* ジルベルタ星系第四惑星トライトニア。 惑星連合「AUOLP」の常任理事国の一つである惑星国家トライトニアに、新しい大統領が誕生してから五年。 トライトニアは、「AUOLP」内でも懸念を示されるほど、着々とその軍事力拡大していた。 惑星マルタリアだけが所有している宇宙船用特殊装甲技術、アルベータ装甲のライセンスを独占的に取得し、トライトニアが誇る人型戦闘用兵器アーマード・バトラーと、その操縦ユニットにある戦闘用セクサノイド、タイプΦヴァルキー量産化の準備も進みつつある。 トライトニアの現大統領ジェレミー・バークレイは、惑星連合にとっても、そして、ガーディアンエンジェルにとって、非常に危険な人物として位置付けられはじめていた。 そして、トライトニア政府が推し進める軍備拡大に眉を潜めるのは、何も、「AUOLP」やガーディアンエンジェルだけではない。 ここのところ、トライトニアのバークレイ体制に反旗を翻すテロリスト集団、デボン・リヴァイアサンの活動も活発であった。 惑星アルキメデスに潜んでいたデボン・リヴァイアサンのリーダー、マルティン・デボンが逮捕されたのは、今から五年前の話である。 惑星アルキメデスの軍幹部等をまんまとまるめ込み、俗に、「アルキメデスの蜂起」と呼ばれる軍事クーデター起させるに至った経緯は、もはや、どの星系の惑星国家も知るところとなっている。 そのマルティン・デボンは、「アルキメデスの蜂起」を事実上鎮圧したガーディアンエンジェルによって拘束され、「AUOLP」の引き渡された後、現在は、この惑星トライトニアの政治犯専用刑務所に服役して、死刑執行の時を待っている状態だ。 だが、デボン・リヴァイアサンの組織力は今だ衰えをみせず、それは、マルティン・デボンの他にも、まだ強い求心力を持つ指導者がいることを暗黙の内に示唆していた。 バークレイ体制に異議を唱えているのは、なにもデボン・リヴァイアサンだけではない。ここ数年は、庶民の間からもバークレイ体制に対する痛烈な批判が出始めている。 トライトニアの首都オーダム。 有害大気を防ぐためのシールドが張りめぐらされたその大都市に、政府主催のCMが流されたのは、そんなある日のことだった。 そこには、いまや、宇宙の歌姫と呼ばれる『アンジェリカ』のユニバーサル・コンサート・ツアーの初回公演が、トライトニア政府の誘致で決まったことを知らせるものであった。 現在、オーダムは、宇宙の歌姫が、はじめてその素顔をメディアに出すという話題で持ちきりであった。 その公演の日は、もうまもなくである。 オーダム郊外にある大統領官邸のリビングで、この豪華な屋敷の主である者は、さも愉快そうにほくそ笑んでいた。 「そうか、彼女は無事にドーヴァを出発したか・・・」 大きなソファにゆったりと腰を下ろして、弱冠34歳の若きトライトニア大統領ジェレミー・バークレイは、細い顎を撫でながら、野心に満ちたその灰色の瞳を、眼前に立っている秘書官へと向けた。 秘書官は、生真面目な無表情で言う。 「はい、閣下。到着は、明日の午後になると連絡が入りました」 「そうか・・・ならば、マルティン・デボンの死刑執行の準備も整えなければな」 「はい」 バークレイの言葉に、秘書官は恭しく頭を垂れた。 薄い唇の隅をもたげ、肘掛けに頬杖をつきながら、蛇のようにぎらつく眼差しで大きな窓の外を見やる。 バークレイが、「デボン・リヴァイアサンの残党が宇宙の歌姫を拉致しようとした」という連絡を受けたのは、遂先ほどのことである。 たかがテロリストだが、トライトニアの思惑をよく熟知した連中だと、バークレイは心中で敵を賞賛しながら、実に嫌味に微笑した。 デボン・リヴァイアサンが歌姫『アンジェリカ』を拉致しようとした理由など、誰に聞かずともよくわかっている。 バークレイが、『アンジェリカ』サイドにトライトニア公演を強く打診したのは、諸国民の眼を、マルティン・デボンの死刑執行から背けるためのいわば餌だったのだ。 ここにきて、バークレイ体制に対する不満を強めた庶民や政府関係から、マルチィン・デボン擁護の声が急速にあがり始め、もし、このまま刑を執行すれば、暴動などという面倒が起き兼ねない。 そのため、バークレイが自ら画策した結果、メディアに一切顔を見せることのなかった、大人気歌手『アンジェリカ』のユニバーサル・ツアーの初公演を、このトライトニアで行わせ、諸国民の目をそちらに向けされることにしたのだ。 大宇宙のメディアに、初めてその素顔を見せるだろう『アンジェリカ』に、誰も彼も皆夢中だ。 いまや、トライトニアのマスメディアは、連日この報道で持ちきりである。 バークレイの思惑は、見事に成功しているのだった。 しかも、『アンジェリカ』の話題に沸いているのは、何もトライトニアだけではない、他の惑星国家のマスメディアも、こぞってその話題を取り上げ、報道クルーが続々とトライトニアに入ってきている。 宇宙の歌姫と称される『アンジェリカ』は、今、それほどまでに宇宙全体に影響を与える存在なのだ。 それを利用しない手はない。 利用できるものは、全て利用する。 バークレイは、鼻先でせせら笑いながら、眼前の秘書官に向かって言うのである。 「デボン・リヴァイアサンに横槍を入れられないように、『アンジェリカ』の乗ったシャトルには護衛をつけておけ。直ぐに迎えの護衛艦を発進させるんだ。 タイプΦを行かせる。護衛艦に搭乗させる機体は、『L(ランサー)・オーディン』がいい。『アンジェリカ』を拉致されて、彼女を盾にマルティン・デボンを解放しろなどと言われても、厄介だからな」 「承知しました、閣下」 刻みの良い秘書官の答えに小さく頷いて見せると、トライトニアの若き大統領ジェレミー・バークレイは邪に笑った。
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