* いつもより人の少ないセラフィムのカフェテラスには、実に嬉しそうな顔でハニートーストを頬張るハルカ・アダミアンの姿があった。 その隣には、美しいセクサノイド、イルヴァが穏やかな表情で座っており、向かいには、主任ブリッジオペレーターのオリヴィア・グレイマンと、通信オペレーターナナミ・トキサカの姿もある。 やけに嬉々とした顔つきをしたナナミが、そっと手を伸ばし、ハルカの頬についたパン屑をとってやると、綺麗な頬を赤らめてニッコリと微笑んだのだった。 「変わってないなぁ〜ハルカくんは・・・相変わらず可愛いんだから!」 「なに?なんでそんなに嬉しそうなの?ナナミちゃん?」 純粋に澄んだ黒い瞳をきょとんと丸くして、ハルカは、片手にトーストを持ったまま、艶やかな黒髪の下から、まじまじとナナミの顔を見つめすえる。 ナナミは、ツインテールを揺らしながら、テーブルの上に両肘で頬杖をつくと、さも楽しそうな口調で言うのだった。 「だって〜!ハルカくんが生意気になったりしたら、ナナミ、すっごくショック受けちゃうもん!一年ぶりに帰ってきても、やっぱり素直で可愛いハルカくんで、ナナミ、とっても安心した。きっと、イルヴァさんがちゃんと面倒看ててくれたからだね〜」 「本当、とっても良いナニーね・・・あなたは」 ふと、ナナミの語尾をそう続けて、にこやかな表情のオリヴィアが、片手にコーヒーカップを持った姿勢で、ブロンドから覗く茶色の瞳を向かいに座るイルヴァに向ける。 イルヴァは、少しだけ照れたように小さく微笑って、なだらかなその肩を竦めて見せるのだった。 「有難うございます・・・・この船の人たちは、本当におおらかですね?私は、元はトライトニアの戦闘員だというのに・・・そんな風に、誉めていただけるなんて、思ってもいませんでした」 「ソロモン艦長が、あなたをセラフィムに乗船させたという事は、あなたはもう同志だっていうことよ。以前がどうあれ、そんなことは関係ないの。それに、この船には、元は敵対していた惑星国家の人間が、船員として何百人も乗ってるわ」 オリヴィアはそう言って、片手でブロンドの髪をかきあげると、その瞳をイルヴァに向けたまま、ふくよかな唇にコーヒーカップをあてがったのである。 宝石のように輝く青い髪を揺らし、不思議そうに首を傾げたイルヴァを、可笑しそうに顧みて、オリヴィアは、穏やかな声で言葉を続けた。 「実はね、私もそうだったのよ。ガーディアンエンジェルと敵対して、総攻撃をかけられた惑星バルロスで、地上勤務オペレーターをしていたの。今から10年近く前の話よ。マキ少尉も、元は惑星ジルーレの少年兵だったわ・・・それでも、艦長は、自分の船に乗せてくれた・・・だから、みんな同じなのよ」 オリヴィアは、どこか懐かしそうに瞳を閉じて、手に持ったコーヒーカップをそっとコースターの上に置いた。 そんなオリヴィアを、ひどく意外そうな顔つきをしながら、ナナミが振り返る。 「え!?そうだったんですか!?マキ少尉がジルーレの出身なことは知ってましたけど、主任が、バルロスの出身だったなんて・・・初めて知りました!?」 「そうよ。船員のデータベースにもそう記載されてるわ」 可笑しそうに笑ってそう答えたオリヴィアが、再び、手元のコーヒーカップを持ち上げた時、厚切りのハニートーストをすっかり平らげてしまったハルカが、何かを思い出したように声を上げたのだった。 「ねぇ!そういえばさ、リョータロウは帰ってきたの!?」 その言葉に、ナナミがビクリと肩を震わせて、慌てたように辺りを見回したのである。 「そういえば!あれからマキ少尉を見てない!?やだ、どうしよう!何かあったのかな!?」 