バイクを止めヘルメットを外すと、どこからかギターの音色が聞こえた。音のする方を見るとギターを弾く少年の姿が目に映った。少年は天国の扉の方を向いて胡坐をかいてすわり、ギターを弾きながら歌を歌っているようだ。聞いたことのない曲。まだ声変わりをしていないきれいな声だ。一生懸命歌っているからか近づいてもこちらに気づく様子はない。 「歌上手だね。」 少年はビクッとして振り返る。 「・・・お兄ちゃん、誰?」 大きな目をぱちくりさせるその顔からして、まだ7、8才と言ったところか。 「ごめんごめん、驚かせちゃったね。歌上手だなって思って。」 「父ちゃんに習ったの。父ちゃんはもっと上手なんだよ。」 少年はそう言ってぱっと人懐っこい笑顔を浮かべた。 「そうなんだ。どうしてこんなところで歌ってるの?」 「父ちゃん待ってるの。ミナちゃんが、父ちゃんはあのドアの向こうに行ってるって言ってたから。」 そういえば、あの事故によりたくさんの子供が親を亡くし身寄りのないものも少なくないとニュースなどで耳にしたことがある。この子もそんな境遇なのかもしれない。 「ミナちゃんってお友達?一緒に住んでるのかな?」 「ミナちゃんはミナちゃんだよ。あっ、そろそろ帰らないと、ミナちゃんに怒られちゃう。」 そう言って少年はギターを担いで起ちあがった。 「家はここから近いの?送っていってあげるよ。」 そう言ったところで少年は後ろに停めたバイクに気付いたようだ。 「わぁ、かっこいい。あれ、お兄ちゃんの?」 「そうだよ、じゃあバイクで送ってあげるよ。」 目を輝かせてバイクをみている少年にヘルメットをかぶせてあげ、バイクに座らせた。しっかりつかまっているように言ってから、バイクをゆっくりスタートさせた。
少年の家はバイクで20分ほど走ったところにあった。そこは、砂漠の一角にあり合わせの木で組んだような小屋が10軒ほど立ち並んだ所で、そのうちの一軒が彼の家のようだ。 「ミナちゃん、ただいまぁ。」 少年のその声の先には、洗濯物を干している一人の女の子の姿があった。高校生くらいだろうか。彼女は少年の声に反応してこちらを向いた。 「おかえり、すぐお昼作るから手洗っといで。」 その言葉を受け少年は小屋の中に入って行った。それを見送った彼女の眼がこちらに向けられた。 「あの・・・どちら様ですか?何か用でも?」 洗濯物を干す手を止めた。怖がっているのかもしれない。こんな得体のしれない人間が突然現れたのだからそれも当然か。 「いえ・・えっと、さっき偶然あの子に会って、家に帰るって言うからここまで乗せてきただけで。」 「あっ、そうなんですか。それは、弟がお世話になりました。」 女の子は軽く頭を下げた。少しは信用してくれただろうか。 「さっきの子、弟さんだったんですか。」 「はい、アキって言います。ご迷惑おかけしたりしませんでしたか?」 弟思いのいい姉といった感じだ。とてもきれいな顔立ちをしている。あんまり見られると照れ臭くなってくる。 さっきの子、アキ、が家の入口からコッチをうかがっているのに気づいた。女の子もそれに気付いた様子で、ここにいると知らない人に会うことが少ないから珍しがってるみたいですと言う。 あの事故以来、この地は人々から避けられている。あんなことがあったうえ、原因も何一つ分からないというんじゃ、それも当然だと思う。それにもかかわらずこんな所で生活している人がいるなんて驚きだ。 「良かったらお昼食べていきませんか?その方があの子も喜ぶだろうし。大したものはないですけど。」 そう言って笑う彼女の顔をみるとやっぱり照れ臭い。思えば、同年代くらいの女の子と話すのは久しぶりだ。
小屋の中は思っていたより広く、生活の場としてなかなかいいように思えた。こんなものしかないですけど、そういって出されたのは小麦粉をこねたものを伸ばして焼いたものだった。見た目こそあれだが塩味がきいていて意外といける。 「あの、そう言えばまだお名前とか伺ってなかったんですけど聞いても大丈夫ですか?」 勢いでご飯に誘ってみたものの、どこの誰とも知らぬ人間にどう接したらいいものか困っているようにも見える。 「名乗りもしないでご飯いただいちゃって、失礼しました。おれは、沢木ショウって言います。18です。」 「私はミナっていいます。沢木さん私の1つ上ですね。」 何だかお見合いの席みたいだと思ってまた照れ臭くなる。何を話していいものか分からず沈黙が続いてしまった。そんな中、アキは二人の間に座ってきょろきょろと様子をうかがっている。 「お兄ちゃんここに何しに来たの?お兄ちゃんもドアの向こうの人待ってるの?」 こういうときは子供の無遠慮が助けになる。 「私たちの両親は、あの事故に巻き込まれました。二人とも天国の扉の開発グループのメンバーだったんです。危険だってことが分かってたんですかね、両親はあの事故の日、私たちには家にいるように言って出かけて行きました。あの事故では何一つ残りませんでしたから両親が生きているのか死んでいるのかは分かりません。生きていてほしいと思います。私たちはここで両親が帰るのを信じて待ってるんです。」 ミナはなんてことはないといった感じでさらっとそう語った。本当は辛いであろうことはどんなにバカでも気付けてしまうのだが。 「おれは、友達を探しているんだ。探して聞きたいことがあるから。何故あいつがあんなことをしたのかを。」 そう、おれはそのためにここに来た。あいつがあんなことを引き起こした理由を知るにはここに来てあの扉をみる必要がある気がしたから。 世間ではあいつのことを史上最悪のテロリストだと責める声も聞こえてくる。でも、そんな風には考えたくない。あいつがそんなことをするはずがないと信じたい。18年の人生で唯一分かりあえた友達、タダヒコを信じたいから。
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