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作品名:NEW WORLD〜第二序曲〜 作者:月野 智

第36回   【LASTACT 星屑の涙】5
次の瞬間、暗黒に染まった広いリビング全体に、緩やかに回転する色とりどりの螺旋銀河が出現し、それは、ゆらゆらと揺らめきながら、虚空で大きく旋回し始めたのだった。
「!?」
突如として宇宙空間を抱くことになった広いリビングが、奇妙な緊張感に包み込まれるまれる。
煌く星屑が、その空間に川のような流れを造作り、その最中には、青い流星が幾筋も幾筋も流れていく。
だがそれは、本物の宇宙空間ではない。
セラフィムの中枢コンピュータを通してそこに映写された、3D立体映像であった。
ソロモンは、ソファに腰を下ろしたまま、端整な唇を柔和にもたげ、背後に立って愉快そうに笑うヒルダを振り返ったのである。
「君がお呼び立てしたのか?ヒルダ?」
「いいえ・・・・私はただ、イルヴァのシークレットデータをメルバに転送しただけよ」
片手で眼鏡を押し上げながらそう答え、ヒルダは、ソロモンの肩にそっと両手を置くと、もう一度、愉快そうに微笑したのだった。
それと同時に、揺らめく螺旋銀河の只中に金色の光の輪が描かれ、その中から、立派な顎鬚を蓄えた初老の男性が、半透明の姿でゆっくりと現われて来たのである。
まるで太古の祭司のような、裾の長い鮮やかな緋色の服を纏い、その胸元には、種類の違う12個の宝石を飾った金色のプレートが下げられている。
実に奇抜な服装をしたその初老の男性は、顎鬚を蓄えた唇で小さく笑うのだった。
『そう迷惑がるな“最初のアダム”。久々に、君の顔が見たくなってな、君からの報告が来る前に、こちらから出向いてみたんだ』
「迷惑だなんて、そんなことは・・・元老パウエル」
ソロモンは、少々困ったような顔つきでそう答え、ソファから立ち上がろうとする。
だが、奇抜な服装をしたその初老の男性、ガーディアンエンジェルに12人いる元老院の一人パウエルは、片手を挙げてそれを制したのだった。
『そのままでいい、“最初のアダム”。さすがのNW−遺伝子児も、度重なる戦闘で疲れているだろう?』
元老パウエルは愉快そうに笑って、自らの顎鬚を片手で撫でた。
映写された美しい宇宙空間に佇むパウエルの姿も、勿論、本物ではない。
リビングに広がるその奇妙な光景の全ては、ガーディアンエンジェルの本拠地、人工惑星メルバから送信された立体映像通信の一環なのである。
パウエルは、星の川の上を滑るように歩きながら、厳格さの中に温厚な光を宿す茶色の瞳で、ソロモンの向かいに座るヘレンマリアを顧みたのだった。
『エステルの調子はどうかね?ヘレンマリア?そろそろ、あの船体も改良する時期が来たようだ。アルキメデスを発ったら、一度、メルバに戻ってきてくれないか?』
ヘレンマリアの瞳の中で、パウエルの纏う服の裾が、風もないまま緩やかに翻る。
スカーレットルージュの唇で小さく微笑すると、ヘレンマリアは、小さく首を傾げながら答えて言うのである。
「承知しましたわ、元老パウエル。エステルの調子は上々ですが、元老がそう仰るのででしたら、メルバに帰港しましょう」
パウエルは満足そうに頷くと、「さて」と前置きして、回転する金の輪の中に立ち、後ろ手に手を組んで、徐に口を開くのだった。
『ノルドハイム博士が送ってくれたデータを見て、元老院は緊急閣議を開いた』
その言葉に、ソロモンと、ヘレンマリアが、緊張した面持ちで表情を引き締める。
パウエルは、そんな二人の顔を交互に見ながら、愉快そうに笑って言葉を続けたのだった。
『そんな顔をするな、元老院は満場一致で、トライトニアへの総攻撃は時期尚早と判断した。トライト二アは最大危険因子ではあるが、彼らはあれでAUOLPの常任理事国だ、総攻撃をかければ、AUOLPも黙ってはいないだろう。
プロジェクトを進める前に、AUOLPを敵に回すのは、流石に避けたい。
そこで、まずは、先に報告を受けていた、“二人目のイヴ”を探し出すことを最優先事項に決定した』
 そこまで言うと、パウエルは、一度ゆっくりと瞳を閉じて、片手で顎鬚を撫でると、再び、その厳格で温厚な瞳を開いたのである。
実に落着き払った口調で、パウエルは言葉を続けた。
『“二人目のイヴ”が見つかれば、“三人目のイヴ”の誕生を待たずとも、プロジェクト「NEW WORLD」を先に進めることが出来る・・・・AUOLPを敵に回すのは、それからだ』
ソロモンとヘレンマリアは、神妙な面持ちのまま、ゆっくりと頷いた。
パウエルは、そんな彼らの様子をやけに穏やかな顔つきで見つめすえながら、緋色の服の肩を竦め、感慨深く言うのだった。
『最前線にいる君たちは、ガーディアンエンジェルの城壁・・・・いつも無理難題を押し付けて申し訳ないと思っている。
私がこんなことを言うのもおこがましいが・・・・・・無事でいてくれよ、「新世界」を誕生させるまで・・・・勿論、その後も』
そう言ったパウエルの姿が、穏やかな微笑と共に金の輪の中へと静かに消えていく。
ソロモンと、そしてヘレンマリアは、ゆっくりとソファを立ち上がり、パウエルに向かって敬礼したのである。
