* 「全艦隔壁閉鎖。ハイド粒子散布完了後、メインエンジンを停止、防御シールド解除。ソドムシンク砲エネルギー充填開始!」 セラフィムの広いコントロールブリッジに、ソロモンの鋭い声が響き渡った。 銀色の前髪から覗く紅の瞳が、猛禽類の鋭さを持ったまま、敵艦隊の映像を映す大型モニターを見つめ据えている。 「全艦隔壁閉鎖します」 どこか緊張した様子でオリヴィアが返答すると、ブリッジの巨大な風防に装甲シャッターが降り始める。 セラフィムの艦内にある隔壁が次々と閉鎖され、宇宙空間に寄せる風防や窓にもまた装甲シャッターが降りた。 そして、銀色の船体を包むように放出されたハイド粒子が、対空砲火の飛び交う宇宙空間に、キラキラと輝きながら漂った。 ハイド粒子は、その性質、時折レーダー通信機器に影響を与えるため、強固なシールドと装甲板を持つセラフィムではあまり使用することはない。 だが、そのシールドが外れるこの一分間だけは別物だった。 「エナジーバルブ接続解除。メインエンジン停止」 「シールド解除します」 機関オペレーター、バナム・トロルと、機関長ビル・マードックが同時に声を上げた。 セラフィムの艦内照明が、火を吹き消すようにして次々と消えていく。 「ソドムシンク砲発射システムセットアップオールグリーンで完了。エネルギー充填開始します!」 火器担当オペレーター、ロウ・アンエイが厳しい顔つきをしながらそう声を上げると、薄暗くなったコントロールブリッジに、緊迫した空気が張り詰つめる。 「エナジーバルブ接続、ソドムシンク砲エネルギー充填開始。エネルギー充填完了まで、残り60秒!」 エナジーバルブが接続されたソドムシンク砲のエネルギー充填タービンが、鈍い音を上げて回転し始める。 巨大なセラフィムの船体が、その内部から小刻みに震え出し、地響きにも似た重い重低音が、宇宙の闇に胎動を刻むが如くブリッジの床を波打たせた。 セラフィムに搭載されたソドムシンク砲は、ツァーデ小隊のレイバンに搭載されたものを遥かに上回る、超大型の砲門を持っている。 その質量は、艦隊や大型コロニーを、一発で消滅させるほどの膨大なものだった。 だが、そのエネルギーを充填させるためには、セラフィムにある動力のほとんどを砲門に回さねばならず、火器やメインエンジンの使用を完全に停止させなければならない。 そのリスクが余りにも大きいため、滅多に使用されることはない高エネルギー兵器であった。 ブリッジの大型モニターに、ソドムシンク砲エナジーゲージが映し出され、船首の装甲ゲートがゆっくりと開き始める。 刹那、けたたましい警報がブリッジに鳴り響き、凄まじい爆音と衝撃と共に、セラフィムの船体が、左舷から振られるように大きく揺れたのだった。 「きゃぁっ!」 座席から放り出されそうになった女性オペレーター達が、短い悲鳴を上げてコンソールパネルにしがみつく。 船体の左舷後部に被弾したことを知らせるカーソルとグラフィックが、大型モニターの上部に表示されると同時に、ハイド粒子を貫いた対戦艦ミサイルが、続け様に右舷前方に着弾する。 宇宙空間に轟く轟音と爆煙。 次々と飛来するビーム砲に掠められたセラフィムの船体が、荒波に打たれる小船のように、大きく傾きながら激しく振動した。 「補助エンジン出力70%!船体を立て直せ!」 片手をコンソールパネルに着いて体を支えながら、厳しい表情をするソロモンが、鋭く大きく声を上げる。 「イエッサー!!」 機関オペレーター達が一斉に答え、その語尾に、再びソロモンの声が重なった。 「ハルカ、ソドムシンク砲の照準を合わせろ。ケルヴィムのゴムラス砲と基本は同じだ。おまえなら出来るな?」 銀色の前髪から覗く紅の瞳が、ロウにしがみつくようにして眉間を寄せていたハルカに向いた。 