* 艦長専用リビングのオート・ドアから、その青年たちが姿を現したのは、シャトルがセラフィムに着艦してから、まもなくのことであった。 上質のソファに深く身を埋めて、ゆっくりとオート・ドアを顧みたソロモンの紅の瞳に、白いショートローブを纏った、二人の歳若い青年たちの姿が映りこんでくる。 一人は、鮮やかな赤い髪を揺らした、知的で冷静沈着な面持ちを保つ細身の青年で、もう一人は、焦茶色の髪と、その精悍な顔立ちがやけに印象的な長身の青年であった。 実に対照的に見えるこの二人だが、知性のある深い紺色の瞳だけは、双方共によく似ている。 彼等は、母親の違う兄弟であり、広域宇宙を航行する運送会社ギャラクシアン・バート商会の若き経営者、ショーイ・オルニーと、その数ヶ月違いの弟トーマ・ワーズロックであった。 ソロモンは、肘掛に頬杖をつきながら、銀色の髪の下で柔和に微笑すると、腰を下ろすように片手でソファを指し示しながら、落着き払った口調で言うのである。 「まずは先に、礼を言っておこうか・・・『バート』のお陰で、乗組員が死なずに済んだ。トライトニアの追撃は、予想外だったものでな」 「別に僕は、セラフィムを助けたつもりはないよ。積荷が積荷だったんでね、規約通りに砲撃したまでだから」 相変わらずの高飛車な口調でそう答えると、ショーイは、片手で眼鏡を押し上げてから、何の遠慮もせずにソロモンの向かいに腰を下ろすのだった。 そんな兄の様子を、どこか愉快気な視線でちらりと見やると、トーマもまた、静かにソファに座ったのである。 「そうか・・・なら、俺の勘違いだったんだな」 そう言いながら、端整な唇の角を可笑しそうにもたげると、ソロモンは、銀色の前髪から覗く紅の瞳を、ショーイの傍らに座るトーマに向けた。 トーマは、「相変わらず、素直じゃないから」と言いたげな眼差しで、ソロモンの端整で優美な顔を見やると、ショートローブを羽織った広い肩を軽く竦めて見せるのだった。 AUOLPが定めた広域宇宙運送業務規約第52条13項特記を盾に、戦艦隊を砲撃する輸送船など、この広い宇宙でもそう滅多にあるものではない。 ソロモンの知る限り、恐れもせずにそんな暴挙に出る輸送船など『バート』ぐらいなものである。 『バート』の装備は、輸送船にあらざる重武装であった。 それは、その辺の駆逐艦など容易に凌ぐものである。 金銭次第で、どんな積荷でも運ぶというモットーを掲げているギャラクシアン・バート商会は、それ故に、荷主と敵対する者や、正真正銘のテロリスト、はては、一惑星国家の戦艦や、海賊にいたるまで、実に様々な船に攻撃されることがある。 それらから積荷を守るための当然の装備だと、以前、ショーイはそうぶいていた。 惑星アルキメデスの国営大学を首席で卒業し、たった14歳で博士号を取得したショーイが、このギャラクシアン・バート商会を立ち上げたのは、まだ17歳の少年であった頃だ。 自らが企画し設計した宇宙空間航行用の高性能推進動力を、ある大手造船業者に持ち込み、その設計図を提供する見返りに、ただ同然で入手したのが最新鋭のSXD−6061型大型輸送船だった。 そのSXD−6061型輸送船に、様々なカスタマイズを加えて完成したのが、武装高速トランスポーター『バート』である。 正に名前の通り、他に類を見ないほどの高速航行が可能であり、最大出力の『バート』に追いつける船はいないと、ショーイは豪語する。 知性と自信に満ち溢れたその眼差しは、少年であった頃となんら変わっていないと、ソロモンは思う。 そして、そんなショーイが、素直にものを言わないのも、相変わらずだとも。 精悍だが、耽美な面持ちすら持つ頬にかかる、銀色の長い髪を片手でかき上げて、ソロモンは、もう一度、ひどく柔和に微笑するのだった。 「それで、ショーイ。わざわざセラフィムに出向いて来た、ということは・・・それだけ、大物を釣り上げたと、言うことだな?」 ショーイは、ゆっくりと足を組むと、背もたれに深く身を委ね、相変わらず知的な冷静を保ちながらも、その紺色の瞳だけを鋭利に細めたのである。 「ああ、本当に、大物だった・・・・・・まず、先に報告することは、ブライアン・ワーズロック博士は、確かにトライトニアにいた。 