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作品名:NEW WORLD〜第一序曲〜 作者:月野 智

第6回   【ACTU 混沌と闇の宇宙(そら)】1

           *
ジルベルタ星系第四惑星トライトニア。
高度な科学技術力を持つこの惑星国家は、高水準の行政機関が置かれた、15の惑星が常任理事となって組織される、『アライアンス・オブ・ユニバーサル・オーシャン・ライブ・プラネット(ALLIANCE  OF UNIVRESAL OCEAN LIVE PLANET )』、通称AUOLP(オーリプ)と呼ばれる連合の中でも、多大な権威を持つ常任理事惑星の一つであった。
だが、この惑星は元来、大気に有害物質が含まれており、長い時間それに晒されると、全身の細胞が壊死してしまうため、トライトニアの首都オーダムはもとより、人間が住む都市という都市には、大気中の有害物質を取り除くための特殊シールドが張り巡らされている。
それでも、この惑星の住人の寿命は短いのだという。
宇宙空間から臨むトライトニアは、有害大気により黄色くくすむ惑星であった。
そんなトライトニアの首都オーダムの一角に、厳重な警備が敷かれた政府所有の研究施設がある。
その一室のソファに深く腰を下ろしながら、50代と思しきその男性は、眼前に座る細身の青年を、苦渋の表情で見つめていた。
両膝で手を組みながら、男性は、苦々しい声色で言うのである。
「私は最初に言ったはずだ・・・私の研究技術は、本来、アーマードバトラーやヴァルキリーを量産するためのものではない。これ以上の技術提供を望むというなら、私は・・・」
「あなたは・・・どうすると言うのです?ワーズロック博士?今更逃げ出そうとでも?
研究を続けることが出来るならと・・・10年前、我々の要求を飲んだのはあなたの方ですよ?」
紺色のスーツを纏う細身の青年、トライトニアの大統領子息であり秘書官でもあるジェレミー・バークレイは、組んだ足を組替えながら、冷血な唇に薄い笑みを浮かべたのだった。
そんなバークレイの顔を、紺色の瞳で顧みて、優れたアンドロイド開発技術を有する天才科学者、ブライアン・ワーズロック博士は、ぎりりと奥歯を噛締めたのである。
無言のまま、鋭い視線でバークレイを凝視したワーズロック博士は、今更ながら、自分の浅はかさを後悔せざるを得なかった。
どの惑星国家にも属さない組織、ガーディアンエンジェルを脱退してから12年。
決してガーディアンエンジェルの壮大な目的に反発したのではない、NW―遺伝子にこだわらず、人工人体による『不老』を追求したかった、ただ、それだけであった。
偏狭惑星バーナムで、自らの研究に没頭していた彼に声をかけてきたのは、他でもない、このトライトニアの政府関係者だった。
整った研究施設と費用を提供する代わりに、人型機甲兵器とそれの操縦ユニットとなる精巧な戦闘用アンドロイドを開発して欲しいという彼等の言葉に、当時、資金が底をつきかけていたワーズロック博士は、不本意ながらも頷くしかなかったのだ。
それに、どうしても守りたい者もあった。
「トライトニアとの約束は果たした」
苦々しくそう答えたワーズロック博士を、ふんと鼻先でせせら笑って、バークレイは、ソファに背中を押しつけると嘲るように言うのである。
「ええ、確かに果たしていただきましたよ。しかし、タイプΦヴァルキリーはまだ15体しかない。そのうちの一体は、ガーディアンエンジェルの攻撃を受けて、恐らくはスペーシアと共に沈んだ。今、トライトニアには14体しかいなんです。いくらなんでも少なすぎますよ。連中は、あなたの作るプログラムでしか起動しない、そのプログラムをトライトニアに譲って頂ければいいだけの話です」
「それが量産を招くと言うんだ。私は彼等を開発した当事者だ、彼等の戦闘能力の高さも良く知っている。彼等が個体数を増やすと言うことは・・・・」
「それだけトライトニアが力を持つことになり、危険だ・・・とでも言いたいのですか?
