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作品名:4 weeks love story 作者:月原 翔

第9回   4週目水曜日・夜
 私が手塚に電話をかけた時、彼はちょうど局を出るところだったので、局近くのコーヒーショップで待ち合わせることにした。私がそのお店に着くと、彼は先にテーブルに座っていて、キャラメルマキアートが2つ置かれていた。私が頼んでおいたものだった。私はアルコールの入った頭を冷やすのと呼吸を整えるために、ひとつ息をついてからテーブルに歩み寄った。
「ごめんなさい、急に呼び出しちゃって」
「いいえ、ちょうど帰ろうとしてたところですから」
「……」
 何から話すべきか私はためらってしまい、そのため妙な間が空いてしまった。とりあえず自分を落ち着かせるために、キャラメルマキアートを一口飲む。手塚も話の切り出しに困っているせいか、彼もカップに手を伸ばした。
 先に話を始めたのは手塚からだった。手に取ったカップをテーブルの上に置くと、正面から私の顔を見ながらいった。
「瑞希さん。確かに僕は、『4 weeks love story』のアンケート結果を頼りにあなたを誘ってきました。それは、きっとその通りにやれば成功するだろうという僕なりの考えがあったからです。もちろん『私物化』と言われればそれまでなんですけれどね……」
「でもそれも、咲ちゃんに提案されたなんでしょ?」
「え……知ってましたか」
「さっき本人から全部聞ききました。最初の食事の仕込みも、映画のチケットも」
 私はさっきまで咲といっしょにいたこと、彼女が全部白状したことを説明した。
「ただ、プラネタリウムの件は……本当にごめんなさい、休みだったなんて知らなかった」
「いえ、僕こそ、誤解させるような誘い方をしてしまいました。怒られるのも無理はないですよね」
「それと……」
 謝らないといけない。私の最大の思い込み。
「手塚さんが『マルーン』さんだと思い込んでいたこと。あれも本当にごめんなさい。」
 やっと私が気付いたこと。手塚からの、ささいなメッセージ。
「やっとわかりました。私が気付いていなかったこと」
 手塚は私の顔を真剣に見ている。私も、彼と向き合わないといけない。キャラメルマキアートを一口飲んでから、私も彼の顔を見ながらいった。
「……マッシュルーム」
 彼の目がわずかに動いた。
「『マルーン』さんが同僚の女性を気にかけるきっかけとなったのが、自分の嫌いなキノコを食べてくれたらとありましたよね。でも手塚さんは、たしか映画見た日の夜ですよね、オムライスのソースの中にあったマッシュルームをおいしそうに食べてた」
 私はしっかりと覚えている。Hey Mondayの「Homecoming」が流れる中、「4 weeks love story」の元ネタをなった「電車男」の話をしながら、彼がデミグラスソースの中に入っていたマッシュルームを口の中に運んでいるのを。
「その時点で、『マルーン』さんは手塚さんじゃないと気付くべきだった。逆に、手塚さんが『マルーン』さんを演じていて、その矛盾を突くことができたなら、私はちゃんと手塚さんを向き合っているということになる。だけど……私は気付かなかった」
 手塚は私の頭の少し上を見ていた。自分が仕掛けたメッセージのことを思い出しているのだろうか。
「気付かなくて本当にごめんなさい。相手と向き合っていないと言いながら、私の方がちゃんとできていなかったんだから……」
 また妙な間が空いた。話すことを仕事としている自分としてはとても気持ち悪い。私がカップに手を取ると、それにつられてか手塚もカップを手に取った。二人でキャラメルマキアートを飲むと、再び手塚から話が始まった。
「まわりくどいメッセージだったようで、こちらこそすみませんでした。ただ……気付いてもらってよかった」
「いえ……遅くなっちゃって……」
「ところで、ここ1ヶ月、瑞希さんはどうでしたか?」
「どうって?」
「今回僕は『4 weeks love story』のアンケート結果通りに行動してみました。それを受けて、瑞希さんはどう感じましたか。誘われる側として」
