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作品名:NEW WORLD〜第二序曲〜 作者:月野 智

第7回   【ACTT 惑星マルタリアの一隅】7
それは、彼が幼い頃に見た、実母の微笑みによく似ていた。
彼女の言葉が本当なら、タイプΦヴァルキリーには、そんなことまで出来る機能があると、そういうことなのであろうか。
メイヤは、リョータロウに、一体何を伝えたいのか、その言葉の裏側にある本当の理由を、今は把握することができなかった。
一つ判ることがあるとすれば、彼女は、決して幸せそうな顔はしていない。
それどころか、彼女の微笑みには、そこはかとない不安と悲哀が滲み出ているようにも見えた。
アーケードを叩いていた豪雨が止み、暗雲に覆われていた鋼色の空に、青い空が戻り始めている。
雲の切れ目から差し込む太陽の光が、白く艶やかなメイヤ頬に、まるで、涙のような細い帯を描いていた。
そんな彼女を真っ直ぐに見つめたリョータロウの胸に、思い出したくも無い嫌な思い出が蘇ってくる。
リョータロウは、ぎりりと奥歯を噛締め、凛とした眉を不愉快そうに吊り上げると、不意に、跳ねるようにその場で立ち上がった。
そして、通路に座り込んだまま、切なそうにそんな彼を仰ぎ見たメイヤの腕を、強引に掴んだのである。
「来い!」
「あ・・・っ!?」
メイヤは、驚いたようにその場で立ち上がると、やけに厳しい顔つきをするリョータロウに引き摺られるようにして、慌ててそこから歩き出したのだった。
「ど、どこに行くの・・・?」
「いいから来い!」
乱暴な口調でそう言って、リョータロウは、黒曜石の瞳を鋭く細めたまま、先ほどの岬に向かって早足で歩いていった。
悪夢のような思い出が、今、その脳裏をぐるぐると駆け巡っている。
リョータロウの生まれた星、惑星ジル―レでは、女性の地位が低かった。
性差別など、大昔になくなったはずなのに、ジルーレだけは例外だった。
そのせいで、今は亡き彼の母親を始め、彼の周りの女性達がどれだけ悲しく辛い思いをしていたか。
徹底した軍事国家であったジルーレでは、夫であり、父親である者が、自分の地位を向上させるために、自分の妻や娘を上官にや上司に差し出すことも日常茶飯事だった。
女性は、道具にも同じ。
惑星ジル―レでは、そんな古代の考え方が浸透していた、倫理的にひどく遅れた惑星国家であったのだ。
当時のあの状況は、今思い出しても吐き気がする。
だから、もし、この美麗なセクサノイドが、あれと同じような状況にあるのだとしたら、例え敵だとしても放っておく訳にはいかない。
リョータロウは、メイヤの腕を強く握り、人込みを掻き分けてどんどん足を進めていく。
青く晴れていく空の彼方に、楕円形の太陽が煌びやかな光を放ちはじめ、瑠璃色の水平線が金色に輝き出していた。
強い海風が吹き付ける、また人気(ひとけ)のない岬へと辿り着いた時、リョータロウは、襟元に着けた通信機のスイッチを入れたのだった。
「承認ID、TD―3804S18140、マキ少尉だ。迎えをよこしてくれ」
『了解しました』
通信機からそんな声が返ってきた瞬間、リョータロウに手を引かれたままのメイヤが、驚いたようにそのルビーの瞳を見開いたのである。
「迎えって・・・・・っ?」
「・・・・おまえは、どうしたいんだ?メイヤ?」
海風に揺れる茶色の髪の下で、黒曜石の瞳を鋭利に閃かせ、岬の端で静かに立ち止まったリョータロウが、水平線を背景にゆっくりとメイヤを振り返る。
メイヤは、綺麗な眉を切なそうに眉間に寄せると、凛と鋭い顔つきをするリョータロウを、その美しい人工眼球で真っ直ぐに見つめすえたのだった。
海風に煽られながら、キラキラと輝くルビー色の髪が、澄んだ空気の合間ではじけるように乱舞する。
押し黙ったメイヤを、尚も強く真っ直ぐな眼差しで見つめながら、リョータロウは、鋭い口調で言葉を続けた。
「おまえが秘書官と呼んでたのは、ジェレミー・バークレイのことだろ?
