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作品名:NEW WORLD〜第一序曲〜 作者:月野 智

第11回   【ACTV 追撃の交響曲】2
         *
トーカサス星系ローレイシア。
原始の植物と巨大な生物が共存する、その緑の惑星は、まだ発展途上であり、大型の宇宙船が碇泊できるスペースエアポートは整備されてはいない。
塩化マグネシウムの海に碇泊する、セラフィムの巨大な船体が、小さな二つの太陽に照らされて暁色に染まっている。
あと残り一時間で、全ての積荷の搬入が終わるだろう。
ローレイシアの衛星イルヴァの青白く大きな陰が、セラフィムの左舷から昇り始めた早朝、人気(ひとけ)もなく、しんと静まり返ったラウンジの一角に、レムリアス・ソロモンの姿があった。
大きなソファに深く座り、窓辺から昇るローレイシアの月、イルヴァの秀麗な姿を眺めつつ、ソロモンは、柔らかな肘掛に頬杖を付くと、その傍らに立つ美しいセクサノイドをちらりとだけ顧みた。
ふくよかな胸元にたゆたう青い髪。
均整の取れた美麗な造形を持つしなやかな肢体。
窓辺のイルヴァと同じ、繊細で秀麗な美しさを持つ顔立ちの彼女は、トライトニアの戦闘用セクサノイド、タイプΦヴァルキリーと呼ばれる012に相違ない。
サファイヤのように輝く人工眼球が、警戒を解かない様子で、ソロモンの優美で端整な横顔を見つめている。
その手首と足首には、磁気レーザーの錠がかけられており、歩いたり物に触れたりすることは出来るが、一切の戦闘行動は取ることができない。
012は、訝しそうに綺麗な眉を寄せながら、静かにその艶やかな唇を開くのだった。
『私はあなたの敵です。あなたを殺そうとしました。それなのに、何故、護衛もつけずに、こうして私といるのです?』
「君はハルカの意向を尊重する・・・だから、護衛など必要ない。それに、その拘束帯は強力だ、いくら君でも、そう簡単には破壊できない」
イルヴァを見つめていた紅の瞳を、ゆっくりと012の美しい顔に向けて、ソロモンは、唇だけで小さく微笑した。
そして、組んでいた長い足を組替えながら、落着き払った表情と口調で言葉を続けたのである。
「ハルカは、いや、君がWXと呼ぶあの子は、君を、とても大切な存在として認識している。ハルカは俺にとっても大切な子供だ。そんなハルカが大切している君を、破壊しようとは思わない。君の気持ちも、それと同じだろう?012?」
『・・・・・・』
どこか切な気な表情をして、ふと、押し黙った012のサファイヤの瞳と、輝くような銀色の髪から覗くソロモンの紅の瞳が、まっすぐにぶつかりあった。
やけに穏やかで、それでいて、妙に緊張感のある不思議な沈黙が、静まり返ったラウンジに流れる。
ソロモンは、もう一度小さく微笑して、精悍で優美な頬にかかる長い銀色の髪を、さり気無くかき上げた。
「君は機械だ、だが、君には人の心がある・・・・・・君は、ハルカを愛しているだろう?まるで母親のように・・・」
『私には・・・・わかりません。でも・・・・』
「でも?」
『WXと・・・・離れたくはありません。WXが哀しい顔をすると、とても辛くなります』
「それが愛情というものなんだ・・・・・・なぁ、012?これからあの子のことは、ハルカ≠ニ呼んでやってくれないか?」
『何故?』
「ハルカ・アダミアン。それがあの子の本当の名前だからさ。あの子は特殊な子供だ、だが、れっきとした人間だ。WX≠ニいう名は、トライトニアがあの子を人間として扱っていなかった証拠だ。だから、君には、人間としてあの子の名前を呼んでやって欲しい」
その言葉に、012は、不思議そうに小首を傾げた。
長い睫毛に彩られたサファイヤの瞳が、ゆっくりと瞬きしながら、ソロモンの顔を凝視する。
『人間としての・・・名前・・・?』
「そうだ・・・・」
『・・・・・』
どうも納得できない様子で012は、ますます不思議そうな顔つきをする。
ソロモンは、そんな012のサファイヤの瞳から、ふと視線をそらし、微かな笑みを唇に浮かべたまま、窓辺に昇る美しいイルヴァを見つめすえた。
「実のところ、俺は、君のことを012≠ニは呼びたくないんだ」
『何故です?それは私の識別コード、人間の名前と同じ役割と果たすものです』
「確かにそうかも知れない・・・だが、それは人間の名ではない」
『私はセクサノイドです、人間ではありません』
「俺には、君が機械だとは思えないんだよ。
君は、ケルヴィムを沈めた、憎むべき敵だ。だが君は、この一年、ハルカを大切に育てくれた。実験体のモルモットとしてではなく、人間として。
トライトニアの人間が、ハルカを人間として見ていなかったのに、君だけは、ハルカを愛してくれた。
機械は人間を愛することは出来ない、だが、君にはそれができる・・・君の身体は機械だ、だが、君の心は、人間そのものだ。だから俺は、君を人間として扱いたい」
そう言ったソロモンの言葉には、一切嘘はなかった。
ハルカは、ソロモンにとってもまた、愛すべき存在なのだ。
ガーディアンエンジェルの本拠地、人工惑星メルバが、敵対する惑星国家ジルーレの攻撃を受けて以来、ハルカはずっと、ソロモンの統率する船の中で育ってきた。
赤ん坊であったハルカを、搭乗する船員達が、まるで自分の子供であるかのように、入れ替わり立ち代わり面倒を看て大切に育ててきた。