そのトライトニアに、連中を提供したのは、他でもないあなたです。今更もう遅いのですよ、ワーズロック博士」
 蛇のような眼差しでワーズロック博士を凝視しながら、バークレイは、くっくと喉を鳴らして笑うと、再び、皮肉たっぷりの表情で口を開く。
 「今、あのガーディアンエンジェルと、まともに対抗できる戦力があるとしたら、我トライトニアのヴァルキリー部隊だけだ。実際に成果も上げ、NWー遺伝子を持つ子供を奪うことができた。尤も、また奪還されてしまいましたがね・・・それでも、NWー遺伝子ワクチン≠作る上でのデータは集めることができた。しかし、まだ足りない。
ガーディアンエンジェルは、人類にとっての混沌だ。NW−遺伝子を独占する実に姑息な組織だ・・・・邪魔なんですよ」
 「・・・・・・・・」
 ワーズロック博士は、苦悩のうちに眉を寄せ、硬くその瞳を閉じた。
 トライトニアは、いや、今、この宇宙に存在する惑星国家は、何も知らないのだ、ガーディアンエンジェルの真実の目的を。
 何故、NW−遺伝子を作り上げたのか、それをどう使おうというのか、その真意を。
 彼等は、何も、永きに渡り人類が直面してきた『老いる命』を自分達だけ捨てようとしている訳ではない・・・ただ、全てを再生させたいだけなのだ。
 失われた楽園を。
 既に、どの惑星国家の座標からも消された、人類発祥の地である青い惑星を。
 人類が生きる環境として、最適な場所、最初のエデンである、太陽系第三惑星地球を・・・・・
 道が分かれたとはいえ、その強い信念に賛同したからこそ、ワーズロック博士もまたガーディアンエンジェルに加わっていたのだ。
 ガーディアンエンジェルによる、実に三世紀にも渡るNW−遺伝子の研究は、最初のエデン≠再生させるための一環であった。
 だからこそ、彼等は、その研究成果を狙う輩を決して許さない。
 テロリストと称されても、徹底的に対抗組織を潰すのはそのためだ。
 だが、NW−遺伝子を狙う惑星国家は、少なくなるどころか多くなるばかり。
 エデンを失ってなお、人類は、私欲にかられ同じ過ちを繰り返している。
 それが、ガーディアンエンジェルの理論通り、『老いる不完全な遺伝子』のなせる技であるなら、WN−遺伝子を持つ者以外の人類など、いっそ滅ぼしてしまった方がいいのかもしれない。
 そんなことを思って、ワーズロック博士は、静かに瞳を開くと、ゆっくりとバークレイの顔を見つめ、肩を落としながら力なく言うのだった。
 「トライトニアの意向はわかった・・・・もう少しだけ、考えさせてくれ」
 「そうですか・・・ならば、あと三日だけ待たせていただきます。良いご返答をお待ちしていますよ」
 唇で笑いながら、視線だけ鋭く尖らせて、バークレイはそう言うと、ゆっくりとソファを立った。
 オート・ドアの向こう側に消えて行くスーツの背中を見送ると、ワーズロック博士は、何かを決意したように、光を失いかけていた瞳を凛と輝かせたのである。
 そして、部屋の仕切りの向こう側で怯えているだろう幼い少女に向かって、声をかけたのだった。
 「ガブリエラ・・・出ておいで、もう大丈夫だよ」
 すると、仕切りの隙間から、輝くような金色の髪と、失われたエデンの色に似た、澄んだ蒼い瞳を持つ、実に可愛らしい少女がちょこんと顔を出したのだった。
 リスとも兎ともつかない、ピンク色の小動物を華奢な肩に乗せ、白いワンピース姿の少女は、愛らしい顔を不愉快そうに歪めながら、ワーズロック博士の膝に抱き付いたのである。
「ガビィ・・・あのおじさん嫌いよ、あのおじさんが来ると、お父さんはいつも苦しそうな顔をするの、だから、あのおじさん嫌い」
 透き通る白皙の頬をぷくっと膨らませて、少女の大きな蒼い瞳が、無垢で知的な眼差しでワーズロック博士の顔を見る。
 ワーズロック博士は、そこで初めて穏やかに微笑して、その少女、ガブリエラの綺麗な顔を見つめ据えたのだった。
 血の繋がりのない最愛の娘。
 人類の宝である、至高の少女。
 ガーディアンエンジェルは、もう彼女が死んだものと思っているだろう・・・
 この愛する娘を、遂に手放す時が来た。
 本来あるべき、ガーディアンエンジェルに還す時が来た。
 彼女を手元に置くことになったのは、本当に偶然の産物であった。
しかし、ワーズロック博士は、彼女をここまで育ててきた。
そこには、かつて、自身の研究のために捨ててきた本当の家族に対する贖罪の気持ちが、少なからずあったのかもしれない。
きっと今、あの時の報いを受けているのだと、彼は思う。
ワーズロック博士は、ガブリエラの綺麗な頬を骨ばった両手で包みながら、ひどく穏やかな口調で語りかけるのである。
