* 緑の惑星ローレイシアを臨む宇宙空間には、ビーム砲の閃光と無数のミサイルが飛び交っていた。 先発トライトニア艦隊の後方を取ったレイバン部隊が、そのスピードと機動力を駆使し、敵艦のブリッジに次々とミサイルを打ち込んでいく。 白煙を上げて傾く敵艦が、僅かに船体を膨らませ、赤い光と轟音を上げで大破すると、微塵に吹き飛んだ船体が、流星の如き光の帯を引いて闇の中へと消えていった。 白煙と爆発が空間を揺らす中、レイバン部隊の精鋭ツァーデ小隊は、敵戦闘母艦の間近へと迫っていた。 指揮系統を絶ってしまえば、否応なしに体制は乱れる。 多勢に無勢の戦いにおいては有効的な戦略だ。 ダークブラックの両翼に、青い六芒星を掲げたレイバンが、閃光の速度で対空砲火を貫いていく。 その風防の向こうを、青いビームの閃光が掠めるように通り過ぎ、有視界で発射された迎撃ミサイルが、鋭い軌道を描きながら豪速で飛び込んでくる。 瞬時に機体を傾け見事にそれをかわすと、リョータロウ・マキは、前方有視界で確認できるTー1機、ツァーデ小隊隊長アーサー・マクガバン機を俊足で追いかけていった。 そんなリョータロウの聴覚に、隊長機からの入電アラームが聞こえてくる。 『T−1からT―5。リョータロウ、敵艦隊の援軍がセラフィムの後方にワープアウトしてきた。さっさとこちらを片付けて、援護に回るぞ。シールドは俺が破る。おまえはそのまま、ブリッジにミサイルを見舞ってやれ』 「了解」 リョータロウは、刻みよくそう答えると、ヘルメットシールドの下で、黒曜石の両眼を鋭利に細め、唇の角で小さく笑うのだった。 風防の向こう側に飛び交う迎撃ミサイルの合間に、ネフィリム級と言われるトライトニアの大型母艦、アンバーホークがシールド展開し、こちらに主砲を向けた状態で悠然と佇んでいる。 アンバーホークの主砲から、甲高い轟音と共に青いビームが発射され、闇を貫く鋭い閃光を180度ロールで交わしながら、Tー1と、そして、Tー5、リョータロウの機体はみるみるその距離を縮めていく。 ベテランパイロット、アーサーは、片手で操縦桿を握り、片手で高エネルギーレーザー砲、ソドムシンク砲のエナジーチャージスイッチを押した。 レイバンの機体下部に装備されたソドムシンク砲に、発光する赤い粒子が蓄えられ、モニターに表示された充填率ゲージが急上昇していく。 眼前に迫るアンバーホークの防御シールド。 白煙を上げて発射された迎撃ミサイルは、流星の如き速度を誇るレイバンの機体を掠めることもできず、その脇の空間を豪速で通り過ぎていくだけである。 エネルギー充填率ゲージがFULLを表示した瞬間、鋭い表情をしたアーサーが、風防に映し出された照準レンジを覗きながら、容赦なく発射ボタンを押したのだった。 深紅の光粒子が螺旋状に渦を巻き、膨大なエネルギー料を誇る紅いビームが、甲高い照射音と共に一直線に闇を切り裂いていく。 ソドムシンク砲が放つその凄まじい光の渦は、アンバーホークの防御シールドを一瞬にして砕き、それでも威力を落とさない高エネルギー粒子の先端が、強固な装甲を施された甲板を、矢のような閃光を上げて轟音と共に撃ち貫いたのだった。 アンバーホークの巨大な船体が大きく震え、ソドムシンク砲が届いた機関部が白煙を上げて膨張していく。 ツァーデ小隊隊長アーサーの機体、T−1が虚空でターンして、アンバーホークの後方へと回り込んだ。 それを追走するリョータロウの足先が、ブーストコントローラーを強く踏む。 レイバンのメインバーニアが青い炎を噴き、急加速する機体が唸りを上げると、T−5は、流星の速度でアンバーホークのブリッジへと飛び込んでいく。 敵機との衝突回避を警告するアラームが、けたたましい音を上げた。 風防の照準レンジが赤く点滅してロックオンを表示すると、リョータロウは、ヘルメットシールドの下で黒曜石の瞳をナイフの如く煌かせ、ミサイルの発射ボタンを押しながら、操縦桿を素早く手前に引いたのだった。 レイバンの後部に取り付けれられたミサイル発射ユニットから、轟音と白煙を上げた6基ミサイルが発射されると、それは、急上昇するT―5の直ぐ下で、アンバーホークのブリッジを豪速で突き破ったのである。 