* ソドムシンク砲のエネルギー充填ゲージが、70%まで上昇した。 セラフィム前方の装甲ゲートからその姿を現した巨大な砲門が、螺旋状に回転する深紅の光粒子を蓄え始めている。 後、残り25秒で、この大型高エネルギーレーザー砲は発射できる。 だが。 セラフィムの銀色の船体は、この時点ですでに、多数の被弾と損傷を受けていた。 機関部まで被弾すれば、もはや助かる手立てはない。 「左舷後方第36、第40装甲板、二層まで破損!12、15番主砲被弾!左舷前方第13、第14、第18装甲板、三層のみ破損!第6番、第10番ミサイル発射ユニット被弾!」 慌(あわた)だしく損傷個所を伝えるオリヴィアの語尾に、焦ったようなルツの声が重なった。 「前方より対戦艦ミサイル来ます!!」 その瞬間、コントロールブリッジに轟音が響き渡り、セラフィム全体が後方に押し出されるように激しく揺らいだのだった。 眩い閃光が宇宙空間を貫き、大きな白煙が上がると、凄まじい衝撃が尚も巨大な船体を貫いていく。 必死にコントロールパネルにしがみつきながら、オリヴィアが再び声を上げる。 「第2番主砲被弾!前方上部第131、第132装甲板・・・二層まで破損!次に被弾すれば、内部が損害を受けます!!」 その報告を聞きながら、前で腕を組んだまま、ソロモンは厳しくも冷静な表情で、じっと押し黙った。 銀色の前髪から覗く紅の瞳が、猛禽類の鋭さで頭上の大型モニターを睨んでいる。 そこに表示されたエナジーゲージは、みるみる上がっていく。 あとたった20秒。 だがそれは、とてつもなく長い20秒であった。 形の良い眉を鋭利な面持ちで眉間に寄せ、何かを思案するように瞑目したソロモンの耳に、突然、驚愕したようなルツの声が響いたのである。 「後方敵艦隊左舷にアステア級大型船のワープアウト反応感知・・・艦長・・・『バート』です!!」 「なに?」 静かに目を開いたソロモンの視界に、大型モニターの上部映し出された流線型の機体が飛び込んでくる。 鮮やかなブルーの装甲板には、はっきりと『GARAXIAN BART.CO』という社名と、惑星連合AUOLPの承認エンブレムが刻まれていた。 大型コンテナを牽引しながら、急速に戦闘宙域に接近するその機体は、明らかに、ギャラクシアン・バート商会が所有する武装高速トランスポーター『バート』の姿に相違なかった。 同時に、通信回線が開き、モニターに映し出された『バート』の若き船長、知性ある端整な顔に眼鏡をかけた赤毛の青年ショーイ・オルニーが、相変わらず冷静な面持ちを保ちながら、実に高飛車な声で言い放ったのである。 『現在交戦中の全艦隊に告ぐ。こちらは、ギャラクシアン・バート商会所属トランスポーター「バート」。船長のショーイ・オルニーだ。貴艦等の戦闘宙域は、「バート」の航行進路にあたる。よって、AUOLP広域宇宙運送業務規約第52条13項特記により、「バート」は、強制的にその進路を確保する』 それは、セラフィムにだけ宛てた通信では決してない。 現在交戦中の全艦隊に向けて発信されたものだった。 「はぁ!?」 ルツが思わずその目を丸くした時、ソロモンは、何ゆえか、端整な唇だけで鋭利に微笑したのである。 大型モニターに映し出されていた『バート』の船体から、六つの砲門が伸び上がり、その先端にエメラルドのような輝きを放つ高エネルギー光粒子が蓄えられていく。 鮮やかなブルーの船体の上部と下部に円を描くようにして設置された全ての砲門が、緑色をした透明な発光を引き起こし始めた。 それは、この広域宇宙においてギャラクシアン・バート商会だけが所有し、そしてAOULR特許を取得している、オリハラル粒子サイクロン砲という、戦艦の装甲もシールドも一撃で貫くほどの凄まじい威力を持つ高エネルギー粒子ビーム砲であった。 偏狭惑星トリスタンのみで採掘される、オリハラル鉱石の粒子を抽出し、それを圧縮したものに電磁波を照射すると、膨大な質量をもつ高エネルギー粒子に変わる。 これを火器に転用したものが、オリハラル粒子サイクロン砲である。 『バート』は、今、正にその強力な火器を発射しようとしているのだ。 