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作品名:プラネタリウムの夜明け 作者:月原 翔

最終回   夜明け
 今日、つまり聖恵の母の命日は6月26日。この時期のプラネタリウムのプログラムは決まって七夕のお話だ。こと座の1等星ベガの織姫と、わし座のアルタイルである夏彦星の物語だ。1年に1回、二人は天の川を渡って会うことができる。
 それはそのまま、聖恵と母の関係に近いものがあった。命日の今日、このプラネタリウムという夜空で、思い出の中ではあるが母と出会うことができるからだった。去年までは聖恵と母、そしてここにはいないが父も含めて、3人の関係は絶対的なものだと思っていた。毎年この日にプラネタリウムが映し出してくれる星空は決して変わらないものだった。
 けれども今日、隣に座っている大塚の父がかつて母と付き合っていたことを知って、その関係は薄らいでいった。いや、薄らぐというよりも、もっと複雑なものであったのだと実感できた。母は父と出会うまでに多くの人と出会い、何人かは恋愛関係となって、そしてやがて父と出会った。父もまた同じだろう。親だっていろんなことを経験してきて、それが積み重なって、聖恵が生まれたのだ。子供が知らない、親の恋愛経験なんてあって当然なのだ。
 それに加え、今日のプラネタリウムのプログラムは例年とは違っていた。七夕の話はかなり簡略化されており、代わりに来月見られる皆既日食の話がメインになっていた。この時期のプラネタリウムだって、七夕の話だけではないんだな、と聖恵は思った。いつまでも永遠に同じ星空を映し出してくれると思い込んでいたプラネタリウムにも、変化はあった。

 プログラムの全てが終わり、ホールは夜空から少しずつ明かりを増していく。この瞬間を、母は夜明けと表現していた。去年までの聖恵だったら、母との思い出を振り返る時間の終わりであって歓迎していなかったが、今日は初めて美しいと感じた。
「これが夜明けか……」隣で大塚がつぶやいていた。
「え、今なんて……」
「日記に書いてあったんですよ。付き合ってた人……あなたのお母さんの文章なんですけど……あ、あった、ここ」
 大塚はノートをぱらぱらめくると、あるページを見せてくれた。

  プラネタリウムは夜空もいいけれど、やっぱり夜明けの瞬間が一番美しい。
  私は朝早く起きないし、徹夜もしないから夜明けを見ることはほとんどない。
  けれどもプラネタリウムはそこまで再現してくれる。
  また新しい日が始まったと思わせてくれる。
  なんてお得なんだろう。

 聖恵は考えていた。この席から見るプラネタリウムは家族3人だけのものだと思っていた。そして最初大塚が隣の席に座ったとき、家族3人の閉じた関係に入って欲しくないと思っていた。
 ところが、今聖恵が座っている思い出の席は、母が父よりも前に付き合っていた人と見つけた場所だった。それが隣に座っている大塚の父であり、また聖恵の知らない、もしかしたら父も知らない母の一面を垣間見ることができた。それを見せてくれた交換日記、それを持っていた大塚が隣にいたからこそ、夜明けが美しいと感じたのかもしれない。母との思い出に浸るだけでなく、その思い出を新しく共感できる人がいるからなのだろうか。

 ホールが完全に明るくなると、まばらに座っていた人たちは立ち上がり始めた。聖恵はノートを手塚に返して、お礼を言った。
「ありがとうございました。私の知らない、母の一面を見ることができて」
「いえ、こちらこそ。あの……このあと何か用事とかありますか」
「夕方に母の墓参りがあるんですけど、それまででしたら」
「じゃあ、いっしょにご飯でも食べませんか。親父の元カノがどんな人なのか、気になって」
 30年前にはなかった「元カノ」なんて言葉が急にでてきて、聖恵は思わず笑みを浮かべてしまった。だが聖恵も、母が昔どのような人と付き合っていたのか興味があった。それに大塚と出会ったことで、聖恵にも夜明けが、新しい日が始まりそうな予感がしていた。
 聖恵は大塚からの誘いに答えた。
「いいですよ。私も母の元カレに興味がありますし」


(了)


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