* 星の海を行く、惑星トライトニア所有の大型シャトル。 その一室のソファに腰を下ろし、ルビー色の髪と瞳を持つ美麗なセクサノイドは、うつむいたまま、綺麗な頬に宝石のような涙を止めどなく零していた。 人間と同じように嗚咽しながら、敵である青年に「メイヤ」と名付けられたタイプΦヴァルキリー011は、両腕で自ら体の身体を抱き締めながら、ふくよかな唇を強く引き結んだのである。 バグでも起したかように、繰り返しメモリーに浮かび上がるのは、揺るぎない強さを持つあの青年の凛とした黒曜石の瞳であった。 握った手の暖かさも、「メイヤ」と呼ぶあの声も、唇の感触も、肌の感触も・・・それら全てが、ずっと彼女の中に留まって、今まで学習したことのない「苦しみ」を、彼女の内に引き起こしていた。 「リョータロウ・・・・やだよ、戦いたくないよ・・・」 消え入りそうな声でそう呟くと、メイヤは、両手で自らの顔を覆った。 ジェレミー・バークレイは、彼女と、そして07に出撃命令を下した。 これから、アーマード・バトラーに搭乗して、惑星アルキメデスに向かい、そこでデボン・リヴァイアサンごとガーディアンエンジェルの船を撃墜することが、二人に与えられた任務である。 アルキメデスにいるガーディアンエンジェルの船が、あの青年、リョータロウ・マキの乗った船とは限らない。 しかし、リョータロウの仲間の船を墜とすということは、結局、彼女が彼にとって敵であるということを、再認識させることになる。 そして、万が一、戦場でリョータロウの乗る戦闘機に遭遇してしまえば、戦闘時に情緒プログラムがまったく機能しないメイヤは、彼を認識できないまま、彼と闘う事になってしまう。 「そんなの、いや・・・リョータロウ・・・一緒に行きたかった・・・私、リョータロウと一緒に行きたかった・・・会いたいよ・・・」 メイヤが、思わずそう呟いた時だった、不意に、部屋のオート・ドアが開き、そこから、涼麗な美貌を持つ長身の青年が、ゆっくりとした歩調でこちらに歩み寄ってきたのである。 それは、男性体タイプΦヴァルキリー、07であった。 07が眼前に立ったことに気付きながらも、メイヤは、決してその顔を上げようとはしない。 ただ、なだらかな肩を震わせて、ひたすら嗚咽するばかりである。 そんな彼女を気遣うでもなく、極めて冷淡な口調で07は言い放つのだった。 「時間だ、出撃準備をしろ011」 「いや・・・」 「なに?」 「いや!戦いたくない!!私、もう戦いたくない!!」 「秘書官の命令は絶対だ、逆らうことは許されない」 07の冷静なその言葉に、初めて顔を上げると、メイヤは、蛾美な眉を眉間によせてソファを立ち、叫ぶような声で言ったのである。 「なによ!本当は、07だって嫌だったんでしょ!?人間とあんなことするの、嫌だったんでしょ!?どんなに嫌なことでも、私たちは『嫌』だって言っちゃ駄目なの!? リョータロウは、私を人間と同じだって言ってくれた!!でも、秘書官は違う!! 私は嫌!!命令なんか聞きたくない!!戦いたくなんてない!!」 メイヤは、涙の粒を飛び散らせながら、思い切り首を横に振った。 そんな彼女のルビー色の瞳を、冷酷な輝きを宿す金色の瞳で見つめながら、07は、尚も冷静な声色で言葉を続けたのえある。 「俺たちは、人間の命令に従うために作られたものだ、命令の拒絶は許されない。この戦闘が済んだら、おまえのメモリーは消される。あの人間に関するメモリーも、全て」 メイヤは、びくりと身体を震わせて、フリーズを起したように全身を硬直させてしまった。 戦闘が済んだら、メモリーが消される。 戦闘時のものだけではなく、情緒プログラムで学んだことまでも。 驚愕と恐怖に綺麗な唇を震わせて、メイヤは、咄嗟にその場から駆け出そうとした。 だが、その白い腕を07の手が強引に引き寄せたのである。 「何処へ行く?011?」 「逃げるのよ!逃げるの!!リョータロウのことを忘れるぐらいなら!私、このまま、このシャトルを奪って逃げる!!離して!07にはわからない!!大切なメモリーなの!!嫌!忘れたくない!!」 必死に身を捩って抵抗するメイヤを、07は、冷静で冷淡な表情のまま背中から抱きすくめたのだった。 しかし、メイヤは抵抗を止めない。 ルビー色の髪を振り乱し、その腕に抗おうを必死で身体を捩ると、再び、大きく叫んだのだった。 「07はこのままでいいの!?本当に、このままでいいの!?