「ガブリエラ・・・よくお聞き、お父さんは、これからまた、お仕事に行かなければならないんだ。今度のお仕事は、少し長くなる。だから、お父さんのお友達の所で待っていてくれないか?」
「え?お父さんのお友達って、どこにいるの?」
ガブリエラは、不思議そうに小首を傾げて、まじまじと博士の瞳を見つめすえた。
ワーズロック博士は、にっこりと柔和に微笑する。
「惑星アルキメデスという場所にいるんだ・・・少し遠いから、これから、ステーションにいって、そこからシャトルに乗って行かなければならないんだ。ガブリエラは賢い子だ、一人でもいけるな?」
ふんわりとした金色の髪の下でにっこりと笑うと、ガブリエラは、大きく頷いたのだった。
「うん!ガビィ、良い子にしてるから、お仕事終わったら、すぐに迎えに来てね!!」
その言葉に、ワーズロック博士の両眼に、にわかに涙が浮かんだ。
大きな両腕で、ガブリエラの体を浚うように抱き締めると、憚ることもなく涙を零して、博士は、掠れた声で言うのである。
「ああ、すぐに迎えにいくからな・・・待っていてくれ」
「どうしたの?何で泣いてるの?哀しいの?ガビィがいないと寂しいの?」
「ああ、とても寂しいよ・・・ガブリエラ」
「ちょっとの間なんだよね?また直ぐ会えるんだよね?泣かないでお父さん、ガビィは泣かないよ。だって、すぐまた会えるもん!」
「そうだな・・・そうだな・・・」
博士は、自身の腕の中で、必死で励まそうとするガブリエラを、殊更強く抱きしめながら頷いた。
だが、博士は知っているのだ。
もう、この愛らしい少女と二度と会えないことを・・・
惑星アルキメデスには、彼が捨ててきたはずの家族が・・・妻と、腹違いの二人の息子がいるはずだ、それに、ガーディアンエンジェルと技術提携している政府関連者とのパイプもまだ健在だった。
現在、情勢がやや不安定なアルキメデスでも、この愛らしい少女にとっては、トライトニアよりは安全な場所なはずだ。
トライトニアとガーディアンエンジェルは、つい数時間前に交戦したばかりだ、今、彼等に連絡を取るのは危険すぎる。
ならば、アルキメデスの関係者経由で彼女をガーディアンエンジェルに還すしか方法はない。
ガブリエラを送り出したら、やらねばならない事がある。
それは死を覚悟して臨む危険な作業だ。
トライトニアに、NW−遺伝子を解析される訳には行かない。
『スペーシア』からトライトニアに送られてきたNW−遺伝子に関するデータを、全て消去しなければならない。
だからこそ、自身の研究の粋を集めて作り出した、最高傑作であるセクサノイド、012を、わざとあの作戦に参入させたのだ。
彼女は、本当に忠実に、『スペーシア』で行われていた実験内容の数々を、博士に伝えてきてくれた。
そんな彼女なら、確実に博士の意向を汲んでくれる。
何故なら彼女は、人間の優しさを忠実に再現したセクサノイドであるのだから。
バークレイは、彼女は沈んだと言っていたが、彼女は確実に生きている。
秘密裏に、彼女の体内に埋め込んだ生存確認の発信機は、今も生存を伝える信号を送ってきているのだ。
もし、『老いる不完全な遺伝子』を『不老の完全な遺伝子』として再生する、NW−遺伝子ワクチンなど開発されてしまえば、宇宙の秩序は完全に乱れることになる。
ましてや、強大な力を欲するこのトライトニアにそれが開発でもしたら、瞬く間に、宇宙は火の海になるだろう。
NW−遺伝子が持つ特徴は、何も、老いを知らないだけではない。
人間が老いるまでに30%しか機能の出来ない脳細胞を、70%以上機能させることができる知性の遺伝子なのだ。
それは、人類がいまだかつて経験しえなかった知性であり、万が一、その知性が、軍事目的になど使用されれば・・・・
考えるだけで恐ろしいと・・・ワーズロック博士は、涙に濡れた顔を歪めた。
だから、守らなければならない。
今、腕の中にいるこの至高の少女のことも、そして、不老の完全な遺伝子、『新世界(New World)』と呼ばれるこの希望も。
ワーズロック博士は、その決意の内に、愛しい娘をひたすら強く抱き締めると、白衣の衿に着けられた、特殊な発信機に向かって静かに言ったのである。
「012・・・『守護天使』に出会えたら伝えてくれ。イヴは生きている、太古のエデン住んだ有能な数学者の星にいる≠ニ」
ワーズロック博士のその言葉は、データ変換されて特殊な回線を介し、自身の最高傑作の元へと届くだろう。
成長したイヴ≠フ姿を想像しそれを模して作られた、あの美しいセクサノイドの元へと・・・


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