 誘われる側として、か……
 私は正直に答えた。2回目のデートが終わった後で考えてたことを。恋愛は多数決で決めるべきものなのか。多数決の行動は相手のための行動か、それとも自分が傷つかないための行動なのか。それよりも、相手としっかり向き合って、相手が望むことをしてあげるべきなのではないか。たとえそれが少数派の意見だとしても。「4 weeks love story」の趣旨とは全く正反対の考えにたどり着いたことを手塚に話した。すると手塚は意外な答えで切り返してきた。
「いや、正しいと思いますよ。僕もそう思います」
「でもだって、それは『4 weeks love story』と逆じゃあ……」
「そうです。でもそれが恋愛の本来のあるべき姿だと思いませんか。他の意見に左右されず、自分と相手が正しいと思う行動をとる。そう感じてもらうために、今回瑞希さんには……こう言うと響きは悪いのですが……実験させていただきました」
「実験!?」
 私は思わず大声を上げてしまった。少し視線が気になったので顔を下に向けてキャラメルマキアートを一口飲んだ。
「それも『私物化』と言ってしまえばそれまでですが。多数決の意見を押し付けるのは果たしてどうなのか、というのが当初から僕の中で疑問になってました。いくらリスナーの意見をまとめたものだとは言え、恋愛というのは二人だけの問題でしょう。その二人にしかわからない事情、感情というものがあるはずです。そこに……多数決の意見は必要なのでしょうか」
 たしかに、それは私も途中で感じたことだった。特に3回目のデートの誘いのとき、プラネタリウムに行きたいと言ったのに水族館に誘われたときは悲しい思いをした。自分とは向かい合っていないのだと。
「じゃあ……『4 weeks love story』はどうするの?」
「それなんですけどね……」
 手塚は自分の考えを話した。コーナーは続ける。リスナーの人気コーナーなだけに、簡単に終わらせるわけにはいかないと。ただし一部ルールは変える。それは「最後は自分で決めてもらう」ということだ。リスナーアンケートはとって集計まではする。ただしその結果をどう汲み取って、実際にどう行動を起こすかは本人に任せるというものだ。
 悪くはないと思った。この方法ならリスナーからの意見はちゃんと募れるし、多数決を押し付けることもない。リスナーの参加感覚がやや薄れる感は否めないが、最後には集計をとって、今まで以上に意見を紹介するようにすれば一体感を維持することができると思う。
「では、来週からはそれでいきましょう。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしく」
 手塚が頭を下げてきたので、私もつられて頭を下げてしまった。
 お互い顔を上げると目線が合ってしまった。私は最後に、自分の思いを手塚に伝えることにした。
「あの……今週の日曜、空いてる?」
「今週ですか?空いてますけど……」
「じゃあ、水族館行きませんか?先週のお詫びに」
「え、いいですけど……でも瑞希さん、プラネタリウムがいいんじゃないですか?」
「わかってないなぁ。目の前の相手が水族館に行きたいって言ってるのよ。だったらどうするのが自然なの?」
「あぁ……それなら水族館ですね」
 あはは、と私たちはここにきて初めて笑顔になった。

 コーヒーショップを出てからの帰り道。私は手塚に聞いてみた。
「ねぇ、『1リットルの涙』ってドラマ知ってる?」
「ああ知ってますよ。僕が大学のころにやってたドラマですよ」
「どんな話か教えてくれない?特に水族館が出てくるシーン」
「あれはですね……」
 手塚は丁寧に教えてくれた。イルカは離れていても、人間には聞こえない音波でやりとりして繋がっていること。高校生である主人公の男女二人が転校で離れ離れになってしまうなか、イルカのストラップをつけることで、その二人は繋がっていると確かめたかったこと。
 人間には聞こえない音波で繋がっている。なんとなく、電波で繋がっているラジオも似ているな、と私は思ってしまった。


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