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作品名:NEW WORLD〜第二序曲〜 作者:月野 智

第35回   【LASTACT 星屑の涙】4
           *
セラフィムの艦長専用リビングに、珍しい客が訪れたのは、歳若いブリッジオペレーター達が、カフェテラスで噂話に興じている最中の事であった。
シルバーグレイの軍服を纏った威厳あるその女性は、大きなソファにゆったりと腰を下ろしながら、向かいに座るセラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンの優美な顔を、女豹の装いを持つ鋭利な眼差しで見つめていた。
緩やかなウェーブがかかる長いブラックブロンドの髪と、水色の瞳、スカーレットルージュが引かれた唇が、愉快そうに微笑している。
それは、他でもない、戦闘空母エステルの女性艦長、“鋼鉄の女王”と異名を取るヘレンマリア・ルーベント、その人だったのである。
「流石の私も、今回ばかりは肝を潰したわ・・・・マルタリアにセラフィムがいてよかった。
それで、拘束したマルティン・デボンをそどうするつもり?」
「AUOLPに引き渡す。アルキメデスはまだ無政府状態だし、直接トライトニアに渡すと言っても、先方がどういう因縁をつけてくるかわからないからな」
そう答えて、ソロモンは苦笑する。
納得したように頷きながら、片手で長い髪をかきあげると、ヘレンマリアは、両手を胸の前で組みながら言うのだった。
「そうね、それが得策だわ。
それにしたって、今日は驚いたわ・・・・・・ソロモン、貴方、よく、あの長距離レーザー砲をハッキングしようなんて考えたわね?」
「あのレーザー砲をまともに食らったら、こちらもただでは済まないだろうからな。
だが、あれをジャックできたのは、ギャラクシアン・バート商会のお陰だ」
「そう言えば、バートの船長が負傷したと聞いたけど、具合はどうなの?」
「今、セラフィムのERに収容されてるよ。容態は回復してきていると報告を受けた。多分、数日すれば意識も戻るだろう。そう簡単に死ぬような男じゃないよ、ショーイは」
ソファの背もたれに深くその身を埋めると、ソロモンは、端整な唇で小さく笑ったのである。
その時、眼前のオート・ドアが音もなく開き、そこから、白衣を纏った女性がゆっくりと中へ足を踏み入れてきたのだった。
眼鏡の下で聡明に輝く青い瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめ、茶色の髪が白衣の肩でふわりと揺れる。
それは、セラフィムに乗船している科学者、ヒルダ・ノルドハイム博士であったのだ。
ヒルダは、白衣のポケットに両手を入れた姿でゆっくりとソロモンの背後に立つと、知的な微笑みを唇に刻んで、ソファに腰を落ち着けるヘレンマリアを顧みる。
「お久しぶり、ヘレン・・・いえ、ルーベント艦長。お元気そうで何よりです」
ヒルダの言葉に、ヘレンマリアは、スカーレットルージュの唇をもたげると、肘掛に頬杖を着きながら、軽く片手を挙げたのである。
「本当にお久しぶりね、ヒルダ?メルバの研究室で会った以来かしら?ハイヤースクールでは同じクラスだったのにね。尤も貴女は、飛び級であのクラスにいた訳だけど」
「そうだったわね」
ヒルダは穏やかにそう答え、「さて」と付け足すと、眼鏡の下の青い瞳を、ソファに座るソロモンに向けたのだった。
ポケットに入れていた両手を背もたれの縁に置いて、ヒルダは冷静な声色で言葉を続ける。
「データ解析は全て終了したわ、早速、本題に入りましょうか」
ソロモンは、銀色の前髪から覗く紅の瞳をヒルダに向けると、それに答える代わりに、天井に設置された音声センサーに向けて言ったのだった。
「ディスプレイを下ろしてくれ」
『Yes、Sir』
無機質な電子音声がそう答えると、間接照明だけを残してリビングの照明が消え、天井からゆっくりと大型ディスプレイが降りてくる。
オート・ドアを塞ぐようにして停止したディスプレイに、青い六芒星のエンブレムが表示されると、それに重なるようにして、解析データを再生するためのウィンドウが開いていく。
ヘレンマリアは鋭利な視線を軽く細め、滝のように流れてくるデータを睨むように見つめすえた。
