* ガーディアンエンジェル。 それは、どの惑星国家に属さない独立した大組織であり、その存在意義を真実に知る者はごく限られている。 強力な組織力、優秀な頭脳、そして、強靭な軍事力。 その全てを有する一大組織の本拠地が、この広大な銀河のどこにあるのか、知る者もまた限られていた。 果てしなく広がる無限の宇宙を行く一隻の船がある。 銀色の巨大な船体を彩るマーカーランプが、混沌の闇の中に赤い点滅を上げていた。 船体の両脇に、青い六芒星”ダビデの星”を掲げたその船の名は、セラフィム。 ガーディアンエンジェルに敵対する惑星国家を監視するという任務に就く、宇宙戦闘用大型母艦であった。 セラフィムの内部、F第三ブロック第二研究室のオート・ドアが静かに開いた。 ゆっくりと室内に足を踏み入れてくるその青年を、この研究室の主、ヒルダ・ノルドハイム博士が静かに振り返る。 その視界に飛び込んできたのは、すらりとした長身にシルバーグレイの軍服を纏う、実に容姿端麗な青年であった。 一見すると、その年頃は二十代の後半。 その顔立ちは、精悍にして繊細であり、どこか中性的な耽美さと優美さを併せ持っていた。 輝くような銀色の長い髪と、その前髪から覗く、柔和な中に鋭さを兼ね備えた美しい紅の瞳、そして、艶やかなブロンズ色の肌。 それは紛れも無く、この宇宙戦闘空母セラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンの姿であった。 「遅かったわね?何かあったのかしら?」 ヒルダは、小さくため息をつきながら、白衣の腰に軽く両手をあてがって、ソロモンの優美で端整なその顔を仰ぎ見た。 「すまない、緊急通信が入っていたんだ・・・ギャラクシアン・バート商会から」 ソロモンはそう答えると、広い肩を軽く竦め、端整な唇だけで小さく微笑しながら、ヒルダの背後にある、七台のモニターに視線を向けたのだった。 各モニターに滝のように流れてくるのは、今、ラボのベッドに横たわっている美しいセクサノイド、イルヴァのシステムデータだった。 そのデータを横目で見ながら、ヒルダは、軽く微笑して言うのである。 「あの坊や達も相変わらず元気そうね?それで、何だって?」 「惑星アルキメデスで、クーデターが起きたようだ」 形の良い眉を僅かに眉間に寄せ、ソロモンは片手を端整な顎にあてがうと、銀色の前髪の隙間から、ちらりとだけヒルダを顧みる。 ヒルダは、さして驚いた様子もなく、ただ、小さくため息をつくと、皮肉っぽく笑って静かに言うのだった。 「そう・・・・宇宙の頭脳でクーデターね・・・脳細胞が筋肉組織で出来た人間が、アルキメデスにいたなんてね」 「君と似たようなことを、ショーイも言っていたよ」 ソロモンは、どこか可笑しそうに唇の角もたげると、冷静な声色で言葉を続ける。 「アルキメデスの旧政府が、ガーディアンエンジェルにクーデターの鎮圧要請をしてきた・・・今、戦艦サライと空母エステルが向かっている」 「エステルが行ったの・・・よりにもよって、”鋼鉄の女王”の船に奇襲されることになるなんて、ルーベンス艦長に命乞いは通用しないわ。反乱軍の行く末は見えたわね。 “鋼鉄の女王”は”ハデスの番人”より強面(こわおもて)な人だから」 どこか愉快そうに唇を緩めたヒルダは、「さて」と言いながら、ゆっくりとコンソールパネルに両手を触れさせた。 苦笑するソロモンを横目に、眼鏡越しに七台のモニターを見やると、ヒルダは言葉を続ける。 「012・・・あなたがイルヴァと名付けたこの個体。驚くべきことに、情緒プログラムが増幅してるわ。まるで、脳細胞が活性化するみたいに。人間の感情を学習すれば学習するほど、彼女はそれを取り入れて、更に人間らしくなっていく・・・さすが、ワーズロック博士の作り上げたセクサノイド」 その言葉に、ソロモンは、特殊ガラス越しに見えるイルヴァの姿を眺めやった。 