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作品名:NEW WORLD〜第二序曲〜 作者:月野 智

第14回   【ACTU 困惑の夜に浮かぶ二つの月】6
         *
サーチライトの帯が舞うイズミル国家主席の別荘。
その周りを囲む森の中に、銃火機を手にした物々しい出で立ちの一団が、ひっそりと息を潜め、厳重警備の敷かれた豪華なパルテノンを睨むように見やっていた。
軍用バイクにまたがる、10数名の武装した男達の影と、その傍らに、エンジンを停止させたまま停められた一台のジープ。
彼らは決して、マルタリア軍に所属する者達ではない。
彼らは、惑星連合の情報網の中でも、一、二を争うほど悪名高い、『デボン・リヴァイアサン』と名乗る正真正銘のテロリスト集団であった。
『デボン・リヴァイアサン』は、惑星トライトニアの大統領バークレイや、その一族に対して、業火の如き憎しみを抱く過激派グループだ。
彼らの狙いは正に、大した兵も連れず非公式にこのマルタリアを訪れている、大統領子息にして秘書官でもある、ジェレミー・バークレイの命である。
ジープの助手席に座るリーダーらしき男が、暗視スコープを覗きながら、奇襲をかけるチャンスを刻々と伺っていた。
晩餐会の客たちが、ちらほらと屋敷から帰路に着き始めている。
もうまもなく、この厳重な警備体制も解除されるであろう。
奇襲のチャンスはその時だ。
黒い防弾マスクの下で、ジープの男は、低く鋭くこう言った。
「狙いはバークレイの子倅(こせがれだ)・・・奴を撃つなら、どんな手を使っても構わない」
「イエッサー」
海風に揺れる木々の合間に、武装した屈強な男達の低い声が刻みよく響き渡る。
ジープの男は、マスクから覗く猛獣のような眼光を、凶暴な面持ちで鋭利に発光させたのだった。
奇襲の時は、もうまもなく訪れる。



         *
窓辺の向こう側に見える紺色の空の下に、生い茂る木々の影が揺れている。
灯りの点いていない薄暗い広い部屋の中には、データメディアを収容した幾つもの棚が整然と並べられ、中央の広いデスクには、大型のモニターが設置されていた。
此処は、マルタリア国家主席イズミルの書斎だ。
セキュリティを外して、中に侵入したリョータロウは、両開きの大きな扉にもたれかかり、片手を腰の銃に片手をあてがったまま、空いている片手で軍帽を脱ぐと、多機能ゴーグルを首元まで下げたのだった。
マルタリアの軍服を纏った広い肩で軽く息を吐くと、その指先が、襟元に付けられた通信機のスイッチを押す。
「こちら、承認ID、TD―3804S18140、マキ少尉だ。任務は全て完了した。これからポイントYを離脱して、セラフィムへ戻る」
『こちら、インフォメーションデスク、パクです。マキ少尉、お疲れ様でした。任務完了、了解しました、気を付けて戻ってください』
ボリュームを絞った通信機から、インフォメーションデスクの部長、パク・ヒジュンの声が返ってくる。
「了解」
リョータロウは、鋭い声色でそう答え信を切ると、不意に、その傍らで、大きな扉がゆっくりと開いたのだった。
一瞬、条件反射で銃を抜きそうになったリョータロウであったが、そこに姿を現した人物の姿を目にして、ふと、安堵したようにため息をついたのである。
通路の灯りを遮断しながら閉じていく扉の前には、嬉しそうに笑いながら、どこか妖艶な面持ちを持つ小柄な若い女性が立っていた。
輝くルビー色の髪と、その髪と同じ色をした綺麗な赤い瞳。
それは、トライトニアのタイプΦヴァルキリー、011・・・リョータロウが、映画のタイトルを取って『メイヤ』と名付けた、美しいセクサノイドであったのだ。
「遅れなかったよ」