次々と開いていくウィンドウを紅の瞳で追いながら、ソロモンもまた、形の良い眉を厳しく歪め、いつになく険しい顔つきをするのだった
そんな彼の表情をちらりと見やると、ヒルダは、ゆっくりと口を開く。
「これは、タイプΦヴァルキリー012・・・イルヴァが持っていた、トライトニアの重要機密情報よ。NW−遺伝子に関するトライトニアの解析結果と、その実験データ。
今のトライトニアの技術では、10パーセントも解析できないと思っていたけど・・・トライトニアは、NW−遺伝子の構造を20%弱まで解析していたわ。
確信にはまだまだ遠い・・・でも、もう一度、トライトニアがNW−遺伝子を手にしたら、次はどうなるかわからない。このデータの中には、トライトニアの本来の目的、NW−遺伝子ワクチンの製造方法も記載してあった。仮説の域は出ていないけど・・・その合成方法には、かなりの信憑性がある」
冷静で落着き払ったヒルダの言葉に、ヘレンマリアの表情が、ますます鋭利に厳しく歪む。
「トライトニアは、なんとしてもNW−遺伝子ワクチンを作りたいようね?そんなに、不老を手に入れたいのかしら?」
それに返答したのは、ソロモンだった。
「それもあるだろうが、彼らが本当に欲しいものは、NW−遺伝子が持つ脳細胞活性因子だ。脳細胞の70%以上を活動させることのできる頭脳を、軍事転用するのが目的だろう」
「つまらない使い方だわ」
ヘレンマリアは、肘掛に頬杖をついたまま皮肉っぽく笑って、言葉を続ける。
「NW−遺伝子は、“エデン再生”の希望。それを、軍事技術向上に使おうだなんて、横暴で酔狂なことこの上ないわ。NW―遺伝子を欲しがる惑星国家は、何もトライトニアだけではないけど、トライトニアは、強行で粗暴な分、他の惑星国家よりも性質(たち)が悪い・・・・・」
「ああ、本当に性質が悪い」
ソロモンはそう言って、端整な唇の隅で苦笑すると、徐に、背後に立っているヒルダを振り返るのだった。
「それでヒルダ、ショーイが命がけで持ち返ってきた“イヴ”と思しき少女の情報は?」
その言葉に、ヒルダは少々困ったように白衣の肩を竦めると、天井の音声センサーに向かって言うのである。
「アルキメデス中枢コンピュータのデータベースを再生して」
『Yes、mum』
無機質なデジタル音声と共に、眼前の大型ディスプレイに新しいウィンドウが開くと、そこに、10、11歳ぐらいかと思われる愛らしい少女の画像が表示される。
天空から差す日の光のような金色の髪と、人類発祥の地である惑星の色に似た、澄み渡る蒼の瞳。
繊細で清楚な面持ちを持つ愛らしいその顔は、セラフィムに乗船するタイプΦヴァルキリー、イルヴァにとても良く似た面影を持っていた。
ソロモンは、僅かばかり驚いた様子で広い肩を揺らすと、銀色の長い前髪の下で、紅の瞳を細めたのである。
そんな彼の様子を、ふと、可笑しそうに眺めやり、少々意地悪な口調でヒルダは言うのだった。
「驚いたでしょ?貴方が疑問に思っていたイルヴァのモデルは、どうやらこの少女のようだわ。この少女が、成長した時の姿を想像して作られた・・・と言ったほうが正しいかも」
「・・・・・・なるほど」
ソロモンは、感慨深げにうなずくと、唇だけで小さく微笑する。
大型ディスプレイに映し出された少女の画像の下に、詳細な身体データを記載したウィンドウが開き、それを見つめながらヒルダは、相変わらず冷静な声色で言葉を続けた。
「クーデターが起こった日に、アルキメデスのスペースエアポートに着艦したトライトニアからの旅客シャトルは、全部で43便。その乗船名簿から抽出した該当データよ。
本名はガブリエラ・ワーズロック、年齢は、今月で11歳。ハルカと変わらない年頃ね」
ふと怪訝そうな顔つきをして、ヘレンマリアが口を開く。
「ワーズロック?どこかで聞いたことのある姓ね」
「ブライアン・ワーズロック博士・・・・この名前を聞けば、思い出すでしょ?」
どこか愉快そうに笑ってヒルダが答えると、ヘレンマリアの厳しい顔が、不意に、驚きの表情へと変貌する。
「ブライアン・ワーズロック博士・・・っ?まさか、何故、彼と同じ姓を“イヴ”が名乗っているの?」
「惑星ジルーレがメルバを急襲した際、ワーズロック博士は生き延びて、“イヴ”を育んでいた人工子宮を救い、そして、“イヴ”を育てた・・・ということになるかしらね?
