【〜Prelude〜】
神は、地面の塵で人を形作り、その鼻腔に息を吹きいれた。 すると人は、生きた魂となった。 エデンの東の方に園を設け、そこに人を置いた。 神は、見て好ましく、食物として良いあらゆる木を地面から生えさせ、また、園の真中に命の木を、善悪の知識の木を生えさせた。 『創世記より』
豊かな実りを人類にもたらしたエデン。 だが、至高の楽園エデンには、もはや木々も草花もなく、人類を潤すこともない。 人は、エデンの園を自らの手で破壊した。 そして、人は、生まれ出でた母星を捨て、広大な宇宙に新たなる居住地を求め、その記録から、エデンを消した。 エデン。 失われた蒼い惑星。 それは、『地球』という名の星であったという。
【ACTT 惑星ドーヴァの午後】
* 人類は、広大な宇宙空間を旅し、新たなる居住地を見つけ出した。 そして、人類は再び数を増やし、かつて、失われた蒼い惑星でもそうであったように、紛争や破壊行為を繰り返している。 大宇宙の神の目からみれば、とても嘆かわしいことなのであろう。 『宇宙』。 無限に続く広大な闇。 その果てしない暗黒の闇には、無数の銀河が点在し、そこには、エデンを捨てた人類が開拓した、数多くの惑星も含まれている。 二つの太陽が存在するメリアベル星系第六惑星ドーヴァ。 高水準の行政機関が置かれた15の惑星が常任理事となって組織される、『アライアンス・オブ・ユニバーサル・オーシャン・ライブ・プラネット(ALLIANCE OF UNIVRESAL OCEAN LIVE PLANET )』、通称AUOLP(オールプ)に加盟する、惑星国家の一つであった。 『宇宙の頭脳』と称される惑星アルキメデスと並び、大学や研究施設の多い知的な惑星国家であるが、その別名は『宇宙の頭脳』ではなく、『宇宙のエンターテナー』である。 惑星ドーヴァは、大宇宙に点在する多くの惑星国家に向け、最先端の芸術や文化、そして、音楽、映画等、数多くのエンターテイメントを発信している星であるからだ。 ユニバーサル・ヒット・チャートと呼ばれる音楽チャートを配信しているのも、この惑星ドーヴァである。 あらゆる惑星国家の流行曲を集め、集計し、それを配信して、宇宙最速の音楽情報を人々に提供しているのだ。 ここ半年、そのヒットチャートの上位に食い込んでいる、ある楽曲があった。 そのタイトルは、『エデンの森』。 歌っているのは、『アンジェリカ』と言う名のまだ16歳の少女だと、ユニバーサル・ミュージック・マガジンは伝えていた。 デジタル音源が主流を占めるヒットチャートの中にあって、アコースティックギターとウッドベースだけで作られた繊細で優しいメロディと、透明感のある、澄んだ高音域を持つ甘い歌声。 人々の心に、ひどく懐かしい懐古を抱かせるその歌は、発売されてから徐々にヒットチャートを昇っていき、いまや、その曲の名を知らない人間は、この宇宙にはいないとまで言われるほどの大ヒットとなっていた。 だが、それを歌う『アンジェリカ』の姿を映した映像は今だ公開されることなく、ただ、メディアジャケットに写る遠巻きの横顔だけが、彼女の容姿を知る唯一の写真なのだという。 惑星ドーヴァの首都ミグニン。 芸術的な造形を持つビルが立ち並ぶ、その都市にもまた、『エデンの森』の優しいメロディが響き渡る。 二つの太陽が連なる、惑星ドーヴァの明るい午後。 ミグニン郊外の住宅地エルハラ地区。 その岬から見える海は、アメジストのようにキラキラと輝いていた。 この神秘的な紫色の海が、多くの芸術家達をこの惑星に引き寄せるのだと、人々は、まことしやかに囁やく。 惑星ドーヴァの海は、それほどまでに美しい。 アントシアニンによく似た物質が海底から染み出しているからだとも、二つの太陽から発生する紫外線を吸収しているからだとも言われているが、その詳細は、惑星探査の研究者たちによって現在も調査中である。 少なくとも、ドーヴァの海は人体にあまり有害ではないと判断されており、人が手ですくうと透明に変わる。 アメジスト色に輝くその海原を望む、高台の大きな白い家。 