* 『レイバン部隊各機に通達。セラフィムは、ソドムシンク砲発射準備体制に入ります。前方宙域を離脱してください。目標変更、各機、フォーメーション・凾ナ、後方敵艦隊を集中攻撃してください。繰り返します・・・・』
レイバンの通信回線上で、ルツ・エーラが、作戦変更の指示をしている。 それを聞きながら、リョータロウは、ヘルメットシールドの下で、凛とした眉を厳しく歪めたのだった。 対空砲火を浴びるセラフィムの左舷を、ダークブラックの機体が、流星のように貫いていく。 『T―1から各機へ、地獄の一分間が始まるぞ。気を引き締めて行け。何としてもセラフィムは守り抜く。いいな』 ルツの声の語尾に、ツァーデ小隊隊長、アーサー・マクガバンの声が響いてくる。 「了解」 黒曜石の瞳を鋭く細め、リョータロウは、いつになく低い声でそう答えた。 同時に、ツァーデ小隊全員が、刻みよく「了解」との返答を通信機ごしに伝えてくる。 レイバンパイロットの間では、『地獄の一分』と呼ばれる、長くも短い、短くも長い時間がこれから訪れようとしている。 セラフィムは、ソドムシンク砲のエネルギー充填中は、一切の戦闘が不能となる。 たった一分間だ。 だが、その一分間で凄まじい対空砲火を浴びることになる。 いくら特殊装甲を施された隔壁であっても、まともに食らい続ければただでは済まない。 そのため、レイバン部隊は、セラフィムへの攻撃を少しでも防ぐため、それこそ死に物狂いで敵艦を撃沈させていかねばならないのだ。 全ての弾薬を打ち尽くしても、必ず、母艦は守り抜く。 宇宙空間を流星の速度で疾走するアーサーと、そしてリョータロウの機体の後方に、他のツァーデ小隊機が追いついてくる。 ツァーデ小隊のレイバンは全部で10機。 どうやら、その全員が無事であるようだった。 『全員揃ったな?目標、敵戦闘母艦だ、行くぞ』 通信回線から響いてくるアーサーの声に、小隊全員が呼応しようとした、その次の瞬間だった。 眼前のレーダーレンジモニターが、凄まじい速度でこちらに近づいてくる、高エネルギー熱源を映し出したのである。 その数は、5。 決して多数ではない。 しかし。 「!?」 リョータロウは、この嫌な熱源反応に覚えがあった。 ヘルメットシールドの下で黒曜石の瞳を見開くと、リョータロウは、通信機に向かって大きく叫んだのである。 「T―5からT―1へ。アーサー!この熱源、アーマード・バトラーだ!!」 『何!?』 リョータロウのその言葉と同時に、レイバンのモニターに敵機の詳細を表示するウィンドウが次々と開いていく。 正に、その刹那だった。 ビーム砲と対戦艦ミサイルが飛び交う前方の宇宙空間から、明らかにツァーデ小隊を狙った青いビームの閃光が、甲高い轟音と共に飛来したのである。 ツァーデ小隊の編隊が、一瞬にして分散し、ぎりぎりのところでそれを退いていく。 レイバンはステルス機だ、熱源感知センサーにも反応しないし、レーダーにも映らないはずだ。 だが、ここまで正確な軌道で撃ってくるのは、相手が、有視界で的確にこちらを捕らえているからだろう。 間違いない。 そんな芸当ができるのは、タイプΦヴァルキリーを搭載した人型戦闘兵器アーマード・バトラーだけのはずだ。 「T―5からT―1。こいつ等、タイプΦだ・・・・!!」 風防の向こう側に、青い閃光が走り抜ける。 容赦なく、そして正確に打ち込まれてくるビーム砲を、180度ロールでかわしたリョータロウの耳に、再び、アーサーの鋭い声が響いた。 『T―1からツァーデ小隊各機へ。目標を変更する。ツァーデ小隊は敵アーマード・バトラーを迎撃する。絶対にセラフィムに近づけるな!!』 『了解!』 「了解!」 隊員たちと同時に刻みよくそう答えると、リョータロウは、ますます険しい顔つきをしながら、片手でコンソールパネルを叩き、ソドムシンク砲のシステムセットアップをかけたのだった。 ツァーデ小隊の中でも、タイプΦヴァルキリーとの交戦経験があるのは、実のところ、このリョータロウ・マキだけである。 あれは、最新鋭母艦としてセラフィムが出港したばかりの頃だった。 当時、ギメル小隊の所属だったリョータロウは、仲間と共に、トライトニアのコロニー「エンバー」に偵察に出たことがあった。 あろうことかそこで、やはり偵察隊だと思われる、トライトニアのタイプΦヴァルキリー部隊に遭遇してしまったのである。 ギメル小隊のレイバンは一般機だ。 特別任務をこなすツァーデ小隊の強化型レイバンより、性能も機能も劣る。 