同時に、セラフィムの大型モニターに映っているソドムシンク砲のエネルギーゲージが、遂に90%まで達した。 それを確認したソロモンは、片腕を大きく前方に伸ばすと、鋭い声で言い放ったのである。 「ソドムシンク砲発射用意!カウントダウン開始!」 「ソドムシンク砲、発射カウントダウン開始します!発射まで、残り10秒」 オリヴィアの返答と共に、火器コントロ―ルセクションにいるハルカが、ひどく真剣な顔つきをしてコンソールを叩いた。 「照準修正2.001、距離11445・・・!」 「ソドムシンク砲発射用意!」 照準を読み上げるハルカの隣で、ソドムシンク砲発射トリガーに指をかけたロウが、厳しい顔つきで照準を覗きこむ。 鈍く振動するブリッジの床が、徐々に熱を帯びてくる。 前方装甲ゲートの真中で、ソドムシンク砲の大型砲門が、炎の如き深紅に光に包み込まれ始めた。 「9、8・・・」 オリヴィアの声が、発射までの一秒一秒を冷静な声でカウントし始める。 そのとたん、ルツが、再び、焦ったような声を上げたのだった。 「後方より、ビーム来ます!!距離、10560!」 次の一発を浴びれば、間違いなくそれは損傷した装甲を突き破り、セラフィムの機関部を直撃するはずだ。 そうなれば、この大型母艦は、間違いなく大爆発を起す。 鋭い緊張がブリッジを凍りつかせた。 次の瞬間、通信モニターに映っていた「バート」が、遂に、オリハラル粒子サイクロン砲を、まったく躊躇も容赦もなく、それどころかさも平然と、後方トライトニア艦隊とセラフィムに向けて発射したのである。 「『バート』発砲しました!!」 上ずったルツの声と、オリヴィアのカウントダウンの声が重なる。 「7、6、5・・・」 セラフィムの後方からは、敵艦隊から発射されたビーム砲の閃光が迫ってくる。 これが当れば、間違いなく、セラフィムは撃沈する。 「4、3、2・・・1!」 大型モニターに映し出されたエナジーゲージが、赤く点滅しながらFULLを表示した。「目標、前方トライトニア艦隊!ソドムシンク砲・・・発射!!」 ソロモンの鋭い声がブリッジに響き渡り、照準を覗いていたロウの指がソドムシンク砲のトリガーを思い切り引いた。 凄まじい破壊力を携えたソドムシンク砲が、前方のトラトニア艦隊に向けて発射される。 大型砲門一杯に蓄えられた深紅のエネルギー粒子が、重く低い轟音を上げながら発光すると、炎の形にも似た膨大なエネルギーの閃光が、暗黒の宇宙空間に高熱の帯を引く。 螺旋の波動を描きながら、闇で揺らめく高エネルギーレーザーの閃光が、宇宙を切り裂くように迸り、その先端が、一瞬にしてトライトニア艦隊の前衛を捉えた。 僅かな時間を置いて、艦隊全体に破裂するようなパルスが走り、次の刹那、眩いばかりに輝く深紅の閃光を上げて、広大な宇宙空間が震える程の大爆発を起したのである。 深紅に輝く螺旋の光粒子が、艦隊全体を浸透するように横に広がり、雷光の如く発光するパルスと共に爆音を上げた駆逐艦が、次々と木っ端微塵に、それこそ原形も留めぬままに溶解し大破していく。 凄まじい轟音と眩い深紅の光芒が、宇宙空間を振動させながら貫き、火炎の如き光の塊が流星の速度で闇に乱舞した。 その一瞬で、セラフィムの前方にあったトライトニア艦隊は、一隻残らず、全滅した。 時を同じく、セラフィムの後方から迫っていた無数のビームの先端が、「バート」から六方向に解き放たれた、緑色の高エネルギー粒子の閃光に遮断され、宇宙空間で破裂し乱散した。 後方トライトニア艦隊の前衛が、渦を巻きながら飛び込んできた、オリハラル粒子サイクロン砲の発光粒子に次々と貫かれ、波紋のように広がったエネルギー粒子に引き寄せられられると、轟くような轟音を上げて爆発していく。 その様子をモニターで眺めていたソロモンの唇が、小さく微笑った。 「一つ借りを作ったな・・・ショーイ」 そんな言葉を呟くと、ソロモンは、銀色の前髪から覗く紅の瞳を猛禽類の鋭さで発光させ、片腕を前方に伸ばした姿勢のまま大きく言ったのである。 「装甲シャッターを開け!エナジーバルブ接続!