弾け飛ぶ特殊ガラスが、キラキラと輝きながら無重力に漂う。 次の瞬間、激しい爆発音が巨大な船体を震わせ、アンバーホークのブリッジ部が、オレンジの閃光を上げて木っ端微塵に吹き飛んだのだった。 巨大な船体が、みるみる膨張し始める。 『T―1からツァーデ小隊各機へ。ミッション終了後、ツァーデ小隊はセラフィムの援護に回る。T―5、リョータロウ、この宙域を全速離脱!!』 「了解!」 通信機からアーサーの声が聞こえると同時に、リョータロウは、操縦桿を横に倒してその機首をセラフィムへと向けると、研ぎ澄まされたナイフの如き鋭利な表情で、ブーストコントローラーを強く踏み込んだ。 メインバーニアが唸りを上げ、暗黒の宇宙に青い炎を噴いた。 その時、最大出力で急速離脱していく二機のレイバンの背後に、凄まじい閃光が迸ったのである。 闇の宇宙を揺るがすような爆音が周囲に轟き渡り、トライトニア戦闘母艦アンバーホークは、その機関部から一気に大爆発を起したのだった。 その巨大爆発は周囲に展開していた駆逐艦にも及び、被弾していない艦までも巻き込んで、どんどん爆発を大きくしていく。 それを振り返るでもなく、黒曜石の瞳を鋭く細め、リョータロウは、有視界で大きくなっていくセラフィムの姿を凝視する。 黒い流星の如きレイバンの機体が、ビームの閃光が飛び交う宇宙空間を、セラフィムに向かって一直線に貫いていった。
* セラフィムのコントロールブリッジ前方に、敵艦隊のビームが迸った。 宇宙空間に爆音が轟く。 トライトニア艦隊に前後を囲まれたセラフィムの現状は、決して良いものではない。 ひっきりなしに撃ち続けられる主砲と対戦艦ミサイルが、暗黒の闇の狭間に雨のように降り注ぐ。 トライトニア艦隊は、確実にその距離を狭めてきていた。 先発艦隊の機影は減りつつあるが、セラフィムの背後を取る後発艦隊には、まだ余裕がある。 セラフィム一隻に対して、数を減らしたとはいえ、敵艦隊はまだ500隻あまりの戦力を残していた。 このまま戦闘を続ければ・・・撃沈される。 それは正に、絶体絶命、最悪の危機的状況であった。 そんな激しい戦闘の中で、セラフィムの艦長レムリアス・ソロモンは、厳しい顔つきをしながらも、極めて冷静な面持ちを保っていた。 大きく揺れるブリッジの艦長席には、艶やかな黒髪と澄んだ黒い瞳を持つ愛らしい少年、ハルカ・アダミアンの姿がある。 大きな黒い瞳を驚いたように見開いて、壮絶な艦隊戦をまじまじと見やるハルカの傍らには、美しいセクサノイド012・・・いや、イルヴァが、寄り添うように立っていた。 人間と同じ暖かさを持つイルヴァの手を握り締めながら、半ば呆然としているハルカに向かって、ソロモンは、落着き払った声で言う。 「ハルカ、おまえはロウの補佐をしてくれ。ケルヴィムでしていたようにするだけでいい」 「え!?」 ハルカは、ソロモンの優美で端整な顔を驚いたように振り返ると、訳がわからないと言った表情で、ぽかんと口を半開きにしてまった。 そして、大きな瞳を盛んに瞬きさせて、じっとソロモンの横顔を凝視する。 ブロンズ色の肌と、精悍だが優美でどこか中性的な顔立ち、輝くような銀の髪と、紅の瞳。 落着き払って冷静な、それでいて猛禽類のような鋭さを持つソロモンのその表情は、決して揺らぐことはない。 ハルカの記憶の断片には、確実に、この青年のこの表情がある。 ハッと華奢な肩を揺らして、ハルカは、ゆっくりと、風防の先にある戦火の宇宙を見た。 この光景を、これと似た状況を、確実に知っている。 この船の艦長レムリアス・ソロモンのことも、短気だが優しいレイバンパイロット・リョータロウのことも、このブリッジにいるオペレーターたちのことも・・・ そうだ・・・ 僕は・・・ 知ってるんだ・・・ きっと・・・ みんなのことを・・・ 埋もれていた記憶が、ひとつひとつ、まるで闇夜に明かりが灯るように、少しずつ、ハルカの脳裏に蘇ってきた、それが、その瞬間だった。 言葉を失って呆然としているハルカに、ちらりとだけ視線を向けると、ソロモンは静かで、そして僅かばかり愉快そうな口調で言葉を続ける。 「おまえなら、出来るな?元は、おまえがやると言って始めた仕事≠セ。男に二言はないな・・・?」 