宝石のような青い髪が、無機質なベッドの上に広がり、人間の肌質感と寸分も違わない白い肌に、赤外線コードの赤い光の帯が映っている。 伏せられた長い睫毛。 秀麗に整った甘い顔立ちは、月の光にも似た、たおやかな美しさを持っている。 芸術的な造形を持つしなやかな肢体と、ふくよかな胸元。 これが人間の手で作られた機械の女性であるなどと、誰が想像しえるのだろうか。 「本当に・・・綺麗な個体だ、イルヴァは・・・」 思わず、そう呟いたソロモンの頬辺りに、ヒルダの鋭い視線が突き刺さった。 ヒルダは、呆れたような怒ったような、そんな複雑な顔つきをしながら、両手を腰にあてがうと、やけにドスの利いた声色で言うのである。 「そんなことより、彼女が持ってる隠しファイルを開く方法はどうしたのかしら?」 「すまない・・・まだだ」 困ったように眉根を寄せると、ソロモンは、銀色の前髪から覗く紅の瞳で、さも恐ろし気な顔つきをするヒルダを振り返る。 ヒルダは、白衣の肩で大きくため息をつくと、その視線を、ラボの中に横たわるイルヴァへと向けたのだった。 「変なところでのんびりしてるんだから・・・っ!彼女が持っている情報は、ガーディアンエンジェルの最機密事項かもしれないのよ!?その重要性を判らない訳ではないでしょ?それとも、あなたが彼女のプログラムを操作してロックの解除方法を探してみる? NW−遺伝子児のあなたなら、できると思うけど?」 「女性の考えていることを覗き見するようで、あまり着手したくない作業だな・・・それは」 ますます困ったように眉根を寄せ、渋い顔つきでそう言うと、ソロモンは、ヒルダの顔をまじまじと覗き込んだ。 ヒルダは、殊更呆れたような顔つきをして、片手をその広い額にあてがうのである。 「まったく、どういうフェミニストなの?だったら、早く彼女から聞き出しなさい!」 「わかってるよヒルダ、少し時間をくれ。もう少し、彼女を知ってみたい」 「あらあら・・・それは機械に対する言葉ではないわね?ソロモン?」 「どうしても、彼女が機械だとは思えなくてね」 端整な唇だけで少年のように笑ったソロモンを、ちらりと横目で見やると、ヒルダは、軽く首を横に振りながら、実に嫌味な口調で言うのだった。 「随分と彼女に興味を持ったようね?生身の女性には、興味なんて示さないくせに」 「人聞きの悪いことを言わないでくれ・・・・人並みに興味はあるさ。ただ、時間が無いだけだ。艦長職は何かと忙しくてね」 苦笑しながらそう反論したソロモンに、ヒルダは再び大きくため息をついて、何の躊躇もせずにこんな言葉を口にするのである。 「あらそうなの?若い頃、随分とあなたにアプローチしたけど、相手にもしてくれなかったじゃない?あの頃はまだ、艦長職じゃなかったわよね?」 「・・・・・・・・・」 思わず押し黙り、すっかり困り果てた様子で振り返るソロモンに、ヒルダは、ひどく底意地悪く微笑んでみせた。 そして、吊り上がっていた眉尻を下げると、実に可笑しそうに笑って、眼鏡越しの青い瞳を、再び、ラボの中の美しいセクサノイドに向けたのである。 何の事は無い、少しだけ彼を困らせれてみたかっただけだ。 ソロモンとはもう長い付き合いになる。 ヒルダには判っているのだ。 何故彼が、特定の女性を作りたがらないのか、その理由を・・・ それは口にせずに、ヒルダは、その顔を、いつもながらの冷静で知的な表情で満たすと、静かに口を開くのだった。 「科学者としては、実に興味深いわね。基本的に、タイプΦヴァルキリーは、戦闘時には情緒プログラムと戦闘プログラムが遮断されるけど、少なからず、その戦い方には個性のようなものが出る。