後ろからは、タイプΦヴァルキリー、そして、眼前には、イズミル国家主席の別荘を襲撃したと思われる過激なテロリストの一団。 この状況は、決して楽観などできない、それこそ最悪の状況だ。 リョータロウは、チッと舌打ちすると、首に引っ掛けていたゴーグルをかけ直し、メイヤを背中に庇ったまま、暗がりの最中から、マシンガンを構えた男に向かって銃口を向けたのである。 選択の余地などもはや無い。 暗視スコープに切り替えられたゴーグルに鮮明に映し出される、黒い防弾マスクを被った屈強な男達の姿。 けたたましいエンジン音に混じり、マシンガンの安全装置の外される鋭く重い金属音が微かに響くと、男の指が、その引き金にかかった。 「メイヤ!左に走れ!」 だが、そう言ったリョータロウの指が、銃の引き金を引く方が男の指より寸分早い。 甲高い破裂音と赤い火花が弾け飛び、オートマチック銃から連射された数発の弾丸が、正確な軌跡を描きながら、木々に合間を豪速ですり抜けていく。 豪速の弾丸は、ハンドルを握る男の頭部を掠め通ると、マシンガンを持つ男の喉元に見事に食い込んだのだった。 破裂するように吹き上がった鮮血が、バイクのヘッドライトの中に乱舞した。 声もないままマシンガンを放り出し、リアシートから後方の茂みに落ちていく屈強な身体。 バイクのハンドルを握る男が、チッと舌打ちして地面に片足をつくと、手馴れた様子で素早く車体をターンさせる。 その時既に、リョータロウは、メイヤの背中を追って俊足で駆け出していたのだった。 発砲音に気付いた他のテロリスト達が、軍用バイクのエンジンをふかし、銃火気の安全装置を外しながら、一斉にこちらに向かって疾走を開始してくる。 「リョータロウ!!」 メイヤは、恐怖と不安で今にも泣き出しそうな顔つきをしながら、隣に追いついてきたリョータロウの腕を握るのだった。 俊足の足を止めるでもなく、暗がりから横目でテロリストの動きを伺ったリョータロウが、ホルスターに銃を納め、軍服の下の防弾ベストから小型のグレネードを取り出した。 「大丈夫だ。こんな事、いつものことだからな。寧ろあいつらより、ヴァルキリーの方が厄介だ」 息を上げるでもなくそんな事を口にすると、彼は、握ったグレネードの起爆スイッチを押し、木々の合間からこちらに迫るバイク集団の先頭に向けて、思い切りそれを投げつけたのだった。 「メイヤ!」 「きゃ!」 リョータロウは、メイヤの身体を抱きかかえるようにして、低い茂みの合間に倒れ込む。 次の瞬間、薄暗い森に深紅の爆炎が吹き上がり、爆音と共に周囲の木々が大きくしなると、宙を舞った人影とバイクの残骸が、鈍い音を立てながら地面へと転がり落ちたのである。 その僅かな間合いで跳ね起きて、リョータロウは、驚愕するメイヤの手を握り、再び、T−1機との合流ポイントに向けて俊足で走り出したのだった。 軍服の裾を揺らすリョータロウの背中に、実に素っ頓狂な声でメイヤが言う。 「リョータロウ、いつもこんなことしてるの!?」 「まぁな」 体制を立て直したデボン・リヴァイアサンのバイク集団が、けたたましいエンジン音を上げてこちらに迫ってくる。 凄まじい破裂音を上げて発砲されたマシンガンの弾丸が足元の地面を抉り、木の幹を削り取ると、その破片を飛び散らせながら、走る二人の身体を掠めるように通り過ぎて行った。 厳しい顔つきをしたリョータロウが、再び、軍服の下からグレネードを取り出し、起爆スイッチを押して、それを思い切り後方に投げつける。 