ほんの少しの間を置いて、ハルカは、小さく頷くと、弾かれたようにその身を翻し、艦長席からオペレーターセクションに続く階段を、全速力で駆け下りたのである。 『あ・・・・・・』 そんなハルカの後姿を見て、心配そうに眉根を寄せたイルヴァが、思わず、追いかけようと足を踏みだした。 しかし、その腕を、ソロモンの大きな掌が掴んでしまう。 刹那、セラフィムの防御シールドに、対戦艦ミサイルが着弾し、白煙と爆音が響き渡ると巨大な船体が、大きく横に揺らいだのだった。 『!?』 平衡を崩したイルヴァのしなやかな身体が、振られるようにして床に倒れかける。 そんな彼女の腕を、咄嗟に自分の元へ引き寄せて支えると、ソロモンは、鋭利な表情のままブリッジに向かって声を上げるのだった。 「前方の艦隊を突破してワープ可能宙域に出る。対戦艦ミサイルは全て後方の艦隊に撃ち込め。これ以上距離を縮められるな」 「イエッサー!!」 ブリッジオペレーターが一斉に呼応した。 ソロモンの肩にもたれかかっていたイルヴァが、宝石のような青い髪から覗くサファイヤの瞳で、冷静だが、猛禽類の如く鋭いその横顔を仰ぎ見る。 そんな彼女に視線を向けることもなく、前方の宇宙空間を睨むように見つめたまま、ソロモンは、低く鋭く言うのだった。 「イルヴァ・・・万が一の場合、君は、ハルカを連れて艦を離脱しろ。君のアーマード・バトラーは、トライトニアのものだ、撃墜される心配はない。 その時は、惑星アルキメデス・・・太古のエデンに住んだ有能な数学者の星≠ノ行って、そして、イヴ≠見つけてくれ」 その言葉に、僅かばかり驚いた様子で綺麗な眉を寄せると、ソロモンの横顔を見つめたまま、イルヴァは、どこか戸惑い気味に小さく頷いたのである。 『ハルカが、それを望むなら・・・そうします』 イルヴァの答えに、ソロモンは、どこか意味深に、唇だけで小さく微笑(わら)う。 そして、端整で優美なその顔を、再び、鋭く厳しい表情で満たすと、大きく声を上げたのだった。 「主砲発射用意。全砲門は照準修正。目標、前方トライトニア艦隊」 「イエッサー!」 そう答えたロウの隣に、息せきながら駆け込んでくると、ハルカは、いつになく真剣な顔つきをして、コンソールに上がった手動照準器を覗き込んだのである。 懐かしいその仕草に、ロウは、思わず顔を綻ばせ、そんなハルカに向かって言うのだった。 「お帰りハルカ・・・ハイド粒子が散布された時は、やっぱりおまえがいないとな」 その言葉に、一瞬きょとんとしたハルカだったが、不意に、愛らしい唇でくったくなく笑うと、眼前のモニターに上がってくる、敵艦隊の詳細な位置情報を、ソロモンと同じように瞬時に記憶し、すぐさま射影を計算し始めたのである。 象牙色の細い指が、実に手慣れた様子でコンソールパネルを叩く。 有視界のみの照準を合わせるより、この計算で照準を合わせた方が、遥かに命中率が高い。 ハルカは、それをよく知っているはずだ。 「照準修正6.778、距離は11985・・・ロウ、撃って!!」 そのハルカの声と同時に、ロウは、主砲トリガーを引いた。 甲高い轟音が響き渡り、セラフィムの全主砲が一斉に赤い閃光を解き放つ。 暗黒の闇を切り裂いた無数のビームが、寸分の狂いもなく、前方の敵艦隊の厚い装甲版を貫いた。 凄まじい爆音と白煙が吹き上がり、膨張した敵艦が、宇宙の闇を震わすような大爆発を起す。 「やったぁ!」 実に子供らしい、率直な歓喜の声を上げて、ハルカは、ニコニコと笑いながらロウを振り返った。 それは、一年前と変わらない、ハルカらしい笑顔だった。 その様子を、艦長席から眺めやっていたソロモンが、軽く唇を綻ばせた。 ソロモンは、徐に席を立ち上がると、大型モニターに映し出された敵艦隊を見つめすえ、何かを思案しながら鋭い声を上げたのだった。 「主砲発射し続けろ。ルツ、レイバン部隊に通達。全機目標変更、後方の敵艦隊に集中攻撃を行う」 「イエッサー!」 ルツの刻みの良い返答と同時に、ソロモンは、厳しい顔つきで言葉を続けた。 「ソドムシンク砲発射準備、システムセットアップ開始。レイバン部隊が前方宙域を離脱完了後、エネルギー充填を開始する」 冷静だが鋭い響きを持つその言葉に、一瞬、ブリッジ全体に緊張が走った。 