* アンダルス星系第六惑星、アルキメデス。 その惑星の軌道上にワープアウトしてきた二隻の大型戦艦の姿が、武装高速トランスポーター『バート』のレーダーに映り込んだ。 『バート』の通信士、ブルネットの青年ジャック・マクウェルが、さして緊張した様子もなく、ワンセクション高い船長席に座るショーイ・オルニーに振り返る。 「船長、ネフィリム級母艦、及び、アステア級戦艦、アルキメデスの軌道上にワープアウトしてきました。識別信号AG−7065MS33、AG−9001BS405、ガ―ディアンエンジェルの船です」 その言葉に、ギャラクシアン・バート商会の若き事業主ショーイは、肘掛に頬杖を付いた姿勢のまま、知的な唇でにやりと笑うと、相変わらず高飛車な口調で言うのだった。 「じゃ、通信回線を開いて、とりあえず、ネフィリム級の方に」 「了解」 ジャックは、刻みよくそう答えると、眼前のコントロールパネルを素早く叩いたのである。 ショーイは、片手で軽く眼鏡を押し上げると、『バート』のブリッジ上部に設置された大型モニターに向かって、落着き払った声で言うのだった。 「こちらは、ギャラクシアン・バート商会所属、トランスポーター『バート』。船長のショーイ・オルニー。聞こえますか?」 すると、寸分の間もおかず、バートの大型モニターに、緩やかに波打つブラックブロンドの髪を持つ女性が映しだされたのである。 歳の頃は30代の後半か40代の前半。 威厳ある厳しい顔つきをした彼女は、女豹のような鋭い水色の瞳がやけに印象的な、女傑という言葉がよく似合う、やけに迫力のある女性であった。 それは、ガーディアンエンジェル所属戦闘空母エステルの艦長、”鋼鉄の女王”と異名を取る、ヘレンマリア・ルーベントその人だったのである。 スカーレットルージュに彩られたヘレンマリアのふくよかな唇が、ゆっくりと開かれた。 『こちらは、ガ―ディアンエンジェル所属戦闘空母エステル。艦長のヘレンマリア・ルーベントよ。オルニー船長、ギャラクシアン・バート商会のことは、聞きているわ。本艦は、アルキメデス反乱軍への警告の後、180秒で攻撃を開始します。 そちらはどう出るおつもり?』 「貴艦が戦闘を開始した後、バートは、アルキメデスに降下したいと思う。できれば、援護を頼みたい」 ヘレンマリアの鋭い眼光と口調に物怖じすることもなく、ショーイは、冷静な面持ちを保ったまま、落着き払った口調でそう答えて言った。 『わかりました。バートの援護は、サライに一任しましょう』 「了解。無事降下したら、ギャラクシアン・バート商会は、アルキメデス中枢コンピューターを起動させて、そこから、ガーディアンエンジェルが欲しいと思われる情報入手に着手する。ですので、くれぐれも、アルキメデス総本部への攻撃は控えてくださるようお願いしますよ」 その言葉に、女傑であるヘレンマリアは、何ゆえか、ひどく愉快そうに笑ったのだった。 『なるほど、噂には聞いていたけど・・・ギャラクシアン・バート商会は、本当に豪胆な連中の集まりのようね?総本部に乗り込むつもりとはね・・・気に入ったわ。 わかりました、極力本部への攻撃は避け、あなた方の援護に回りましょう』 「助かりますよ。アルキメデスは宇宙の頭脳ですから、艦隊は意外に手強いかもしれません。尤も、宇宙の頭脳を宇宙の軍事基地に変えようなんて、脳細胞が筋肉でできた連中の艦隊ですから、戦略も何もあったものではないでしょうが。 