* セラフィムのD第一ブロックは、長い航海を艦内で過ごす乗組員達の専用居住空間である。 戦闘後のメディカルチェックを受けたリョータロウ・マキが、苦々しい顔つきをして、D第一ブロックへ続く通路を歩いていた。 今回の戦闘で、ツァーデ小隊は四人の死亡者を出した。 それは、アーマード・バトラーの強さをまざまざと見せ付けられた結果である。 宇宙空間において、人型兵器の機動性は戦闘機に勝る、悔しいが、それは明らかな事実だ。 凛とした眉を眉間に寄せて、拳で通路の隔壁を叩いた時、そんなリョータロウの背後から、とてつもなく元気の良い足音が響いてきたのである。 聞き覚えのあるその足音に、ゆっくりと背後を振り返ると、足音の主は、苛立つリョータロウの気持ちをよそに、勢いよくその広い背中に抱きついてきたのだった。 「!?」 「リョータロウ!お帰り――――っ!!」 そんな声と共に、リョータロウの視界の中で、艶やかな黒髪がふわりと揺れた。 象牙色の肌を持つ愛らしい少年が、その顔を満面の笑みに満たし、大きくて純粋無垢な黒い瞳で、真っ直ぐに、唖然とするリョータロウの顔を見上げている。 それは、NW−遺伝子のために、一年間もトライトニアに拘束されていた少年、ハルカ・アダミアンであったのだ。 面食らったようにぽかんと口を開けたリョータロウが、その事態を飲み込むまでに数秒がかかった。 そして、凛とした黒曜石の瞳を驚いたように見開くと、リョータロウは、咄嗟にその場にしゃがみこんで、ハルカの華奢な肩を強く掴み、大きく揺すりながら叫ぶように言うのだった。 「おまえ・・・っ!もしかして、全部思い出したのか!?」 「うわ!ちょ、ちょっと!リョータロウ!目が回っちゃうよ!」 余りにも激しく身体を揺すられたため、ハルカは、思わずそんな悲鳴を上げてしまう。 その声に、ハッと我に返って、リョータロウは、ハルカの肩から慌てて手を離したのだった。 ふるふると首を横に振り、眉間にしわを寄せたハルカが、そんなリョータロウの顔を拗ねたように仰ぎ見る。 「もぉっ!僕を殺す気〜!?頭痛くなっちゃうでしょ!」 その口調も表情も、リョータロウが良く知っている、あのハルカ・アダミアンだった。 苛立ちすら吹き飛ばすその出来事に、リョータロウは、ひどく嬉しそうに、くなく笑って、大きな両手でくしゃくしゃとハルカの髪を撫でまわしたのである。 「おまえ〜!心配させやがって!元に戻ってんじゃねーかよ!!」 「ちょっと!やめてよ〜!!」 「遠慮すんなよ!おまえいつもこうやって、みんなに撫でまわされてただろ?」 「リョータロウのは乱暴なの!!」 不満そうにぷくっと頬を膨らませながらも、ハルカの表情は、どこか嬉々としている。 今、その黒髪を撫でまわしているのは、やけに懐かしく感じる大きな手だった。 戦乱で母星を追われ、ボートピープルだったリョータロウが、ケルヴィムに救助されたのは、今から7年前のことだ。 ボートピープルを一時的に受け入れる救助惑星エルメで下船することもなく、リョータロウは、ケルヴィムに残った。 ハルカにとってのリョータロウは、歳の離れた兄のような存在であり、短気な割には面倒看が良くて、当時、まだ四歳だったハルカの世話をよくしてくれたものだった。 食事を摂るのも寝るのも、いつも一緒だった。 その全てを、ハルカはよく覚えている。 髪をくしゃくしゃにされながらも、ハルカは、まるで光が差すような飛び切りの笑顔でリョータロウの顔を仰ぎ見たのだった。
* 「うは!やっぱりトーマさんだ!!」 D第一ブロックにある乗組員専用のカフェで、ローレイシアチェリーのタルトをつついていたナナミが、突然、嬉しそうな声を上げた。 そんなナナミを呆れたように見やりながら、ルツは、片手にコーヒーカップを持った姿勢で、その視線の先を振り返ったのである。 カフェのレジカウンターに、白いショートローブを羽織った、一人の青年が立っている。 焦茶色の髪と、精悍だがどこか優し気な横顔、そして長身。 それは、他でもない、ギャラクシアン・バート商会の経営者の一人、トーマ・ワーズロックだったのである。 「あ・・・・なんか私、ナナミの好みがよくわかった気がした」 たっぷりと生クリームの乗ったシフォンケーキを口に運びながら、ルツが思わずそんなことを呟いた。 モニターごしでは気付かなかったが、レイバンパイロットのリョータロウ・マキと、『バート』の船員トーマは、どこか雰囲気が似ている。 ルツが、そんなことを思って、やけに上機嫌なナナミを顧みた時だった。 「ナナミちゃん!僕もケーキ!!」 キラキラと瞳を輝かせるナナミと、呆れ顔のルツの耳に、突然、やたらと元気の良い少年の声が飛び込んできたのである。 