少女は、細い両腕に一杯の荷物を抱えて玄関を出ると、ふうっと大きくため息をつき、眼前に広がる海原をふと眺めやった。 抱えた荷物をカーゴ・エアトラックの荷台に乗せ、つばの広い帽子を被り直すと、少女は、清楚なワンピースの裾を揺らして家の中を振り返りながら、にこやかに笑って叫ぶのである。 「ミリー!荷物積み終わったよ、もう忘れ物ない!?」 「全部積み終わったわ・・・多分!」 そんな返答と共に、30代前半と思しき女性が、スーツケースをガラガラと押しながら、玄関先に姿を現してくる。 大きな黒い帽子をかぶり、玄関のロックをかけながら、その女性は、思わずため息をつくのだった。 「・・・・さすがに、荷物多いわね〜?」 「仕方ないよ、だって、ユニバーサル・ツアーでしょ?半年は帰ってこれないもの」 少女は、帽子の下でくったくなく笑って、養母であるミリアム・マギーにそんな声をかけた。 ミリアムは、広いつばの下から、少女の澄んだ蒼い瞳を顧みて、もう一度大きくため息をつくと、少々申し訳なさそうに微笑したのだった。 「まさか、こんなに売れるとは思ってなかったから・・・・・ほんの遊び心だったのにね? ごめんね、ハイスクール、休学させることになっちゃって・・・学校好きなのにね?」 「大丈夫。戻ってこれない訳じゃないし、私もちょっと楽しみだし。コンサートツアーなんて初めてだから、緊張はしてるけどね」 緊張していると言いながらも、帽子の下に見える桜色の綺麗な唇は、相変わらず無邪気に笑っている。 ミリアムは、安堵したように眉尻を下げると、再び、どこか申し訳なさそうに微笑うのだった。 その時である。 不意に、海と空の境界線に何かが閃き、耳を劈くような轟音が響き渡ると、白く雲を引く黒い飛行物体が、こちらに向かって急速に近づいてきたのだった。 少女も、そしてミリアムも、驚いたように紫色の海原を振り返る。 とたん、驚愕する二人の頭上を、流星の如き閃光を放つダークブラックの戦闘機が、青い空を突き抜けるように、凄まじい速度で駆け抜けて行ったのである。 ほんの僅かな間を置いて、大気がぐらりと振動すると、とてつもない爆風と耳を劈くような轟音が閑静な住宅街を揺るがした。 「きゃぁ!!」 悲鳴を上げた少女の帽子が、渦を巻く激しい風に吹き飛ばされる。 降注ぐ強い日差しの中で、長く柔らかな金色の髪が千切れんばかりに乱舞し、きらきらと輝く艶やかな髪束が、処女雪のような白皙の頬に零れ落ちた。 驚愕に見開かれた大きな目は長い睫毛に縁取られ、蒼く澄んだ綺麗な瞳が、高い空で旋回する黒い戦闘機をまじまじと見つめすえる。 「戦闘機・・・・・・?」 少女は、桜色の唇を半開きにして、失われた蒼い惑星の色に似た美しい瞳を、きょとんと瞬きさせるのだった。 「もう!どこ飛んでるのかしら!?ここは飛行禁止区域よ!!軍に文句言ってやらなきゃ!!だから!芸術の星に、軍隊なんかいらないって言ったのよ!!」 ミリアムは、飛ばされそうになった帽子を必死で掴みながら、怒気に細い眉を吊り上げてそんなこと叫ぶと、鳶色の瞳で空を仰ぎ、白く細い雲を引きながら、高い高度を飛行するダークブラックの戦闘機を睨みつけたのだった。 「きっと飛行経路間違っちゃったんだよ・・・・・・だって、あの戦闘機、ドーヴァ軍の戦闘機じゃなかったもの。翼にお星様が描いてあったよ」 「相変わらず目が良いのね〜?私、そんなの全然見えなかった」 不機嫌そうに帽子を被り直すミリアムを、苦笑しながらちらりと見やって、少女は、その澄み渡る蒼い瞳を、沖へと消えていくダークブラックの戦闘機に向けたのである。 遠巻きに見える紺碧の空には、その戦闘機とはまた別の機影が二機、悠然と飛行している。 紫の海と紺碧の空の間に、流星の如くキラリと輝く三機の機影。 「昼間のお星様みたいで、綺麗」 ひどく無邪気にそう呟くと、少女は、艶やかに輝く金色の長い髪を揺らしながら、清楚で秀麗なその顔を、純粋で美しい微笑みで彩るのだった。
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