* ローレイシアの軌道上で、トライトニア艦隊と交戦してから数時間が過ぎた。 トーカサス星系からワープインしたセラフィムの銀色の船体は、どの星系にも属さない、外洋と呼ばれる宇宙空間にあった。 広大な星のしじまを航行するセラフィムの傍らには、ギャラクシアン・バート商会が保有する、武装高速トランスポーター『バート』が、鮮やかなブルーの船体を緩やかに揺らしながら航行している。 『バート』から発進した小型シャトルが、ゆっくりと、セラフィムの着艦デッキに誘導されていく。 その様子を、ブリッジのモニターで眺めながら、渋い顔つきをしていたルツ・エーラの肩を、主任オペレーターのオリヴィア・グレイマンが、くすくすと可笑しそうに笑いながら、軽く叩いたのである。 「勤務交代の時間よ、いつまでもそんな顔してないで、もう休みなさい、ルツ」 その言葉に、ルツは、相変わらず渋い顔つきのままで小さく頷くと、大きなため息と共に座席を立ったのである。 そして、綺麗な眉を眉間に寄せながら、まじまじと傍らのオリヴィアを見やると、拗ねた子供のように唇を尖らせて言うのだった。 「主任、なんでいきなり、ギャラクシアン・バート商会の人間が、セラフィムに来るんですか?いつも通信だけのやりとりじゃないですか?」 どうやらルツは、ギャラクシアン・バート商会の人間・・・いや、厳密に言えば、その代表者であるショーイ・オルニーが、セラフィムに乗船することを、ひどく不可解に思い、そして、不愉快に思っているようだった。 ルツの心情に大体の察しがついているオリヴィアは、妖艶な雰囲気を持つ艶やかな唇で、殊更可笑しそうに笑う。 「直接来て話さなければならないぐらい、重要なことを、ギャラクシアン・バート商会が掴んだ・・・ということかしらね?ガーディアン・エンジェルの船の降りられる、一般企業の人間なんて、そう滅多にいないわ。それだけ彼等は、VIPだってこと。 それに、艦長は敢えて何も言ってなかったけど・・・結果的に、今日は彼等に救われたしね」 その言葉に、ふと、感慨深げに軽く唸って、ルツは神妙な顔つきをすると、片手を繊細な顎にあてがった姿勢でしみじみと口を開いたのである。 「やっぱり・・・あれはワザとだったんですね」 ルツが言っているあれ≠ニいうのは、他でもない、つい数時間前にローレイシアの軌道上でトライトニア艦隊と交戦していたセラフィムが、あわや撃沈の窮地に立たされ、その際に、『バート』の船長ショーイ・オルニーが、何の予告もなく砲撃勧告を行い、言葉通り、強力な威力を持つ火器、オリハラル粒子サイクロン砲を容赦なく発射したあの出来事のことである。 オリヴィアは、その美麗な顔でニッコリと微笑して見せると、愉快そうにルツに聞くのだった。 「少しは、オルニー船長を見直した?彼はあれで、本当は根がとても優しい人なのよ。もちろん、利害関係は絶対に忘れない人でもあるけどね」 「まさか!あいつが優しいって!?あの態度でですか!?私には信じられません!」 綺麗な眉をしかめながら、きっぱりとそう言いきったルツの傍らに、やけにニコニコとしながら、ナナミ・トキサカが小柄な身体を寄せてくる。 「相変わらずルツは、オルニー船長のこと信用してないみたいだね?でも、ナナミ、主任の言ってることはほんとだと思うな」 悪びれることなく、そう言ったナナミの顔を、驚いたように見つめながら、ルツは、ムキになって反論したのだった。 「なによ〜?ナナミまでそんなこと言うの?だって、あいつよあいつ!?あの高飛車で高慢ちきなあのショーイ・オルニーよ!?」 「まぁまぁ、落ち着きなさいよルツ。今に判るわよ。あんまり怒るとお肌に悪いわよ?糖分でも補給して、きちんと休みなさい」 愉快そうに一笑して、そんなことを言ったオリヴィアが、再びルツの肩を軽く叩く。 そこにすかさず、ニコニコしながらナナミが口を挟んだ。 「そうだよルツ、主任の言う通り!今日は流石に、ナナミも疲れたよぉ・・・一緒にケーキ食べに行こうよ!もしかすると、トーマさんに会えるかもしれないし!」 「何よそれ?トーマさんって・・・オルニー船長の弟さんでしょ?ケーキとどんな関係があるのよ?それに、ナナミはマキ少尉じゃなかったの?」 ルツは、訝しそうに眉根を寄せながら、ニコニコしているナナミをまじまじと見つめ据える。 ナナミは、そんなルツにちろっと舌出して見せると、くったくなく言うのだった。 「やだなぁ、ルツ、トーマさんは、ナナミの中では『お兄ちゃんにしたい人ナンバー1』な人なの!だから、マキ少尉とは思いが違うの!それに、トーマさんもオルニー船長も、モニターで見るより本物の方がずっとカッコいいんだよ?」 「何それ??何言ってんの??それ、ただのミーハーじゃない!?」 「いいからいいから・・・!よかったら主任もご一緒にどうですか?」 ルツの腕を引っ張りながら、ブリッジのオート・ドアに向かって早足で歩き始めたナナミが、肩を並べて歩いていたオリヴィアを振り返る。 オリヴィアは可笑しそうに笑いながら、小さく首を横に振ったのだった。 「私は遠慮しとくわ」 「あら、残念・・・じゃ、私たちだけ行ってきますね!」 そう言うなり、ナナミは、強引にルツの手を引き、オート・ドアに向かって駆け出したのだった。 「ちょ!ちょっと!ナナミってば・・・っ!?」 床に躓(つまづ)きながら、慌ててナナミを追いかけたルツの黒い髪が、ワイン色の制服の背中で軽く弾む。 ブリッジ勤務の際は、凛と強い表情を崩さない彼女達も、勤務を離れれば普通の若い女性なのである。 賑やかにドアを出ていった二人の姿を、可笑しくて仕方ないと言った様子で見送った折ヴィアが、ふと、乗員を交代したオペレーターブリッジの大きな風防を振り返る。 そこには、黒絹に宝石を散りばめたような外洋銀河の風景が、静寂の中にゆったりと横たわっていたのだった。
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