ナナミとルツは、驚いたように肩を揺らして、咄嗟にそちらに振り返った。 すると、そこに立っていたのは、その大きな黒い瞳を、ナナミとはまた違う意味でキラキラと輝かせた、ハルカだったのである。 そんなハルカの後方には、ブルーシルバーの軍服を引き締まった肢体に纏うリョータロウが、腰に片手を置いた姿勢で立っていた。 「ハルカくん!マ、マキ少尉!?」 「なんだよ、化け物でも見たような顔して?」 何故か、おどおどとして挙動不審なナナミの態度に、リョータロウは、きょとんとその目を丸くする。 それを横目で見やっていたルツが、底意地悪く笑うと、リョータロウに向かって言うのである。 「あ、なんかナナミ、浮気心が出てるみたいだよ」 「はぁ??」 その言葉に、訳がわからないと言った顔つきになって、リョータロウは、凛とした眉を眉間に寄せると、まじまじとルツの顔を見つめすえるのだった。 「あ!ちょ、ちょっとルツ!!何言ってんの!!?」 ナナミは、顔を真っ赤にして、おたおたとその場で両手を振り上げ、ツインテールを揺らして盛んに首を横に振ったのだった。 その様子を、やはり、きょとんとした様子で見上げていたハルカが、ふと、その視線を、カウンターの方を向けたのである。 そして、実に珍しい人物を見つけて、その顔を歓喜したようにぱぁっと明るくしたのだった。 「あ!トーマだ!!トーマ――――っ!!」 広いカフェの端から端まで響き渡る程の大声に、テイクアウト用のパッケージを片手に抱えたトーマが、ショートローブを揺らしてこちらを振り返ると、ハルカの姿を見つけて愉快そうに笑い、ゆっくりとこちらに近づいてきたのだった。 ナナミはますます焦り、ルツはほくそ笑み、そしてリョータロウは、まだ訳がわからないと言った様子で眉間にしわを寄せている。 実に賑やかなセラフィムの船員達の元に、ギャラクシアン・バート商会の若き経営者が、その長身を緩やかに寄せてきた。 焦茶色の髪がら覗く紺色の瞳でハルカの顔を見つめすえると、その艶やかな黒髪を、これまた両手でくしゃくしゃと撫でまわしたのである。 「よぉ、ハルカ、無事に帰ってきたんだってな?」 「や、やめてよトーマ〜!」 「遠慮すんなよ、いつものことだろ?」 まったくもって誰かと酷似した台詞を吐きながら、トーマは悪気もなくニッコリと笑うと、その視線を、傍らに立っているリョータロウに向けたのだった。 「なんだよ、リョーもいたんじゃん?遠慮しないで声ぐらいかけろよ。ギャラクシアン・バート商会の臨時バイトなんだからさ、おまえ」 そんなことを言ったトーマの端整な顔を、黒曜石の瞳でちらりと見やると、リョータロウは、前で腕を組みながら、どこか呆れたような顔つきで口を開くのである。 「誰が臨時バイトだよ?あんたらの手の回らない時に、勝手に呼びつけてるだけだろ?」 「ちゃんとソロモン艦長に断ってから呼んでるだろ?セラフィムが忙しい時は呼ばないしな」 「当たり前だ!」 リョータロウは、肩で大きくため息をつきながら、片手で茶色に染めた髪をかきあげて、まじまとトーマの顔を見つめすえたのだった。 ギャラクシアン・バート商会は、時々、セラフィムから乗員を借り受ける時がある。 それも、積載する荷物がレベル6以上の危険物であったり、明らかに攻撃を受けると思しき曰くつきの荷物であったり、やたらと荷量が多かったりする時に限ってだ。 そして、それに借り出されるのは、何故かいつもリョータロウであった。 事業主であるショーイが、リョータロウを有能と見なしているから、やたらと指名するのだと、以前、トーマは言っていたのだが・・・ リョータロウにしてみれば、まったくもってはた迷惑な話である。 「ったく、ソロモンもギャラクシアン・バート商会も、なんで俺ばっかに面倒な仕事振るんだよ」 不満そうにそんなことをぼやきながら、ぼりぼりと頭を掻いたリョータロウの瞳が、トーマの手にあるテイクアウトパッケージを見やる。 「またケーキかよ?相変わらず甘党なんだな?ギャラクシアンのボスは?」 「まぁね。あんだけ頭使ってりゃ、糖分も必要なんだろ?それに、セラフィムで出される食い物は、合成食物じゃないから、たまに来た時ぐらい食ってみたいしな、俺も」 可笑しそう笑ってにそう答え、トーマは、ふと、何かに気付いたように、テーブルで何の気なくコーヒーをすすっているルツを見たのだった。 「あれ?君、ルツ・エーラくん?」 聞き覚えのある口調でそう名前を呼ばれて、ピクリと眉の角を吊り上げると、ルツは、不愉快そうに眉間を寄せて、咄嗟にトーマの長身をじろりと睨んだのである。 