* それは、正に、突然の出来事だった。 窓の向こう側に眩いばかりの閃光が走ると、次の瞬間、凄まじい爆発音が大きな屋敷全体を震わせて、その正面に据えられた豪華な門扉を木っ端微塵に吹き飛ばしたのである。 表で警備に当っていた兵士たちが、肩に下げたライフルを構え、皆一斉にそちらへと走りこんでいく。 窓の外で巻き起こったただならぬ異変に、リョータロウは、閉じていた瞳を咄嗟に開くと、メイヤを腕に抱いたまま、床の上で半身を起したのだった。 「なんだ・・・・・!?」 リョータロウは、腰の銃に手をやった姿勢で立ち上がると、どこか甘く、やけに嬉々をした顔つきで床に座り込んでいるメイヤを気にかけつつも、窓辺に歩み寄りその鋭い眼光で外を覗いた。 すると。 そこでは既に、激しい銃撃戦が始まっており、数台の軍用バイクと、荷台に一基のガドリング砲を積んだ黒塗りのジープが、猛スピードで屋敷の方へと向かってきていたのだった。 一体、何が起ったのだというのだろう。 一つ判ることがあるとすれば、かの軍用バイクの集団も、そして黒塗りのジープも、マルタリア軍のものではなく、ましてや、ガーディアンエンジェルのものでもない。 リョータロウは、苦々しく眉根を寄せて、襟元に着けた通信機のスイッチを押したのだった。 「こちらマキ少尉。パク、今、イズミルの別荘が謎の集団に襲撃を受けている。状況が掴めない、俺はまだポイントYの中だ」 すると、通信機の向こう側から、インフォメーションデスクのパク・ヒジュンから、落着き払った返答が返ってきたのである。 『パクです。マキ少尉、恐らくその連中は、デボン・リヴァイアサンの一派でしょう』 「デボン・リヴァイアサンだと?」 リョータロウには、その組織の名前に聞き覚えがあった。 確か、トライトニア政府関連の施設や要人を狙う、過激なテロリスト集団の名前であったはずだ。 苦々しく眉間を寄せるリョータロウの耳に、実に冷静なパクの声が返ってくる。 『巻き込まれると厄介です。こちらから、ツァーデ小隊T−1が、T−5を持って迎えに行きます。ポイントYを離脱して、ポイントSE−1309で合流してください』 その言葉に、僅かばかり驚いた様子で、リョータロウは、通信機の向こう側にいるパクに問い返したのだった。 「どういうことだ?」 『艦長命令です。万が一、デボン・リヴァイアサンが動いたら、T−1を向かわせるようにと言われていました。発進準備は既に整っています。急いで離脱してください』 「・・・・・了解」 なにやら、実に不機嫌そうな顔つきになって通信を切ると、リョータロウは、眉間のしわをますます深くするのだった。 「あの野郎!デボン・リヴァイアサンが動くことを知ってたんだな・・・・!?それならそうと、先に言っとけよ!!」 思わずそう呟いたリョータロウの脳裏に、愉快そうにほくそ笑む、いけ好かぬ上官の優美な顔が横切っていく。 軽く頭を振りながら、はだけた軍服のファスナーを片手で上げると、リョータロウは、凛と強い顔つきで、床の上に座り込むメイヤに片手を差し伸ばしたのだった。 「来い!急いで屋敷を抜け出す!この戦闘に巻き込まれたら厄介だ!」 白いショートボレロを羽織り直しながら、メイヤは、嬉しそうにニッコリと笑うと、赤い髪を揺らしてその場に立ち上がり、リョータロウの手を掴んだのである。 外の警備兵達は、正面から突っ込んできた『デボン・リヴァイアサン』の一団に気を取られている。 逃げ出すなら、この時が一番のチャンスだ。 リョータロウは、眼前の窓を蹴破るように開け放つと、腰に下げていた小型ウィンチを取り出して、銛型の先端をテラスの床に打ち込んだのだった。 細く強靭なワイヤーを引いて、ストッパーが掛かったことを確認し、テラスの手すりを軽い身のこなしで乗り越えると、リョータロウは、もう一度、メイヤに向かって片手を差し伸ばす。 「早く!」 「うん!」 強い海風に浚われ赤い髪を片手で抑えながら、メイヤは、嬉々とした表情でリョータロウの手を取り、抱き上げられるようにして手すりを乗り越えると、凛と鋭い表情をする彼の横顔を見つめすえたのだった。 正に、その次の瞬間だった。 「011、何処へいくつもりだ?」 不意に、書斎の方から、どこか冷淡な響きのする男性の声が、テラスに立ったメイヤを呼び止めたのである。 「!?」 リョータロウの肩にしがみつくようにして、メイヤは咄嗟に背後を振り返った。 同時に、リョータロウもまた、ナイフのような鋭い眼光で背後を振り返る。 ゆっくりとそこに姿を現してきたのは、海風に揺れる金色の髪と、冷酷な輝きを宿す金色の瞳を持つ、すらりとした長身の青年であった。 「07!?」 メイヤは、驚愕して、思わずその名を呼んだ。 端整で涼麗な顔立ちのその青年は、メイヤと同じタイプΦヴァルキリー、07だったのである。 その瞬間、屋敷の正面に眩い閃光が迸り、凄まじい轟音と爆炎が、二つの月に照らされたほの暗い闇に立ち昇った。 「メイヤ!しっかり掴まれ!!」 リョータロウは、赤い瞳を見開いたまま硬直したメイヤにそう言うと、片手でウィンチを掴み、片腕にメイヤの身体を抱えながら、恐れも知らず、一気に虚空へ身を躍らせたのだった。 その身体が、ふわりと宵闇の虚空に浮いた。 ウィンチのワイヤーが伸びる鋭い音が夜の闇にこだまし、メイヤの両腕が、ぎゅっとリョータロウの首にしがみつく。 