眩い閃光と共に轟音と爆炎が闇に立ち昇り、木々をしならせた爆風が、再び、先頭を走るバイクを数台まとめて吹き飛ばしていく。 この状況で、リョータロウが動じないのは、幼い頃より戦闘に携わってきた経歴から培われた、冷静な判断能力があるからだ。 まだ二十歳に満たない彼が持つ、戦闘下に置いての優れた判断能力は、自らの身を守るだけではなく、その周りにいる人間の命を守ることが出来る。 実のところ、リョータロウの上官であるレムリアス・ソロモンは、そんな彼の能力を高く買っているのだ。 メイヤの手を握ったまま、リョータロウが、低い茂みを飛び越えた時、不意に、聞き覚えのある低いエンジン音が鋭敏な聴覚を掠め通ったのである。 二つの月を抱く紺色の夜空から、夜辺の空気を震わせながら、確かに聞こえてくる航空機の飛行音。 その時、合流ポイントにT−1機、ツァーデ小隊隊長アーサー・マクガバンが到着したことを知らせるアラームが、襟元の通信機を通して鳴った。 リョータロウは、精悍な唇でニヤリと笑った。 「メイヤ、もう少しだ」 その次の瞬間だった。 メイヤが、戦慄と驚愕に全身を震わせ、まるで悲鳴のような叫び声を上げたのである。 「リョータロウ!!避けて!!」 「!?」 頭上の木々が軽く揺れると、電子音ともつかない鋭い音が辺りに響き渡り、青い閃光の一線が、虚空に迅速の孤を描いて、リョータロウの頭上へと降り落ちてきたのだった。 両眼を見開いたリョータロウが、咄嗟にメイヤを横に突き飛ばし、ホルスターから銃を抜いて、俊敏に後方に跳び退く。 だが、閃光の刃と共に落ちて来た人影が、その腕に装備された青いレーザーブレードの先端で、リョータロウの左肩を一瞬で薙ぎ払ったのである。 「・・・・っつ!」 鮮血の蛍が虚空に舞い飛んだ。 「くっ・・・!」 鋭い痛みに端整な顔をしかめながら、それでも銃を構えたリョータロウの眼前に、ゆっくりとした仕草で何者かが立つ。 吹き抜ける海風に乱舞する、豪華な金色の髪。 すらりとした長身と、冷酷な輝きを宿す金色の瞳。 その涼麗な顔を、背筋が寒くなるほど冷淡な無表情で彩る一人の青年が、両腕の高エネルギーレーザーブレード、俗に言うクラッシャーブレードをX型に構え直して、真っ直ぐにリョータロウを見つめ据えていた。 それは、秀でた戦闘能力と、類希な美貌を持つ男性体セクサノイド、メイヤと同じ、タイプΦヴァルキリーである、07であったのだ。 揺れる前髪から覗く金色の瞳が、慌ててリョータロウの傍らに駆け寄ってきたメイヤの顔を、流した視線でちらりと見やる。 「この人間と、どこに行くつもりだ?011?」 「やめて・・・07!リョータロウを殺さないで!!」 今にも泣き出しそうな声でそう叫ぶと、メイヤは、咄嗟にリョータロウの眼前に走りこんで、大きく両腕を広げたのだった。 ルビーのような綺麗な瞳が、07の金色の瞳を真っ直ぐに見つめ据えると、そのふくよかな唇が、いつに無く凛とした面持ちで引き結ばれる。 その表情の変化に、07の眉の角がぴくりと吊り上がった。 「011・・・おまえ、トライトニアを裏切るつもりか?」 「リョータロウは、私を人として扱ってくれた!だから、一緒に行く!行きたいの!!07には判らない!!」 「おまえも、012と同じということか。まさか、その人間は・・・・」 07の金色の瞳が、一瞬、爛と鋭く発光する。 その鋭い殺気を、リョータロウは見逃さない。 「メイヤ!!」 「あっ!?」 次の瞬間、リョータロウの腕がメイヤの身体を浚った。 両眼を見開いたメイヤの視界の角で、地面を蹴った07が、両腕のクラッシャーブレードを迅速で虚空に躍らせる。 