「あの、その言い方、やめてもらえますか?」 「あ、ごめん・・・ってか、うちのボスのこと・・・やっぱ良くは思ってないよね?」 トーマは、ひどく申し訳なさそうに苦笑すると、トーマは、そんなルツの肩を軽く手を置きながら、その綺麗な顔を真っ直ぐに覗き込んだのである。 揺れる焦茶色の前髪の隙間から、ショーイに良く似た知的な紺色の瞳が、ルツの黒い瞳を見つめすえる。 トーマのその端整な顔立ちは、ショーイの端整さとは随分と違うが、知的な面持ちを持つその眼差しだけは本当に良く似ていた。 ルツは、僅かばかり頬を上気させると、照れたようにぷいっとそっぽを向いて、相変わらず不愉快そうに答えるのだった。 「当たり前です!毎回毎回、あんな言い方されてたら、誰だって良くは思いません!」 「そ・・・そうだよな、やっぱ、そうだよなぁ・・・でもさ、あれ、マジ、屈折した愛情表現だから、あんまり気にしないで」 「・・・・は、はぁ!?」 さり気無くトーマが口にしたその言葉に、ルツは、驚いたように大きく目を見開くと、信じられないと言うように口をぱくぱくさせてしまう。 まじまじとこちらを見上げたルツに、トーマは、もう一度くったくなく微笑してみせと、白いショートローブを翻してゆっくりと背中を向けたのだった。 そして、傍らに立つリョータロウにその視線を向けると、ブルーシルバーの軍服をまとう広い肩を軽く叩いて、愉快そうに言うのである。 「相変わらず、セラフィムは賑やかだな?バートは男所帯だから、何か殺風景でさ。 とりあえず、急ぎの仕事が入っているから、もう行くな。次のバイトまで、ちゃんと生きてろよ、リョータロウ」 「言われなくても生きててやるよ。っーか、俺はあんたらのバイトじゃねーっての!」 「あ、悪りぃ、そうだった」 そんなことを言いながらも、さして悪いとは思ってなさそうに唇の角を歪めると、トーマは、軽く片手を上げて、着艦デッキへ向かう通路へ歩き出したのだった。 白いショートローブが揺れるトーマの背中に向かって、リョータロウは、不機嫌そうな表情をしながらも、こう言うのである 「あんたらも、無謀なことばっかやって撃沈されるなよ」 「心配すんなよ。ギャラクシアン・バート商会は無敵だって」 軽口を叩きながら、もう一度片手を上げたトーマの長身は、そのまま通路の向こう側へと消えていく。 「トーマ!またね―――っ!」 その後姿を見送りながら、そう言って手を振るハルカの髪に片手を置き、リョータロウは、精悍な唇で小さく微笑する。 「相変わらずだな・・・あの連中も」 どこか感心したような顔つきをして、軽く息を吐いたリョータロウの袖を、不意に、ぐいぐいとハルカが引っ張った。 軍服の肩を軽く揺らして、その視線をハルカに向けたリョータロウに、ハルカは、くったくなく笑って言うのだった。 「ねぇ、ねぇ、リョータロウ、ケーキは?」 「わかった、わかった、ほら来いよ」 余りにも無邪気なその言葉に、リョータロウは、もう一度穏やかに笑って見せると、先ほどから呆然としているルツの肩を軽く叩いたのである。 「ルツ、そこの席開けといて」 そんな言葉を残し、リョータロウはハルカを連れ、カフェのカウンターへと歩いていったのだった。 後には、涙目になったナナミと、ぽかんと口を開いたままフリーズするルツだけが、テーブルに取り残されてしまったのである。 だが、ルツの思考回路は、トーマのあの言葉によって完全に停止している、リョータロウに肩を叩かれたことすら、まるで気付いていない様子だった。 そんなルツの腕を強引に掴むと、ナナミは、今にも泣き出しそうな顔になって、思い切りまくし立てたのである。 「ずるい!ずるいよルツ――――っ!!なんで肩ぽん≠ネの!?」 その声に、はっと我に返ったルツが、きょとんとしたまま、怒れるナナミの顔をまじまじと見やった。 「え?え?え?何?何のこと??」 「何のことじゃないよ――――っ!何でルツばっかりぽん≠オてもらえるの!?」 「ぽん??」 「トーマさんにもマキ少尉にも、肩ぽん≠チてされたじゃない!!ずるいよ――――っ!!ナナミの気持ちを知ってるくせに―――っ!ひどいよルツ――――っ!」 「は、はぁ??」 一体ナナミが何を言っているのか、まったくわかってないルツが、小首を傾げて苦笑する。 ナナミは、涙目のまま、そんなルツの顔をまじまじと見つめすえると、拗ねたようにぷくっと頬を膨らませたのだった。 決死の戦闘を終えたばかりのセラフィムには、再び、つかの間の休息が訪れていた。
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