* アンダルス星系惑星アルキメデスに、にわかに巻き起こった軍事クーデターをきっかけにして、三つ巴となった戦況は刻々と激化していく。 最初は、アルキメデス旧政府から、反乱軍の制圧要請を受けたガーディアンエンジェルの空母エステルと戦艦サライが、反乱軍艦隊と交戦していた。 現在はそこに、アルキメデスに潜むテロリスト集団デボン・リヴァイアサンを一掃するために飛来したトライトニア艦隊も加わり、凄まじい攻防が繰り広げられている。 アンダルス星系にワープアウトしてきた、宇宙戦闘空母セラフィムも、まもなく、激しい戦闘が続く交戦宙域に達しようとしていた。 『レイバン部隊全機に通達。搭乗員は機内で待機してください。ツァーデ小隊はカタパルトデッキ1から、アレフからザイン小隊はカタパルトデッキ2から、へートからヌーン小隊はカタパルトデッキ3から、フォーメーション凵iデルタ)で発進してください』 セラフィムに設置された大型ドックにスクランブル警報が鳴り、通信オペレーター、ナナミ・トキサカの声が響き渡った。 宇宙戦闘用ステルス爆撃機レイバンの発進準備は、既に整っている。 頭に包帯を巻いたままの姿で、搭乗ウィンチからコクピットに飛び乗ったリョータロウ・マキは、操縦席にその身を埋めると、計器モニターのチェックに入った。 ヘルメットを被り、グローブを填めた片手で眼前のコンソールパネルを叩くと、モニターには、搭乗する機体の全てのデータが、滝のように流れてくる。 モニターに次々と開いていくウィンドウを優れた動体視力で追いかけながら、リョータロウは、通信機に向かって低く鋭く言うのだった。 「リョータロウ・マキ、搭乗完了。ステルスデバイスオールグリーン、ワープシステム、及び重力制御システムはイエローからグリーンへ。火器ロック解除。メインエンジン点火。発進まで、このまま待機する」 いつもはそこで、ナナミの声が返ってくるのだが、通信機から返ってきたのは、別の人間の声であった。 『リョータロウ、本当に出るのか?重力圏内戦だぞ?まだ傷は完治していないはずだが、大丈夫か?』 それは、他でもない、この宇宙戦闘空母セラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンの低く艶のある声だったのである。 ヘルメットシールドを下ろしながら、小さく肩でため息をつくと、リョータロウは、レイバンのブーストメーターをチェックしながら答えて言うのである。 「大丈夫だ。ちゃんと、ウルリカの許可は貰ってきた。それに、大した怪我でもないしな」 『そうか・・・まぁ、引き止めたところで、おまえが戻る訳がないのは知っていたが・・・ちょっとした親心というやつだな』 通信モニターに映っていたソロモンの優美な顔が、どこか愉快そうに笑う。 「なんだよそれ?」 眉間にしわを寄せながらそんな事を口にすると、リョータロウは、キャノピのクローズドスイッチを押したのである。 『気を付けていけ。久々の重力圏戦闘の上、戦闘宙域には、アルキメデス反乱軍だけじゃなく、トタイト二ア艦隊までいる・・・』 そこまで言ったソロモンの紅い瞳が、ふと、鋭利な輝きを宿して細められた。 リョータロウは、怪訝そうな顔つきをして、モニター越しにそんなソロモンの顔を顧みる。 「なんだよ?」 『もし、トライトニアのアーマード・バトラーに遭遇しても・・・手抜きはするな。それは、おまえの命に直接関わる』 その言葉に、リョータロウの端整な顔が厳しく歪んだ。 「判ってるよそんなこと!過保護過ぎだぞあんた!?」 さも不愉快だと言わんばかりの口調でそう言い返すと、凛とした眉を鋭く吊り上げて、リョータロウは、操縦桿を握ったのである。 余りにもリョータロウらしいその返答に、ソロモンは、モニターの中で、相変わらず柔和に微笑するのだった。 