拉致されるまでの10年間、ずっと。
そんなハルカを、012もまた、大切に扱ってくれたのだ。
その点に関しては、敬意と感謝を示したい。
だが、そんなソロモンの言葉の真意を、まったくもって理解できない012は、綺麗な眉を眉間に寄せて、ますます不思議そうに首を傾げるのである。
『それは、どういう意味ですか?』
そんな彼女の様子を横目で見ながら、その質問には答えずに、実に穏やかな口調でソロモンは言う。
「君に名前をつけていいか?012≠ナはなく、人間としての名前を?」
『あなたが私をどう呼ぶか、それはあなたの自由です。私はただ、それをメモリーして、あなたの声に反応するだけです』
012のその言葉を、黙って聞いたソロモンの瞳に、ローレイシアの衛星イルヴァが映る。
研ぎ澄まされたサファイヤの如き、深く青い輝きを放ち始める、この惑星の月であるイルヴァは、とても穏やかで清楚な美しさをもっていた。
紺碧の海の果に、大きく浮かんだローレイシアの月。
ひどく穏やかな表情をしながら、ソロモンは、静かに唇を開くのである。
「イルヴァ・・・・」
『?』
「これから、君の名前は、イルヴァだ・・・」
012は、きょとんとした顔つきをして、ふと、ソロモンの視線の先にある、ローレイシアの衛星に、その綺麗な青い瞳を向けた。
『・・・・私には、あなたが今どんな思考でそう言っているのか、理解ができません。でも、あなたがそう呼ぶのなら、それは私の名前であると認識しておきます』
「ああ・・・・」
艶やかな青い前髪の下で、012の・・・イルヴァと名付けられたセクサノイドが持つ、サファイヤの瞳が、ソロモンの端整な横顔を見つめすえる。
彼が醸し出す、その柔和な佇まいは、どこかWXの・・・ハルカの持つ雰囲気に似ていた。
じっとこちらを見つめるイルヴァの視線に気が付いて、ソロモンは、ゆっくりと、その紅の瞳を彼女に向けた。
「一つ教えて欲しいことがある・・・君のメモリーの中には、一つだけ開くことの出来ないファイルがある。それには、何のデータが入っているんだ?」
『あなたに敵対する意志がないことは認めます。しかし、まだ、あなたが私の味方であるとは認識していません、したがって、それを教えることはできません、ハデスの番人<激リアス・ソロモン』
実に率直なイルヴァの答えに、ソロモンは、喉の奥で愉快そうに笑った。
「俺のことは好きに呼んでいい・・・だが、ハデスの番人≠ニ呼ぶのだけはやめてくれるか?イルヴァ?」
イルヴァは、怪訝そうな顔つきをすると、艶やかでふくよかな唇で、何故か、小さく微笑したのである。
『・・・・・わかりました』
ハルカの前でしか見せなかった綺麗な微笑みが、今、ソロモンの紅い瞳に映り込む。
人間の女性と寸分違わない、ごく自然なその表情には、本当に、感心するしか手立てがない。
彼女は、とても美しい。
それは、清楚で穏やかな、月の光のような美しさだ。
ワーズロック博士は、このセクサノイドを、一体誰に模して作り上げたのか・・・
そんなことを思ったソロモンの視界で、イルヴァが、ピクリと、そのなだらかな肩を揺らしたのだった。
宝石のような青い髪の下で、サファイヤの瞳が、何かに気付いたように大きく見開かれる。
「どうした、イルヴァ?」
肘掛に頬杖をついたまま、怪訝そうに眉根を寄せたソロモンが、そう声をかけた瞬間だった。
イルヴァの綺麗な唇が静かに開き、ゆっくりと返答の言葉を発したのである。
『イヴは生きている、太古のエデンに住んだ有能な数学者の星にいる=x
「!!?」
いつもは冷静沈着なソロモンの顔が、不意に、驚愕の表情へと変わった。
その時である。
 突然、セラフィムの艦内に、けたたましいスクランブル警報が鳴り響いたのだった。
 襟元につけられた小型通信機から、主任オペレーター、オリヴィア・グレイマンの声が、珍しくうろたえながらソロモンを呼んだ。
『艦長!トーカサス星系上で敵艦隊のワープアウト反応を感知しました!かなりの数です!!至急、ブリッジへお戻りください!!』
「わかった、直ぐにいく」
銀色の髪の合間で、柔和であったソロモンの瞳が、にわかに、猛禽類のような鋭さを湛えた。
機敏な物腰でソファを立つと、広い背中をイルヴァに向けながら、ソロモンは、鋭利だが冷静な声で言うのである。
「ハルカを頼む、イルヴァ」
シルバーグレイの軍服の裾が、ふわりと虚空に棚引き、その俊足が、ブリッジに向かって駆け出していく。
イルヴァは、そんな彼の後姿を見送りながら、僅かに小首を傾げたのだった。
とても不思議な感覚がする。
それは、彼女の持つ高機能AIが、今まで一度も学習したことのない、実に奇妙なものだった。
長い睫毛に縁取られたサファイヤの瞳が、ふと、窓辺に輝くローレイシアの月を顧みる。
澄んだ大気の外側で輝く、青く美しい衛星の姿。
『・・・・イルヴァ』
何故、ソロモンが、その名前を彼女に与えたのか、今の彼女には知る由もない。
ただ、何ともいえない高揚感が、そこにあるだけ。
ローレイシアの月と同じ名を与えられた、美しいセクサノイドは、しなやかなその手を窓に押し当てながら、青い髪がたゆたう綺麗な頬を、窓越しに浮かんだイルヴァ≠ノそっとすり寄せたのだった。



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