* アルキメデスの首都プラトンの上空には、宇宙空間から降るビーム砲の雨が止んだ代わり、赤く輝く流星が無数に舞い踊っていた。 だが、流星のようにも見えるその光芒が、“ハデスの番人”によって全滅させられたトライトニア艦隊の残骸だということを、この時、まだ一部の人間しか知らなかった。 アルキメデス行政総本部の中枢コンピュータールームに立て篭もっていた、ギャラクシアン・バート商会の面々が、床に座り込んだ姿勢で、武器庫から奪ってきた重火器にマガジンを込めている。 外部では、相変わらず反乱軍の兵士たちが怒声を上げているが、強固な装甲板で覆われた中枢コンピュータールームの隔壁やドアは、をそう簡単に破れるものではない。 それを知っている上に、こんなことにはもはや慣れっこになっているギャラクシアン・バート商会の面々は、ひどく余裕の表情で弾薬の装填に勤しんでいた。 その時、中枢コンピュータのコンソールを叩いていたショーイ・オルニーが、知的で薄いその唇で、にやりと不敵に微笑したのである。 「見つけた・・・」 その意味深な一言に、床に座り込んだまま作業をしていたバートの武闘担当達が、一斉にショーイの背中を振り返るのだった。 そんなショーイに向かって、ライフルにマガジンをセットしたトーマ・ワーズロックが、愉快そうに笑って言うのだっだ。 「鼠発見か?どこにいた?」 「一匹は・・・・ここの地下、意外に近いとこに潜ってたね。もう一匹は、この総本部のお隣、アルキメデス軍総司令本部の隠しデッキ。ビームの雨も止んだみたいだし・・・そろそろ出撃準備かな」 「出撃はいいけど、少し手が足りないぞ?」 「大丈夫・・・」 思わず苦笑するトーマに向かって、ショーイは余裕の表情でそう答えると、素早くコンソールを叩き、眼前の大型モニターにレーダーレンジウィンドウを開いたのである。 無意味に大きなレーダーレンジには、プラトンへ向かって急速接近してくる10機の高エネルギー反応がカーソルで表示されていた。 ショーイが更にコンソールを叩くと、別ウィンドウに、その高エネルギー反応の識別コードが次々と表示されてくる。 GA−ER709Ft・・・GA−ER713Ft・・・ その識別コードが示唆しているもの、それは、此処に映し出されているこの高エネルギー反応は、すべて、ガーディアンエンジェル所属の戦闘爆撃機であるということだった。 「ツァーデ小隊ですか?」 なにやら嬉々とした様子で黒い瞳を輝かせ、防弾ベストにグレネードを収めていたフウ・ジンタオが、ショーイにそんなことを聞いてくる。 するとショーイは、薄く知的な唇に意味深な微笑を刻んで、相も変わらず高飛車で冷静な口調で答えていうのだった。 「確かにツァーデ小隊みたいだけど・・・これはエステルのリニウス・ツァーデだ」 「え?!セラフィムのレイバンは!?」 驚いたように目を丸くしたフウに、ゆっくりと振り返ると、ショーイは、片手で赤毛をかき上げて、ふんと鼻先で笑ったのである。 「忘れたのかフウ?セラフィムのレイバンはステルス機だ、まだ戦闘体制だから、きっとステルスモードを切ってないんだ。ステルスモードのレイバンが映るレーダーなんて、味方のレーダーぐらいなものだからね」 「あ・・・そうか」 「外部モニターなら、そろそろ映せる頃かな?」 そう言うと、ショーイは、再びコンソールを叩く。 大型モニターに、また一つ新しいウィンドウが開かれ、そこには、昇り切った太陽の光を受けて閃光の如く輝きながら青い空を超音速で駆ける、ダークブラックの機体と深紅の機体が映し出されたのだった。 「ほらね?」 「すっげー!鼠退治に20機もきたよ!しかも、赤と黒だぜ!?こんな編隊、滅多に見れないよな?」 細かいウェーブが入った髪を軽く揺らし、まるで子供のような歓喜の声を上げたのは、トーマの隣でホルスターに銃を納めていたフランクであった。 そんな彼の様子を横目で見て、ショーイは、片手で眼鏡を押し上げながら、さも愉快そうに笑ったのである。 「もうそろそろ、此処の上空に到達する・・・ということは、まもなく誰かから呼び出しがくるかな?」 