メインエンジン点火!ワープ可能領域まで、両舷全速出力最大!!セラフィム・・・発進する!!」 「イエッサー!!」 一様に安堵の表情を浮かべたブリッジオペレーター達が、一斉にその言葉に呼応した。 セラフィムのメインエンジンが轟音を上げて青い炎を吹き上げる。 消えていた艦内照明が急速に点灯され、風防を覆っていた装甲シャッターが徐々に上がっていく。 厳しかった表情を、いつもの冷静で沈着な表情に戻すと、ソロモンは、シルバーグレイの軍服の肩で、一度大きく息を吐き、柔和な輝きを取り戻した紅の瞳で、ふと、ワンセクション下にあるオペレーターセクションを見やったのである。 すると、その視線に映り込んだ床の上に、やけに嬉々とした顔つきで、ハルカが立っている。 艶やかな漆黒の髪から覗くその純粋な瞳が、真っ直ぐに、ソロモンの優美で端整な顔を仰ぎ見みていた。 そして、華奢な両腕を振り上げて、光が差すようににっこりと笑うと、ハルカは、いつになく大きな声で叫ぶのだった。 「レムル―――っ!ただいま――――っ!!」 ソロモンの端整な唇が、ひどく穏やかにもたげられる。 「お帰り、ハルカ」 銀色の巨大な船体が、微塵に吹き飛んだトライトニア艦隊の残骸を掻き分けるようにして、その宙域を全速離脱してく。 僅かに残るだけとなった後方のトライトニア艦隊もまた、急速にその宙域から後退していったのだった。 ガーディアン・エンジェルの宇宙戦闘空母ゼラフィムは、絶体絶命だった窮地を、こうして間逃れることになったのである。
* 『レイバン部隊全機に通達。セラフィムはワープアウト体制に入ります。全機、負傷者を収容し、戦線を離脱してください』
通信回線から聞こえてきたルツの声と共に、リョ―タロウの有視界で、あのゴールドメタリックのアーマード・バトラー『オーディン』が、バー二アを吹き上げて急旋回し、後退していくトライトニア艦隊へと豪速で帰艦していく。 それは、ギャラクシアン・バート商会の介入で、大多数戦力を失ったトライトニア艦隊が、作戦を中断し撤退を始めた証拠であった。 いくらトライトニア艦隊とはいえ、AUOLPの承認を受け、その規約に基づいて砲撃してきた一般船を迎撃することなどできないのだ。 リョータロウは、どこか納得のいかない表情をしながら、ブーストコントローラーを踏み込むと、急速離脱していくセラフィムの後方へとその機体を傾けたのである。
* イルヴァの搭乗するアーマード・バトラー『アルヴィルダ』の直ぐ前には、戦闘行為を停止した『グィネビア』の機体が制止していた。 特殊ガラスで覆われた風防越し、宝石のような青い髪の下から覗くイルヴァのサファイアの瞳と、011のルビーの瞳が真っ向から対峙している。 片腕を失った『グィネビア』の後方で、トライトニア艦隊が急速に後退していくのが、有視界で確認できた。 イルヴァと同じ、タイプΦ戦闘用ヴァルキリー011が、妖艶な面持ちを持つ綺麗な顔を無表情に満たしたまま、全身に赤外線コードをつけた状態で通信回線を開いたのだった。 『012、何故敵を庇った?それは、裏切りに値する』 表情の無い011の声が、通信回線を通してイルヴァに問い掛けてくる。 イルヴァは、遠ざかっていくセラフィムをモニターで確認しながら、落着き払った口調で答えるのだった。 「あの機体のパイロットは、私の『大切な人の大切な人間』、私は、大切な人の悲しい顔は見たくない、だから庇った」 『012、何を言っている?おまえの言っていることは、私には理解不能だ』 「私は、もう、012という名前ではない・・・私の名前は、イルヴァ」 そう言ったイルヴァの左舷後方には、青白く輝くローレイシアの衛星イルヴァ≠ェ静かに輝いている。 011は、ルビー色の髪の下で、その瞳を二、三度瞬きさせると、不意に、『グィネビア』のブーストコントローラーを踏んだのだった。 『帰艦命令が出ている。おまえは来ないのか?』 「私は行かない、私は『大切な人』の元へ戻る」 凛とした表情と口調ではっきりとそう言うと、『アルヴィルダ』のメインバーニアもまた、青い炎を吹き上げたのである。 