『そうか・・・余計なことを言ったな。悪かった。とにかく、気を付けろ』 「イエッサー」 リョータロウが、無愛想にそう答えると、通信回線はそこで切れた。 レイバンの低いエンジン音を全身で聞きながら、リョータロウは、その端整な顔を揺るぎない強さと凛々しさで引き締める。 セラフィムが、戦闘宙域に到達したコールが、広い艦内にけたたましく鳴り響いた。 今は、彼女のことを・・・メイヤと名付けたあのタイΦヴァルキリーのこと考えるのよそう。 もし、戦場で出会えば、間違いなく、彼女は敵なのだから。 ヘルメットシールドの下で煌く黒曜石の瞳を、どこか切なく、しかし鋭利に細めると、ナナミ・トキサカの発進アナウンスが、レイバンを格納する大型デッキに響いてきたのである。 『全機、機体スキャン完了、エナジーバルブ接続解除、重力制御システムオールグリーン。カタパルトデッキ1、及びカタパルトデッキ2上昇します。各機フォーメーション・凵iデルタ)で待機してください。ツァーデ小隊、アレフ小隊、出撃20秒前・・・・』 メインエンジンが回転数を上げると同時に、レイバンのダークブラックの機体が、その士気を高ぶらせるように小刻みに振動した。 エンジンの音が、重低音から次第に高音域へと変化していく。 眼前に広がる宇宙空間を睨むように見つめすえ、リョータロウは、操縦桿を握る手に力を込めた。 『ツァーデ小隊、アレフ小隊、出撃10秒前、9、8、7、6、5・・・・』 上昇しきったカタパルトの上で、レイバン各機のバー二アが、最大出力で青い炎を吹き上げる。 『4、3、Maximum Fire Ready・・・GO!!』 両翼に青い六芒星のエンブレムを掲げたレイバンのダークブラックの機体が、凄まじい轟音を上げながら、暗黒の宇宙空間を二分し、激しい戦火がひしめく無限の闇へと飛び出していった。 流星の速度で離艦したレイバンの機影は、そのまま、ビーム砲が飛びかう戦闘宙域へと消えていく。 混迷を極める戦局は、セラフィムが戦闘に加わる事で大きく動き始めた。 そして、リョータロウが、再び、運命の悪戯に遭遇するのは、それから、僅か一時間後のことである。 アルキメデスの憂鬱には、激しい戦火と共に、まもなく、頚木が打たれるだろう。
* 『ツァーデ小隊T―1から全機へ。ツァーデ小隊は、敵艦隊を迎撃しつつ、アルキメデス大気圏内に降下、エステル・ツァーデと合流し、アルキメデス反乱軍主要軍事基地ガリレオ・ベースと、長距離レーザー砲門を破壊する。トライトニアが無差別に地表を撃ってくる、流れ弾に当るなよ。それと、知っているとは思うが、重力圏内での戦闘だ、超過Gに気を付けろ』 『了解』 「了解」 通信機から聞こえてきた、ツァーデ小隊隊長アーサー・マクガバンの声に、リョータロウと、そして他の隊員たちが刻みよく呼応する。 トライトニア艦隊との交戦で四名を失ったツァーデ小隊には、適正試験を通った新たな隊員が加わり、いつも通り、10機での出撃となっていた。 アルキメデスの地表にある反乱軍最大の軍事基地の破壊が、今回、ツァーデ小隊に架された任務である。 久々の大気圏内戦闘だ、緊張と高揚が、否応無しにリョータロウの心に充満していく。 ヘルメットシールドの下で、黒曜石の瞳を強く鋭く細めると、風防の向こう側で輝くビームの応酬を睨みすえたのである。 航行システムを重力圏内航行モードに切り替え、ソドムシンク砲を機体から外し、搭載するミサイルも数を減らしている。 流星の速度で宇宙空間を航行するツァーデ小隊の編隊が、緩やかに傾き、次々と惑星アルキメデスの大気の中へと降下していった。
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