ハルカは、ハッと華奢な肩を震わせると、艶やかな漆黒の髪を軽く揺らし、その大きな瞳で艦長席のソロモンを仰ぎ見たのである。 激しく振動する空間で、真っ直ぐに、ハルカの黒い瞳とぶつかる、揺るぎない強さを携えたその視線。 瞬きもせずにハルカを見つめるソロモンの紅い瞳は、確信に満ち溢れた強靭な光を持つ、強く優しい眼差しをしていた。 ハルカの記憶の中に、いつもあったはずのその紅の眼差しが、急速にその脳裏に蘇ってくると、その瞬間、閉じていたはずの記憶の蓋が、何故か、今、弾けるように開いていくのだった。
そうだ・・・ 僕は・・・ いつも、傍にいたんだ・・・ この人の傍にいたんだ・・・ だから、どんな戦闘に巻き込まれても、怖くなんてなかった・・・ ずっと、安心していられたんだ・・・
銀色の髪と紅の瞳、そしてブロンズ色の肌の精悍で優美な青年、レムリアス・ソロモン。 その人は、父のように、兄のように、友達のように・・・いつもハルカを守っていてくれたはずだ。 瞼の裏を走馬灯のように駆け巡る幼い頃から思い出が、一瞬にして記憶の狭間に溢れ出してくる。 刹那、ハルカの愛らしい顔が、まるで光が差し込むような笑顔に変わったのだった。 どんな戦況下にあっても、彼がレムル≠ニ呼ぶ人は、絶対に負けたりしない勇者なはずだ。 「了解!レムル―――っ!!」 ケルヴィムでもそうであったように、ハルカは、思い切り右腕を上げて、すぐさまコンソールパネルに振り返る。 その華奢な後姿を凝視したまま、ソロモンは、端整な唇だけで小さく微笑した。 大型モニターに映し出されるソドムシンク砲エネルギー充填ゲージは、今、やっと20%に到達したばかりだ。 あと残り40秒。 この40秒で、全ての勝敗が決まる。
* セラフィムが遂にソドムシンク砲のエネルギーチャージを実行し始めた。 イルヴァの機体である『アルヴィルダ』が、暗黒の宇宙空間に閃光の帯を引きながら、クラッシャーブレードをかざし、ツァーデ小隊と敵アーマード・バトラーの交戦宙域に飛来した。 それを確認したリョ―タロウが、咄嗟に操縦桿を斜め手前に引いて、レイバンの機体をバレルロールの形で急上昇させていく。 とたん、上方にいた『グィネビア』がメインバーニアは噴き上げ、一瞬にして向きを変えると、暗黒の宇宙空間を引き裂くように、流星の速さでセラフィムへと疾走を開始したのだった。 「行かせるか!!」 凛とした眉を眉間に寄せ、リョ―タロウは、険しい表情でブーストコントローラーを踏み込んだ。 轟音を上げて急加速するレイバンが、メタリックレッドの機体を最大出力で追走していく。 ソドムシンク砲の照準を合わせようとするが、豪速で左右に振れるその機体をなかなかロックオンできない。 「くそっ!」 リョータロウが、そう苦々しく吐き捨てた。 T―5のレーダーレンジには、他のアーマード・バトラーが、セラフィムに向かって急速移動をしていること示すカーソルが点滅している。 「絶対にセラフィムには近づけさせない・・・!!」 喉の奥から搾り出した声でそう呟いたリョ―タロウの指が、すかさずビームガドリングの発射ボタンを押した。 甲高い破裂音を上げながら、闇を引き裂く無数の赤い弾丸が、『グィネビア』のメインバーニアを狙って炸裂する。 『グィネビア』の機体が素早く上方に翻ると、逆噴射をかけながら、クラッシャーブレードをかかげた右腕が、間髪入れずに、T―5に向かって振り下ろされた。 それは、正に一瞬の出来事だった。 その動きは、動体視力に優れたリョ―タロウの肉眼が捉えることのできる、ぎりぎりの迅速(はや)さである。 「!?」 リョ―タロウは、驚愕して大きく両眼を見開くと、反射的に操縦桿を横に倒す。 だが、寸前の所で間に合わない。 強力な破壊力を持つクラッシャーブレードが、鋭利な閃光の帯を引いて闇を二分した。 