急にあたふたとし出したナナミの肩を、不意に差し伸ばされたイルヴァのしなやかな手が叩いた。 サファイアを思わせる綺麗な人工眼球で、泣き出しそうな顔をするナナミを真っ直ぐに見つめると、イルヴァは、まるで花が咲くようにたおやかに微笑(わら)ったのである。 「ナナミ・・・そんな顔をしないで下さい、マキ少尉なら、恐らくは大丈夫です。 レムリアスなら、きっと、今、マキ少尉がどこにいるのか知っているはずです。 私が聞いてきてあげますよ・・・少し待っていてください」 そう言って、イルヴァは、ゆっくりと席を立ち上がると、きょとんとしてこちらを振り返ったハルカの髪を、優しく撫でたのである。 「ハルカ、良い子にしていてくださいね」 「うん!」 くったくない表情で素直に頷いて、ハルカは、イルヴァの腕に片手をかけると、少しだけ伸びをして、彼女の綺麗な頬に小さくキスをするのだった。 イルヴァは、母親のような暖かい眼差しでそんな彼を見つめると、もう一度たおやかに微笑して、静かにその場を後にしたのである。 「イルヴァは、本当にハルカのママみたいね?」 どこか可笑しそうにそんな言葉を口にしたオリヴィアが、片手を伸ばしてナプキンを取ると、ハルカの口元についた蜂蜜をそっと拭ってやりながら微笑んだ。 ハルカは、照れたように首を竦めると、にっこりと笑って答えるのである。 「うん!あ・・・でも、約束を守らないと、凄く怒られるよ」 「彼女はとても賢い・・・・・本当に、人間の母親そのものね。とてもセクサノイドとは思えないわ。あれでタイプΦヴァルキリーだなんてね・・・」 オリヴィアは、ひどく感心したようにそう言って、小さく首を傾げながら、遠ざかっていくイルヴァの背中をじっと見つめすえたのだった。 それを聞いていたナナミが、オレンジジュースのストローに口を付けながら、盛んに首を縦に振った。 「本当本当!イルヴァさんは人間そのものって感じです!しかも美人・・・! だけど・・・何で艦長をファーストネームで呼ぶんだろ?」 「それはね〜!僕がそう呼んだらって言ったからだよ!」 くったくなくニコニコと笑いながら、実に嬉しそうに瞳を輝かせて、ハルカが片手を大きく挙げた。 オリヴィアとナナミの視線が、きょとんと不思議そうにそんなハルカを顧みる。 ハルカは、手元のアイスミルクを自分の胸元に引き寄せながら、あどけない表情で言葉を続けたのだった。 「レムルのこと、みんなは艦長って呼ぶでしょ?でも、それって、レムルの本当の名前じゃないから。ほら、みんなにはちゃんと階級もセクションもあって、そう呼ばなくちゃいけないけど、イルヴァは僕のナニーだから、それがないでしょ?だからだよ! それにレムルだって、時々は階級じゃなくて、本当の名前で呼ばれたい時があるんじゃないかな〜って思ってさ」 ハルカは、実に自然に、そして無邪気とそんな言葉を口にしたが、その言葉は、ひどく大人びた考え方の上に成り立っていると、ナナミとオリヴィアは、これまた感心したようにしみじみと頷いたのである。 NW−遺伝子児は非常に頭が良い。 そのためか、ハルカは、まだ無邪気な子供でありながら、周りの大人の立場や状況、そして感情を的確に把握し、それに応じて、何事も臨機応変に考えて行動ができる、子供らしからぬ冷静さがある。 だが、彼は、決して大人を見下すような生意気な少年ではない。 その性格は、純真無垢であどけなく、無邪気で、そして、大らかだった。 彼の持つ大らかな雰囲気は、セラフィムの艦長であるソロモンに合い通じるところがある。 ナナミは、大きな瞳を盛んに瞬きさせながら、相変わらずくったくない表情でアイスミルクのストローに口をつけるハルカを見つめて、感慨深げに口を開くのだった。 