そのため、リョータロウですら、あのスピードについていくことがやっとだった。 そして、交戦から僅か七分。 ギメル小隊は、リョータロウたった一人を残して、全滅してしまったのである。 それは今でも、悔しくて仕方のない苦い思い出として、リョータロウの胸の中に刻まれている。 「嫌な連中が来やがった・・・・・・っ!」 端整な顔をしかめながら、苦々しくそう呟くと、リョータロウは、通信機に向かって咄嗟に言うのだった。 「T―5からセラフィムブリッジへ。タイプΦヴァルキリー搭載型アーマード・バトラー5機を有視界で確認。注意しろ、こっちも最善を尽くして食い止める!」 『りょ、了解しました!!マキ少尉!気を付けて!!』 通信回線から、ナナミ・トキサカの声が返ってくると、リョータロウは、操縦桿を握り直し、足先で強くブーストコントローラーを踏んだ。 レイバンのメインバーニアが青い火を噴き、青いダビデの星を掲げたダークブラックの機体が、真正面から迫るアーマード・バトラーの元へ、黒き流星の如く飛来していく。 赤く点滅するレーダーのカーソル。 狭いコクピットにけたたましい敵機急接近を知らせる警報が鳴り響いた。 宇宙空間から風防の向こう側にみるみる近づいてくる、流星の如き速度を持つアーマード・バトラーの姿。 その五機の中に、見覚えのあるメタリックレッドの機体がある。 「あいつだ・・・・っ!」 ギメル小隊が全滅したあの日の事が、リョータロウの脳裏に鮮明に浮かびあがる。 忘れるはずもない、九死に一生を得たあの時、リョータロウの機体の左翼をクラッシャーブレードで両断したのは、間違いなくあのメタルレッドの機体だ。 そのコクピットには、妖艶で美しい女性の姿をした、赤い髪のタイプΦヴァルキリーが搭乗していたはずだ。 TR−0185型、女性体セクサノイド、タイプΦ(ファイ)戦闘用ヴァルキリー、識別コード011(ゼロイレブン)。 その個体が搭乗するアーマード・バトラー『グィネビア』が、すかさずビーム砲を撃ってくる。 無数の青い閃光が迸る中、リョータロウが、ヘルメットシールドの下で黒曜石の瞳を鋭く細めると、俊足の『グィネビア』を捉えた風防の照準レンジが、赤く点滅しながらロックオンを表示したのだった。 リョータロウは、すかさずレーダー誘導ミサイルの発射ボタンを押した。 レイバンの後部に取り付けられたミサイル発射ユニットから、白煙と轟音を上げて、6基のミサイルが一斉に射出される。 轟音を上げながら白い帯を引く豪速の弾頭が、宇宙空間を切り裂き、正確な軌跡を描いてメタリックレッドの機体に飛び込んで行く。 『グィネビア』という名のアーマード・バトラーは、閃光の迅速(はや)さで左舷に移動すると、反転して追尾してきた6基のミサイルを、右腕に装備されたレーザーブレード、俗にクラッシャーブレードと呼ばれる熱線の刃で、真っ向から両断したのである。 轟音を上げてミサイルが大破し、暗黒の闇に漂う白煙の合間から、バーニアを噴射させたメタルレッドの機体が、凄まじい速度でリョータロウの機体に迫った。 闇に青い帯を引くクラッシャーブレードが、閃光の孤を描いて迅速で飛来する。 レイバンの補助バーニアが火を吹き、ロールしながら左舷に退いたT―5に、間髪入れずにビーム砲が連射される。 急激にピッチアップしてそれを退いたダークブラックの機体が、虚空で瞬時に反転し、出力最大で『グィネビア』に接近していく。 流星の速度で宇宙を駈けるレイバンのコクピットに、けたたましい警報が鳴り響いた。 しかし、リョ―タロウは、ブーストコントローラーを踏む足を緩めない。 「この―――――っ!墜ちろ―――――っ!!」 大きく叫んだリョ―タロウの指が、ビームガドリングの発射ボタンを押した。 甲高い破裂音を上げながら連射される赤い閃光の弾丸が、『グィネビア』のコクピット部に豪速で着弾していく。 だが、『グィネビア』の防御シールドが赤い弾丸を無力化させ、それどころか、クラッシャーブレードをかざしたその機体が、青い閃光を引きながら流星の如くレイバンに迫ってきたのである。 苦々しく眉間を寄せたリョータロウが、瞬時に操縦桿を前に倒した。 急下降したレイバンの上部すれすれを、戦艦の装甲隔壁すら切り裂く熱線の刃が、鋭い孤を描いて通り過ぎて行く。 再びピッチアップしたレイバンの機体は、『グィネビア』の下方から突き抜けるようにしてその背後を取り、黒曜石の瞳を爛と見開いたリョータロウの指が、ミサイル発射ボタンを押したのだった。 