青い光芒が流星の尾の如き孤を描き出し、180度ロールする機体下部の装甲板を瞬時に捉えると、激しい衝撃と共に豪速で薙ぎ払ったのである。 右翼を叩くように駆け抜ける激しい振動。 機関部はやられてない、だが、クラッシャーブレードが持つ凄まじい衝撃の波動が、レイバンの機体を容赦なく横に弾き飛ばしたのだった。 「っぅあ!?」 高速回転しながら横に飛ばされていくコクピット内部に、強烈な遠心力がかかる。 重力制御装置が作動していても、そのあまりにも重いGが、リョータロウの肢体の自由を奪っていく。 ブーストコントローラーを踏み込もうとするが、Gに阻まれて足先が言うことを聞かない。 敵機接近を知らせるけたたましい警報音がコクピットに鳴り響く。 次第にその視界が狭まってくる。 このままでは、ブラックアウトしてしまう。 必死に操縦桿を握り、足掻くようにブーストコントローラーを踏もうとするが、なかなか上手く踏みこめない。 一瞬だけ開いた風防ごしの視界に、『グィネビア』のメタルレッドの機体が飛び込んで来た。 右腕に装備されたクラッシャーブレードが、閃光を上げて振りかざされる。 撃される!? そう思った、正にその刹那。 青い閃光を上げて流星の速さで飛来したメタリックブルーのアーマード・バトラーが、クラッシャーブレードを装備した『グィネビア』右腕を、自機のクラッシャーブレードで一瞬にして両断したのだった。 切り飛ばされた『グィネビア』の腕が、クラッシャーブレードを装備したままの状態で、回転しながら宇宙空間に漂う。 「!?」 その時、リョータロウの足先が、遂にブーストコントローラーを踏み込んだ。 レイバンのメインバーニアが青い火を吹き上げると、ダークブラックの機体が回転を止め、すぐさま体制を立て直して、轟音と共に暗黒の宇宙を駆け抜ける。 機体を急旋回させたリョータロウの有視界で、数を減らしたツァーデ小隊に追走された4機のアーマード・バトラーが、閃光を上げてセラフィムに猛進していく。 その時点で、ツァーデ小隊は、10機の内の4機を失っていた。 アーマード・バトラーは、やはり手強い。 だが、今のリョータロウには、仲間の死を痛んでいる時間の余裕はなかった。 敵艦から発射された無数のビームが、一直線にセラフィムの船体に着弾すると、爆音と白煙を上げながら後部装甲板を撃ち貫いていく。 セラフィムの強化装甲版は三層ある、ビームの先端はまだ内部には達していないようだが、もう一発食らえば、間違いなく機関部まで被弾する。 急速に遠くなっていく『アルヴィルダ』を、一度、モニターで顧みると、リョータロウは、凛と強い顔つきをして前方を睨みすえ、セラフィムに迫るアーマード・バトラーのうちの1機にミサイルの照準を合わせたのだった。 「借りを作ったな012・・・っ!この借りは必ず返すぜ!!」 唇の奥でそう呟いたリョータロウの指先が、レーダー誘導ミサイルの発射ボタンを押す。 発射ユニットから白煙が上がり、爆音と共に飛び出した6基のミサイルが、湾曲した軌跡を描きながら、豪速でメタリックイエローのアーマード・バトラーに着弾する。 激しく横に揺れたアーマード・バトラーが、白煙を吹き上げ、弾かれるように左舷に吹っ飛んでいく。 そこに急接近したT−1機、隊長アーサーの機体が、すかさずビームガドリングを打ち込んだ。 無数の弾丸を真っ向からコクピットを浴びた機体が、にわかに膨らみ、オレンジ色の閃光が迸ると、大音響を上げて爆発し、宇宙の藻屑となっていく。 『グッジョブ!』 リョータロウの通信機に、そんなアーサーの声が響いてくる。 リョータロウは、厳しい表情をしながらも、凛々しい唇だけで軽く微笑した。 だが、これで喜んでいる場合ではない。 アーマード・バトラーは、前方にまだ3機残っている。 