ワーズロック博士は、トライトニアのタイプΦヴァルキリーの制作にも携わっていたわ、そこにどんな意志があったかは、今となっては、もう知ることはできないけど」
「それは、どういう意味かしら?」
尚も怪訝そうに眉根を寄せるヘレンマリアに、ソロモンが答える。
「ワーズロック博士は死んだ。恐らくは、トライトニア政府に暗殺されたんだろう」
「何故?」
ヘレンマリアの水色の瞳が、向かいに座るソロモンの冷静な顔を顧みた。
膝の上に両肘を着いて、ゆっくりと手を組みながら、ソロモンは、落着き払った声色で更に答えて言うのだった。
「トライトニアが解析したNW−遺伝子データを、全て削除しようとしたようだ・・・・・ギャラクシアン・バート商会の連中が直接現地で調べてきた、まず、間違いはないだろう」
「そう・・・・・・・尤も、ワーズロック博士は、ガーディアンエンジェルの主旨に異議を唱えて脱退した訳ではない、NW−遺伝子が持つ希望と危険性をよく把握していた。
それでそんなことを・・・?」
「そういう事だな」
「彼が亡くなったということは・・・・“人間の脳を移植した人工人体”が、“エデンに降下する”という案件は、完全に立ち消えになるのね・・・・」
ヘレンマリアは、そこまで言うと、ふと、何かに気がついて、冷静な口調と表情でソロモンに問い返すのである。
「トライトニアは、“イヴ”の存在を把握しているの?」
「恐らくまだ気付いてはいないだろう。彼らが知りうる“完全なNW−遺伝子”の持ち主は、ハルカしかいないはずだ。“イヴ”の存在に気がついていたら、ケルヴィムからハルカを拉致することはしなかったはずだ・・・・・だが、もし、トライトニアが“イヴ”の存在に気付けば、悠長に構えているる訳にもいかない」
ソロモンの言葉の語尾を、ため息混じりにヒルダが続けた。
「残念ながら、アルキメデス中枢コンピュータに残っていた、ガブリエラ・ワーズロックに関するデータはこれだけよ。
彼女は、確実にトライトニアからのシャトルを下船した・・・でも、それ以降のデータは残っていないわ。顔写真があったのが、せめてもの救い。
アルキメデスに居れば、探し様もあるかもしれない・・・・生きていればの話だけど」
「・・・・・・」
歴戦の母艦艦長であるソロモンとヘレンマリアが、渋い顔つきをして押し黙る。
アルキメデスの首都プラトンは、トライトニア艦隊の無差別攻撃で多大な被害を受けた、あの対空砲火で多くの一般市民が命を落としたことだろう。
もし、生き残っていたとしても、中枢コンピュータが破壊され、旧政府の建て直しもこれからというアルキメデスで、その行方を探すには、かなりの時間を要するだろう。
広い肩で大きく息を吐いて、ソロモンは、再び、ソファの背もたれに深く身を委ねると、片手で前髪を梳き上げながら、静かに口を開くのだった。
「本部に要請して、捜索してもらうしかないだろう。生きていれば、確実に保護しなければならない」
「生きていることを祈るしかないわね。“イヴ”がいなければ、プロジェクト『NEW WORLD(新世界)』は先に進まない・・・第三のイヴは、まだ発祥もしていないし」
ヘレンマリアもまた、肩で大きく息を吐きながらそう答えると、ソロモンに倣うようにして、ソファの背もたれに身を埋めたのである。
「さて、後は・・・・元老院がどういう判断を下すかだわ。たった20%とはいえ、NW−遺伝子がトライトニアによって解析されたということは、総攻撃もありうるということ」
ヘレンマリアが、そこまで言った時だった、不意に、大型ディスプレイに奇妙な乱れが生じ、室内の間接照明が、突然ダウンしたのである。


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