすね。相変わらず、セラフィムの艦長は寛大っすよ」 タイキはそう答え、貨物室に置かれたコンテナのバーニアを、リモートコントロールで点火させたのだった。 「ほんと、ソロモン艦長は凄い人だよ」 そんな事を言いながら、トーマは、馴れた手つきでコンソールを叩き、素早く座標を設定すると、貨物ゲートから積載していたコンテナを宇宙空間へと射出したのである。 モニターの中で、レベル7の超ど級危険物を積載したコンテナが、ゆっくりと、タルタロスの巨大太陽の重力圏へと進んでいく。 レーダーレンジでコンテナの位置を確認してから、貨物ゲートのクローズスイッチを入れ、トーマは、通信機に向かって言うのである。 「清掃作業に入っていいぞ。皆、ちゃんと防護服着てるだろうな?」 通信モニターが開き、そこに映し出されたのは、しっかりと防護服を着て貨物室に入ったバートの機関士、フランク・コーエンの姿であった。 その背後には、やはり防護服に身を包んだ整備士フウ・ジンタオと、フランクと同じ機関士、クラス・オーベリの姿が見える。 フランクは、貨物室清掃用の特殊薬剤噴射バルブを片手に、さも愉快そうに答えて言うのだった。 『着忘れるかよ、久々のレベル6越えだぜ?着忘れたらマジ死ぬって』 「安心しろよ、間違って死んだら、おまえもタルタロス太陽行きにしてやるから」 とてつもなく物騒なことを、さも何気なく、実に愉快気に口にして、トーマは、白いショートローブを纏った広い肩を揺らして笑う。 『うはっ、それたまんね〜!日焼け止めクリーム塗っとかないと』 フランクはそう答え、やはり愉快そうに笑って親指を立てると、そのまま、通信を切ったのである。 この手の会話は、もはやバートでは日常茶飯事である。 普通なら、もっと緊迫した雰囲気が張り詰めるのであろうが、常に危険物と共にあるバートの船員達は至って平静だ・・・いや、既に危険物に対する感覚か麻痺しているのだ。 こんなことだから、ルツに「バートの連中はどうかしてる」などと言われてしまうのである。 それでもトーマは、愉快そうに笑う。 皮肉屋で嫌味で、そして人当たりの悪い兄と共にこの仕事を始めてもう10年近く。 超ど級危険物に慣れっこになっていても仕方ないと自己弁護しながら、トーマは、ほんの数ヶ月しか歳の離れていない気難しい兄を、少しだけ柔和に変えたルツに、ふとその思いを馳せるのであった。
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