* ジルベルタ星系第七惑星ダイモン。 その軌道上に浮かんだ、惑星トライトニア所属のコロニー「エンバー」。 「エンバー」のセクション4TH(フォース)にある、戦闘用ヴァルキリー専用のメンテナンスルームには、12体のタイプΦヴァルキリーが、特殊プラスティックで覆われた円柱状のケースに寝かされている。 このセクサノイドたちのメンテナンスを任されている、ウィリアム・デバン博士は、まだ、弱冠32歳でありながらも、トライトニアでは指折りの優秀な頭脳の持ち主であった。 デバン博士は、茶色の髪に片手を入れながら、モニターに上がってくる、タイプΦヴァルキリーのデータを渋い顔つきをして眺めやっていた。 このメンテナンスルームには現在、男性体ヴァルキリーが七体、女性体ヴァルキリーが五体格納されている。 本来なら、15体あるはずの個体は、今回の戦闘で識別コード02と05の二体を失い、「スペーシア」と共に破壊されたと思っていた女性体セクサノイド識別コード012は、なんと、トライトニアを裏切ってガーディアンエンジェルと行動を共にしているのだという。 一体、何故そんな事態が起きたのか、優秀であるはずのデバン博士にも、まったく見当もつかない。 それを解明するにしても、タイプΦヴァルキリーのシステムプログラムは余りにも複雑すぎるのだ。 「まったく・・・こんな複雑なプログラムの創始者をあっさり殺すなんて・・・バークレイ秘書官は、一体、何を考えているのか」 眉間に深いしわを刻みながら、思わずそんなことを呟いたデバン博士は、滝のように流れてくる各個体のデータを見つめながら、白衣の肩で大きくため息をついたのだった。 「01、03、04、06、07、08、09はオールグリーン・・・010、013、014、015もオールグリーン・・・ああ・・・まただ・・・どうしてこう011は・・・」 モニターに映し出された識別コード011のセクションに、赤い文字エラーが表示される。 デバン博士は、苦々しい顔つきをして低く唸った。 「相変わらず、戦闘用プログラムと情緒プログラムの折り合いが悪いな・・・・また、戦闘用メモリーを消すしかないか・・・これじゃ、二重人格だ・・・本当に」 女性体セクサノイド011は、以前から、戦闘後のプログラムに妙な不具合が生じる固体であった。 全部で15体あった個体のうち、この011と012は、ひどく複雑な情緒プログラムを持った個体だった。 以前採取しておいた012のデータと比べると、011のプログラムはとても良く似ていた。 だが、011は、戦闘用プログラムが起動した後、戦闘時に記憶したメモリーをいったん消去しないと、どういう訳かフリーズを起してしまうのだ。 そのため、再起動させた011には、戦闘時の記憶が全く無くなっている。 タイプΦ戦闘用ヴァルキリーとは言え、基本的に戦闘時以外の行動は、情緒プログラムにしたがって行動するため、戦闘時の記憶を失ったとしても、支障がないといえばないのだが・・・ 「こんな連中の管理を、これから私一人でやらなければならないとは・・・まったく!バークレイの馬鹿息子が!!」 思わずそんな言葉を口にして、デバン博士は、コンソールパネルを乱暴に叩くと、011の戦闘時メモリーを消去したのだった。 デバン博士でさえ、ここにいるヴァルキリーたちのプログラムを全て理解している訳ではない。 このセクサノイド達のAIには、ワーズロック博士本人でなければわからない複雑なプログラムも組み込まれている。 ワーズロック博士なしで、このタイプΦヴァルキリーを量産するなんて、ただ、システムをコピーして、個体に組み込めば済むという話では決してないのに・・・と、デバン博士は心中で悪態を吐くのだった。 今、メンテナンス中の12体のセクサノイドには、それぞれ個性というものがある、それは情緒プログラム起因するのであるが、戦闘時にもある程度その個性、つまり性格が作用してくる節がある。 