そして、次に報告することは・・・そのブライアン・ワーズロック博士は・・・死んだ」 「なに・・・?」 顔色を変えずに、自らの父の死を報告したショーイを、揺るぎない真っ直ぐな視線で見やりながら、ソロモンは、形の良い眉を怪訝そうに眉間に寄せた。 そんなソロモンの端整で優美な顔を凝視したまま、次の言葉を続けたのは、ショーイでははく、トーマであった。 「殺されたようです、トライトニア政府に。俺たちが行った時は、もう、銃弾で全身穴だらけになってて、手の施しようもありませんでした」 そう言ったトーマの声も、やはり、ひどく冷静だった。 いくら、家族を捨てたとは言え、彼等にとっては実の父だ、その父が死んだというのに、何故、ここまで彼等が冷静でいられるのか、それは偏に、彼等自身の持つ知性と理性の故だろう。 だが、逆に、そんな彼等の姿は、ひどく痛々しくも見える。 父親であるワーズロック博士が、それまでアルキメデスで行っていた研究を、ガーディアンエンジェルの本拠地に入って始めた時、その家族がどんな思いをしたか、ソロモンにも、大方の察しは付く。 ガーディアンエンジェルのラボに入ると、その間は、家族との連絡は一切取ることはできない。 それどころか、本拠地やラボがどこにあるのか、家族であろうと知ることはできないのだ。 それが、組織の機密を守るために定められた厳しい規約であったのだ。 勿論、研究者に家族がいて、その家族を母星に残している場合には、組織側から定期的に金銭や物資の供給がある。 だがそれは、あくまでも家族を養うものであって、そこに愛情や思い出を残すものでは決して無い。 ソロモンは、よく覚えている。 惑星アルキメデスに補給で立ち寄ったケルヴィムの艦内に、どうやってセキュリティを突破したのか、一人の少年が、誰にも見つからずに侵入してきたことがあった。 あの時、その少年は、年頃にそぐわぬ凛とした顔つきをして、ソロモンに聞いたのだ・・・この船に、ブライアン・ワーズロックは乗っているか?と。 その時既に、ワーズロック博士はガーディアンエンジェルを脱退していた。 ワーズロック博士が脱退宣言をしたその日、ガーディアンエンジェルの本拠地であった人工惑星メルバが、惑星ジルーレの艦隊に攻撃され、それに巻き込まれた博士の生死は不明であった。 そう答えると、少年は、悔しそうな顔つきをしてこう言ったのだった。 「母さんが死んだ。散々裏切られてきたのに、それでも最後は父さんに会いたがってた。憐れだったと思う。だから、もし父さんがいるなら、目の前で文句ぐらい言ってやるつもりだった・・・もし生きてて、会える時があったら、その時は絶対に悪態の一つもついてやる・・・!」 とたん、やけに大人びて生意気そうだったその少年は、白皙の肌を真っ赤に上気させ、その端整な顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。 転んだ幼い子供のように声を上げて。 それは、今、目の前に冷静な顔つきで座る、ショーイ・オルニーの幼い日の姿だ。 あれから12年近くが経つ。 心の奥に押し殺していた感情を、露骨に表したショーイを見たのは、後にも先にもそれ一度きりだ。 同じ境遇にありながらも、素直に感情を表現することのできるトーマはまだマシだ、だが、兄であるショーイはそれができない。 だから、今、彼の胸の内にあるものを思うと、ひどく心が痛む。 しかし、そんなことを口にすれば、プライドの高いショーイがどんな反応を示すか、手に取るように判るため、ソロモンは、敢えて何を言うこともない。 ただ、静かに紅の瞳を伏せて、「そうか」とだけ答えると、落着き払った口調で言葉を続けたのだった。 「それで、ギャラクシアン・バート商会は、一体どんな大物を釣ったんだ?」 そう言ったソロモンの心情を知ってか知らぬか、ショーイは、骨ばった指を組むとそれを膝の上に置きながら、冷静な面持ちのまま口を開くのである。 「トライトニアは、タイプΦヴァルキリーの量産を目論んでいる。 それだけじゃない・・・NW−遺伝子ワクチンの開発も着々と進んでいるようだ。 