暗黒の闇に上がる白煙と轟音。 発射ユニットから飛び出した6基のレーダー誘導ミサイルが、こちらを振り返った『グィネビア』の左腕に、爆音を上げながら次々と着弾する。 湧き上がる白煙の中、その激しい衝撃で、『グィネビア』の機体が後方に吹き飛ばされていく。 だが、それは決して致命傷にはならない。 すぐさま逆噴射をかけた『グィネビア』が、青い閃光を上げながら、再び、リュ―タロウ機の眼前に急速接近してくる。 『グィネビア』から発射されたビームの閃光が闇を貫き、正確な軌道を描きながらレイバンに迫った。 ブーストコントローラーを踏み込み、青い火を噴いたレイバンの機体が、ロールしながら右舷に急速退避するが、それを追う様にして、更にビーム砲が連射される。 迸る青い閃光がダークブラックの機体を追って、他のツァーデ小隊が交戦している宙域にまで達すると、あろうことか、T―5の後方にいた、レイバンT−9機の機体を、一瞬にして貫いたのだった。 「フランシス――――っ!?」 リョ―タロウは、驚愕に目を剥いた。 暗黒の空間に、オレンジ色の光が走ると、次の瞬間、僅かに膨らんだT−9機の機体が、轟音と白煙を上げて爆発する。 その原形を留めぬまま弾け跳んだ機体の破片が、キラキラと輝きながら闇の中に乱舞した。 それは、脱出ポットの射出すら叶わない、ほんの僅かな間でのことだった。 「この――――――――っ」 黒曜石の瞳を激しい怒気で満たしたリョ―タロウが、ブーストコントローラーを踏み込んだ状態で、ソドムシンク砲充填スイッチを入れる。 今度こそ躊躇わない。 あの時は・・・ギメル小隊が全滅したあの時は、コクピットに浮かんだ女性体セクサノイドの姿に驚いて、寸前の所でミサイル発射ボタンを押すのを躊躇った。 だが、今度は、絶対に躊躇わない。 閃光の帯を引きながら、有視界の前方から急速に接近してくる『グィネビア』を、眼前のモニターが鮮明に映し出している。 特殊ガラスの風防越しに見えるコクピット内には、無数の赤外線コードを全身につけた、美麗で妖艶な女性体セクサノイドの姿がある。 ルビーのような赤い髪と、やはりルビーの色をした人口眼球。 その綺麗な顔に表情はない。 人間の姿をしているが、彼女は、決して人間ではないのだ。 人間の形を模した戦闘用兵器なのだ。 敵機の急接近を知らせる警報が、レイバンのコクピットにけたたましく鳴り響く。 リョ―タロウの有視界で、青い閃光を引くクラッシャーブレードが、振りかざされた。 眼前のモニター下部に映し出された、ソドムシンク砲エネルギー充填ゲージが、FULLを表示する。 風防の照準レンジが赤く点滅し、ロックオンを表示する。 宇宙空間を流星のように駈けるレイバンと、『グィネビア』の距離がみるみる縮まり、リョータロウの指がソドムシンク砲発射ボタンを押そうとした、その次の瞬間。 交戦しようとする二機の合間に、トライトニア艦隊から発射されたビームの先端が、空間を切り裂きながら豪速で飛び込んできたのである。 それは、言葉通りの『流れ弾』だった。 「!?」 リョ―タロウは、咄嗟に操縦桿を倒して急降下し、『グィネビア』は、急上昇でそれを避け切る。 凄まじいビームの閃光が、風防の上を掠めるように通り過ぎていく。 爛々と煌かせた黒曜石の瞳で、コクピットの上部を見上げたリョ―タロウの視界に、煌くように映し出されるメタリックレッドのアーマード・バトラー。 そのコクピットでこちらを見つめる、識別コード011のルビーのような美しい瞳。 操縦桿を手前に引いて、急激にピッチアップするレイバンのメインバーニアが、轟音を上げて青い火を噴いた。 その時。 険しい顔つきをするリョ―タロウの耳に、セラフィムからの緊急通信が飛び込んできたのである。 『レイバン部隊各機に通達。セラフィムはこれより、ソドムシンク砲発射体制に入ります。全機、フォーメーションΤで迎撃体制を取って下さい』 主任オペレーターオリヴィアの声と共に、T―5のレーダーが、セラフィムから発進してくる一機の高エネルギー熱源体を感知した。 それは、この宙域に向けて一直線に急速接近してくる。 「!?」 驚いたようにモニターを見たリョ―タロウの瞳に、メタリックブルーのアーマード・バトラーが映し出された。 それは明らかに、ずっとハルカの傍にいた012・・・イルヴァと名付けられた美しい女性体セクサノイドの機体『アルヴィルダ』の姿であった。 地獄の一分間と呼ばれる壮絶な時間が、今、訪れようとしていた。
|
|