それだけではない、ひっきり無しに後方艦隊から打ち込まれる対戦艦ミサイルトと、ビーム砲の対空砲火が、次々とセラフィムの船体を掠めていく。 ここであのアーマード・バトラーに、クラッシャーブレードなど食らえはひとたまりもない。 きっと、連中は、またハルカを奪うつもりなのだ・・・ケルヴィムもこうやって装甲板を破られ内部に侵入されたのだ。 リョータロウは、確信したように黒曜石の瞳を輝かせると、最大出力でアーマード・バトラーに追いすがる。 アーマード・バトラーとセラフィムの距離が縮まっていくにつれ、レイバンとの差も急速に縮まっていく。 「絶対に近づかせない!!」 後方から追いすがるリョータロウの機体の隣に方に、アーサー機が並んだ。 風防越しに親指を立てたアーサーが、機体をロールさせながらパープルメタリックのアーマード・バトラー『ランスロット』の後方へと急接近していく。 今、リョータロウの眼前には、グリーンメタリックの機体がいる。 ソドムシンク砲のロックが解除され、流星の速度を保ちながら、ぎりぎりの距離まで接近したレイバンの照準が、一瞬にしてその機体を捕捉した。 「墜ちろ――――――――――っ!!」 鬼気迫る叫びと共に、ソドムシンク砲の発射ボタンが押され、機体下部に設置された砲門から、螺旋状に渦を巻く深紅の光粒子が、紅蓮に燃える炎のように暗黒の闇に伸び上がった。 膨大なエネルギー量を誇る紅いビームが、甲高い照射音を上げて砲門から解き放たれる。 虚空を二分する紅蓮の閃光が、一直線に、ほんの一瞬でグリーンメタリックの機体を貫くと、被弾したその機体が、凄まじいパルスを上げて痙攣するように小刻みに震えたのだった。 次の瞬間、カッと眩い閃光が迸り、内側から膨らんだイエローメタリックの機体は、宇宙空間を震わす轟音を上げて大爆発を起したのである。 その爆発を回避したT―5のモニターが、みるみるセラフィムに近づいていくゴールドメタリックのアーマード・バトラーを映し出したのだった。 その機体には、頭部上方と両脇に80mmビーム砲が装備され、背中にはミサイル発射ユニット、右腕にはクラッシャーブレード、左腕には45mmビームガドリングの砲門を備えていた。 他の機体とは、あからさまに装備が違う。 その上、機体自体が一回り大きい。 間違いない、それは、明らかに隊長機だ。 ゴールドメタリックのアーマード・バトラーは、『オーディン』と名付けられた装備強化型の機体である。 追いすがってくるリョータロウの機体に気付いた『オーディン』が、何を思ったか、逆噴射をかけて突然虚空に停止した。 「!?」 驚愕して両眼を見開いたリョ―タロウの視界で、クラッシャーブレードを備えた『オーディン』の右腕が振り上がる。 だが、この距離ではその先端はレイバンには届かないはずだった。 しかし。 リョ―タロウは、咄嗟に操縦桿を横に倒し、メインバーニアをふかしながら急速旋回する。 振り下ろされた『オーディン』の腕から、クラッシャーブレードの刃が鞭のように伸び、つい数秒前までT―5が居た空間を、鋭い閃光の孤を描いて豪速で通り過ぎて行ったのだった。 「し、新型のクラッシャーブレードか!?」 思わず呟いたリョ―タロウの視界で『オーディン』が、金色に輝く機体を翻し、流星の速さでセラフィムとの距離を縮めていく。 「させるか!!」 レイバンのバーニアが火を吹いた。 その時、尚も追いすがろうとするT―5のレーダーが、再び、何かの機影をキャッチしたのである。 「!?」 咄嗟にモニターに目をやった時、セラフィムの進路後方にいる敵艦隊の左舷に、ワープアウトしてくる大型艦の姿が映り込んだのだった。
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