あいつが、どんなつもりで、おまえにそんなことを言ったのか俺は知らない。
だけど、いくら命令だって、おまえは、そんなことしたいのか?」
「・・・・・・・」
「タイプΦヴァルキリーに、人間と同じ感情があるのは俺にだって判る。
おまえは、そんな命令に従うのは嫌なんじゃないのか?」
その言葉に、メイヤは、ひどく切なそうな顔つきをすると、長い睫毛に彩られたルビー色の綺麗な瞳を伏せがちにして、その視線を、石畳へと向けたのである。
力なく頼りの無い声で、彼女は、静かに答えて言った。
「・・・・・・バークレイ秘書官も、リョータロウみたいな人だったらよかったのに・・・
どうして、012が、ガーディアンエンジェルに行ったのか・・・ちょっとだけ判った」
ブーツのかかとを響かせながら、美しい造形を持つしなやかな肢体が、海風の中で静かにリョータロウの元へと歩み寄ってくる。
リョータロウは、そんな彼女の腕を握ったまま、跳ね上がる前髪の下で、黒曜石の瞳を鋭利に細めたのだった。
厳しい表情をするリョータロウをゆっくりと仰ぎ見て、メイヤは、哀しそうに言葉を続ける。
「・・・・・セックスが、人間の生殖行為なのは知ってる・・・・でも、なんだか、すごく嫌・・・嫌だよ」
「・・・・・・」
リョータロウは、ふと押し黙って眉間に深いしわを寄せた。
彼女は、今、明白な意思表示をした。
そうなのだ。
彼女は、機械でありながらも、その実、ごく普通の若い女性なのだ。
そう考えれば、命令でそんなことをさせられるなど、嫌に決まっている。
言動も仕草も、その身体の体温も、彼女は、人間と何一つ変わらない。
彼女には、確かに”感情”があるのだ。
この短い時間の中で、彼女が人間と同じであるということを、まざまざと思い知らされた気がする。
「だったら・・・」
 そう言いかけたリョータロウの言葉を遮るように、メイヤは、更に言葉を続けた。
「リョータロウは、やっぱり優しい」
なんの脈掠のない彼女の言動に、またしても面食らった顔つきをすると、リョータロウは、あきれ返った様子でため息をついた。
片手を額にあてがいながら、乱暴な口調で彼は言う。
「優しくなんてねーよ、さっきも言っただろう」
「でも、名前、付けてくれた」
「適当だよ」
「リョータロウ」
「なんだよ」
指の隙間から、力ない視線でまじまじとメイヤを見やると、その視界の中で、彼女は、ひどくあどけなく、それでいてやけに切なそうに笑っていた。
パーカーの襟元に着けた通信機から、高速艇が500m以内に近づいた事を知らせるアラームが鳴る。
リョータロウは、ゆっくりと額から手を退けて、強く握っていたメイヤの腕を離すと、もう一度大きくため息をつきながら、気だるそうに背中を向けたのだった。
そんな彼に向かって、どこか甘く切ない声色で彼女は言う。
「ステーションのモニターに映ってたあれは、リョータロウにしてもいいの?」
「?」
メイヤが、一体何のことを言っているのか、さっぱり訳がわからず、リョータロウは、訝しそうに眉根を寄せて、肩越しに彼女を振り返った。
楕円の太陽から降注ぐ光の矢が、ルビー色の髪をキラキラと輝かせ、その髪束を綺麗な頬で揺らしたメイヤが、あどけなく微笑んだ。
「おまえ、何言ってんだ?」
ブーツのかかとが軽く鳴り、そんなリョータロウの肩に手をかけたメイヤの美麗な顔が、突然、目の前に近づいて来た。
次の瞬間。
ふくよかで妖艶な彼女の唇が、リョータロウの唇に重なったのである。
柔らかで暖かなその感触。
まったく予想もしていなかったその事態に、一瞬、頭の中が真っ白になる。
ひたすら驚愕して、大きく見開いた瞳の隅に、ルビー色の髪が流れるように漂っていた。
静か唇を離し、後ろ手に両手を組みながら、ニッコリと笑うメイヤに、もはや、何も言う言葉はない。
唖然としながら眉の角を吊り上げたリョータロウを、髪と同じルビー色をした綺麗な人工眼球で真っ直ぐに見つめ、メイヤは、心なしか嬉しそうに小首を傾げたのだった。
きっと彼女は、”この行為”の意味をまだよく理解していない。
理解していないと言うより、寧ろ、学習していないと言った方が正しいかもしれない。
こいつは、なんて厄介な代物なんだ。
リョータロウは、片手で口元を抑えて、何ともいえない複雑な表情で眉根を寄せた。
その精悍な頬が上気しているのは、決して気のせいなどではない。
今、目の前でくったくなく笑っているのは、戦闘用ヴァルキリーではなく、たちの悪い小悪魔だ。
その妖艶な容姿と、それにかみ合わないあどけない性格が、殊更性悪に思えてくる。
「ありえねぇ・・・・」
げんなりした様子で、思わずそんなことを呟いた時だった。