ショーイがそう言った、正に同じタイミングで、中枢コンピュータの通信モニターが、入電を知らせるコールを鳴らしたのだった。 『こちらガーディアンエンジェル、空母セラフィム所属レイバン・ツァーデ小隊、マキ少尉だ。ギャラクシアン・バート商会、応答しろ』 そこから聞こえてきたの冷静な声は、もう随分と聞きなれた、実に馴染み深い人物の声である。 通信モニターに映し出されたその声の主は、ギャラクシアン・バート商会の若き経営者、ショーイ・オルニーが、有能な人材と評価している、空母セラフィムのレイバンパイロット、リョータロウ・マキに相違ない。 その瞬間、ショーイの背後で立ち上がったトーマが、実に愉快そうに笑ったのである。 「お・・・やっぱり来たぞ、リョーだ!」 ショーイは、さももったいぶった様子で数秒の間を置くと、鮮やかな赤毛を片手でかきあげながら、相変わらず高飛車な口調で、その通信に応答を返したのである。 「こちら、ギャラクシアン・バート商会ショーイ・オルニー。マキ少尉、到着を待ってたよ。尤も、マキ少尉が最初に呼びかけてこなかったら、応答する気はなかったけどね」 『あんたが人嫌いなのは知ってるよ、だから俺が呼んだんだろ?それにしたって、相変わらず無謀なことばっかりやってるな? ツァーデ小隊は、まもなく、プラトン上空だ。回線をアーサーに回す、隊長は俺じゃないからな』 「了解」 にわかにアルキメデスに起こったクーデターを鎮圧するための最終幕は、こうして上ることとなった。
* 宇宙空間で爆破した艦隊の残骸が大気圏に落下し、赤い光芒となってプラトンの上空を彩っている。 大気圏の向こうで繰り広げられる攻防は、未だ止まない様子だ。 リョータロウが、レイバンの操縦桿を握ったまま、厳しい顔つきでモニターを見やっていた時、通信機からツァーデ小隊隊長アーサーの声が響いてきたのだった。 『T―1から各機へ、これより、反乱軍幹部、及び、デボン・リヴァイアサン幹部拘束作戦を開始する。T―3からT―7は、このまま上空で敵戦闘機を迎撃。残りの機は、アルキメデス行政総本部に降下して作戦を実行に移す。なお、エステル・ツァーデもこの作戦に参加する、上空に残る機はエステル・ツァーデ・リーダーの指示に従え』 レイバンの各機のパイロットが、「了解」という刻みの良い返事を返すと、T−1機を先頭に、T―2、T―8、T―9、T―10の各機が、ロールしながら編隊を離れ、アルキメデス行政総本部に向かって進路を取った。 同時に、後方を飛行していた10機のリニウスのからも5機、T―1を追って一斉に編隊を離れて行ったのである。 その時、アルキメデス軍総司令本部から、戦闘爆撃機が10機、スクランブル発進してくるのがモニターにはっきりと映し出されたのだった。 『エステル・ツァーデ・リーダーよりレイバン各機へ、降下部隊を援護する。ちょっとした合同訓練だ、リニウス、レイバン二機一組で、敵機を迎撃』 「レイバンT―5、了解」 エステル・ツァーデの隊長ベネットの声に、リョータロウがそう応答すと同時に、通信回線から他の隊員たちも同じく返答を返した。 ヘルメットシールドの下で殊更厳しくその顔を歪めると、リョータロウの足先がブーストコントローラーを踏み込んだ。 レイバンのバー二アが爆音と青い炎を上げると、急加速したその機体が、黒い閃光の如く煌き超音速でアルキメデス軍総司令本部へと空を駆ける。 眼前のモニターには、敵機の詳細情報を伝えるウィンドウが次々と開き、相手が、無人機ではなく有人機であることを告げていた。 重力圏専用戦闘爆撃機AL−347型Ζ、通称イカロス。 アルキメデスの粋を集めて作られた、最新鋭の重力圏型機戦闘機である。 レイバンのコクピットに、敵機接近を知らせる警報がけたたましく鳴り響き、レーダーレンジには、超音速航行でこちらに近づいてくる二機のイカロスが赤いカーソルで明白に表示されていたのだった。 リョータロウが、ヘルメットシールドの下で黒曜石の瞳を鋭利に細めた時、レイバンT―5の隣に、深紅の機体を煌かせながら一機のリニウスが並んできたのである。 