闇を切り裂くようにして大きく伸び上がる、X型の鋭い孤。 今まで、二人の身体が在った場所を、湾曲した二本の閃光が走り抜けると、メイヤを抱えたまま、地面に転がり込んだリョータロウが、こちらを振り返った07に銃口を向けるのがほぼ同時であった。 リョータロウの指先が、バーストで引き金を引くと、甲高い破裂音と赤い火花が夜の闇に舞い飛んだ。 07の頭部を狙った弾丸が、正確な軌跡を描き、豪速で虚空を貫いていく。 しかし、間髪入れずに、翻されたクラッシャーブレードが、人間の目では追うこともできない弾丸の軌跡を捉え、次の一瞬で、その全てを虚空で破裂させてしまったのである。 とたん、07の爪先が、俊敏に地面を蹴った。 メイヤを抱えるようにして跳ね起きたリョータロウが、その僅かな間合いで駆け出そうとするが、リョータロウ以上に優れた身体能力を持つ07のスピードには追いつかない。 「!!?」 07が取る戦闘体制は、イルヴァと同じ体制だが、その動きは07の方が数倍速い。 広い胸元でX型に構えられるクラッシャーブレードが、不気味なほど鋭利に発光した。 闇に金色の髪が乱舞する。 俊敏で迅速なそのステップは、数秒にも満たない僅かな時間で、既にリョータロウの眼前に踊り出ている。 リョータロウは、メイヤの身体を放り投げるようにして横に突き飛ばすと、同方向に飛退きながら、瞬時に銃の引き金を引いたのだった。 「リョータロウっ!」 悲鳴のような声でその名前を呼んだメイヤが、転がるようにして地面に倒れ込む。 甲高い破裂音と共に連射された弾丸が、迅速の孤を描く閃光の刃の合間を抜けて、ものの見事に07の胸へと命中する。 だが、何故かその肢体を貫くことが出来ない。 「なに!?」 リョータロウは、跳ねるように揺れる前髪の両眼を、驚愕で大きく見開いた。 ノルドハイム博士は、対人用の弾丸でもタイプΦヴァルキリーの身体を撃ち抜くことは可能だと言っていたはずだ。 なのに、何故?! そんな思考がリョータロウの脳裏を過ぎった、正にその時、無表情を保っていた07が、その薄い唇で、ニヤリと不気味に微笑したのである。 「おまえ、ガーディアンエンジェルだな?」 低く鋭く紡がれた言葉と共に、07の右腕が、寸分の間も置かずに虚空に翻された。 電子音ともつかない鋭利な音を伴い、虚空を二分する高エネルギーレーザーの凄まじい斬撃。 その斬撃は、肉眼で捉えることが出来ない程の迅速さを保ち、リョータロウの頭上へと一瞬で飛来する。 「やめて――――――っ!!07―――――っ!!」 絶叫したメイヤが、ルビー色の瞳を見開いて、リョータロウの元へと駆け出した。 リョータロウは、俊敏なバックステップを踏んで、咄嗟にその身を翻すが、ほんの僅かに避けきれない。 刹那、クラッシャーブレードの細く鋭利なその先端が豪速でゴーグルを両断し、リョータロウの額から眉間を斜めに抜け、右眼の下辺りまでを掠め通っていったのである。 薄闇を吹き抜ける海風に、深紅の帯が弾け飛んだ。 痛烈で強烈な痛みが全身を駆け巡ると、リョータロウの視界は、その一瞬で真っ赤に染め上げられる。 両断されたゴーグルと、構えていた銃が、冷たい音を上げて地面に零れ落ちると、よろけるように数歩後退したリョータロウが、片手で額の傷口を押さえた。 指の隙間から吹き出す生暖かい血が、精悍な頬を伝って顎に零れ、ぽたぽたと地面に滴り落ちていく。
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