ふと、センター街のアーケードに視線を移すと、緩やかな歩調でこちらに歩いてくる、一人の青年の姿があったのである。
メイヤは、何かに気付いたように、びくりと肩を揺らし、意図して背後を振り返らず、自らの両手をぎゅっと握り締めた。
次第に大きくなっていく、海風に揺れる金色の髪と、すらりとした長身。
僅かばかり離れた場所に立ち止まったその青年は、長い前髪から覗く金色の瞳で、真っ直ぐに、そんなメイヤの後姿を見つめすえたのだった。
リョータロウは、怪訝そうな顔つきで、金髪の青年の物腰を眺めやる。
海風の最中に、そこはかとなく不穏な気配が漂い始めた。
常に戦闘に身を置く者の勘とでも言うのだろうか・・・・その青年は、普通の人間とは何かが違う。
そんな事を思ったリョータロウは、揺れる前髪から覗く黒曜石の瞳を鋭利に細め、直ぐに銃が抜ける体制を整えたのだった。
その視界の中で、豪華な金髪の髪を海風に揺らす青年が、端整な唇をゆっくりと開く。
「011、何をしている?戻る時間だ」
短い言葉を紡いだのは、やけに落着き払った、それでいてひどく冷淡な声であった。
美貌とも言える涼麗な顔立ちと、背筋が寒くなるほど冷酷な眼差し。
理性的で冷静なその表情が、殊更、その異質な気配を際立たせている。
そんな彼を振り返ったメイヤの美麗な顔が、心なしか不安気に歪んだ。
リョータロウは、ナイフのような鋭利な視線をその青年に向けたまま、精悍な唇を引き結んだのである。
メイヤは、ルビーの瞳を大きく見開きながら、その青年の名を呼んだ。
「07・・・」
その瞬間、リョータロウは、今、此処にいるこの金髪の青年が、メイヤと同じセクサノイドであることを明白に悟ったのである。
この青年は、恐らく、タイプΦヴァルキリーの男性体だ。
だが、明らかに、メイヤとは雰囲気が違う。
今此処で、リョータロウがガーディアンエンジェルの人間だと知られたら、この個体は、間違いなく戦闘しかけてくるだろう。
それは、リョータロウの直感だった。
07と呼ばれたセクサノイドの金色の瞳が、鋭利な輝きを孕みながら、ゆっくりとリョータロウに向けられる。
リョータロウは、厳しい顔つきをしながら、そんな07の視線を真っ向から受け止めた。
07の涼麗な顔が訝し気な表情を作り、その金色の瞳が、再び、メイヤの方を向く。
「この人間は誰だ・・・?火薬反応がある」
一瞬、言い知れぬ緊張がその場を走り抜けた。
メイヤは、咄嗟に07の元へと駆け寄ると、唇だけで小さく笑って、まるで、リョータロウを庇うかのようにこう言ったのである。
「助けてくれただけ、空のピカっが怖かったの。だから助けてくれたの、それだけ。
もう行く時間なのよね?秘書官が待ってる」
 その言葉に驚いて、リョータロウは、パーカーを羽織る広い肩を小さく揺らした。
ひどく切な気な顔つきをしたメイヤが、そんなリョータロウをゆっくりと振り返ると、ふくよかで妖艶な唇で、寂しそうに笑うのだった。
そして彼女は、呟くようにこう言った・・・・「有難うリョータロウ・・・戻るね」と。
リョータロウは、厳しく鋭利な顔つきしたまま、そんなメイヤの瞳を、真っ直ぐに見つめすえる。
その視界の中で、メイヤは、07の腕を強引に引っ張りながら、ゆっくりとこちらに背を向けたのだった。
白いショートボレロを羽織ったしなやかな背筋で、赤い髪が音もなく跳ね上がる。
メイヤに腕を握られた07の金色の瞳が、広い肩越しに、ちらりとリョータロウを振り返った。
長い前髪の下で、意図して細められたその視線は、リョータロウに対しての不審感を、あからさまに物語っているようだった。
リョータロウは、そんな07の顔を睨むように見やると、端整なその顔を、殊更険しく歪めたのである。
鋭い疑念を持ちながらも、冷淡な表情を崩さない07が、ゆっくりと前方に向き直った。
トライトニアが誇るタイプΦヴァルキリーの姿が、リョータロウの視界の中から、次第に遠くなっていく。
眼前に広がる瑠璃色の海に、低い海鳴り轟き渡った。
海風に激しく揺れる髪を気にするでもなく、リョータロウは、強く真っ直ぐなその眼差しを、研ぎ澄まされたナイフの如く煌かせたのだった。
メイヤは、仲間である者に対して、リョータロウの素性をあえて伏せたのだ。
つまり、07と呼ばれるあの男性体ヴァルキリーから、事実上リョータロウを庇ったのである。
リョータロウの胸の奥で、腑に落ちない何かが、空にかかる雨雲のように広がっていく。
その正体がわからぬまま、苦々しく眉根を寄せたリョータロウの耳に、指定ポイントまで高速艇が辿り着いたことを知らせるアラームが、無機質な響きを持って鳴り響いたのだった。





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