どうやらワーズロック博士は、トライトニアが解析していたNW−遺伝子に関するデータを消去しようとして、殺されたらしい・・・・ とりあえず、ワーズロック博士のコンピューターに残っていたデータをコピーしてきた。消去されてた部分も多くある、だから、全てのデータを閲覧することはできない。 それでも、トライトニアの手の内はよくわかるはずだよ」 ショーイの言葉と同時に、傍らに座っていたトーマの手が、自らのポケットをまさぐり、そこから、メモリースティックを取り出すと、それをソロモンの目の前に差し出した。 静かにそれを受け取ると、ソロモンは、どこか厳しい顔つきになって、銀色の前髪から覗く紅の瞳を鋭利に細めたのである。 そんなソロモンに向かって、トーマは言う。 「あともう一つ、調べてわかったことがあるんです。親父には、養女がいたようです。年齢は10歳。名前は、ガブリエラ。親父が殺された日に、トライトニアから出国しています。行き先は、アルキメデス。状況からして、親父は、その子をトライトニアの外へ逃がしたと考えるのが妥当だと思いますよ」 「コンピューターに、暗号化されて残っていた彼女の遺伝子データは・・・明らかにNW−遺伝子の特徴を兼ね備えていた。もちろん、今のトライトニアの頭脳じゃ、あの暗号を解読することは不可能だろうけどね。さて、一体これは、何を表しているのかな?ソロモン?」 トーマの言葉の語尾を冷静な声で続けて、ショーイは、知的な唇を意味深に綻ばせる。 ソロモンは、鼻先で含んだように笑うと、静かな声で答えるのだった。 「メルバがジルーレの攻撃を受けた時、ラボには、二人の胎児がいた。そのうちの一人が、ハルカだ。ハルカの入った人工子宮は持ち出すことができた、だが、もう一人の救出が間に合わないまま、ラボは爆撃で倒壊した。 これはあくまでも仮説でしかないが・・・・もし、あの爆撃の最中、ワーズロック博士が人工子宮を持って脱出していたのだとしたら・・・ 人工子宮で、NW−遺伝子胎児を育てる時間は、女性の妊娠期間の倍を要する、それだけ、ゆっくりと慎重に育てていく必要がある。ワーズロック博士なら、人工子宮の難しい管理を、こなせたかもしれない」 「その仮説が成立していれば、NW−遺伝子を持つ子供が、もう一人産まれた・・・というこになる。もしその仮説が正しくて、NW−遺伝子を持ったもう一人の子供が、アルキメデスに向かったことが公になれば・・・・・どの惑星国家も血眼になって探すだろうね」 どこか愉快そうにほくそ笑んで、ショーイは、眼鏡の下から覗く紺色の瞳を、ちらりとだけソロモンに向けた。 頬杖をついた姿勢のまま、前髪から覗く紅の瞳にどこか鋭利な輝きを湛え、ソロモンは、ショーイの顔を凝視すると、落着き払った口調で言うのだった。 「仮説が正しいか、正しくないか・・・それを確認するためにも、そのガブリエラという子を探し出さなければならないな」 「本当にアルキメデスに逃げたというなら・・・今は、少し危険かも。 今、アルキメデスは、穏健派と武装主義派の連中が、色々諍(いさか)いを起している最中だからね。宇宙の頭脳アルキメデスに、脳みそまで武装した筋肉馬鹿がいるとは、最近まで僕も知らなかったんだけど」 皮肉たっぷりに、さも見下した口調でそう言うと、ショーイは、広い額にかかった鮮やかな赤毛をかき上げて、白いショートローブを羽織った肩を小さく竦めるのだった。 組んだ長い足を組替えながら、ソロモンは、何かを思案するように軽く瞳を閉じると、僅かな間を置いて、ゆっくりと紅の瞳を開き、徐に言うのである。 「NW−遺伝子児だとしても、見た目は普通の子供と変わらない。遺伝子検査をでもされない限り、その子がNW−遺伝子の持ち主だとはわからない・・・だが、アルキメデスの情勢を考えれば、事態は急を要するな」 「まぁ・・・そうだろうね」 「ショーイ、此処からアルキメデスまで、『バート』なら30時間で飛べるな? 本当にその子がアルキメデスに降りたのかどうかを調べて、可能であれば、その子を探し出してくれないか?今のセラフィムは手負いだ、そのせいで足が重い」 「情報調査依頼の次は、人探しのご依頼ですか?別料金になりますが?いかがいたしますか?」 