「イエッサー!!」 ブリッジオペレーターが、意を決して強く返答する。 ソドムシンク砲を使うという事は、エネルギーチャージのために、セラフィムの全動力を砲門に回さねばならず、補助推進と通信以外の全ての機能が、たった一分間だけ停止することになる。 つまり、エネルギー充填が完了するまでの1分間、セラフィムは、防御シールドはおろか、全ての火器が使用不能となるのだ。 その一分間を乗り切るか乗り切らないかで、言葉通り生死が分かれる。 ワープ可能宙域までは後僅か。 ソロモンは、その僅か1分間を乗り切り、ソドムシンク砲で進路を開いて、後方艦隊を振り切るという手法を選択したのだ。 大型モニターに、ソドムシンク砲セットアップデータが緩やかに流れてくる。 紅の瞳を鋭利に細め、それを睨むように凝視しながら、ソロモンはゆっくりと前で腕を組んだ。 先ほどから黙ったまま、そんな彼の横顔を見つめていたイルヴァが、ふと、神妙な顔つきして、何かを決心したように、その綺麗な唇を開いたのである。 『レムリアス・ソロモン、アルヴィルダは・・・私のアーマード・バトラーは、使用可能なのですね?』 銀色の前髪から覗くソロモンの紅の瞳が、ちらりとだけイルヴァを顧みた。 「ああ。全て修復済みだ」 『ソドムシンク砲の情報は、事前にメモリーされています。勿論、その欠点も・・・ エネルギー充填が完了するまで、私も、トライトニアを迎撃します』 その言葉に、冷静だったソロモンの顔が、僅かばかり驚いたような表情に満たされた。 静かにイルヴァを振り返ると、紅の瞳を鋭利に細めたまま、ソロモンは、落着き払った口調で聞くのである。 「それは本気で言っているのか?今、君は、確かに本艦の捕虜だ。 だが、トライトニアのヴァルキリーである君が、本来、味方であるはずのトライトニアを迎撃すると言うことが、どういうことか・・・判って言っているのか?」 『完全な裏切り行為です。トライトニアに見つかれば、私は、即刻破壊されるでしょう』 「それを知っていて、何故味方を撃つ?」 『ハルカを守りたいからです。トライトニアは、ハルカを狙っています。 後方艦隊には、恐らく、私と同じ戦闘用ヴァルキリーがいるでしょう。 彼等は、ハルカを、もう一度奪いにきます。だから守りたいのです。 あなたは、私に言ったではありませんか?トライトニアはハルカを人間として扱っていなかったと? ハルカにとって、人間として扱われる環境が最適あると言うなら、それはきっと、この船でしかありません』 イルヴァは、一切躊躇することなく、穏やかさと確信をもってそう答えた。 別段、その言葉に驚くこともなく、ソロモンは、何かを思案するように静かに瞑目すると、僅かばかりの時間を置いて、その端整な唇を、ひどく柔和に綻ばせたのである。 機械であるがゆえ、本来なら、本国の命令に忠実なはずの戦闘用ヴァルキリーが、その命令を無視し、所属しているはずの軍を裏切ってまで、ハルカを守りたいと、そう言っている。 それは、正に驚愕に値する事柄であった。 ワーズロック博士は、この美しいセクサノイドに人間の心を与えた。 戦闘用ヴァルキリーという区分を明らかに超越し、ノルドハイム博士の言葉を借りるなら、彼女は、本当に、少し腕っ節が強いだけのただの女性≠ナあるのだ。 愛する者を守りたいと思うだけの健気な女性。 それを確信したソロモンが、閉じていた瞳をゆっくりと開く。 銀色の前髪の下から、イルヴァの秀麗な顔を真っ直ぐに見つめ据えると、彼は、静かに唇を開くのだった。 「わかった・・・・・・その代わり、一つ約束してほしいことがある」 『なんでしょう?』 「必ず、無事に戻って来い。君がいなくなったら、ハルカは哀しむ」 そっと指し伸ばされたソロモンの長い指先が、極自然な仕草で、イルヴァの青い髪を撫でる。 『・・・・わかりました』 僅かに小首を傾げながら、イルヴァは、まるで、青い花弁が開くように、甘く優しい微笑を、その美しい顔に湛えたのである。 絶体絶命の戦局は、今、正に新たなる展開を見せようとしていた。
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