海風が吹き付ける虚空に舞った二人の姿が、月明かりに溶けるようにしてその場から消えていく。 「待て!!011!!」 とたん、苦々しい顔つきをした07が、金色の髪を揺らしてテラスへと駆け出した。 その時既に、メイヤと、そしてリョータロウの姿は、裏庭の芝生の上と難なく着地し、屋敷の南側に位置する海岸線の森へ向けて疾走していたのである。 リョータロウは、メイヤの手を握ったまま、腰のホルスターから銃を抜き払い、低い木々を掻き分けながら、ポイントSE−1309と呼ばれる海岸線の崖に向けて俊足で駆け抜けていった。 徐々に遠くなっていくイズミル国家主席の別荘に、激しい爆音と銃声がこだまする。 宵闇を震わせる銃声と、マシンガンの甲高い発砲音が、不穏の様相を呈して薄暗い森の中にまで轟いていた。 深紅の爆炎が夜空を焦す中、弾む赤い髪の隙間で綺麗な眉を寄せながら、メイヤは、その手を握って前を走るリョータロウに向かって、ひどく不安気に叫んだのである。 「07はきっと追ってくる!リョータロウ!」 吹き抜ける海風が、森の木々をざわめかせる。 生い茂る木の葉の合間から差し込む二つの月の光。 金色の帯を引く月光の中で、リョータロウは、鋭い表情のまま答えて言ったのだった。 「奴はバークレイの護衛じゃないのかっ?」 「秘書官は、もうとっくに此処を出てる・・・・・・私も07も、国家主席に預けられたの」 「・・・・そういうことかっ」 凛とした眉を鋭く眉間に寄せたまま、軽く茂みを飛び越えると、リョータロウは、実に挑戦的な口調で言葉を続けたのである。 「追いつかれたら、その時は、応戦するまでだ」 「07は怖いわ!敵は容赦なく殺すの!私、リョータロウが殺されるのは嫌!」 メイヤが、ひどく不安そうな顔つきをして、そう叫んだ時だった。 眼前の暗がりを睨むようにして走っていたリョータロウが、一瞬、驚いたように両眼を見開くと、突然その場に立ち止まり、背中にメイヤを庇うようにして木陰に身を潜めたのである。 メイヤは、訳がわからないと言った様子で、そんな彼の広い背にしがみつく。 「どうしたの?」 「しっ・・・」 リョータロウは眉間のしわを更に深くして、片手に構えた銃の安全装置を躊躇いもせずに外すと、優れた視力を持つ黒曜石の瞳を動かし、木陰から薄暗い森の中をぐるりと眺めやった。 鋭敏な聴覚に、波音と共に微かな人の声が聞こえてくる。 それも、数名はいようと思われる男性の声だ。 その口調から、どうやら、マルタリア軍の兵士ではなさそうだった。 イズミル国家主席の別荘を襲撃した、『デボン・リヴァイアサン』の仲間だろうか。 二部隊に分かれて、時間差で別荘を襲撃するつもりなのかもしれない。 過激なテロリスト集団は、狙いを定めるジェレミー・バークレイが、秘密裏にイズミル国家主席の別荘を出ていることなど、まだ把握していない様子だった。 この森のすぐ先にある断崖が、T―1機との合流地点であるポイントSE−1309のはず。 だが。 辺りには、異様なほど殺気立った不穏な空気が立ち込めている。 「くそ、こんなところにも潜んでやがったのか・・・・・」 リョータロウが、苦々しくそう呟いた時、そんな彼の耳元で、声を潜めてメイヤが言うのだった。 「生体反応は、8人・・・火薬反応もある・・・リョータロウ」 微かに震えるメイヤの両手が、ぎゅっとリョータロウの背中を抱き締める。 戦闘用ヴァルキリーであるメイヤには、高感度生体感知センサーと、火気感知センサーが備わっている。 本来なら、このセンサーを駆使し、両腕の内部に装備されたクラッシャーブレードで、生身の敵に容赦ない攻撃を加えることができるはずなのだが、彼女は、戦闘用ヴァルキリーとしては欠陥品だ。 アーマード・バトラーに搭乗しないこの状態での戦闘は、まず不可能であろう。 さて、どうする。 リョータロウが、そんな思いを巡らせた次の瞬間、メイヤのなだらかな両肩が、戦慄したようにびくりと揺れたのだった。 今、メイヤの識別センサーは、急激にこちらに近づいてきている『味方』の識別信号を、敏感に感知している。 この識別コードを持つ『味方』は、たった一体しかいない。 トライトニアが保有するタイプΦヴァルキリーの中でも、最高の戦闘能力と美貌を有する男性体セクサノイド、07だ。 彼は、間違いなくメイヤを探している。 メイヤは、殊更強くリョータロウの背中を抱き締めると、森を駆ける海風に赤い髪をたゆたわせながら、恐怖に震える唇で思わず叫んだのだった。 「リョータロウ・・・!07が来る!」 その声が、向かいの森の中にたむろしていたデボン・リヴァイアサンの構成員にまで届いてしまったのか、一台の軍用バイクの眩いライトが黒い木々の合間を駆けた。 サーチライトにも似た長く眩い光の帯が、二人が身を潜めている木陰を的確に照らし出しながら、急速にこちらに近づいてきたのである。 バイクには二人の男の姿がある。 一人がハンドルを握り、一人がリアステップに立ってマシンガンの銃口をこちらに向けている。 「そこにいるのは誰だ!?」 軍用バイクの低いエンジン音と、マシンガンを構えた男の野太い声が、薄暗い森の中に鋭く響き渡った。
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