わざとらしくそんな事を聞きながら、ショーイは、知的な唇で軽く微笑したのである。 その傍らで、トーマが、実に呆れたような顔つきをして、まじまじと、そんなショーイの端整な横顔を見つめ据えるのだった。 「おいおい、アルキメデスは、俺たちの本拠地だろ?いいじゃんか、帰るついでってことでさ?」 「いや、ビジネスに妥協は無い。ついでだろうがなんだろうか、仕事は仕事だ」 その言葉が余りにもショーイらしくて、ソロモンは、愉快そうに一笑するのだった。 「大丈夫だトーマ、ガーディアンエンジェルは資金に困っている訳ではないからな。 きっちり払うよ・・・その代わり、急いでくれるか?」 「いつもご利用有難うございます、ご依頼は承りました」 ショーイはにやりと笑ってそう答えると、白いショートローブを揺らしながら、ゆっくりとソファを立ったのである。 そして、くるりとソロモンに背中を向けると、やけに確信を持った口調で言葉を続けたのだった。 「ソロモン、今、セラフィムには、ワーズロック博士の・・・いや、父の作ったタイプΦヴァルキリーが乗船してるな?」 「ああ、乗船している・・・よくわかったな?」 さして驚いた様子もなく、ソロモンは、唇だけで軽く微笑する。 肩越しにちらりと、落着き払ったソロモンを振り返ると、ショーイは、相変わらず高飛車な口調で言うのである。 「一体、どういう経緯で、タイプΦヴァルキリーが、セラフィムにいるのかは知らないけど・・・・・・その個体に、父だけが知り得る発信機がついていた。 父を殺した時、トライトニアはそれに気付いて、セラフィムを追撃してきたんだ。 その大本は、僕が破壊してきた。これでしばらくは、また、静かになるはずだよ」 白いショートローブを緩やかにたゆたわせ、静かに歩き出したショーイの背中が、オート・ドアの向こうに消えていく。 「俺を置いていくなって・・・」 閉まったオート・ドアをまじまじと見つめ、思わずそんなことをぼやいた、トーマが、跳ねるようにソファから立ち上がった。 そして、どこか困った様に精悍な眉を眉間に寄せると、片手を焦茶色の髪に入れながら、凛とした唇で苦笑したのである。 知性ある紺色の瞳が、申し訳なさそうにソロモンを振り返る。 「いつもあんな感じで、ほんと、すいません。悪気はないんだけど・・・相変わらず、素直じゃなくて」 「それは良く知ってるよ、トーマ・・・・手間をかけたと、ショーイには伝えておいてくれ」 ソロモンは愉快そうに一笑して、頬杖をついていた手を離すと、銀色に輝く前髪の隙間から真っ直ぐに、トーマの精悍な顔を仰ぎ見る。 「わかりました。調査が進んだら、また連絡します」 「頼むぞ・・・いつも野暮用ばかり押付けて、こちらこそ、すまないな」 「いいえ、ガーディアンエンジェルから頼まれる仕事は、スリルがあってなかなか面白いですよ。あ、それと、ショーイのやつ、艦長の所の通信オペレーター、かなり気に入ってるみたいだから、妙なこと言われてもあんまり怒らないでくれって、そう伝えておいてください。ほんと、愛情表現も下手で困りもんなんだけど」 「それも知ってるよ・・・ルツには、そう伝えておく」 「よろしくです。じゃ、また」 愉快そうに笑うソロモンに、トーマは、まるで少年のようにくったくなく笑い返すと、白いショートローブを揺らしながら、その長身をオート・ドアへと翻したのだった。 焦茶色の髪がふわりと虚空に漂い、ショーイとはまったく対照的な好青年トーマの姿が、ドアの向こう側へと消えていく。 正妻の子供と愛人の子供。 そんな複雑な血縁関係であるにも関わらず、ギャラクシアン・バート商会を経営する兄弟は、決してお互いにいがみ合うことはない。 お互いの境遇を良く理解しあっているせいか、彼等は互いの足りないところを補う良きパートナーとなっている。 そのせいか、高飛車でプライドの高い兄のフォローは、決まっていつもトーマの役目だった。 ショーイは常にあの調子のため、機嫌を損ねたクライアントを宥めるのも、いつも弟のトーマである。 そんな二人の絶妙なコンビネーションを知っているソロモンは、端整な唇だけで、もう一度愉快そうに笑う。 