その妖艶な容姿にそぐわない、ひどくあどけない、少女のような微笑を見せるメイヤを、実に不器用な笑で出迎えながら、リョータロウは、広い背中を扉から離したのである。
茶色に染められた癖毛から覗く黒曜石の瞳が、暗がりの最中で真っ直ぐに、嬉々として輝くメイヤの瞳を見つめすえる。
「窓から外へ出る、急げ」
そう言って、その身を翻そうとしたリョータロウの腕を、メイヤの手が咄嗟に掴んだ。
「?」
リョータロウは、怪訝そうに眉根を寄せて、ゆっくりと背後を振り返る。
その瞬間。
嬉しくて仕方ないといった表情で床を蹴ったメイヤの肢体が、跳ねるようにしてリョータロウの胸へと飛び込んできたのだった。
「うわ!?ばか・・・っ!」
驚いて両眼を見開いたリョータロウが、咄嗟にそのしなやかな肢体を受け止めると、思わずバランスを崩して床の上に倒れこんでしまう。
リョータロウは、片手でメイヤの腰を抱き、片手を床に着いて自分の体を支えると、怒ったように眉の角を吊り上げて、声を低めながらも乱暴な口調で言ったのである。
「なにやってんだよおまえ!?こんなことしてる時間はねーんだよ!!早く退け!!」
その体に伝わってくる、人間と同じ体温を持つメイヤの肌の感触。
驚くほど精巧さで、人間に似せて作られた彼女は、その感情すら、人間とさほど変わらない。
まるで子猫のように甘えた仕草で、綺麗な頬を摺り寄せるメイヤに、リョータロウは、思い切り狼狽(うろた)えながら、殊更低めた声で言葉を続けたのだった。
「だから!こんなことしてる時間は・・・っ」
「嬉しいの」
リョータロウの言葉を遮るかのように、そう呟いたメイヤが、赤い髪の下の綺麗な瞳をゆっくりと閉じ、彼の頬となく首筋となく、その柔らかい唇を押し当てる。
リョータロウは、怒ったような、困惑したような、そんな複雑な顔つきをして、自分の体にぎゅっと抱き付いたメイヤを、まじまじと見つめすえたのだった。
ひたすら狼狽する彼に向かって、ひどくあどけない表情をしたまま彼女は言う。
「嬉しいの・・・また会えて嬉しいの・・・連れて行ってくれるって言ってくれて、嬉しいの・・・次に会う時は、戦闘の時だと思ってたのに・・・嬉しいの・・・・」
「・・・・・・」
あまりにも無邪気に歓喜するメイヤを目の当たりにして、こんなことにはまだ不慣れなリョータロウは、精悍な頬を上気せながらも、しかめっ面で押し黙るしか手立てがない。
暗がりに差し込む、二つの月の淡い光の中で、メイヤの赤い髪がキラキラと輝いている。
妖艶で美麗なその横顔に、金色の光の帯が差し込み、やけに艶のある悩ましい影を落としていた。
そんな彼女から、思わず視線を逸らしながら、リョータロウは、相変わらずぶっきらぼうな口調で言うのである。
「わかったから・・・!もう離れろよ・・・っ、早く脱出しないと、見つかったら元も子もないんだぞ!!」
「リョータロウ」
「なんだよ!?」
「私、リョータロウに触られるのは平気・・・でも、国家主席には、触られたくなかったの、凄く嫌だったの・・・」
「・・・だから逃げ出すんだろう!早く退けよ!」
「リョータロウ」
「なんだよっ!!?」
「私、リョータロウとなら、セックスできる」
「―――――――――っ!!?」
あまりにも突拍子もないメイヤの言葉に、思い切り面食らったリョータロウが、驚愕と狼狽を隠し切れずにその視線を虚空に泳がせた。
もはや、何をも返す言葉はない。
リョータロウは、凛とした眉を眉間に寄せながら、ひたすら困り果てて片手で顔を覆うと、腹の底から大きなため息をついたのだった。
このセクサノイドは、その言葉の意味を、本当に理解して言っているのだろうかと、思わず疑ってかかりたくなる。
精悍な頬が赤く染まっているのは、勿論、気のせいなどではない。
本当に、今は、こんな的外れな話をしている場合ではないのだ。