戦闘用として最も優れている個体は、男性体セクサノイド識別コード07だ。 それはゴールドメタリックのアーマード・バトラー『オーディン』に搭乗している個体であった。 情緒プログラム上での性格を言うとすれば、07は、冷静沈着であり落着き払っていて、どこか冷酷な感のある、まさに戦士タイプの個体だった。 それに比べて、011は、見た目の妖艶さにはそぐわぬほど、やけにくったくない少女のような情緒プログラムを持っている。 つまり、各個体ごとに性格が違うのだ。 もしかすると、011も、この情緒プログラムのどこかをいじれば、エラーが出なくなるのかもしれない、だが、今のデバン博士には、それだけの知識がないのが現状だった。 「よくもまぁ・・・こんなに緻密なプログラムを組んだものだ・・・やはり、ワーズロック博士は天才だな」 デバン博士は大きくため息を吐きながら、011の起動スイッチを入れた。 「さて、011・・・012の次に、人間に近いプログラムを持った君には、特別司令が出てるんだ、ちゃんと起動してくれよ」 特殊プラスティックケースの中で、011の体内に組み込まれたAIが起動し始め、全身に張り巡らされた、人間の血管と同じ働きをする管が青く輝いた。 点滅する光の粒がしなやかな肢体を駆け巡り、緩やかにそれが止むと、ルビーのような美しい髪を微かに揺らし、011は、ゆっくりとその赤い瞳を開いたのである。 011が、正常に起動したことを確認して、デバン博士は、ほっと胸を撫で下ろすのだった。 これから011は、ある司令を携えて、ラレーラ星系マルタリアに出向くことになる。 そこで、運命の悪戯が待っていることも知らずに。
* アンダルス星系アルキメデス。 その星は宇宙の頭脳と呼ばれ、澄んだ大気の下に築かれた都市には、有名大学や研究所が数多く存在する実に知的な惑星国家であった。 この惑星から、多くの優秀な科学者が輩出され、その人間達が、広域宇宙の様々な惑星国家で活躍してることはもはや言うまでもない。 そして、ギャラクシアン・バート商会の本拠地もまた、このアルキメデスに置かれている。 だが、今、この星には、その知性とはかけ離れた、不穏を予見する暗雲が立ち込めようとしていたのだった。 近代的な高層ビル群と、緑の草原が広がる美しい首都プラトンのスペースエアポートに、惑星トライトニアからの定期シャトルが着艦した。 エアドックに曳航されてきたシャトルの扉が開き、そこから、バゲッジを抱えた多くの人々が溢れるように下船してくる。 その雑踏に混じり、小さなスーツケースを抱えた、実に可愛らしい少女が、ピンク色のワンピースの裾を揺らしながら、エアポートの出口に通じる高速エレベーターに向かって歩いていた。 その肩には、兎ともリスともつかないピンク色の生き物がちょこんと乗っている。 少女は、ふわふわのウェーブがかかった金色の髪を弾ませながら、機嫌良く鼻歌を歌いながらエレベーターを待つ人々の列に並んだのだった。 これから何処にいけば良いか、養父であるワーズロック博士が詳しく教えてくれていた。 それは全部、彼女の頭脳に鮮明に記憶されている。 迷うこともないだろう。 少女は、純真に澄んだ蒼い瞳を瞬きさせて、降下してくるエレベーターを大人しく待った。 そんな少女の肩に乗ったピンクの生物が、そのふわふわの金髪に、愛らしい顔をぐりぐりと押付けてきたのである。 少女は、くすぐったそうに頬を赤らめると、大きな蒼い瞳で、ペットであり友人でもあるピンクの生き物、偏狭惑星にしか生息しないアベーラリスの頭を、指先で撫でつけたのだった。 「ちょっとやめてよコモ、もう少し待ってて、今外に出られるから」 くすくすと笑いながら、少女が、そう言った、正にその瞬間だった。 大勢の客でごったがえするスペースエアポートの内部に、緊急事態を知らせるけたたましい警報が鳴り響いたのである。 