虚空を漂っていた螺旋銀河がその影を薄くし、先ほどまでそこにあった宇宙空間が、一瞬にして消え失せると、リビングの照明が全て点灯し、オート・ドアの前に降りていた大型ディスプレイが上昇した。
ソロモンが、広い肩で大きく息を吐くと、同時に、ヘレンマリアもまたふうっと大きく息を吐いて、思わず、互いの視線を見合わせたのである。
元老院が直接メルバから送信してくるこの立体映像通信は、歴戦の母艦艦長たちをも、否応無しに緊張させるのだ。
だが、今夜の緊急会議はこれで全て終了した。
ヘレンマリアは、スカーレットルージュの唇を綻ばせると、どこか安堵したように微笑してこう言うのである。
「元老パウエルでよかったわ・・・・・・元老アルベルトだったら、座ってなんかいられないところだった」
「強面(こわおもて)な人だからな、元老アルベルトは・・・・」
苦笑しながらそう答え、ソロモンは、もう一度大きく息を吐くと、先ほどから、背後で可笑しそうに笑っているヒルダを振り返ったのだった。
そして、柔和に唇をもたげると、いつも以上に穏やかな表情しながら、徐に口を開いたのである。
「せっかくラボから出てきたんだ、久々に一杯飲むか?ヒルダ?」
予想外のその言葉に、ヒルダは、小さく小首を傾げると、白衣の肩を竦めながら、まるで、少女のように微笑(わら)うのだった。
「あら、珍しい。私をお酒に誘ってくれるなんて、どういう風の吹き回し?」
「君ヘのささやかな労いだよ・・・・・・ヘレンマリア、君もどうだ?」
ふと、こちらを振り返ったソロモンに、ヘレンマリアは、愉快そうに笑って答えて言う。
「今回は遠慮しておくわ。元老パウエルのお呼びがかかったからには、早急にエステルの発進準備に取り掛からないと。それに、じゃじゃ馬を一匹、セラフィムに野放しにしてしまったから、迎えにいかないとね」
「じゃじゃ馬?」
「ええ。レイバンT―5のパイロットの顔がどうしても見たいって言うから、連れて来たのよ・・・うちの馬鹿娘」
その返答で全てを把握したソロモンは、思わず笑う。
ヘレンマリアが“馬鹿娘”と称したのは、彼女の実の娘、フレデリカ・ルーベントのことである。
エステルのリニウス部隊に所属し、男性パイロット顔負けの操縦技術と、母親によく似た気丈な性格の持ち主だと、ソロモンは聞いていた。
「今夜のリョータロウは・・・・・・T―5のパイロットは、ひどく機嫌が悪いぞ。いくら君の娘でも、取り付く島もないだろう」
「それで懲りれば問題はないのよ」
ヘレンマリアは、ため息混じりにそう言うと、愉快そうに笑うソロモンにゆっくりと背中を向け、オート・ドアまで歩いたのだった。
だが、開いたドアの前でふと立ち止まると、何を思ったか背後を振り返り、ソロモンの背後に立つヒルダに向かって、やけに柔和に微笑して見せたのである。
「“永遠の片思い”の邪魔はしないわ、ヒルダ。ゆっくり飲んできなさい」
そんな言葉だけを残し、後ろ手に手を振ったヘレンマリアの威厳ある後姿は、オート・ドアの向こう側へと消えて行った。
ヒルダは、困ったように眉根を寄せ、思わずため息をつくと、まるで、独り言のように呟くのである。
「ヘレンたら、一体何年前の話をしてるのかしら?まったく・・・・」
そんなヒルダを穏やかな視線で顧みて、ソロモンは、相変わらず柔和な表情で「じゃあ、二人で行こうか?」と問い掛けた。
銀色の前髪から覗く美しい紅の瞳を見つめ返して、ヒルダは小さく微笑する。
眼前のオート・ドアが音もなく開いた。
羽織っていた白衣を脱ぐと、それを自ら肘に引っ掛けて、その腕を、遠慮も無しにソロモンの腕に絡めてみる。
その仕草を、別段、気にする様子もなく、ソロモンは紅の瞳を穏やかに細め、端整な唇を柔和にもたげたのだった。
その表情は、ヒルダが少女であった頃からまったく変わっていない。
昔から、彼はこうだった。
承諾もなしに、こうして絡めた腕を解くことなどしなかった。
だらかと言って、決して、ヒルダが特別という訳でもない・・・それは、ヒルダ自身が一番良く知っていることだ。
彼は、その気持ちを拒絶することもなければ、受け入れることもしない。
その理由を、ヒルダはよく把握している。
別にそれでも構わないと、彼女は思う。
もう何年も、このスタンスのまま彼の傍にいるのだ、今更、特別になりたいとも思わない。
軍服越しの彼の体温が、やけに暖かく感じられる。
それは、少女の頃にヒルダ自身が口にした、“永遠の片思い”を象徴する、優しくも切ない暖かさだった。
「貴方って、本当に昔から変わらないわね?」
僅かばかり残念そうな表情をして、綺麗な眉を眉間に寄せると、ヒルダは、傍らを歩くソロモンの優美な横顔を仰ぎ見た。
揺れる前髪の隙間から、柔和な輝きを宿す紅の瞳が、そんなヒルダを真っ直ぐに顧みる。
「変わらないのは君も同じだよ」
「またそんなこと・・・・・・随分とおばさんになったなって、本当はそう思ってるんでしょ?」
「思ってないよ」
「嘘よ」
「嘘じゃないよ」
セラフィムの長い通路に、ラウンジに向かって歩くそんな二人の会話が、反響しながら響いていく。
宇宙戦闘母艦セラフィムを臨むアルキメデスの空には、宝石箱をひっくり返したような美しい星空が広がっていた。
迫り来る新た波乱を予感させることもなく、ただ、赤く輝く流星が、広大な空を駆け抜けていた。



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