* メリアベル星系第六惑星ドーヴァ。 ドーヴァ軍カランダム空軍基地に曳航されている、ガーディアンエンジェルの戦闘空母セラフィムに、レイバン部隊ツァーデ小隊隊長リョータロウ・マキが、ハルカ・アダミアンとナナミ・トキサカと共に戻った時、まるで、それを見計らうかのように、艦長からの直接コールが鳴ったのだった。 だが、リョータロウが呼び出された場所は、艦長室ではなく、何故か、セラフィムのラウンジだったのである。 バーカウンターに腰を下ろし片手で頬杖を着くと、リョータロウは、傍らで柔和に微笑っているセラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンを、実に訝しそうに顧みた。 「新しい隊員を紹介するって言うからきてみたら・・・・・・なんであんたの酒に付き合わされるんだよ?」 「まぁ、そう言うな。たまにはいいだろう?今夜は、ミグニンでまた何かしでかしてきたみたいだな?さっき、政府を通してミグニン警察から連絡があったよ」 何の気なくそう答えたソロモンは、今夜、見慣れた軍服姿でなく、フェイクレイヤードの白いカットソーとブラックジーンズという、実にラフな私服姿だった。 久しぶりに見たソロモンの私服に、リョータロウは何故か、妙な安堵感を覚えつつ、精悍な唇で軽く微笑すると、水割りのグラスに手を置いて静かに言うのである。 「ああ。デボン・リヴァイアサンが、『宇宙の歌姫』を拉致しようとしたんだ。どういう訳であの娘(こ)を狙ったのか、俺には見当もつかないけどな・・・・・」 ガーディアンエンジェルにとって、デボン・リヴァイアサンというテロリスト集団は、確かに厄介な連中ではあるが、差し当って完全敵対する組織ではない。 『アルキメデスの蜂起』の時のようなことが無い限り、基本的に、彼らの行動には一切関知はしない。 だから、リョータロウは、今回の一件を、全てミグニンの警察当局に任せてきたのである。 リョータロウは、ふと、何かを思い出したように、傍らのソロモンをちらりと見やった。 「なぁ、ソロモン?」 「なんだ?」 「世の中には・・・知ってるやつによく似た人間が、いるもんだよな」 どこか感心するようにそう言ったリョータロウに、銀色の前髪から覗く紅の視線を向けると、ソロモンは愉快そうに笑う。 「なんだ、唐突に?」 グラスの水滴を指先で弄びながら、大きく息を吐いてリョータロウは答えた。 「その『宇宙の歌姫』・・・イルヴァによく似てたんだ。あれには、流石に驚いた。 ハルカと同じぐらいの歳だったな・・・なりの有名人だけど、なんだか、やけにおっとりした娘(こ)だった」 その言葉を聞いた瞬間、穏やかだったソロモンの顔が、不意に、刃のような鋭利な表情に変わったのである。 にわかに豹変した上官の優美な顔を、訝しそうな視線で見つめながら、リョータロウは、凛とした眉を眉間に寄せた。 ソロモンは、何かを思案するように自らの顎に片手をあてがい、僅かな間、押し黙る。 今をときめく歌姫が、イルヴァに似た少女だと・・・? いや、ただの偶然かもしれない・・・だが。 形の良い眉を軽く眉間を寄せると、ソロモンは、低めた声でリョータロウに聞き返すのだった。 「イルヴァに似ていると、そう言ったな?リョータロウ?」 リョータロウは、怪訝そうな表情のまま、片手でグラスを持ち上げて、冷静な声色で答える。 「ああ。『アンジェリカ』は、イルヴァによく似てた。それがどうした?」 「いや、ただの偶然かもしれない・・・・・・なぁ、リョータロウ。以前、おまえに、“イヴ”の話をしたことがあったな?」 「もしかすると、生きてるかもしれないっていう、もう一人の“NW−遺伝子児”のことだろ。でも、アルキメデスにはいなかったんだろ?それらしい遺体もなかったって、あんたは言ってた」 「そうだ。手を尽くしてアルキメデス中を捜したが、イヴは発見できなかった。あれから五年だ、本部も捜索を諦めかけてる」 「・・・だろうな」 「おまえには、まだ言ってなかったが・・・・・・実はな、イヴの持っている特徴の一つは、“イルヴァに似た容姿”なんだ」 「・・・なに?」 