早くこの屋敷を離脱しなければ、危険な任務をたった一人で遂行しに来た意味が無くなってしまう。
リョータロウは、もう一度大きなため息をつくと、眉の角を吊り上げて、メイヤの身体を自分の体から押しのけたのだった。
そして、怒ったような照れたような顔をしながら乱暴に言うのである。
「おまえの言うことは、極端すぎるんだよ・・・ったく!!もう行くぞ!」
「リョータロウは、私が嫌い?」
「だから!そんな問題じゃなくて・・・!」
そこまで言いかけて、リョータロウは、再び、その言葉を止めてしまった。
茶色の癖毛から覗く黒曜石の瞳の中で、メイヤが、ひどく哀しそうな顔つきで、じっとこちらを見つめている。
不意に、そんな彼女の綺麗なルビー色の瞳に、キラキラと輝く涙が浮かび始めた。
どれだけ厄介な代物なのだ・・・と、リョータロウは、しかめっ面のまま、片手で自らの額を抑えてしまう。
人間に関しての学習がまだ十分ではない彼女は、明らかに、普通の女性より数倍タチが悪い。
ましてや、その容姿が妖艶で美麗なだけに、その厄介さときたら、戦闘経験はあっても、人生経験の足りないリョータロウには、本当にどうしようもできない。
こういう時は、一体、どうやって女性を説き伏せればいいのか。
早く此処を離脱しなければならないというのに、何故、こんなことを考えなければならないのか。
苛立ちは募るばかりである。
茶色の癖毛をくしゃくしゃと片手でかき回すと、リョータロウは、諦めたように肩を竦めて、眉間に深いしわを刻んだまま、ルビーの瞳を潤ませるメイヤの肩に両手を置いたのだった。
そして、そのしなやかな身体を胸元に引き寄せると、メイヤの綺麗な唇に、自らの唇を押し当てたのである。
一瞬、驚いたようにルビーの瞳を見開いたメイヤは、嬉しそうな表情をしながら、静かに長い睫毛を伏せると、白い両腕をそっと伸ばし、リョータロウの首をぎゅっと強く抱き締めたのだった。
紺色の空に在る二つの月影が、上質の絨毯が引かれた床の上に、窓辺の影を長く伸ばしている。
その合間で重なる二人の影が、震えるように微かに揺れた。
まったく。
何でこんな事になっているのか。
大体、こういう意味で、此処に彼女を連れに来た訳ではないのに。
このキスだって、早く、この屋敷を離脱するために、半ばヤケになってした事なのに。
それなのに。
どうして、彼女の唇は・・・
このしなやかな体は・・・
こんなにも暖かで柔らかく、そして優しいのだろう。
唇が離れた時、静かに差し伸ばされたメイヤの手が、リョータロウの温もりを求めるように、軍服のファスナーの隙間からその胸元へと滑り込んだ。
「リョータロウ、あったかい・・・・」
余りにも無邪気なその仕草と表情に、リョータロウは、どうにもバツの悪い表情をしながらも、もう一度、彼女の身体を抱き寄せて、やけに甘い輝きを宿してこちらを見つめるメイヤの瞳を、真っ直ぐに見つめたのである。
恋愛感情というには語弊があるが、それでも、この綺麗な赤い瞳で甘く見つめられると、なんだか妙な気分になってくるのは確かなこと。
透き通るその肌に触れてみたくなるのは、若者の極自然な心理であり、摂理だった。
メイヤの美麗な頬にかかる美しい髪を、そっと指先で払いのけ、リョータロウは、彼女の柔らかな唇に、再び、自らの唇をあてがった。
窓辺に浮かぶ二つの月だけが、重なり合うように床に倒れこんだ影を、音もなく、絨毯の上に描き出していた。
本来なら、このまま、無事にこの屋敷を離脱できるはずであった。
しかし。
難なく運ぶはずだった事態は、この後、想定外の出来事によって、最悪の方向へと転がっていくのである。


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