ゆっくりと『グィネビア』を旋回しながら、011の無表情な声が、通信回線を伝って再びイルヴァに向かって言うのだった。 『おまえの破壊命令は出ていない。だから、私は帰艦する。だが、おまえの裏切り行為は、軍部に報告する。そして、破壊命令が出た時は・・・012、私はおまえを破壊する』 甲高い爆音を上げた『グィネビア』が、閃光を上げながらトライトニア艦隊へと帰艦していく。 宇宙を駈ける流星の速さで飛行するメタルレッドの機体が、イルヴァの視界から急速に遠ざかっていった。 まさか、トライトニアの軍部も、機械であるはずのセクサノイドが裏切るなどという事を、予想だにもしていなかっただろう。 『戦闘用プログラム』でイルヴァの裏切りを知った011は、それがどれほどの重要な意味を持つか、この時点では、全く理解できないでいた。 だがしかし、元来欠陥品≠ナある011は、やがて、イルヴァが裏切った真実の意味を、ある若者≠通して知ることになるのだった。 それは決して、遠い未来ではない。
* 「AUOLP広域宇宙運送業務規約第52条13項。広域宇宙を航行する輸送船が、交戦区域に遭遇した場合、速やかに退避、または、迂回すること。 特別記述事項 1、積載物が生命体であり、その生命が危機にある場合。 2、時間制限のある爆破物である場合。 3、時間制限があり、尚且つ、レベル4以上の有害物質、または、細菌、生物であり、速やかに処置をせねば、広域宇宙に何らかの有害な影響がある場合。 4、その他、積載するものに、交戦区域を航行せねばならない特別事由がある場合。 上記に該当するものを積載している場合、輸送船は、交戦停止命令、または、進路を確保するための砲撃権を有する。 で、今回の積荷は、この特記のどれに該当するんだっけ?」 モニターに表示したAUOLPの規約文書を読み上げると、ギャラクシアン・バート商会の経営者の一人、トーマ・ワーズックは、白いショートローブの肩を揺すりながら愉快そうに笑ったのだった。 武装高速トランスポーター『バート』の操縦席で、トーマは、さも可笑しくて仕方ないと言った様子で、ワンセクション上の船長席にいる、腹違いの兄、ショーイ・オルニーの知的で冷静な顔をまじまじと仰ぎ見る。 そんなトーマの傍らでは、もう一人の操縦士タイキ・ヨコミゾが必死で笑いを押し殺し、 レーダーの前では、通信士のジャック・マクウェルが、コンソールに突っ伏して、座席から転げ落ちる勢いで爆笑していたのだった。 ギャラクシアン・バート商会の若き代表者にして、『バート』の船長ショーイ・オルニーは、肘掛に頬杖を付きながら、やけに平然とした顔つきをしてこう言ったのである。 「特別記述事項1、積載物が生命体であり、その生命が危機にある場合・・・に、間違いなく該当する。今日の積荷は、トライトニアの大気にやられて弱った、ローレイシア原産の希少動物アンタロス鯨≠セからね」 「ほんと・・・!餌も食えないほど弱ってるからな、この鯨!!」 トーマは、紺色の瞳を涙目にしながら、コンテナ内部を映すモニターに目をやると、巨大な水槽の中では、その額に二角(にかく)の紅色の角を持つ、純白の鯨が、餌である魚をさも楽しげに追いかけ回していたのだった。 その画像を、眼鏡の下からちらりと見やり、ショーイは、知的な唇で小さくほくそ笑んで、冷静且つ平然とした面持ちで口を開くのである。 「大分弱ってるようだな・・・この鯨の食欲は、もっと旺盛なはずだ。早く、あの苦い海に戻してやらないと、死ぬかもしれない」 「ほんと!ほんと!このままじゃ絶対死ぬって!!マジ、死ぬって!!」 コンソールパネルの縁を片手でガンガンと叩きながら、今にも座席から転がり落ちる勢いで、トーマがひたすら爆笑し続ける。 武装高速トランスポーター『バート』が、メインバー二アを吹き上げて、急速に緑の惑星に近づいていく。 静けさを取り戻した惑星ローレイシアの軌道には、トライトニア戦艦の無数の残骸と、青白く輝く衛星イルヴァだけが、ゆっくりと漂っていた。
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