落着き払った声で紡がれた、ソロモンのその言葉に、ふと、リョータロウの眉が吊りあがる。 ソロモンは、銀色の前髪の隙間から、そんなリョータロウを顧みながら、僅かに唇の角をもたげると、小さく笑うのだった。 「少し気にかかる。その娘(こ)の身辺調査を、インフォメーション(諜報部)に指示するか・・・」 そこまで言って、ソロモンは小さくため息をつくと、なにやら困ったように眉根を寄せ、水滴の落ちるグラスを、軽く片手で持ち上げたのである。 「一応は、休日なんだが・・・なかなか、仕事を忘れることなんてできないものだな」 そんな呟きを聞いて、リョータロウは、ひどく愉快そうに笑った。 「やっと少しは、休みを取るつもりなったみたいだな?」 「好い加減に休息を取れって、オリヴィアに叱られたんだよ。今日は、誰かに怒られっぱなしの日だ」 ソロモンもまた、実に愉快そうに笑って、長い指先に掲げた水割りの入ったグラスを唇に押し当てる。 「傑作じゃねーか」 つられるように笑ったリョータロウが、静かにグラスを持ち上げると、その中で、大きな氷がカランと軽い音を上げる。 その時だった。 バーカウンターに座る二人の背後に、誰かが立つ気配がしたのである。 「すいません、お待たせして」 そう話し掛けてきた声は、聞き覚えない若い女性の声であった。 ふと、振り返ったリョータロウの視界に飛び込んでくるのは、彼よりも僅かに年上だろう、一人の見知らぬ女性だったのである。 ゆるやかなウィーブのかかった長いブラックブロンドの髪と、その気丈さを物語る凛としたライトグリーンの瞳。 どこか妖艶な雰囲気を醸し出す均整の取れた綺麗な顔立ちと、VネックのTシャツから零れそうな程のグラマラスな胸元。 スレンダーな腰のラインからすらりと伸びた長い足は、ベージュのスリムパンツ覆われ、足元を彩るロングブーツが、殊更彼女のスタイルのよさを強調していた。 独特の気強さを持つライトグリーンの瞳を、怪訝そうな顔つきするリョータロウに向けると、彼女は、ふくよかな裸唇で挑発的に微笑ったのである。 「私のこと、覚えてるかしら?マキ少尉・・・いえ、今は少佐だったわね」 「・・・・・?」 その言葉に、ますます怪訝そうに眉根を寄せて、リョータロウは、黒曜石の瞳で真っ直ぐに彼女の顔を凝視する。 だが、いくら思い出そうとして、彼女のような女性には全く見覚えがない。 そんなリョータロウの様子に、彼女は、軽く肩を竦めると、その視線を、バーカウンターに座ったまま愉快そうに笑っているソロモンに向けたのだった。 「彼、やっぱり、私が誰かわからないみたいですよ?ソロモン艦長」 「そうだろうな。リョータロウは君の顔を知らない。あの時君は、リョータロウに会えないまま、ヘレンマリアに引き摺られて帰ったからな」 軽くグラスに口を付けながらそう答えたソロモンに、彼女は、少しばかり残念そうに笑って見せる。 銀色の前髪から覗くソロモンの紅の瞳が、未だ訝しそうに端整な顔を歪めるリョータロウを顧みた。 愉快そうに唇をもたげながら、ソロモンは言う。 「彼女が、今回、ツァーデ小隊に配属されることになったフレデリカ・ルーベント大尉だ。元は、エステルのリニウス・ツァーデにいた優秀なパイロットだ。 リョータロウ、明日からおまえの部下になる人だよ」 「リニウス・ツァーデ・・・フレデリカ・ルーベント・・・・・・っ!?」 その瞬間、リョータロウは、驚いたように凛と輝く黒曜石の瞳を見開いたのである。 フレデリカ・ルーベント。 その名前には、聞き覚えがある。 五年前。 「アルキメデスの蜂起」の際、リョータロウと共にトライトニアのアーマード・バトラーと交戦した、戦闘空母エステル所属する戦闘機リニウスの女性パイロットの名前が、確かそんな名前だったはずだ。 空母エステルの女性艦長と同じ姓だ、忘れるはずがない。 両手をスレンダーな腰に置いた姿勢でそこに立つフレデリカを、まじまじと仰ぎ見て、リョータロウは、思わずこんな事を口走ったのである。 「おまえ!あの生意気なR(エレ)―3のパイロットか!?」 