「そうか〜・・・確かに艦長だって、そんな時もあるかもしれないね〜・・・艦長って立場じゃなくて、一個人・・・う〜ん、なんか深いなぁ、ハルカくんてば・・・ ハルカくんも、大きくなったら、艦長みたいになるのかなぁ〜?」 「レムルも好きだけど・・・僕、リョータロウみたいになりたいな!」 元気よくそう答えたハルカの顔を覗き込みながら、愉快そうに笑ってオリヴィアが聞く。 「あらどうして?」 「レムルは”真っ直ぐ目を見て話す男”だけど、リョータロウは”背中で物を言う男”なんだよ!それってなんかカッコいい!」 余りにも突拍子もない無邪気な言葉に、オリヴィアは、思わずぷっと笑いを吹き出すと、片手で口元をおさえ、小刻みに肩を震わせながら言うのだった。 「やだ、ハルカ!そんな大人の言葉、一体どこで覚えたの!?」 「リョータロウは素直じゃない代わりに、背中で物を言う男なんだって、レムルが言ってたんだ。レムルが真っ直ぐに目を見て話す男っていうのは、リョータロウが言ってた」 「ハルカは素直過ぎるから、マキ少尉のようにはなれないわよ・・・! それにしても、マキ少尉はすごいわね、NW−遺伝子児の憧れの対象になれるんだから!」 「うん!リョータロウは、”俺が見込んだ男”だからね!!」 「それは誰が言ってたの?」 「レムル!」 大人びた反面がありながら、こういうところは全く普通の子供と変わらないと・・・オリヴィアは、殊更可笑しそうに肩を震わせた。 すると、なにやら、熱く瞳を輝かせながらその話を聞いていたナナミが、ツインテールを盛ん揺らし、バンバンとテーブルの端を叩いたである。 そして、両手で強く拳を握ると、眉間に深いしわを刻みながらこう言ったのだった。 「なれる!大丈夫!ハルカくんなら、絶対マキ少尉みたいになれる!絶対なれる!! カッコよくなれる!!間違いなくなれる!!熱血漢なのにどこかクールで!! 短気だけどすごく優しくて!!まだ19歳なのにツァーデ小隊で!!しかも階級は少尉で!!ハルカくんならそんな男に絶対なれる!!!」 少し力の入りすぎた感のあるナナミの言葉に、ハルカは、キラキラと澄んだ黒い瞳を輝かせると、ひどく嬉しそうに何度も頷いたのである。 「ナナミちゃん!本当にそう思う!!?」 「思う!!ナナミは思うよハルカくん!!」 「やったぁ!!じゃ、僕、レムルに頼んでレイバンパイロットの資格試験受ける!! リョータロウが散歩に連れてってくれてたから、操縦も判るし!! リョータロウみたいになるよ!!背中で物を言う男になって!!ツァーデ小隊に入るよナナミちゃん!!」 「なって!絶対なって!!背中で物言うカッコ良い男になるのよ!!ツァーデ小隊に配属されたら!ナナミ!すっごく気合入れて、レイバン発進アナウンスしてあげるから!!」 「うん!!」 どこか的を外しやけに白熱した二人の会話を、オリヴィアは、さも可笑しくてたまらないと言うような表情で聞きながら、片手を口元にあてがって、肩を揺らしつづけたのだった。 だがこの時、オリヴィアは想像もしていなかったのだ。 無邪気でくったくないハルカ・アダミアンが、この後、たった五年で、本当にツァーデ小隊に配属され、レイバンで最前線に向かうにパイロットになることになろうなどとは。 そして、その時のツァーデ小隊隊長が、三階級昇進を果たし少佐となったリョータロウ・マキであることも。 成長し、本当の勇気を手に入れ、ツァーデ小隊の最年少パイロットとなるハルカと、やはり最年少でツァーデ小隊隊長となり、レムリアス・ソロモンに通じる優秀な指揮官となるリョータロウを見るのは、あともう少しの時が流れた後のことである。
|
|