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作品名:NEW WORLD〜第一序曲〜 作者:月野 智

第4回   【ACTT 守護天使、到来】4
         *
宇宙戦闘空母セラフィムの内部には、二箇所のラボ(研究室)と一箇所のメディカル・ルーム(医務室)が設置されている。
この巨大な戦闘母艦に搭乗している船員数は約800名。
その中には、二名の科学者と三名の医師、数十名の研究員と技術者、そして看護士らも含まれている。
果て無き宇宙を長い時間航海する上に、この船は戦闘用だ、医療従事者の乗船は必要不可欠であった。
メディカルセクションとラボラトリーセクションが併設された、F第三ブロック。
そこにある第二研究室のオート・ドアが、音もなく開いた。
この研究室の主である女性科学者、ヒルダ・ノルドハイム博士は、壁際に設置された七台のモニターを見つめたまま、振り返ることなく、室内に足を踏み入れてきたその人物に声をかけた。
「本当に良く出来たシステムだわ、ソロモン。こんな緻密なシステムプログラムを組める人間なんて、私の知る限り、この広い宇宙にたった一人しかいないわ・・・」
「ブライアン・ワーズロック博士」
「ブライアン・ワーズロック博士」
ヒルダと、そして、来訪者であるレムリアス・ソロモンの声が、同時にその名前を口にした。
その時初めて、ヒルダは、背後に立ったソロモンを振り返ったのである。
シルバーグレイの軍服を纏う彼の長身を、眼鏡越しに仰ぎながら、ヒルダは、白衣のポケットに片手を入れ、どこか呆れた顔つきで首を傾げるのだった。
「全く、よくもこんな危険因子をセラフィムに持ち込んだものね?相手は、トライトニアのタイプΦヴァルキリーよ・・・本当、その勇気≠ノは呆れ返るばかりだわ」
その言葉に、ソロモンは、悪びれもせず微笑すると、片手を腰にあてがった姿勢で、さも得意気に言うのである。
「その勇気≠フお陰で、トライトニアの技術力を知ることが出来るんだ、感謝して欲しいものだな」
ヒルダは、片手で茶色の髪をかき上げながら、大きくため息を吐いて、その視線を、特殊ガラスで仕切られたラボの奥へと向けたのである。
そこには、数名の研究者たちが従事し、特殊強化プラスティックの中に寝かされた、美しいセクサノイドから、その個体に関する様々なデータを採取していた。
「メインスイッチは後頭部にあったわ、ほんの数ミリだから素手では触れない。
今は、特殊磁波で機能を停止させてるけど、それを切ったら、とたんに暴れだすかもね。
磁波を切る時は、あなたが一人で立ち会うのよ。研究員は戦闘要員じゃないんだから」
脅すような口調でそっけなくそう言って、ヒルダは、再び、七台のモニターへと視線を移した。
実に嫌味なその言葉に、思わず苦笑して、ソロモンもまた、ヒルダの視線を追ってモニターを振り返る。
科学者であるヒルダは、現在38歳。
ソロモンとは、長い付き合いだ。
彼女がまだ10代の少女であった頃から、互いを良く見知っている仲だった。
歳月を経ても、彼女の気強さと聡明さはまったく変わらない。
ヒルダは、横目でちらりと、ソロモンの端整で優美な横顔を顧みると、なにやら、肩で大きくため息を吐いたのである。
「NW−遺伝子って、本当に得よね・・・・初めて会った時は、あなたの方がお兄さん≠セったのに、今じゃ、私の方がすっかりお姉さん≠セわ」
輝くような銀色の長髪の下から覗く紅の瞳で、ちらりとヒルダを見やると、ソロモンは、唇の角を僅かに上げて、まるで少年のように微笑するのだった。
「いや・・・君は、何も変わってないさ。全部あの頃のままだ」
「よく言うわね。いいのよ、老けたって言っても」
「あと50年もすれば、俺だって君ぐらいの歳に見えるようになるさ。俺のNW−遺伝子は、ハルカと違って、欠陥品だからな」
「それは嫌味かしら?50年も経ったら、私なんか、よぼよぼのおばあちゃんじゃない。それどころか生きてないかもしれないわ」
眼鏡の下から、ヒルダの青い瞳が、ジロリとソロモンを睨みつける。
「・・・・・・・・」
フォローしたつもりが、まったくフォローになっていなかった事に今更気がついて、彼は、再び、苦笑するのだった。
ヒルダは、知的な眉を軽く眉間に寄せると、被り振って手元のコンソールパネルを素早く叩いた。
すると、メインモニターに、タイプΦヴァルキリーと呼ばれる、あの美しいセクサノイドのデータが、次々と表示されてくる。
神妙な顔つきでそれを眺めながら、ヒルダは、いつもの冷静な声で言うのだった。
「これが、あのセクサノイドの基本プログラムよ。ファイアーウォールを破るのに苦労したわ。セクションは、大きく分けると二つ。戦闘用プログラムと、情緒プログラム。