あぁ、それと、地上から撃ってくる長距離レーザー砲にはくれぐれもご注意を・・・結構な威力がありますので、二発食らえば、シールドは破壊されます。 それでは、貴艦のご健闘をお祈りいたします」 冷静な顔つきのまま、実に皮肉な口調でそう言ったショーイに、ヘレンマリアが、殊更愉快そうに微笑してみせる。 『ご忠告感謝するわ。あなた方も気をつけて。健闘をお祈りします』 そこで、戦闘空母エステルからの交信は途切れた。 ブラックアウトしていくモニターを見つめたまま、ショーイは、肘掛に頬杖を付いた姿勢で、知的な唇を余裕の微笑で彩ったのである。 そんな兄の不敵な表情を、肩越しに振り返りながら、数ヶ月違い弟であるトーマ・ワーズロックが、焦茶の前髪から覗く知性ある紺色の瞳を、さも可笑しそうに細めるのだった。 「あの女艦長、かの有名な”鋼鉄の女王”だろ?俺等って、なんか有名所と縁があるよな?」 これから、混迷と混乱が渦を巻くアルキメデスに降下するというのに、全く緊張感もなくそう言ったトーマを、ショーイは、不敵な表情のままゆっくりと顧みた。 「僕たちも有名所だからね」 「あ〜・・・なるほど」 妙に納得した様子のトーマに、愉快そうな視線をちらりと向けて、ショーイは、徐に頬杖を外すと、真っ直ぐに、風防越しに見えるアルキメデスを凝視して、凛と鋭い顔つきで言うのだった。 「エステルの攻撃が始まり次第、バートは、アルキメデスに降下する。メンインエンジン点火、降下ポイント09083まで、両舷全速出力最大。大気圏侵入角70度、全砲門開を開いて、攻撃に備える」 「了解!」 バートのブリッジ乗務員全員が、刻みよくそう返答する。 鮮やかなブルーの装甲板を持つバートの船体が、流星のように眩く発光した。 後部のメインバー二アが青い炎の吹き上げ、急加速した鮮やかなブルーの船体が、閃光の帯を引いてアルキメデスの首都プラトン上空へと進路を取る。 その数十秒後、バートのレーダーは、地上から次々と飛び立ってくる、アルキメデス戦艦隊の姿を、確実に捉えたのだった。 どうやら、アルキメデスの反乱軍は、ガーディアンエンジェルの警告を、完全に跳ね除けたらしい。 「所詮、猿人並みの頭脳だね」 それをモニターで眺めやっていたショーイが、実に嫌味な口調でそんなことを呟いた。 同時に、”鋼鉄の女王”と呼ばれる女艦長が指揮する空母エステルが、急速に船首を下に傾けて、その巨大な船体に装備されている全ての砲門をアルキメデス艦隊に向けたのである。 宇宙の頭脳と呼ばれる惑星アルキメデスで起った、前代未聞の軍事クーデター鎮圧作戦は、こうして幕を開けたのだった。
* 宇宙戦闘空母エステル。 深紅の装甲隔壁に、青い六芒星が掲げられたその船は、“鋼鉄の女王”と称されるヘレンマリアが指揮する大型戦闘母艦である。 その広いコントロールブリッジは、揺ぎない冷静さを保ったまま、地上から無数に飛び立ってくるアルキメデス艦隊を静かに待ち受けていた。 40名のブリッジオペレーターの手が、ひっきりなしにコンソールパネルを叩いている。 「敵艦隊、主砲射程圏内に到達しました」 エステルの主任オペレーターである歳若い青年、アルフレッド・リィが、漆黒の長い髪の下で鋭利な表情をしながら声を上げた。 その報告に、ワンセクション高い位置にある艦長席に腰を下ろしたまま、”鋼鉄の女王”ヘレンマリアは、鋭い視線で敵艦隊を見やりながら、厳しい顔つきをして言うのである。 「防御シールド展開!」 「防御シールド展開します」 アルフレッドの艶のある低い声が、すぐさまヘレンマリアの声に呼応した。 