少女は、驚いたように肩を震わせて、ハッと頭上を仰ぎ見た。 周りにいる大人達が、ざわざわと激しくざわめき出す。 高速エレベーターが緊急停止し、出入り口のシャッターが、急速に降り始めた。 「な、なに?」 少女は、不安そうに綺麗な眉をしかめて、慌てて周りを見回したのである。 すると、突然、発着デッキの上部に設置された大型モニターに、厳しい軍服を身に纏った白髪の男の顔が映し出されたのだった。 険しい顔つきをするその無骨な男は、軍服の胸に片手をあてがって、高々とこう宣言したのである。 『私は、アルキメデス国防総長ダーナル・トバリである。たった今、アルキメデスの行政中枢は、我等軍部が制圧した。これより、この惑星は、このダーナル・トバリを中心に新たな国家打ち立てる!』 それは、知的惑星アルキメデスに、その知性とは相反した武装勢力がクーデターを起した、正に、その瞬間であったのだ。 エレベーター待ちをしていた客達が、慌ててシャトルへと駆け込み始める。 「あ、きゃぁ!」 その人の並みに押されて倒れそうになった少女の腕を、不意に、駆け込んできた若い女性が掴んだ。 「大丈夫!?」 「あ、は、はい」 戸惑い気味にそう答えた少女の腕を掴んだまま、その女性は、慌ててシャトルへと駆け出していく。 華奢な身体を引き摺られるようにして、少女もまた、必死に走り出したのだった。 少女の白い手を引いて走る女性の傍らには、恋人か夫かと思われる若い男性が寄り沿うように走っている。 金色の髪を蒼い瞳を持つ可愛らしい少女は、その若い男女と共に、トライトニアからのシャトルではない、別の惑星からのシャトルに乗り込んで行くのだった。 まだ発進ゲートは開いている、クーデターを回避しようとしたシャトルのパイロットが、大勢の乗客を乗せた機体の扉を閉め始める。 メインバー二アが火を吹き、発着ドックから、ゆっくりとシャトルが動き出した。 それは、後に「惑星アルキメデスの蜂起」呼ばれる、アルキメデス軍部による前代未聞のクーデターだったのだ。 訳もわからず、ひたすら唖然とする少女を乗せたシャトルが、轟音を上げて、スペースエアポートから宇宙空間へと発進していく。 そのほんの数十秒後、アルキメデスのスペースエアポートは全面封鎖された。 どこの惑星に向かうとも知れないシャトルの中で、少女は、不安そうに眉根を寄せながら、どんどん遠ざかっていく、惑星アルキメデスを見つめすえる。 まだ幼い少女には、もうどうすることも出来ない。 あまりの驚きと恐怖に、小さな身体を強張らせた少女の背中を、先ほどの女性が優しく撫でたのである。 「大丈夫よ、ドーヴァに着いたら、必ずご両親に連絡を取ることができるわ。クーデターに巻き込まれるよりはマシだから、ね?」 その優しい言葉に、蒼い瞳を潤ませて、少女はこくんと小さく頷いたのだった。 細い肩で金色の髪がふわりと揺れる。 その愛らしい少女の名前は、ガブリエラ・ワーズロック。 養父である優秀な科学者が、至高の少女と呼んだ彼女の身は、こうして、本来あるべき場所から遠ざかることになったのだ。 無限の宇宙空間に広がる宝石の如き星々が、シャトルの狭い窓辺に漂う。 至高の少女ガブリエラの姿は、幾億、幾万の銀河を抱くこの広大な星の海に揺られるようにして、太古のエデンに住んだ有能な数学者の星≠ゥら離れていく。 やがて彼女が、自らの秘密を知り、そして、運命の少年に出会うまでには、ここから実に五年の歳月を有することとなる。 アルキメデスの災厄を見守る星々のしじまを、小さなシャトルが渡っていく。 後に、美しい歌姫へと変わる至高の少女を乗せたまま、その機体は、見知らぬ銀河へと消えていくのだった。
『NEW WORLD 〜第一序曲〜 END』
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