* 上空を旋回するリニウスR−3の深紅の機体が、太陽の日差しの中で紅く輝いている。 それを肉眼で確認しつつ、リョータロウは、躊躇うことなく風防を開いた。 コクピットの底に装備されているビームガンを片手で握り、機敏な物腰で操縦席から左翼へ移ると、被っていたヘルメットを脱いでコクピットに放り投げる。 そして、熱を帯びる風に茶色に染めた髪を泳がせながら、白煙を上げて横たわる『グィネビア』の機体に飛び降りたのだった。 メタリックレッドに塗装された『グィネビア』の機体に、砕け散った特殊ガラス破片が散乱している。 焦げ臭い白煙と沸き立つ土埃の合間に見える、破損したコクピット。 リョータロウの肢体に、鋭い緊張が走り抜けた。 ビームガンを撃つつもりはない、だが、メイヤの戦闘プログラムが働いていれば、両腕のクラッシャーブレードを容赦なくリョータロウに振りかざしてくるだろう。 黒曜石の瞳を鋭利に細めて、リョータロウは、『グィネビア』のコクピットへとゆっくり近づいていく。 アルキメデス軍総司令本部の上空では、アーマード・バトラーとレイバン、リニウス、そして、イカロスが激しい攻防を繰り広げている。 それを気にしながらも、端整な顔を厳しく歪めて、リョータロウは、静かに、風防の砕けたコクピットの縁に立つのだった。 その次の瞬間。 ルビー色の髪を虚空に乱舞させ、コクピットから飛び出してきたメイヤが、のたうつような赤外線コードを全身に纏ったまま、両腕のクラッシャーブレードを迅速でリョータロウに翻したのである。 メイヤの戦闘用プログラムはまだ起動している。 リョータロウは、咄嗟に後方へと飛び退いて高エネルギーの刃を回避すると、片手に構えたビームガンの銃口を、苦々しい顔つきでメイヤへと向けたのだった。 美麗な顔を冷淡な無表情で彩るメイヤが、クラッシャーブレードをX型に構え、しなやかな身のこなしで機体の上に立った。 そして、美しいルビー色の瞳を爛々と輝かせながら、無言のまま、真っ直ぐにリョータロウの顔を見つめすえたのである。 刹那、メイヤの爪先が『グィネビア』の装甲板を俊足で蹴った。 「メイヤ!目を覚ませ!!メイヤ!!」 リョータロウは、駆け出してきたメイヤの足元を目掛けて、ビームガンの引き金を引いたのである。 赤い閃光がメイヤの足元を抉り取るが、それでも足を止めない彼女の体が、高くしなやかなに虚空を舞う。 X型に湾曲する凄まじい熱線の斬撃が、リョータロウの頭上で容赦なく翻された。 機敏な動きで横に跳び退き、迅速でそれをかわすが、再び振り上がったメイヤの右腕は、青い熱線の孤を描いてリョータロウの元へと飛来してくる。 虚空にたゆたう赤外線コ―ドと、日差しを受けてきらきらと輝くルビー色の髪。 あどけなく笑っていたはずのルビーの瞳には、今、あのくったくない表情はない。 リョータロウは、バックステップを踏みながら、虚空に翻る熱線の帯を俊敏にかわし、俊足で彼女の脇を駆け抜けると、彼女の頬すれすれのところを狙って、ビームガンの引き金を引いたのだった。 甲高い発射音と共に宙を貫いた赤い閃光が、虚空にたゆたう赤外線コードの幾本かを遮断し、倒れた木の幹に当って白煙を上げる。 だがメイヤは、その足先を三度リョータロウに向けると、『グィネビア』の機体を軽く蹴り、クラッシャーブレードをX型に構えたまま、戦闘態勢を崩さずに俊足でこちらに走りこんで来る。 その瞬間、リョータロウの脳裏に、メイヤが言っていたある言葉が掠め通った。 『私・・・欠陥品だから・・・バトラーに乗らないと・・・・戦闘なんてできない・・・』 凛とした眉を厳しく歪めたリョータロウが、後ろに跳ぶようにして『グィネビア』コクピットの端へかかとをかける。 同時に、メイヤの爪先が叩くようにメタルレッドの装甲板を蹴り、そのしなやかな肢体が、虚空に高く跳躍したのだった。 太陽の日差しの中で踊るように舞うルビー色の髪と、赤外線コードの帯。 X型の凄まじい斬撃が、ビームガンを構えたまま、鋭利に両眼を細めたリョータロウの眼前へと飛来する。 俊敏な身のこなしで『グィネビア』のコクピットに飛び降りると、その頭上を、電子音ともつかない鋭利な音を上げ、X型の青い斬撃が迅速で通り過ぎて行く。 コクピットの縁に着地したメイヤは、無機質なルビー色の瞳でコクピット内のリョータロウを見下ろした。 