アーマード・バトラーに搭乗する際は、情緒プログラムは停止される設定になってるわ。見て、これが彼女の情緒プログラムよ」
滝のように流れてくるデータを紅の瞳で追いながら、ソロモンは、僅かばかり驚いたように形の良い眉を寄せた。
「これは・・・」
「そう、人間が持つ・・・・いえ、人間の女性が持つ、ありとあらゆる情緒が、全てデータ化されて組み込まれているの。このセクサノイドが、戦闘を放棄した上に、涙まで流したのは、恐らく、人間で言うところの愛情≠フせいだったと仮定できるわ」
「愛情・・・?」
「そうよ、戦闘用プログラムによって停止していた情緒プログラムが、ハルカの声を聞くことで、何故か起動してしまった。本来なら、どちらか一つしか起動しないはずのプログラムが、同時に起動するという想定外の事態に、この個体は、そのデータを処理しきれず一時的なフリーズを起した・・・この仮定が間違っていなければ、実に興味深い事案よ。
戦闘用であるはずのセクサノイドが、戦闘プログラムより、情緒プログラムを優先した証拠なんだから。彼女は恐らく、ハルカに対して深い愛情を持っていたのよ、どちらかといえば、それは母性に近いかもしれない」
「機械が人間に深い愛情を持つ、ね・・・なるほど・・・本当に、興味深い事案だ」
呟くようにそう言って、ソロモンは、その紅の瞳を、特殊ガラスの向こう側に寝かされた、美しいセクサノイドに向けた。
その視線を追って研究室を顧みると、ヒルダは、落着き払った口調で言葉を続ける。
「本来なら、戦闘用セクサノイドに、こんな情緒を持たせる必要はないわ。考えられることがあるとしたら・・・」
「少なくともこの個体は、元から戦闘用として開発されたものではない・・・と、言うことか」
ソロモンは、感慨深げに眉間を寄せ、ヒルダの語尾をそう続けた。
それに頷きながら、ヒルダは更に口を開く。
「その通りよ。このプログラムを組んだのが、ワーズロック博士だとすれば、それも頷けるわ。彼の研究は、戦闘用セクサノイドを開発することでは決してない。人間と何ら変わらない、究極のアンドロイドを作る・・・それが彼の研究の本来の目的。
遺伝子操作などしなくても、人間は不老になれる・・・それが彼の考え方だった。だから、ガーディアンエンジェルを退いたんじゃない」
「トライトニアのアンドロイド技術が、急激に向上したのは、ワーズロック博士が生きていたから、か」
「メルバ急襲から逃れた彼が、自ら出向いたとは考えにくいけどね」
コンソールパネル叩きながらそう言ったヒルダに、軽く頷いて見せると、ソロモンは、ふと、研究室の天井に設置された、音声センサーに向かって言うのだった。
「艦内通信をブリッジへ」
『Yes、Sir』
デジタル音声がそう答えると、七台あるモニターのうちの一つに、レーダー通信オペレーター、ルツ・エーラの姿が写し出されたのである。
『はい艦長』
「ルツ、大至急、ショーイ・オルニーを探して、回線を繋いでくれ」
その名を聞いた瞬間、ルツは、モニターの中で驚いたような顔つきをすると、黒い瞳を盛んに瞬きさせて、思わず、ソロモンに問い返すのだった。
『艦長・・・ショーイ・オルニーって、あのバートのショーイ・オルニーですか!?』
「そうだ」
ソロモンは、愉快そうに笑って即答した。
『し、しかし・・・バートが今何処の宙域にいるのか、全く見当もつきませんが』
「呼びかけてみてくれ、もし近くの宙域にいて、気が向けば答えるはずだ」
『は、はい、了解しました』
ルツは、なにやら、渋い表情をしてそう答えると、通信を切った。
セラフィムの通信オペレーター、ルツ・エーラが、ショーイ・オルニーと言う名の青年を大の苦手としていることは、ソロモンどころか、ブリッジオペレーター全員が知っている、余りにも有名な事柄だ。
つい数ヶ月前も、ルツは、ブリッジで、かの青年と凄まじい舌戦を繰り広げたばかりだった。
その時の様子をふと思い出し、ソロモンは殊更愉快そうに端整な唇を歪める。
そんな彼に振り返ると、ヒルダは、実に生真面目な顔つきをして、まるで、叱責するような強い口調で言うのだった。
「笑ってる場合じゃないわよソロモン。完全なるNW−遺伝子≠ェ、トライトニアに一年も拘束されていたのよ。人類の希望であり、最大の危険因子であるNW−遺伝子を、トライトニアがどこまで解析したのか、知る必要があるわ。恐らく、あのセクサノイドはそれを知っているはず。でも、そのファイルだけ、どうしてもロックが外せないのよ。
強制的にファイルを開けば、データが破壊されるわ。だから、その解除方法を彼女から聞き出すのが、ハルカを拉致されたあなたの責任。
必ず果たしてもらうわよ」
「おいおい、彼女を拷問にかけろとでも言うのか?簡単に話してくれるとは思えないが?」