そして、ソファに深くその身を委ね、シルバーグレイの軍服の衿を緩めると、広い肩で大きく息を吐くのだった。 メルバ急襲の際に死亡したと思われたイヴが、生きているかもしれない。 これで、イルヴァの呟いた、あのイヴは生きている、太古のエデンに住んだ有能な数学者の星にいる≠ニいう言葉に、完全な確信が持てた。 「イヴは・・・生きている」 感慨深げに小さくそう呟くと、ソロモンは、重い軍服を脱いで、無造作に背もたれに掛け、銀色の前髪から覗く紅の瞳を窓辺に移し、星の海が広がる静寂の闇を見つめるのだった。 二人目≠フイヴが生きている・・・ もし、イヴを見つけることが出来たら、ガーディアンエンジェルの試みが、一気に動き出すことになる。 それは新たなる希望であり、そして、新たなる火種にもなるのだろう。 至高の女性、イヴ。 ふと、ダイヤモンドを散りばめたような輝きを放つ星の合間で、ソロモンがよく知る一人目のイヴ≠ェ、艶やかに微笑んだ気がした。 一人目のイヴ≠ヘ、とても無邪気で美しい少女(ひと)だった。 とても愛しい少女だった。 そして、ずっと同じ時を生きるはずだった、守るべき存在の少女だった。 だがその少女は、もういない。 常に傍にあった彼女は、NW−遺伝子の欠陥により、かかるはずのない病に掛かり、短い生涯を閉じてしまった。 それはまだ、ソロモンが少年であった頃の話だ。 螺旋に回転するアメジスト色の銀河が、窓の向こうに広がる無限の闇に、音もなく、ゆっくりと、その美しい星々の連なりを露にしていく。 こうやって、あと幾つの銀河を旅していくのだろうか・・・ ガーディアンエンジェルを脅かすものを監視するという任務の元、メルバを出港したセラフィムの長い航海には、まだ、終りは見えない。 ソロモンの行く道筋もまた、それと同じだ。 精悍にして優美な面持ちを持つ頬に、音も無く銀色の髪が零れ落ちる。 ソファの柔らかな背もたれに、深くその身を埋めたまま、ソロモンは、静かに瞳を閉じた。 宇宙の闇と鮮やかな星の連なり。 その静寂の中にある孤独は、何故か、ひどく心地が良かった・・・・
オリヴィア・グレイマンが、三つのコーヒーカップをトレーに乗せ、艦長専用リビングのオート・ドアを開けた時、そこには既に、あの歳若い来客たちの姿はなかった。 「あら、ギャラクシアン・バート商会のお二人、もうお帰りになられたんですか?」 右手のソファに深くその身を委ね、窓の向こうを眺めるソロモンに、オリヴィアがそうう声をかけるが、何故か、返答がない。 いつもなら、直ぐに返事を返してくるはずなのに・・・と、訝しそうに餓美な眉を寄せ、トレーを応接テーブルの上に置くと、オリヴィアは、そっと、ソファを覗きこんでみた。 ブロンドの髪の下から覗く茶色の瞳に映り込んでくるのは、瞳を閉じたまま身動ぎもしないソロモンの姿である。 脱いだ軍服に頬を埋めるようにして、長い睫毛を閉じたまま、彼は、オリヴィアの気配にすら気付いていないようだった。 微かな寝息が聞こえるのは、決して気のせいではない。 「・・・・・・・」 オリヴィアは、きょとんと瞬きして、ふと、可笑しそうに微笑するのだった。 「流石にお疲れですね?艦長」 ここ三日ほど、ソロモンがまともに睡眠を取っていないことを、優秀な主任オペレーター、オリヴィアは良く知っていた。 NW−遺伝子を持つ人間は、睡眠時間をあまり取らなくても、その思考が鈍ることはない。 だが、それでも、やはり人間には睡眠時間は必要なのだ。 強靭な精神力と肉体を持つハデスの番人≠ニ呼ばれる青年もまた、特殊な遺伝子を持つだけの人間≠ネのである。 滅多にはお目にかかれないだろう、少年のようなその寝顔をしみじみと見つめながら、オリヴィアは、可笑しそうに、しかし、どこか得した気分でくすくすと笑う。 「ハデスの番人≠ネんて、一体誰がつけたニックネームなのかしら?うちの艦長には、全然似合わないのに・・・・・・・」 その独り言の語尾に、「艦長の寝顔、可愛い」と言う言葉を付け足したことは、ソロモン本人にも、他のブリッジオペレーター達にも、一切秘密であった。
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