美麗な顔を彩る無表情。 その綺麗な頬で揺れながら輝く、瞳の同じ色をしたルビー色の髪。 凛と厳しい顔つきをするリョータロウに、メイヤは、再び両腕のクラッシャーブレードを振りかざす。 「メイヤ!目を覚ませ!!」 そう叫んだリョータロウの指が、ビームガンの引き金を引いた。 しかし、その銃口が向けられたのは、横になった操縦席の後方にある、赤外線コードの照射装置だったのである。 同時に、クラッシャーブレードを構えたメイヤが、金色の日差しの中でその肢体を虚空に躍らせる。 リョータロウの銃から、バーストで発射された赤い閃光が、破裂音と共に赤外線コード照射装置を幾度も貫いて白煙を上げた。 メイヤとアーマード・バトラーを繋いでいた赤外線コードは、そこで完全に遮断される。 だが、クラッシャーブレードをかざして宙を舞ったメイヤの体は、そのまま、降るようにリョータロウの元へと落下してくる。 残光の如く輝く青い熱線の刃が、操縦席に背中から倒れこんだリョータロウの喉元へと豪速で迫った。 包帯の下で大きく見開かれたリョータロウの瞳が、無表情のメイヤを映し出す。 この体制では、もはや逃げることもできない。 「メイヤ―――――っ!!」 死の覚悟を決めたリョータロウが、その名を叫んだ、正にその次の瞬間だった。 メイヤのクラッシャーブレードが、重い音を上げて、既に機能を停止していた赤外線コード照射装置に突き刺さったのである。 「!?」 操縦席の両端に膝を着いたメイヤの髪が、驚愕で両眼を見開いたままのリョータロウの頬をふわりと撫でる。 とたん、揺れるルビーの前髪からこちらを見下ろす綺麗な瞳が、何故か、不意に溢れ出した涙で潤んだのだった。 「・・・・・・・・っ」 リョータロウは、黒いパイロットスーツの肩を驚いたように揺らす。 メイヤの綺麗な人工眼球から零れ落ちた水滴が、リョータロウの精悍な頬で、音もなく弾け飛んだ。 見開かれた黒曜石の瞳の中で、無表情であったメイヤの顔が、ひどく切な気に歪み、両腕に伸び上がっていたクラッシャーブレードが、白い人工皮膚の中に、吸い込まれるようにして消えていく。 どこか妖艶な雰囲気を持つふくよかな唇と白と赤のパイロットスーツの肩が、小刻みに震え出し、メイヤは、言葉も出せないまま、ただ、ひたすら涙に濡れたルビー色の瞳でリョータロウの顔を見つめるばかりであった。 戦闘プログラムが急速に停止し、代わりに、増幅した情緒プログラムが彼女のAIに鮮明なメモリーを再生していく。 リョータロウは、一つ大きく息を吐き、構えたままでいたビームガンを下ろすと、端整な唇の端を軽くもたげ、小さく微笑ったのである。 「迎えにきたぞ、メイヤ・・・・・・やり方は、少し乱暴だったけどな」 「・・・・・リョー・・・タロウ」 戦闘後には必ずフリーズを起していた彼女が、今、こうして起動していられるのは、人間と親密に関わることによって増幅した情緒プラグラムが、伝達システムの不具合を補ったという証拠であった。 メイヤは、人間の女性が嗚咽するように肩を揺らしながら両手を伸ばし、凛とした強い瞳でこちらを見つめるリョータロウの頬を、そっと包み込んだのである。 「なんで、なんで此処にいるの・・・?」 そう言った彼女の表情は、もはや、あの冷淡で無機質な戦闘用セクサノイドのものではない。 アーマード・バトラーの操縦ユニット011ではなく、くったくなくあどけないメイヤの表情に戻っていた。 「迎えに来たって、言っただろ?」 リョータロウがそう答えた瞬間、メイヤは、弾かれたようにその首に抱きついた。 涙を零したまま、ぎゅっとその広い背中を抱き締め、子猫のような仕草でリョータロウの胸に頬を摺り寄せると、彼女は、さも嬉しくてたまらないと言ったように微笑んだのである。 「また・・・来てくれたんだね・・・迎えに、来てくれたんだね・・・・・・」 「おまえに、ガーディアンエンジェルの船に来いと言ったのは、俺だ。おまえは、来ると言った、だから・・・・」 どこか安堵したような、しかし、どこか照れたようにそう言って、リョータロウは、腕にメイヤを抱き締めたまま、ゆっくりと半身を起す。 美麗な顔を静かにもたげたメイヤが、戦闘時とは全く違う、日が差し込むようなごく自然な笑顔を浮かべたのだった。 それは、とても美しく、日の光のように煌びやかな笑顔であった。 