同時に、通信回線が開き、そこから、そのリニウスの操縦桿を握るパイロットの声が、リョータロウの耳に飛び込んできたのだった。 『エステル・ツァーデR(エレ)―3から、セラフィム・ツァーデT―5へ。こちら、フレデリカ・ルーベント少尉。精鋭中の精鋭の腕前、拝見させてもらうわ。でも、簡単に墜されたら笑ってやるからね』 それは、やけに生意気で気強そうな女性パイロットの声であった。 その上、名乗られた姓は、エステルの艦長ヘレンマリアと同姓だ。 リョータロウは、訝しそうに眉間を寄せながら、いささか不愉快そうな声色で通信に応答したのである。 「こちら、セラフィム・ツァーデT―5、リョータロウ・マキ少尉。余計な口をきいてる暇があるなら、相手の動きをよく見とけ」 けたたましい警告音がコクピットに鳴り響き、機首70度で急上昇してくるイカロスが、レイバンにロックオンをかけようとしているのが判る。 ヘルメットシールドの下で凛とした眉を眉間に寄せ、操縦桿を倒し機体をロールさせると、白い雲を突き抜けるようにして有視界に入ったイカロスと急加速ですれ違う。 特殊ガラスの風防が、互いの機体が巻き起こす風圧でミシミシと鳴った。 エアブレーキ、180度ロールと180度右ループでターンしたT−5が、イカロスの後方を取らんと再び急加速し、流星の如き閃光を描いて空を駆け抜け、超音速飛行で飛ぶイカロスの後方に、T―5が食らいついていく。 風防の照準レンジの中で左右に振れる二機のイカロス。 相手もプロだ、ロックオンがなかなか定まらない。 リョータロウが苦々しく眉間を寄せた時、一機のイカロスが、白い雲を引きながら機首を下げ、地上に向かって急降下した。 下方から回り込んで、こちらの後ろを取るつもりなのかもしれない。 パイロットの身体にはかなりのGがかかっているはずだが、さすがに相手もタフだ。 「T―5からR(エレ)―3へ。下へ行った奴を追う。上の奴を頼む」 通信機に向かってそう言うと、リョータロウは、操縦桿を倒して機首を下げると、ダークブラックの機体が流星の軌跡を描いて急降下する。 『R(エレ)−3、了解』 イカロスの前方を飛行していたリニウスR−3が、エアブレーキ、180度ロール、180度左ループでターンし、水平飛行中のイカロスの後方を取らんと深紅の機体を煌かせた。 レーダーでR−3の動きを確認して、レイバンT―5が下降角70度で、閃光を引くイカロスの白い機体を追う。 有視界で、イカロスが機体をロールさせ急旋回で機首を上げると、超音速のまま一直線にT―5へと向かってくる。 敵機急接近を知らせるアラームが鳴り響き、イカロスが、上昇しながらT―5にロックオンをかけようとしているのがわかった。 照準レンジが左右に揺れ、リョータロウが、黒曜石の瞳を鋭利に細めた瞬間、照準が赤く点滅し、イカロスをロックオンしたことを知らせる。 ミサイル発射ボタンを押すと同時に180度ロール、有視界のイカロスもまたミサイルを発射した。 降下しながら急旋回したT―5の脇を、白煙を上げたイカロスの追尾ミサイルが抜け、T―5から発射されたミサイルが、やはり180度ロールしたイカロスの片翼を、轟音と共に被弾させた。 青い空にオレンジ色の閃光が走り抜け、失速したイカロスが機首を上に向けたまま豪速で地上へと落下していく。 だが、イカロスの追尾ミサイルはまだ生きている。 イカロスに搭載されている追尾ミサイルは、照準でロックオンした機体情報を元に、例えそれを発射した機体が撃墜されようと、敵機を確実に追尾してくる実に厄介な代物だった。 超音速で降下し続けるT―5の後方から、4基のミサイルが急接近してくる。 T―5のコクピットに鳴り響く警報と、けたたましく点滅する赤い警告ランプ。 風防越しに見えるアルキメデス軍総司令本部が、みるみる大きくなっていく。 このまま行けば、T―5の機体は滑走路に叩き付けられる。 だが、リョータロウは、凄まじいGに眉間を寄せながらも未だ操縦桿を引こうとはしなかった。 白い煙を引いて、背後から迫るミサイルの軌跡。 レイバンのモニターには、墜落回避の警告がひっきりなしに点滅していた。 