ヘレンマリアは、ゆっくりと席を立つと、シルバーグレイの軍服の裾を揺らしながら、大きな風防越しに見えるアルキメデスへと、その手を向けたのである。 「警告は拒否されたと見なす。大気圏内で、敵艦隊前衛を全て殲滅させる。 全砲門を開け!主砲発射用意!目標、右舷前方アルキメデス艦隊!」 「主砲発射容用意!照準修正8.960!」 ヘレンマリアの声に、火器担当オペレーターの黒人青年レオナルド・ハッサンが呼応する。 ヘレンマリアは、鋭い水色の瞳を細め、威厳あるその声で高らかと言うのだった。 「撃て―――っ!!」 エステルの船体に12基搭載された平射4連ビーム主砲の砲門に、蛍のような粒子が舞い飛ぶと、甲高い轟音を上げた赤い閃光が、迫り来るアルキメデス艦隊に向けて一斉に発射されたのである。 暗黒の宇宙空間に、幾筋もの深紅の帯が走り抜け、それは、大気圏を航行するアルキメデス艦隊に向かって豪雨の如く降注いだのだった。 防御シールドを展開したアルキメデス艦隊が、エステルの砲撃と同時に一斉射撃を開始する。 大気と宇宙空間の狭間に、赤と青の閃光が炸裂し、エステルの防御シールドにビームの先端が到達した瞬間、激しい光と轟音を闇に立ち上がり、銀の六芒星を掲げた巨大な船体が大きく震えたのだった。 ブリッジが斜めに傾き、鋭い衝撃が足元を走り抜けていく。 大型モニターに映し出されたアルキメデス艦隊が、エステルの放った強化型ビーム砲にシールドごと貫かれ、一瞬だけ船体を膨らませると、白煙と爆音を上げて次々と大破していった。 だが、敵艦隊はまだ多数存在している。 ヘレンマリアは、蛾美な細い眉を厳しく吊り上げた、再び、鋭い声を上げたのだった。 「リニウス部隊、ファーメーション凵iデルタ)で全機発進準備! サメク小隊は発進後、ギャラクシアン・バート商会の船と共に地上へ降下。援護しながら動向を伺え。主砲そのまま、撃て!!」 エステルの全主砲が、甲高い轟音を上げ、宇宙空間に無数の赤い閃光を解き放った。 暗黒の闇を引き裂くように無限の空間を駆け抜けたビームの帯が、アルキメデスの大気を貫いて、凄まじい轟音を上げて敵艦隊の装甲板を突き破っていく。 白煙を上げ大爆発を起した戦艦が、オレンジ色の炎を上げて大気の中へと沈みこみ、隕石の如く地上へと落下していったのである。 エステルの装甲ゲートがゆっくりと開き、上昇したカタパルトから、宇宙戦闘用爆撃機リニウスの紅い機体が、流星の軌跡を描いて次々と飛び立っていった。 アルキメデス艦隊は、徐々にエステルとの距離を詰めてくる。 だが、”鋼鉄の女王”と呼ばれる女艦長は、揺るがざる強い表情のまま、更に声を上げたのだった。 「対戦艦ミサイル発射用意。敵艦隊は、一隻残らず破壊する!!」 エステルの船体に16基装備されている対戦艦ミサイルユニットが、鈍い音を上げて反転し、その全ての照準が、大気圏を離脱しつつあるアルキメデス艦隊に向けられる。 「撃て!!」 ヘレンマリアの鋭い声と同時に、宇宙空間に射出されたミサイルが、白い煙を上げて豪速で闇を貫いた。 アルキメデスのクーデター鎮圧作戦は、まだ、始まったばかりである。
