* 惑星トライトニアの大統領の子息にして秘書官でもある、ジェレミー・バークレイは、ダークグレイのジャケットを片腕に引っ掛けた姿勢で、特殊ガラスの窓越しに見える二つの月を、野心に満ち溢れた灰色の瞳で仰ぎ見ていた。 ユニバーサル・レイルウェイに向かう、そのオートメーションロードは、スペースエアポートの特別デッキから直通で、高速特急のホームまで繋がっている。 この時間ともなると、辺りには、観光客達の姿はほとんどない。 やけに静まり返る構内には、オートメーションロードのモーター音だけが、静かに響き渡るだけである。 きちんと整えられたワイシャツの背中に、惑星マルタリアの月明かりが、鋭く細い帯を刻んでいる。 そんなバークレイの隣に立っていたマルタリア外交官の一人が、さもわざとらしい笑顔で言うのだった。 「国家主席は、ノバーナでの公務中です。ノバーナはリゾート地、バークレイ様も、しばしご休養なされたらいかがですか?」 その言葉に、バークレイもまた、実に形式ばった笑顔で答えるのである。 「いえ、イズミル閣下との会談が済みましたら、直ぐに帰りますよ。非公式な訪問ですから。それに、これ以上閣下の公務の邪魔を致しては、申し訳ないので」 「さようですか・・・ノバーナは、この時期が一番良い気候ですのに、残念ですね」 「本当に。今度は、仕事ではなく、休暇で来ることにしますよ」 バークレイは、さも申し訳なさそうな顔つきをしてそう言うと、その灰色の瞳を、肩越しにちらりと背後に向けたのだった。 バークレイの後ろには、四名のトライトニア外交官と屈強なSPが五名、そして、外交官ともSPとも違う、一組の若い男女の姿がある。 男性の方は、その年頃が25〜6に見える青年で、一見細身だが、かなりの長身の持ち主だった。 広い肩に羽織られた黒いライダーズジェケットと、同じ素材のスリムパンツ、それが、彼の持つ肢体の造形美を一際強調しているようだった。 襟足の上で切られた豪華な金色の髪、その長い前髪から覗くのは、鋭い切れ長の双眸である。 冷静で落着き払っているが、どこか冷酷な輝きを放つ金色の瞳と、端整で涼麗な顔立ちを持つその青年は、実のところ、人間ではない。 惑星トライトニアが誇る戦闘用アンドロイド、タイプΦヴェルキリーと呼ばれるセクサノイドの一人、その識別コードを07(ゼロセブン)という。 そして、冷静で沈着な面持ちを保つ07とは対照的に、その傍らで、物珍しそうに辺りを見回している小柄な女性は、やはり、タイプΦヴァルキリーの一人、識別コード011(ゼロイレブン)である。 ルビーのような赤い髪をなだらかな肩で揺らしながら、まるで少女のようなあどけない表情で、特殊ガラス越しに見える二つの月を見上げている。 長い睫毛に縁取られた、髪と同じルビーの色をした大きな瞳。 その顔立ちは美麗で、どこか大人びた妖艶さを醸し出しているが、彼女の仕草はひどく無邪気でくったくない。 外見の年頃は23〜4歳だが、その仕草や表情は、さながらハイティーンの少女のようだった。 キャミソールにショートボレロを羽織ったふくよかな胸元と、綺麗な造形でくびれた細い腰、タイトのミニスカートから伸びた形の良い足が、彼女の外見と性格のアンバランスさを殊更助長しているようだった。 バークレイは、思惑有り気な灰色の瞳で、肩越しにそんな011の姿を捉えると、どこか嘲笑じみた笑を浮かべながら言うのだった。 「011、知らない惑星は面白いか?」 その言葉に、011は、くったくなく微笑すると、さもあどけなく答えて言うのである。 「はい、バークレイ秘書官。お月様が、とても綺麗です」 皮肉っぽく唇の角を吊り上げると、実に愉快そうにバークレイが言う。 「とても機械の言う台詞ではないな、それは?まぁいい・・・人間に近い機械であるから、君たちを此処に連れて来た意義があるんだ。くれぐれも、国家主席の機嫌を損ねないでくれよ。011、特に君はね。大切な交渉があるのだから」 「はい」 国家主席の機嫌を損ねないでくれ・・・実のところ、この言葉の真意を、あまりよく理解できていない011は、小さく小首を傾げると、それでも刻みよく返事をしたのだった。 