揺れる前髪から覗く綺麗なルビー色の瞳が嬉々として輝き、リョータロウの顔を真っ直ぐに見つめすえている。 彼の額に巻かれた包帯に滲む、深紅の血。 しなやかな指先でそっとそこに触れると、メイヤは、少しだけ切なそうな表情になって、リョータロウの頬に自らの頬を寄せたのだった。 パイロットスーツを通して感じる、その暖かな体温。 それは赤い血の通った人間の体。 メイヤとは違う、本物の人間の体だ。 でも。 そんな彼が、本来は機械である自分を、こうまでして迎えにきてくれた。 彼女の気持ちは、底知れぬ歓喜に高揚し、湧き上がる愛しさで一杯になる。 急激に増幅する情緒プログラムが、彼女に、人間と同じ深い愛情を完璧に芽生えさせた、それは、正にその瞬間だった。 「リョータロウ・・・もう、私、リョータロウと闘わなくていいんだね・・・・・?」 「・・・・ああ」 短くそう答えて小さく微笑すると、リョータロウは、メイヤのルビー色の髪をグローブの手でそっと撫でたのである。 その時だった。 メイヤの鋭敏な識別センサーがこちらに迫る何かを捕らえ、彼女は、ビクリと身体を震わせると、ルビーの瞳を戦慄したように大きく見開いたのである。 「07が・・・・来る!」 同時に、リョータロウのパイロットスーツに装備された通信機から、リニウスのパイロットフレデリカの声が、どこか焦った様子で彼に呼びかけてきたのだった。 『マキ少尉!金色のアーマード・バトラーが、行政総本部に急速接近中!早く戻って!こいつ、強すぎる!!』 高い高度で轟いていたリニウスの飛行音が、急激にその音量を増大させていく。 リニウスR―3が、こちらに向かって降下してきている。 恐らくフレデリカは、レイバンの離陸を援護するつもりなのだ。 リョータロウは、黒曜石の瞳を爛と煌かせ、メイヤを抱えたまま立ち上がった。 その凛とした強い眼差しが、真っ直ぐにメイヤのルビーの瞳を見つめすえると、強い口調で彼は言う。 「おまえは、この機体を捨てて逃げろ。此処はまだ戦闘状態だ。金色のアーマード・バトラーを・・・・07を撃墜したら、また迎えに来てやる!」 「リョータロウ!」 メイヤは、不安そうに綺麗な眉を寄せリョータロウにしがみつくと、横に首を振りながら悲痛の表情で言うのである。 「07は怖いわ!行ったら、殺される・・・!」 「そんな簡単にやられるかよ。流れ弾に当らないように、おまえはなるべく遠くへ逃げろ。また必ず、迎えにいってやる」 リョータロウは、不安そうなメイヤを安心させるように微笑して、『グィネビア』のコクピットの縁に手をかけると、彼女の頬を片手で優しく撫でてから、俊敏な物腰で機体の上に飛び出したのだった。 「リョータロウ!!」 メイヤは蛾美な眉を眉間に寄せたまま、コクピットから機体の外に飛び出ると、レイバンに向かって疾走する彼の背中を見送ったのである。 ルビー色の髪が、レイバンのバーニアが巻き起こす凄まじい風に、きらきらと輝きながら乱舞する。 両手を胸元で握り合わせながら、メイヤは、轟音と爆風を上げて垂直離陸していくレイバンを真っ直ぐに仰ぎ見たのだった。 不安そうに細められたその綺麗な瞳の中で、両翼に青い六芒星を掲げたダークブラックの機体が、白い雲の帯を引きながら超音速で空に飛び立っていく。 リョータロウ・・・ メイヤは、美麗な顔を切な気に歪めたまま、破損した『グィネビア』のコクピットに、ふとその視線をやった。 ルビー色の瞳が閃光の如く発光し、彼女の体内に搭載された機体スキャナーが、『グィネビア』の機関部から中枢コンピュータにいたるまでを詳細に分析していく。 『グィネビア』の機関部は、損傷はしているがまだ生きている。 コントロールシステムも十分に起動する。 もしかすると、手動で操縦できるかもしれない。 火器制御システムも正常に働く、ミサイルの弾数も残っている。 『グィネビア』はまだ動かせる。 メイヤは、何かを決意したように、強く唇を噛締めると、ルビー色の髪の下で蛾美な眉を凛と吊り上げ、青い空へと飛び立ったレイバンを、もう一度静かに仰ぎ見たのだった。
守ってくれたら、私も守ってあげるよ・・・ リョータロウ・・・ だから、今度こそ、一緒に連れて行って・・・ きっとだよ・・・
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