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作品名:ボクらの世界 作者:ポチβ

第1回   アタマデッカチ
 机の上には書類が山と積まれている。世界各国から集まった発明の依頼書だ。窓の外には、色とりどりの卵型の乗り物が宙に浮かんで行きかっている。あれは、1人の天才発明家の手によって作られた反重力発生球を応用して作られたものだ。その1人の天才発明家こそが、この部屋の主、タダヒコである。
 東京のど真ん中、117階建の超高層ビル、その最上階にタダヒコの部屋はある。広い部屋の隅のほうに机が置かれ、残りのスペースに来客用の皮張りのソファーが置いてあるだけだ。その部屋の中、1人の少年がイスに座っている。好物の棒付きのイチゴキャンディーをなめながら、ぼぅっと窓の外を眺めている。彼はタダヒコの息子等ではない。彼自身が、天才発明家タダヒコその人である。
 本名・本岡タダヒコ。年齢・12歳。性別・男。彼は、全世界の期待を一身に背負って生まれた。西暦2088年、人類はある決断を下した。その決定の1年後、優れた人類を作り出す計画が、世界190ヶ国の合意のもと動き出した。行き詰った科学の進歩を促すためとされたその計画の結果生まれたのが、他でもないタダヒコである。彼の姓である‘本岡’は彼を作り出した科学者のものだ。
 タダヒコは、世界の期待を裏切ることはなかった。先に述べた、反重力発生球もそうであるし、他にも彼の手によって多くのものが発明された。完全循環型エネルギーシステム、脳力増幅埋め込み型チップなど、SFの世界で描かれてきたもの最近では当たり前のものになってしまった。
 タダヒコの発明は世界を変えた。生活は格段に便利に、快適になった。最初のうちはタダヒコもそのことに満足していた。自分が世界の役に立っているという実感を持てることも、タダヒコが発明をするモチベーションになった。しかし、タダヒコは気づいてしまった。自分がいくら新しい発明をしても、机の上の書類が少なくなって行かないことに。すばらしい発明をタダヒコが作れば作るほど、彼にかけられる世界の期待は大きくなるばかりだ。それからタダヒコの自問自答の日々が始まった。人類を甘やかすことはいいことなのか。いいことであるなら自分は発明を続けよう。悪いことであるなら自分は発明をやめよう。でも、発明をするために作られた自分は、発明をやめたらどうなってしまうのだろう。死んだも同然だ。
 2年前、完全循環型エネルギーシステムを完成させて以来、彼は1つも発明をしていない。毎日毎日、イスに座って窓の外を眺めているだけだ。答えの出るわけのない考えは毒となって彼を苦しめ続けている。


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