彼女は、あどけない笑顔のまま、そのルビーの瞳で、再び、頭上で輝く二つの月を見上げる。 蛇のような眼光で、しみじみとそんな011を眺めやると、バークレイは、再び皮肉な笑みをその薄い唇に浮かべるのだった。 それと同時に、011の傍らに立つ07の金色の瞳が、長い前髪の下から、ちらりと011の横顔を顧みる。 07は、冷たい無表情のまま、片手でぐいっとそんな011の腕を引いたのだった。 「好い加減にしろ011。遊びにきてる訳じゃない」 「あ・・・」 011は、驚いたように07の涼麗な顔を仰ぎ見ると、綺麗な眉を不満そうにしかめながら、実につまらなそうな顔つきをして、その視線を反らしたのである。 07と011は、ひどく対照的な性格をしていた。 07は、どちらかと言えば理性的で、冷静にして冷淡であり、正に戦闘用というべき厳格な性格を持つセクサノイドである。 それに対して、011は、無邪気でくったくなく、あどけない少女のような性格をしていた。 同じ情緒プログラムであるにも関わらず、よくも此処まで違いが出るものだと・・・さすがのバークレイも感心してしまう。 しかし、その視線を、高速特急のホームに向けると、鼻先でふんと嘲笑い、「所詮は機械だ」と、極小さな声でそんな本音を呟いたのである。 非公式協議の場に、このセクサノイド達を連れてきたのはそれなりの訳がある。 彼等は、惑星マルタリアの国家主席イズミルへのいわば手土産だ。 今回のマルタリア訪問は非公式である。 そのため、護衛艦を連れてきていないので、万が一の時の戦力として同行させた、というのもあるのだが。 惑星マルタリアの国家主席は、とても秀でた経済手腕を持っているが、その反面、とてつもない好色家であると評判の指導者だった。 女性であろうが男性であろうが、気に入った者を寝室に呼ぶの事など日常茶飯事だと聞く。 そのような事だから、生身の人間には飽いてきた頃だろう・・・と、バークレイは邪にほくそ笑んだ。 これから、リゾート都市ノバーナで、その国家主席と、アルベータ装甲技術を貸し受けるための非公式交渉が行われる。 トライトニアが、アルベータ装甲の技術とライセンスを優先的に貸しうけるための、所詮彼等は貢物に過ぎない。 統治者の機嫌を取るために、美しい者をあてがうことなど、人類では、太古の昔より頻繁に行われてきたことだ。 ましてや、タイプΦヴァルキリーは戦闘用でありながら、人間に近い感情を持ち、そして、生殖行動すらできる作りになっている。 製作者であるワーズロック博士が、何故そんな機能を彼等に与えたのか、バークレイには全く理解ができないが、ある意味、非常に好都合だった。 今、トライトニアが所有しているタイプΦヴァルキリーの男性体の中で、最も美形な個体は07であり、その情緒が最も人間に近い011は、生身の女性の妖艶さと、あどけない少女のような性格を持っている個体である。 これを手土産にしない手などあるものか、色ボケした強欲じじぃには、色を与えるのが一番だ・・・・と、心中でそんな悪態をつきながら、バークレイは、再び、薄い唇で邪にほくそ笑むのだった。 トライトニアの次期大統領となるだろう青年の野望は、尽きることがない。 やがて、このタイプΦヴァルキリーを量産することも可能になるだろう。 その前に、この交渉を成功させ、アルベータ装甲を取得し、まずは戦艦隊の装甲をこれまで以上に強化する。 有害大気を抱えているが故に、トライトニア人の命は短命だ、だからこそ、その短い命を長らえさせるため、惑星連合AUOLPすら、うかつに手出しをしないガーディアンエンジェルを壊滅させ、再び、NW−遺伝子を手に入れなければならないのだ。 そして、なんとしても、NW−遺伝子ワクチンを完成させなければならない。 宇宙の実権は、全てトライトニアが握る。 蛇のように輝くバークレイの灰色の瞳に、激しい野望の炎が燃え上がるのを、マルタリアの二つの月だけが知っていた。
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