* 無限の宇宙を行く、戦闘空母セラフィムのブリッジに、にわかに緊張が走った。 だがしかし、それは敵戦艦のワープアウト反応を感知したという訳では、決してない。 レーダーにもモニターにも、敵機の姿は存在しない。 セラフィムのブリッジオペレーターなら、誰でも知っていよう高飛車な青年の知的な顔が、通信モニターに映っているだけである。 その青年と、レーダー通信オペレーターであるルツ・エーラが、最悪の相性であるという事が、ブリッジに奇妙な緊張感を持たせる最大の要因であった。 いつもなら、何度呼び掛けても応答しないはずの『バート』が、今日に限って、あろうことか、たった三回の呼び掛けで応答してしまった。 それがどれ程驚愕的な出来事であるか、セラフィムのブリッジオペレーターなら誰もが知っている。 武装高速トランスポーター『バート』。 それは、ギャラクシアン・バート商会という、広域宇宙専門の運送会社が所有する輸送船の名であった。 レベル6の超ド級危険物から科学兵器、ミサイル、宇宙船、動物、人間の死体、果ては小石に至るまで、依頼された運送業務は絶対に断らないという、それがギャラクシアン・バート商会のモットーであるそうだ。 そして、そのギャラクシアン・バート商会の輸送船である『バート』は、戦艦並の火器を装備した船であり、このセラフィムで最も有名な船でもあった。 『バート』の船長にして、ギャクシアン・バート商会の若き経営者、ショーイ・オルニーの手腕と情報網は、セラフィムの艦長であるソロモンすら一目置く程である。 武装高速トランスポーター『バート』の船長、まだ年若い赤毛の青年ショーイ・オルニーは、通信モニターの中で、眼鏡の下から覗く紺色の瞳を、ひどく冷めた様子で細めながら、相変わらずの高飛車な口調で、通信オペレーター、ルツ・エーラに言うのだった。 『一体、今日は、ギャラクシアン・バート商会にどんなご用でしょうか?ルツ・エーラ君?』 その言葉に、ルツは、形の良い眉をぴくりと吊り上げると、努めて冷静な表情ですかさず口を開くのである。 「あなたに用事があるのは私ではありません。ソロモン艦長です。回線を回します」 そっけない言葉でそう言って、回線を切り替えようとするルツの動作を遮るかのように、ショーイは、実に嫌味な口調で言葉を続けたのだった。 『だったら、ソロモンが直接、僕に連絡をくれればいいだけの話だ』 「艦長は執務中です。それに、通信担当は私ですから」 『実に平凡な答えだな。相変わらず、つまらない女性(ひと)だね君は?』 モニターに映るショーイの表情は、全く悪びれた様子もなく、それどころか、憎たらしい程に冷静で沈着だった。 均整の取れた知的な顔立ちなだけに、それが殊更、嫌味な言葉を助長させる。 ルツは、艶やかな褐色の頬をひきつらせ、それでも、努めて冷静な口調で、とことんまでいけ好かない若き実業家に言うのだった。 「ええ、私は、あなたと違ってごく平凡な人間ですから。そんな私と話をしていても、何の得にもなりませんよ」 『本当に、暇潰しにもならないよ、ルツ・エーラ君』 「あなたの暇潰しに付き合えるほど、私は暇ではありませんから。そんなにお暇で儲からないお仕事でしたら、いっそ職変えなされたらいかがですか?」 戦闘時とはまた違う、その奇妙な緊張感に耐えきれなくなり、ルツと同セクションのオペレーター、ナナミ・トキサカが、思わずぷっと吹き出した。 押し殺したその笑いがブリッジ中に飛び火し、オペレーター達が、必死で声を殺して肩を揺らしていた時、不意に、艦長がブリッジインした事を知らせるデジタル音が鳴ったのである。 「相変わらず、随分と分かりにくい愛情表現の仕方だな?ショーイ?あまりルツを怒らせると、今度こそ本当に嫌われるぞ?」 実に冷静な声色でそう言って、戦闘空母セラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンは、艦長席に腰を下ろしながら、どこか愉快そうな、しかし、どこかあきれたような表情で、通信モニターに映るショーイの顔を見た。 その瞬間、ブリッジ中の笑いがピタリと止み、オペレーター達は、ハッと背筋を伸ばしたのである。 『ご忠告感謝するよ。それで、今回はどのようなご用件で?レムリアス・ソロモン?』 モニターの中で、軽く眼鏡を押し上げながら、相も変わらず高飛車な表情と口調で、ショーイが聞いた。 ソロモンは、座席の肘掛に頬杖を付いて、銀色の前髪から覗く紅の瞳を鋭利に細め、静かな口調で答えるのだった。 「つい先程、セラフィムはトライトニアのコロニー『スペーシア』を撃沈させた。思わぬ副産物付きだ」 『それはそれは、相変わらずご健勝で・・・・・それで、まさかそれを僕に伝えるためだけに、連絡をよこした訳じゃないんだろう?』 