* 「うっは・・・なんか、セラフィムとは全然雰囲気が違う船だな?」 エステルの攻防をモニターで眺めやっていたトーマが、なにやら、実に感心した様子でそんなことを呟いた。 対空砲火が飛びかう戦闘宙域を高速航行するバートの船体が、ひっきり無しに巻き起こる爆発の光芒を浴びて金色に輝いている。 船長席に腰を落ち着けて、相変わらず冷静な顔つきでモニターを見つめていたショーイは、眼鏡の下で細めた紺色の瞳をトーマに向け、小さなため息とともに口を開いたのだった。 「余計なことを言っている暇があったら、さっさと主砲発射準備にかかってくれ。そろそろ熱圏だよ。耐熱シールド用意」 「了解」 精悍な唇だけで軽く笑って、トーマは、手元のコンソールパネルを素早く叩く。 同時に、レーダー通信士ジャックが、実に余裕有り気な口調で言うのだった。 「船長、アルキメデスから次の艦隊が飛び立ちましたよ。バートは既に、”猿人艦隊”の射程圏内に到達。後方に戦艦サライが到着した模様。あ、エステルから戦闘機が10機、こっちに向かってくるようです。猿人艦隊からは、主砲、来ますよ」 「防御シールド展開、主砲発射用意」 バートの熱源探知センサーが、けたたましい警報音を上げてブリッジに鳴り響き、点滅する警告ランプが、ショーイの白皙の頬に赤い帯を描く。 冷静だが、どこか鋭い声色でショーイが言う。 「主砲、発射・・・・!」 ショーイのその言葉と同時に、照準を覗いていたトーマの指先が、主砲発射トリガーを思い切り引いた。 バートの船体に8基搭載された3連主砲の砲門が、青い光粒子を上げると、甲高い轟音を轟かせ、”猿人艦隊”と称したアルキメデス反乱軍の艦隊に向け一斉に発射される。 宇宙空間を二分する凄まじい閃光の帯が、アルキメデス艦隊から放たれたビームの合間を縫うように、一瞬にして大気圏まで到達した。 敵艦隊のシールドに弾かれたビームの先端が、眩い光を上げて砕け散るが、バートの主砲は、間髪入れずにまた次の一波を放っている。 寸分の間もおかずに連射された凄まじい閃光の帯が、次々とアルキメデス艦隊に着弾し、遂に、その防御シールドを貫いたのだった。 船体を直撃されたアルキメデス艦は、機関部から白煙を揺らめき立たせると、オレンジ色の閃光を上げて木っ端微塵に吹き飛んだのである。 爆発の大音響が大気を震わせ、地上に向かって落ちていく船体の破片が、深紅の炎を上げて溶解していく。 同時に、バートの上方に到着したガーディアンエンジェルの戦艦サライが、一斉に主砲を発射したのだった。 モニターの中で、赤い高エネルギービームの帯が、豪雨のように”猿人艦隊”の頭上に降注ぎ、眩いばかりの光芒を上げて、大気圏上に次々と紅蓮の爆炎を発生させていく。 その光景を、頬杖をついたまま眺めていたショーイの唇が、ふと、愉快そうな笑を浮かべた。 「ふ〜ん・・・ケルヴィムも結構いい装備だったけど、サライの装備もあれと同じな訳だ。 やはり、侮れないね、ガーディアンエンジェルの船は・・・・たった二隻でこの艦隊を迎撃できるんだから。さて・・・トーマ、70度を保ちながら、熱圏に入るよ」 「了解」 トーマの返答と共に、急速に船首を下げていくバートが、アルキメデスの大気へと高速で突入していく。 その後方に、赤い閃光を引きながら10機のリニウスが、流星の如き速度で追いついてきたのだった。 「”鋼鉄の女王”は気が効くね、援軍をよこしてくるなんて・・・それとも、単なる監視かな」 知的な唇の角を皮肉っぽく吊り上げながらそう呟くと、ショーイは、鮮やかな赤毛を片手でかきあげながら、眼鏡の下で紺色の瞳を愉快そうに細めたのである。 ブリッジの風防が赤く染まり、高熱を帯びた鮮やかなブルーの船体が、炎を上げながら深紅に輝いた。 ギャラクシアン・バート商会の大仕事もまた、今、ここに始まったばかりである。
|
|