高度計がみるみる減少し、地上まであと数百メートルと迫った、その次の瞬間。 リョータロウの手が操縦桿を引き、その足先がブーストコントローラーを踏んだ。 轟音を轟かせ、レイバンのバー二アが青い火を噴き上げる。 機首を上げロールをかけながら急上昇したレイバンの背後で、目標を失った追尾ミサイルが、滑走路に着弾し凄まじい爆音と爆炎を上げた。 いくら高性能な追尾ミサイルとはいえ、インプットされた位置情報と本来の距離には誤差があり、視覚からくる瞬間判断能力が備わっている訳でもないため、歴戦のパイロットの瞬間判断能力には到底勝てないのだ。 ヘルメットシールドの下でニヤリと笑って、リョータロウは、大きく息を吐きながら風防の向こう側に見える青い空を仰ぎ見た。 同時に、通信回線から入電を知らせるアラームが鳴る。 『R(エレ)―3からT―5へ。こちらはコンプリート。見てたわよ・・・よく墜落しなかったわね?』 そこから聞こえてきたのは、リニウスR―3の女性パイロット、フレデリカの声であった。 「T―5からR―3へ。最初から墜ちるつもりなんてねーよ」 超音速で白い雲を突き抜け、R―3が飛行する高度まで急上昇してきたT―5が、緩やかに旋回して、水平飛行するR―3の脇に並んだ。 『悔しいけど、腕前は認めてあげるわ』 ひどく生意気なその口調でそんなこと言ったフレデリカに、リョータロウは、いささかムッとしながら、パイロットスーツの肩でもう一度息を吐くと、不愉快そうに答えるのである。 「そりゃどーも」 その時だった。 レイバンの長距離レーダーが、高エネルギー熱源感知を知らせる警報を鳴らしたのである。 「!?」 リョータロウは、咄嗟に視線を落としてレーダーレンジを見やった。 成層圏から急速にこちらに飛来してくる高エネルギー熱源が五つ。 この熱源反応に、リョータロウは見覚えがあった。 「まさか・・・・!?」 閃光の如き速度を保ちながら、アルキメデス行政総本部に近づいてくる五つの機影。 レイバンのモニターに、その機体の詳細を知らせるウィンドウが次々と開いていく。 その情報を確認した瞬間、リョータロウは、驚愕でその両眼を見開いたのである。 TRA−0108β人型戦闘用兵器。 それはまさしく、TR−0185型タイプΦヴァルキリーを操縦ユニットとして搭載した、アーマード・バトラーと呼ばれる機体であったのだ。 素早く外部モニターを拡大すると、そこに映し出された五機のアーマード・バトラーの中には、他のアーマード・バトラーより一回りほど大きな機体を持つ、ゴールドメタリック『オーディン』と、そして、メタリックレッドの通常機『グィネビア』の姿があったのである。 アーマード・バトラー『グィネビア』。 それは、女性体セクサノイド、タイプΦ(ファイ)戦闘用ヴァルキリー、識別コード011(ゼロイレブン)・・・つまり、あの無邪気で妖艶なセクサノイド、メイヤを操縦ユニットにした機体に相違ない。 トライトニアが誇るアーマード・バトラー部隊が、アルキメデス地表へと降下してきたのだ。 「・・・・・っくそ!」 リョータロウは、苦々しい表情で奥歯を噛締めると、ブーストコントロ―ラーを踏みしめ、操縦桿を引いてレイバンの機首を上げた。 バーニアが轟音を上げて青い炎を噴き上げ、レイバンT―5は、上昇角90度で一気に白い雲を突き抜けていく。 『T―5!マキ少尉!!何をするつもり!?相手はトライトニアのアーマード・バトラーよ!!一機で迎撃するつもりなの!?』 リョータロウは、フレデリカからの通信に答えることなく、ヘルメットシールドの下で鋭利にその黒曜石の瞳を細めると、殊更強くブーストコントローラーを踏んだのである。 にわかにアーマード・バトラーの来襲を受け、アルキメデス軍総司令本部から、イカロスが次々とスクランブル発進していく。 同時に、太陽の日差しを受け、レイバンT―5のダークブラックの機体が、流星の輝きを放ちながら青い空を一直線に貫いていった。
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