「勿論。一つ頼みたいことがある、引き受けてくれるか?」 『ギャラクシアン・バート商会は、金銭次第で何でも輸送する。積荷は何?』 「積荷は無い。だが、調べて欲しいことがある」 その言葉に、ショーイは、知的で薄い唇で、実に愉快そうに微笑した。 『知っての通り、積荷以外の依頼は高く付くよ』 「構わない」 躊躇いもせずに即答して、ソロモンは、広い額にかかる銀色の髪を片手でかき上げながら、決して商売を忘れないショーイに軽く微笑み返すのだった。 ショーイは、眼前のモニターの中で小さく頷くと、繊細な顎の下で両手を組んだ。 『ではご依頼内容をどうぞ』 「トライトニアに、ブライアン・ワーズロック博士・・・つまり、君のお父上が在住しているのかどうか、調べてきて欲しい」 ソロモンの口から、その名前が出た瞬間、眼鏡の下からこちらを凝視していた、ショーイの紺色の瞳が、驚いたように軽く見開かれる。 高飛車だった彼の顔つきが、にわかに、切なくも、しかし怒気を含んだような複雑な表情で歪む。 それに気付きながらも、ソロモンは、極めて沈着な声色で言葉続けた。 「ここ数年、格段に伸びたトライトニアの戦闘用アンドロイド技術には、どうやら、ワーズロック博士が関わっているようだ。もし、本当に博士が技術提供をしているなら・・・このままにしておく訳にはいかない。トライトニアは、危険な国家だ。それに、以前君は言っていただろう?もし、博士が生きていたなら、悪態の一つもついてやりたいと?」 『流石、記憶力がいいね。それは僕が、10歳の時に言った言葉だ』 喉の奥で自虐的に笑って、ショーイは、自らの赤毛に両手を入れると、その指の隙間からソロモンの端整な顔を見つめすえたのだった。 ソロモンは、そんな彼に、もう一度小さく微笑してみせる。 「そちらこそな」 『自分で言った言葉だ、忘れるはずがない』 「それで、受けてくれるのか?ショーイ」 『依頼は断らない、それがギャラクシアン・バート商会のモットー。それに、僕はまだしも、トーマは父に会いたいようだからね』 「そうか・・・では頼む」 『いつもご利用有難うございます・・・とでも、言っておくよ。詳細がわかったら、また後で連絡する』 そう答えて、ショーイは、ふと、いつもの皮肉な微笑ではなく、元来の年齢通りのどこか幼い笑みを浮かべると、一方的に通信を切った。 モニターに映った通話終了≠フロゴを見やりながら、ソロモンは、端整な唇の隅を穏やかにもたげたのである。 ショーイ・オルニーは、子供の頃から素直に笑わない人間だった。 正確に言えば、両親の天才的な頭脳を受け継いだ彼は、それ故に笑うことが出来なかったのだ。 名声はあっても、彼の生まれ育った家庭はひどく複雑だった。 今、ショーイと共にギャラクシアン・バート商会を営むトーマは、たった数ヶ月しか歳の離れていない、母親違いの弟である。 父親の天才的な頭脳は、時にその家族を犠牲にする。 その典型的な例が、ショーイの家庭だ。 冷静沈着で皮肉屋で、その上、企業を営んでいるためか、随分と大人びて見えるが、ショーイはまだ弱冠22歳の若者である。 その心のどこかには、父へのわだかまりが色濃く残っているのだろう。 だからこそ、ソロモンはわざと彼にこの依頼を振ったのだ。 長い間消息の知れなかったワーズロック博士が、トライトニアで健在なのだとすれば、少なくとも、そこで話の一つもできるかもしれない。 ソロモンは頬杖を解くと、静かに背筋を伸ばし、柔和な面持ちであった優美で端整なその顔を、猛禽類のような鋭利な表情に変え、冷静だが鋭い声で言うのだった。 「本艦はこれより、トーカサス星系惑星ローレイシアへ向かう。座標修正1.08。ワープエネルギー充填開始。メインエンジン出力最大」 その声に、主任オペレーター、オリヴィア・グレイマンが呼応するように答えて言う。 「ワープシステムオールグリーン。エネルギー充填開始します。ワープインまで、残り30秒前」 それに続くように、機関長ビル・マードックが声を上げた。 「エナジーバルブ接続完了。メインエンジン出力最大」 宇宙戦闘空母セラフィムの大型タービンが、低く振動しながら急速に回転数を上げていく。 「ワープインまで、残り15秒」 巨大なバーニアが青い火を吹き、その推進力を最大にまで引き上げた。 「ワープインまで、残り10秒・・・9、8、7、6、5、4、3、2」 「セラフィム、ワープイン」 落着き払ったソロモンの声と共に、虹色の閃光を上げたセラフィムの巨大な船体は、無限の宇宙の彼方へと、一瞬にして消えていった。 その先、最悪の事態が待ち受けていることを、誰一人として知る由もないまま。
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