なにやら、形の良い眉を困ったように眉間に寄せて、ソロモンは、怖い顔つきをするヒルダをまじまじと顧みる。
ヒルダは、両手を白衣の腰にあてがった姿勢で、彼の端整な顔を真っ向から睨みつけるのだった。
「そんなことをして、ファイルを消去された意味がないわ。もし、彼女に愛情があるのだとすれば、そこに訴えかけるのも一つの手段。彼女は、機械という事を除けば、少しだけ腕っ節が強いただの女性よ」
「ハルカを殺すとでも言って脅すのか?」
ますます困ったような顔つきをして、片手で自らの前髪をかき上げると、ソロモンは、その広い肩で大きくため息をつく。
ヒルダは、軽く首を横に振ると、殊更真剣な表情で言うのだった。
「今のトライトニアに、NW−遺伝子の全てを解析できるほどの能力は無いとは思う。
でも、万が一ということもある。場合によっては、トライトニアとの全面戦争に発展しかねない。だから、トライトニアがどこまで知ったのか把握する必要がある。それに、NW−遺伝子を欲しがっているのは、何もトライトニアだけじゃないわ。他の惑星国家に漏れたりしたら、大変なことになるのよ」
「言われなくても、それは十分把握してるよヒルダ」
「だったら、はぐらかすのは止めることね」
ヒルダが、一体、自分に何をしろと言っているのか、実は、ソロモンにはわかっていた。
簡単に言えば、彼女は、あのセクサノイドを『女性を口説くように、口説き落とせ』と、そう言っているのだ。
本当に、妙なところで強引なのは、相変わらずだと・・・彼は思う。
「全く・・・科学者が、よくもそんな非科学的な方法を考えつくな?」
すっかり呆れ返った様子で腕を組むと、ソロモンは、実に渋い顔つきをして、ちらりとヒルダの顔を顧みる。
ヒルダは、コンソールパネルを叩きながら、冷静で真剣な表情でこう答えるのだった。
「あら、女性から秘密を聞き出すための、最も合理的な方法よ。
あのセクサノイドに、本当に愛情≠ェあるのか。
科学者としては非常に興味があるわ。個人である人間に対して、機械である彼女にどうやって愛情が芽生えるのか、その過程のデータを取りたいし。
もし、ワーズロック博士の研究が完成されているのだとすれば、それは、NW−遺伝子研究を揺るがしかねない案件よ。それによっては、元老院の論争はまた真っ二つに分かれるわ。私個人の意見を言うなら、エデン≠ェ・・・人類発祥の地が、人工人体に満たされるなんてとんでもない話よ」
 「確かにその通りだが・・・・・」
「その通りだが・・・何かしら?」
「人間の女性と同じならば、相手にも、好みというのがあるだろう?」
「それなら大丈夫。彼女が、ハルカに対して、母性に似た愛情を抱いていると仮定するなら、持っている雰囲気がハルカと似ているあなたが、愛情を受ける側としては最も適した人材よ。DNAの時点で、あなたはハルカと酷似してる訳だし」
「女性を口説いている暇なんて・・・ないんだが、な」
「暇が無いなら、どうして此処で油を売っているのかしら?」
「・・・・・・わかったわかった、最善は尽くすよ」
すっかり困り果てた様子でそんなことを口にすると、ソロモンは、ため息をつきながら、オート・ドアの方へと歩き出した。
長く艶やかな銀色の髪が揺れる彼の背中に、モニターを見つめたままでヒルダが言った。
「全てのデータを取り終えたら、彼女の機能を停止させてる磁波を解除するわ」
「その時は呼んでくれ、ブリッジに居る」
「逃げ出したりしたら、ただじゃおかないわよ」
「・・・・了解」
苦笑しながら、後ろ手に軽く片手を上げると、ソロモンの長身は静かにドアの向こうへと消えていく。
ヒルダは、白衣の肩越しに、そんな彼の後姿を振り返った。
ソロモンは「全部あの頃のまま」だと彼女に言ったが、それは、自分ではなく彼の方だと、しみじみ思う。
表情も仕草も言動も、そしてその容姿も、初めて出会った21年前から全く何も変わっていない。
それは一重に、細胞レベルで老化を知らない、NW―遺伝子のなせる技なのだろう。
 遥か遠い昔から、どんな人間であれ必ず訪れる身体の老化。
 その『老い』から、人間を解放することができるであろうNW−遺伝子を持った、人類最初の人間が、他でもない、この宇宙戦闘空母セラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンであった。
 彼の持つ独特の髪色や、瞳の色も、その遺伝子によるものだ。
 あの容姿のせいで、よくセクサノイドと勘違いされるが、彼はれっきとしたホモサピエンスである。
ヒルダは、唇だけで小さく微笑すると、少女であった頃、憧れて病まなかった初恋の人を、無言で見送ったのだった。




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