遮断されているとはいえ、多少なりとも、情緒プラログラムが作用しているのかもしれないわ・・・もしかすると、情緒プログラムが、戦闘プログラムを侵食する、というような現象が起る時があるのかも」 その言葉に、ふと、感慨深げに頷いて、ソロモンの紅の瞳もまた、ラボの中のイルヴァを凝視した。 タイプΦヴァルキリーは、敵としては実に厄介な存在だ。 このタイプのセクサノイドが搭乗するアーマード・バトラーの機動性は、明らかに、戦闘機であるレイバンを数倍上回っている。 先日の戦闘では、あの精鋭部隊ツァーデ小隊に、四名もの死亡者を出したほどだ。 これからは、もう少し、タイプΦヴァルキリーとアーマード・バトラーへの対策を研究していく必要があるのだろう。 「タイプΦヴァルキリーと、アーマード・バトラーの解析は、全て君に任せるよヒルダ。セラフィムには、その対象が両方揃っているからな」 「ええ、言われなくても解析中よ。少なくとも、イルヴァに関しては大分進んだし。 彼女は本当に人間そのもの。人間の筋肉に匹敵する部位も精巧に作られていて、それが全て機能して初めて、自然な動きや仕草を表現できるのね。 体温を持っているのは、その人工的な筋肉組織を動かしている残存エネルギーを、外部に発散しているからだわ。それに彼女、子宮に匹敵する器官は持ってはいないけど、生殖器に相当する器官は持っている・・・・つまり、彼女とはセックスが可能よ。 同タイプの男性型にも、生殖器を持たせてあるのかもしれない。 最初から、ワーズロック博士は、戦闘だけを専門に行うアンドロイドを作るつもりなんてなかったんだわ・・・・きっと。 このタイプのアンドロイドに、”人間と同じ愛情表現”を与えたと考えるべきね。 まぁ、どんなメカニズムで生殖行為ができるようになっているのか、それは直接試して貰わないと判らないけど」 「・・・・・・そんなこと、俺に言ってどうする?」 なにやらバツが悪そうに眉間を寄せて、ソロモンは、再び、まじまじとヒルダの横顔を見つめすえた。 ヒルダは、唇だけで底意地悪く笑うと、片手を顎にあてがって、そ知らぬ顔つきで言葉を続けるのだった。 「あら、彼女に関する正確な知識を教えてあげただけよ。尤も、彼女には、人間の女性と同じ感情があるから、そう簡単にセックスに応じてくれるとは限らないけどね」 「そんなことを彼女に要求するつもりはないよ・・・」 「あらそう?一度試してくれれば、それなりの正確なデータが取れるかと思ったのに」 「俺まで実験材料にするのはやめてくれないか?ヒルダ?」 「あらやだ、ただの冗談よ」 困り果てて渋い顔つきをするソロモンに、可笑しそうに笑って見せると、ヒルダは、再び静かに口を開くのだった。 「アーマード・バトラーは、このタイプΦヴァルキリーの全ての機能を駆使して扱われる強力な兵器だわ。それは驚異に匹敵する。システムを解明して、対策を練らないとね・・・」 「ああ・・・頼むよ」 広い肩で大きく息を吐きながら前で腕を組むと、ソロモンはそう答えて、ゆっくりとヒルダに背中を向けたのだった。 オート・ドアの方へ足を進めながら、いつもながらの冷静で沈着な声色で、彼は言葉を続ける。 「イルヴァを起動させたら、ハルカの所へ戻してやってくれ。ここ二日、ずっとラボに篭らせているから、ハルカが寂しがってるんだ」 「ええ、そのつもりよ」 「宜しく頼む」 ヒルダの返事を広い背中で聞くと、ソロモンは、銀色の髪を揺らしながらドアの向こうにその長身を消して行った。 「相変わらず、フェミニストなのね」 実に愉快そうにそんな言葉を呟くと、ヒルダは、唇だけで小さく微笑して、コンソールパネルを叩き、イルヴァに照射されている赤外線コードをオフにすると、レーザー照射でシステム起動スイッチを入れたのである。
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