私たちには人間と同じ感情があるのに、このまま此処にいたんじゃ、『戦う機械』のままなんだよ!?それでもいいの!?嫌なのに、あんなことさせられて!07は悔しくなかったの!?私知ってるのよ!!あの時07が、凄く悔しかったこと!!」 「011、黙れ」 冷静で冷淡な07の顔に、一瞬だけ、不愉快で悔しそうな表情が浮かび上がる。 それを見逃さなかったメイヤが、咄嗟に振り返り、07の胸元を掴むと尚も声を荒げたのだった。 「やっぱり、悔しかったんでしょ!?機械扱いされて、人間の玩具にされて、悔しかったんでしょ!?07は悔しかったんでしょ!?」 「011、もう黙れ・・・・っ」 形の良い07の眉が、にわかに厳しく吊り上がり、冷酷で冷静だったその金色の瞳に、明らかな怒気が浮かび上がってくる。 「嫌!黙らない!黙らないよ!!もう嫌なの!リョータロウのところへ行きたいの! リョータロウと戦いたくないの!! 機械扱いされるのも、人間の玩具になるのも嫌なの――――っ!! 本当は07だって嫌なくせに!機械って呼ばれること、嫌なくせに――――っ!!」 「黙れと言っている!!」 金色の長い前髪の下で、大きく両眼を見開くと、07は、珍しくその声を荒げて思い切りメイヤの身体を床に突き飛ばしたのだった。 「きゃっ!!」 しなやか肢体が弾けれるように宙に浮き、メイヤは、悲鳴を上げて、崩れるように冷たい床へと倒れこんだ。 床に伏したまま、怯えたように顔を上げたメイヤの瞳の中で、いつもは冷静で理性的な07が、激しく動揺した様子で身体を震わせている。 険しく歪んだ07の涼麗な顔を、メイヤは、驚いたような顔つきをして真っ直ぐに仰ぎ見たのだった。 大きく首を振った07が、怒気で声を荒げたまま、叫ぶように言う。 「おまえは、俺には何もわからないと言った!だが、それは間違いだ011!! ああ、そうだ、おまえの言う通りだ!俺たちには人間と同じ感情という厄介なものがある!!悔しくない訳がない!!だが、所詮、俺たちは戦う機械だ!今更、命令に逆らってどうなるものでもない!!」 差し伸ばされた07の手が、床に座り込んだままのメイヤの腕を掴み上げ、引き摺るようにして立ち上がらせると、その身体を強引に自らの身体に引き寄せたのである。 「あ・・・・っ!?」 激昂してぎらぎらと輝く金色の瞳が、恐怖でがたがたと震えるメイヤを、真っ向から睨みつける。 「おまえは、あのガーディアンエンジェルに何をされた・・・っ!?何故そこまであの人間に固執する!?」 ルビーの瞳に一杯の涙を貯めたまま、メイヤは、いつになく強い口調でそんな07に言い返す。 「リョータロウは・・・・私に優しくしてくれた!私に、人間の名前をくれた!一緒に行こうって言ってくれた!!ぎゅってしてくれた!!笑ってくれた!!秘書官とは全然違う!!好きなの!!私、リョータロウがすごく好きなの!!」 「・・・・おまえ、あの人間を、ガーディアンエンジェルの人間を!そこまで・・・っ」 「リョータロウがガーディアンエンジェルでも構わない!好きなんだもん!!一緒にいたいんだもん!!だから、戦いたくなんてない!!」 「ガーディアンエンジェルはトライトニアの敵だ!おまえ!そんなことさえ判らないのか!?」 「判ってる!でも、リョータロウは、私を破壊しようとなんてしなかった!助けてくれようとした!!機械あつかいなんてしなかった!!トライトニアは私を機械扱いする! だけど、ガーディアンエンジェルは・・・リョータロウは、私のこと機械扱いなんてしない!!」 「・・・・・・・・っ」 その言葉に、思わず返す言葉を失って、07は、形の良い眉を鋭く眉間を寄せると、どこか苦しそうな表情でメイヤから視線を逸らし、静かに、その腕を離したのだった。 そして、うつむき加減に両眼を閉じると、ゆっくりと、震えるメイヤに背中を向けたのである。 「早く搭乗準備をしろ・・・・・敵戦逃亡は許されない。これ以上搭乗を拒めば、俺がおまえを破壊する」 「・・・・!?」 メイヤは、力が抜けたようにぺたんと床に座り込むと、両手で顔を覆って、なだらかなその肩を震わせたのである。 リョータロウ・・・・ 星の海を航行するトライトニアのシャトルが、ワープ可能宙域まで到達した。 このままワープ航行し、あと数時間後には、メイヤと07は、アルキメデスの空へと出撃することになる。
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