「生意気なんて失礼ね?正直に物を言うだけの話だわ」 心外そうに綺麗な眉を潜めながら、フレデリカは、ブラックブロンドの長い髪を片手でかきあげて、物怖じも遠慮もしないまま、リョータロウの隣に腰を下ろしたのだった。 そして、形の良い足を組替えると、カウンターにいるバーテンにジン・ロックを注文する。 フレデリカは、大人の妖艶さと少女のような天真爛漫さを持つ、26歳になったばかりの綺麗な女性だった。 パイロットとしてもベテランの域にいるが、トータルの飛行時間は、年齢的には二歳年少のリョータロウの方が長い。 そんな彼女の綺麗で気強い横顔をちらりと見やって、リョータロウは、渋い顔つきをしながら自らのグラスに口をつけたのである。 先刻、ソロモンが「おまえにもまた一つ、苦労が増えるかもな」と言っていた意味が、これでよく理解できた。 本当に、部下として扱うのには苦労しそうな女だ・・・と、リョータロウは思う。 黒茶色の長い前髪から覗く黒曜石の瞳が、隣で愉快そうに微笑っているソロモンの優美な顔を顧みる。 「あんたの言ってたことの意味、よくわかったよ」 ソロモンは、端整な唇だけで小さく笑うと、片手で頬杖を付きながら、もたげたグラスに口をつける。 「ツァーデ小隊隊長としてのおまえの手腕が、問われるところだろう?何と言っても彼女は、“鋼鉄の女王”の娘だからな。優秀な指揮官の手腕を間近で見ていた分、おまえを見る目は厳しい」 「・・・なるほど」 それ以前に、この女の気強そうな性格の方が、厄介になりそうだ・・・リョータロウは、そんな事を思って、広い肩で大きくため息を吐いた。 そんなリョータロウの肩越しから、フレデリカが、悪びれもせず会話に割り込んでくる。 「ため息なんかついちゃって・・・何か不満かしら?マキ少佐?」 「別に」 リョータロウはそっけなくそう答えて、グラスのブランデーをあおった。 「無駄だよフレデリカ、リョータロウは滅多に本音は口にしない」 リョータロウの渋い表情からその心中を悟ったのか、ソロモンは可笑しそうにそう言って、無遠慮なフレデリカをさり気無く制する。 フレデリカは、カウンターに出されたジン・ロックのグラスに手を掛けながら、ふくよかな裸唇でどこか底意地悪く微笑するのだった。 「ふーん・・・そうなんですか。でも、そんなことを言われると、ますます聞き出したくなっちゃう性格なんです、私」 そう答えたフレデリカを、リョータロウの迷惑そうな視線が、長い前髪の下からちらりと見やる。 フレデリカは、リョータロウの凛と強い端整な横顔を、何故か興味津々な様子で見つめると、艶やかなブラックブロンドの髪をかきあげながら言葉を続けたのだった。 「アルキメデスの蜂起の時は、何て無謀なパイロットなんだろうって思った。 とんでもない操縦はするし、いきなり敵機のパイロットと知り合いだなんて言い出すし、きっと粗暴で馬鹿で不細工な男だろうなって思ってたけど・・・・・・案外佳い男だから、びっくりしちゃったわ」 まったくもって歯に衣着せぬその言いように、リョータロウは、無言のまま眉間に深いしわを寄せ、ソロモンは、余りにもフレデリカらしいその言葉に、ひどく可笑しそうに笑うのだった。 「フレデリカ、君は本当に、昔のヘレンマリアにそっくりだな?」 「やだ!ソロモン艦長!私、母さんみたいな“鋼鉄”じゃないし、あんなに強面でもないわよ!」 ライトグリーンの瞳を盛んに瞬きさせて、フレデリカは、実に心外そうな顔つきでそんな反論を口にする。 「そうだったな」とだけ返答しながらも、ソロモンは、尚も愉快そうに笑うのだった。 そんなソロモンを、渋い顔つきで顧みたリョータロウの眼が、「いや、絶対にあれと同じだ」と訴えていたのはもはや言うまでもない。 ある意味では、爆弾娘と言うべき新たな船員を迎えたセラフィムは、明日の朝、再び長い宇宙の航海に発つ。 その航海が、宇宙の波乱の起点となることを、まだ、その場にいる全員が知らないでいた。
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